パラソル夫人の面談
ふんわり思い付いたことをふんわりしたまま書いてせっかくなので投稿してみました
民は貴族のために働く。
学問は貴族のために発展し培われる。
そして巡りめぐって貴族の知識は民のためになる。
だから、民は学ばず働いていれば良し。
それがこれまで世界の共通認識であった。
しかし、様々な分野において革命がなされた結果、これまで貴族が専有してきた学問は民にも与えられる様になった。
まずは初等教育の整備、そこからレベルを上げていき今では、昔は貴族しか入ることのできなかった高等学校まで門を開いた。
目指すはその上、大学校。ここまで民は頑張った。
が、それは男性に限ってのこと。
家に縛られた女性たちは革命に参加することが難しかった。
そのせいで女性たちは後回しにされ、男性と比べると遅々とした歩みであった。
それでも高等教育における共学の整備も進み、また男子校と変わらぬレベルを有する女子校も次々登場。
女性も男性も民も貴族も関係ない、高度な教育を受けるための環境が整備されていったのであった。
それがざっくり百年前のこと。
今でも大量の土地を有している者、またそれを有効活用する者が大半なので貴族は貴族、民は民はであるが、官吏等に素晴らしい頭脳を持った民が進出した結果、いわゆる『悪徳貴族』は小説の世界からだって姿を消した。
税金の水増しとか、娘を拐かすとか、民をいたぶるとか、そういうことはそもそも貴族が貴族だった頃から犯罪。今も昔も法のもと裁かれる。
また昨今、民の間でも大量消費、大量生産が流行っているから最低限身を飾るのは当然だが嘗てのような特別感は薄い。
そこで何が流行っているかと言うと『慈善』である。
例えば自身が信ずる神を布教する団体への支援、例えば福利施設の整備の支援、要するに弱者のためのチャリティが流行しているのである。
その中でも孤児院の運営であったり、奨学金制度の支援であったり、子供の教育に関するものが貴族の女性たちに人気があった。
とある国の伝統と格式ある十年くらい前に共学になった全寮制高等学校の門の前にたつ御婦人もその一人。
彼女は昼夜関係なく持ち歩いている大きなリボンがついた日傘から彼女を知る人からは『パラソル夫人』と呼ばれている。
パラソル夫人もまた教育に関する事業に関わったことがあった。
その縁で、有り余る財力と興味を理由に孤児の後見人をしている。
チャリティで関わりのある孤児院に居た、勉強が好きで実際に初等教育で優秀な成績を出した女の子の学費を出したのだ。
その子の成績は本当に優秀で、本来貴族か裕福な家庭の、親のサポート環境がある子供しか入れないこの全寮制学校になんと『特待生』として入学したのである。
合格したと手紙が来た時は我が子のことの様に喜んだのは記憶に新しい。
夫人は自分の正確な身分や名前は孤児の女の子には隠している。
遊び心ではなく、生真面目な女の子がもし夫人の存在を正確に知ったら『早くお金を返さないと』と高等学校で学びながらどこかで働くなんてことをしそうだったからだ。
この女の子の行動予測は彼女の居た孤児院の院長がしたもの。
夫人が日々のお小遣いや長期休暇を過ごす際の滞在先について悩んでいる時に伝えられた。
『彼女は特別扱いを気にするからきっと働いてしまう』と。
それでは夫人の興味を満たせなくなる可能性がある。
夫人がその女の子の援助を申し出たのは『親が居ない子供に好きなだけ学問をさせてあげた』という満足感と『その結果どこまで登り詰めるか』という興味。
他人の人生を実験扱いするあたり昔の貴族のような傲慢さだ。
それを夫人は自分の優しさということにして、女の子には実名を明かさず文通だけとした。
女の子から手紙が届く度、女の子の自分への親愛が募るのを読み取る度、夫人は優越感に浸っていた。
彼女が夫人につけた『パラソル夫人』のあだ名も嫌いではない。
女の子が実際優秀だったことも、夫人の目に狂いはなかったのだと誇らしく思った。
そんな無意識に傲慢で偽善的なパラソル夫人が、段々女の子を一個人として認識し、愛しさを覚えるようになったのはつい最近のことである。
「それがまさか、呼び出されるなんて・・・私の優秀なアドレアに何があったの・・・」
夫人には実子が居ない。
今日はそんなパラソル夫人の、初めての『面談』である。
****
「え!?こうしゃっ」
「おほん!」
「し、失礼いたしました」
「先生、わたくしの事は『パラソル夫人』とお呼びになってくださいませ。」
「か、かしこまりました・・・」
なんとも珍妙な顔をした女教師はパラソル夫人を校舎へ案内した。
伝統ある貴族のための学校の校舎だけあって最近見かけなくなった豪奢な建築様式や工芸品が残されていた。
重厚な雰囲気のある建物の中に居てもパラソル夫人が見劣りする事はなく、女教師は信じられない人物の登場に困惑しているようだ。
「あの・・・本日は特待生のアドレア・カーネリアンの後見人がいらっしゃると」
「ええ、わたくしがアドレアの後見人です。問題があって?」
「ございません!」
女教師が冷や汗を流しながら長い廊下を歩き終え、どうやら教室にたどり着いたようだった。
貴族としての教育で足音を立てない夫人の周囲に響くのは女教師の細やかな足音だけだったのだが、教室に近寄ると耳障りな声も聞こえてきた。
女教師が慌てるのも無視して扉を開けると、なんとそこには男性教師が二人もいた。
それにたいして生徒は一人。しかも少女である。
ふわふわした金髪はうつ向いて震え、おそらく貴族の次男か三男であろう教師の高圧的な声と視線に耐えている。
「パラソル夫人、応接室の方へ」
ご案内します、の言葉は言わせて貰えなかった。
パラソル夫人は自分の代名詞で腕にかけていた日傘の先で思い切り床を叩いた。
貴族として何とも無作法であるが、先に無作法をしたのは学校である。
未成年の、貴族の後見人を持つ淑女を野郎と密室に入れるなどパラソル夫人の中では野郎が教師だろうと言語道断。
女教師を含め三人でパラソル夫人を待っていたのなら男の方をどちらかパラソル夫人の迎えに寄越すべきであったと夫人は考える。
しかも音に驚いて顔を上げたふわふわした金髪の少女、まさしく夫人が孤児院で見初めた優秀なアドレアの目は赤く涙に濡れている。
そして小さな口からは『パラソル夫人?』と何度も叫んだ末に掠れたのであろう声が発せられた。
二人の教師がパラソル夫人の本来の身分における敬称を呼び何か言おうとするのを遮って、パラソル夫人は笑顔でそれはそれは冷えた視線を贈った。
まだ床に刺さっていた日傘の芯がパラソル夫人の圧に耐えられずボキリと折れた。
『首が折れたかと思った』と後日女教師は証言している。
教師たちが怯えて立ち尽くしているうちにパラソル夫人はアドレア近寄り、彼女を優しく抱き締めた。
むさ苦しい男に詰め寄られさぞ怖かったことだろうとパラソル夫人はアドレアが可哀想でしかたなかった。
「アドレア、遅れてごめんなさい。怖かったわね。」
「あの、パラソル夫人・・・なんですか?」
「ええ、ええ、そうよ。ほら、貴女から貰った手紙もあるわ。」
パラソル夫人が普段から自慢するために持ち歩いているアドレアからの手紙を見せると、アドレアは声を上げて泣き出してしまった。
「可哀想に。先生方、アドレアは体調が良くないそうなので今日は失礼させていただきます。」
こんな所にアドレアは置いておけないとパラソル夫人はアドレアの肩を優しく抱いて、しかし誰にも有無を言わせず教室を去ろうとしたのだが、それは迎えてくれた女教師によって止められた。
「パラソル夫人!私はキャシーと申します!アドレアさんの担任をしております!」
「あらそう。退いてくださる?」
アドレアは女教師、キャシーに対しては怯えの表情を見せなかった。
パラソル夫人の敵認定からは外れたのだが、夫人の邪魔認定はされている。
キャシーはパラソル夫人の圧に耐えながら、このまま帰られては困ると不機嫌な高位貴族を留めるためのカードを切った。
「事は王族にも関わっています!」
「王族が。それは大変ですわ。でもそれで?アドレアは体調が悪いのよ?」
「で、でしたら!アドレアさんは保健室へ」
「この学校の教師には問題があるようですね。申し訳ないけど、医者も信用出来ません。お退きなさい。」
「せ、せめて他の関係者の保護者も全員が集まるまではどうか・・・でなければ、アドレアさんが。」
「他の関係者がいらっしゃるの?ではその方達は何処に?」
「・・・応接室で保護者を待っています。」
「あら・・・じゃあもうそこの二人から色々聞かれたの?その関係者は」
「いえ、あの・・・」
この学校は教師も生徒も貴族ばかり。
アドレアのように優秀な平民も入ってくるようにはなったがかなり待遇は悪かった。
明確な嫌がらせはなくとも些細な差はつけられる。
それが今回、パラソル夫人の前で最悪な形で行われてしまったのだ。
外で馬の嘶きと女性の甲高い声が響いたことでパラソル夫人とキャシーの膠着状態は終わりを告げた。
残りの保護者が到着したようだ。
「応接室に案内していただける?キャシー先生。
貴女一人で。」
「はい・・・」
****
応接室には四人の男子生徒とその四人の母親が左の、そして一人の女子生徒とその母親が右のソファに座って対峙していた。
全員アドレアを酷い視線をぶつけたための、全員がパラソル夫人に敵認定されたのだが気づいたのはキャシーと彼らを諌めていた初老の教師だけだった。
「校長先生、アドレア・カーネリアンとその後見人のパラソル夫人が到着なさいました。」
「ああ、御足労いただきありがとうございます」
「お呼びいただきありがとうございます校長先生。ところで、一人一人お話をする必要がありますわね」
もはやパラソル夫人に対話するつもりはなく、アドレアを背中に隠し校長に対しては命令した。
四人の母親たちからその態度に抗議の声が上がったがパラソル夫人のせいで肝が据わったキャシーによって男子とその母親たちが別の部屋に連れていかれた。
残されたのは呆気にとられた顔の母と娘だけである。
二人は慌ててソファから立ち上がりパラソル夫人に淑女の礼をした。
その事に後ろから見ていたアドレアは驚きを、校長
先生は冷や汗を隠せなかった。
「お久し振りにございます、ペン・・・」
「お待ちになって、アーキス侯爵夫人、アーキス侯爵令嬢。わたくしのことはパラソル夫人と呼んでくださらないかしら」
「え?ええ、夫人がそうお望みなら。私もアーキス夫人とお呼びください。パラソル夫人、娘のローズです。」
「ありがとう。御二人の親切に感謝します。紹介が遅れました。この子はわたくしが後見人を務めております娘でアドレア・カーネリアン。」
「アドレア・カーネリアンと申します。」
アドレアも学校で習ったらしい淑女の礼を見せた。
その立派な所作にアーキス夫人は複雑な顔で娘を盗み見た。
アーキス侯爵令嬢と呼ばれたローズも硬い顔をしている。
「わたくし、事は王族に関わると聞きましたの。アーキス侯爵令嬢は第二王子の婚約者でしたわね?」
話が自分に投げられて、突然のパラソル夫人の登場に感情を乱されていたローズは令嬢らしくなくペラペラと喋った。
「そうですパラソル夫人!事は王族、私と殿下の将来に関わるのです!そこで貴女の庇護をのうのうと受けているアドレア・カーネリアンは私の婚約者である殿下を誘惑したのです!しかも殿下に私と婚約解消するように迫って!平民の分際で烏滸がましい!いえ、平民のだって他人の婚約者を奪おうとするのは卑しいと知っているはずよ!」
その後文字にはできない、令嬢にはあるまじき罵詈雑言が並べられたため校長が合いの手を入れたのだがそれはどちらに対しても火に油となった。
「その証拠はあるのかね?」
「殿下が私に言ったのです!『アドレアと結婚する』と!『お前との婚約は終わりにしたい』と!それに殿下はいつもアドレアばかりに声をかけて!側近たちまでそれにならって私をないがしろにしていたのです!」
「あらあら。何処の何方にマナーを学んだのかしら。」
「ええ本当に、会ってみたいものです」
「ローズ!もう座って!」
「お母様!?でもまだ」
「貴女は混乱しているのよ。だから座って!」
アーキス夫人はずっとパラソル夫人の顔色を伺っていた。
そのため夫人の顔から表情が抜け落ちていく様を目の当たりにしてしまった。
人間こうも殺気が放てるのかと、侯爵夫人として生きてきたアーキス夫人でも目眩がした。
「アドレア。貴女は王子と結婚したいのかしら。もし、どうしてもしたいなら、させてあげられるかもしれないわ。」
「なっ!なんて事を!」
「あんな奴と結婚なんてしたくない!!!」
ローズの声を遮ってアドレアの悲鳴が響いた。
あまりの声量と王子を『奴』呼ばわりしたことに流石のパラソル夫人もぽかんとしてしまった。
アドレアは泣きながらも先ほどのローズのように言いたいことを言い始めた。
「私は勉強がしたくてここに入学したの!夫人の負担にならないように特待生枠のあるこの学校に頑張って入って!馬鹿な旦那を探しに来たんじゃないわ!それをあの男、この国では珍しい金髪だからって触ってきたりして気持ちが悪いったら!逃げても逃げても追ってくるしあげく側近の男どもは身体も触ろうとする!婚約者のご令嬢は止めないし!自分の男でしょさっさと止めてよ!私が抗議したって平民のいうこと聞くわけないのよあの貴族擬きが!何度も婚約者を諌めろと私頼んだわよね!それを何が『妾ならともかく妻の座を取ろうとするなんて』よ!まず私の話を聞きいて!あんな男の妻なんて、まして妾なんてお断り!侮辱するのも大概にして!!」
ぽろぽろ涙を溢し唇を噛み締めるアドレアの姿にこれは演技ではと疑う事もできなかった。
校長は頭を抱え、帰ってきたキャシーは泣くアドレアにギョッとし、アーキス夫人は顔を青くし、ローズはアドレアの剣幕に驚いて泣いてしまっていた。
一人だけ、パラソル夫人は優しい笑顔を浮かべしゃくり上げるアドレアの背中を撫でた。
「パラソル夫人、ごめんなさい・・・迷惑をかけて、ごめんなさい。私が勉強出来る様に色々してくださったのに。本当にごめんなさい・・・」
「アドレア・・・可愛い優秀なアドレア。大丈夫、迷惑ではないわ。これも後見人の仕事。そんなに泣いたら知識まで流れてしまうわよ?」
「うぅ・・・ごめんなさい」
「謝らないで・・・ねぇアーキス侯爵令嬢」
「ひっ・・・!は、はい」
「アドレアと話すことがあるわね?わたくしとアーキス夫人は、少し席を離すから二人・・・キャシー先生と一緒が良いかしら。最近流行りの女子会をしては、どうかしら。」
「「「へ?」」」
「ええそれが宜しいですね。ローズ、アドレアさんとキャシー先生と一緒にカフェにでもいってらっしゃい。馬車を使って良いから。」
「お母様・・・」
「アドレア、ローズさんと少し話しててくれないかしら?」
「でも・・・」
「言いたいことを言い合うのも良いと思うの。どう?」
「・・・わかりました。」
「ありがとうアドレア!」
***
アドレアとローズがキャシーに連れられて学校を出るのを確認すると、アーキス夫人と頷きあってパラソル夫人は鉄拳制裁に乗り出した。
「アーキス侯爵夫人。改めてご挨拶させてくださるかしら」
ここまでパラソル夫人は本名を名乗っていない。
あくまでも平民、それも孤児のアドレア・カーネリアンの後見人として立ってきた。
そのためここまでであればパラソル夫人とアドレアへの無作法を表立っては咎めるつもりはない。
そもそも呼び出された理由も不明瞭であったので『パラソル夫人』と名乗ることで事態を大きくしないように身分を自ら明かさなかったのだ。
しかしアドレアを害した相手が大物なら話しは変わる。
相手が身分を持ち込むならアドレアの保護者である『パラソル夫人』も 身分を使うことを辞さない。
パラソル夫人は傲慢で偽善的な生粋の貴族である。
つまりパラソル夫人は有り余る財力を有する領主である。
この世界の貴族にとって大切なのは王家ではない。
貴族らしい貴族にとって最も大切なのは血の繋がりであり、己の領地であり、己の民である。
そのなかでもお気に入りの少女に手を出されて泣き寝入りは出来ない。
アーキス侯爵夫人もまたしかり。
アーキス侯爵夫人は己の娘を蔑ろにされた。
しかも己が家族に大した利益をもたらさない男に。
この世界では様々な分野で革命が起こった。
貴族と王家もまたしかり。
この世界で特権階級であるためには節度と努力と金と信頼がいる。
今回の件で殿下とやらはこの国でもかなりの権力を持っているらしいパラソル夫人とアーキス侯爵家を敵にした。
彼とその側近たちが貴族として生きていく未来はほぼ断たれたのである。
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『親愛なるパラソル夫人
この間はありがとうございました。
殿下たちは謹慎処分を受けたのですが、勉学も駄目でしたから自主退学していきました。
おかげで私は勉学に集中できます。
まだ一年生で良かった。
ローズとはあの日色々「話し合い」をしたからか、とても仲良くなりました。
元々あまり頭の良くない婚約者に鬱憤が溜まっていたようです。
健やかな環境になると人が変わったようで今や親友です。
学びたい分野は違いますが上の学校に行けるよう二人で頑張ろうと話しています。
ところで言いにくい相談なのですが、ローズが私の故郷を探そうと言って海外旅行に誘ってくるんです。
隣の国は金髪が多いから私のルーツはそこにあると意気込んでいます。
ただ私には旅費はとても出せないのでローズを傷つけないためにはどう断れば良いでしょう?
どうかパラソル夫人のお知恵を貸してください。
アドレア・カーネリアンより』
白い封筒に手紙を戻して、パラソル夫人は満足そうに微笑んでいる。
頭のなかは真面目なアドレアのために、例えばローズとの卒業旅行の提案、勉学に支障がでない範囲の仕事の斡旋、どの分野を学びたいのか詳しく聞いて本でも贈るか、いや侯爵令嬢と仲良くなったらパーティーの誘いもあるかもしれないからドレスの方が良いかといった楽しいことで一杯だった。
この世には恵まれない子がいるのになぜアドレアだけと言われるかもしれないが、そこはパラソル夫人の我儘。
夫人は特権階級であり様々な義務を背負うからこそある程度の行いましたは許されて当然だ。
「アーキス侯爵令嬢を我が家の別荘に招いて、アドレアと休暇を過ごさせるのも良いかも知れないわね。」
まだ外国に行かせるには不安があるお年頃。
王家の事もあってアドレアとローズは学校の外では注目されている。
ローズは侯爵令嬢であること、婚約一つ解消されても相手に非があるから傷ものではないことから優良な花嫁候補だと引く手数多とアーキス夫人は語っていた。
そしてアドレアも恵まれない環境でも特待生となる頭脳と可愛らしい容姿、なにより後見人の存在から貴族に花嫁候補として狙われているらしい。
パラソル夫人はもう一枚の手紙を開いて、困ったわと笑う。
『親愛なるパラソル夫人
私を心配した次期アーキス侯爵が学舎にやって来たところ、なんとアドレア・カーネリアンに一目惚れしてしまいました。
熱の上がりようは夏の太陽も凌ぐほどです。
一途な男性で愚かでない事は私の母が保証しております。
どうか私の兄が私の親友に恋する許可を頂けないでしょうか。
ローズ・アーキス』
侯爵令嬢としては無作法な手紙も、相手が平民の友人の後見人であって貴族とは名乗っていないのだから気軽さは多めに見るべきなのだろう。
ローズも侯爵令嬢は名乗っていないのだから。
「あら、あら」
これは次期アーキス侯爵とやらを調べる必要がある。
孤児院に行ったときアドレアを心配する院長にも話をせねばとパラソル夫人の機嫌は良い。
「奥方様、御手紙が届きました」
「ありがとう」
上機嫌なままパラソル夫人は新しい手紙を受けとる。
宛名はアドレアと同じ『親愛なるパラソル夫人』なのだが筆跡は全く違う。
アドレアの件で呼び出された際、パラソル夫人は真面目な子に何があったのか、成績が落ちたのかと困惑した。
しかし今回の手紙に記された名前を見たところ、嫌な予感がした。
案の定、手紙を持ってきた執事の持つトレイにはもう一枚手紙がある。
パラソル夫人は恐る恐る手紙を開いた。
『親愛なる日傘のおばさま
お元気ですか?私は元気じゃありません!
男の子って人の話を本当に聞かないんですね!
私には恋人が居るのに声をかけてくるんですよ?
まだ別れてないのに、私ってそんなにすぐ捨てられそうな見た目をしているのでしょうか。
少し悲しくなります。
そうそう、おばさまの心配している勉学の方はそこそこに頑張って、来年は一つ上のクラスに上がることになりました!
それとやっと宛名に「おばさま」ではなく「夫人」と書くのに慣れました。
手紙のなかではおばさまと呼ぶことを許してくださいね。
まだ使いなれないの。
それでは
ダリア・スフェーン』
小さな溜め息をついて、パラソル夫人はもう一枚も手に取った。
アドレアの通っている学校とは違い、比較的最近設立した商人といった裕福な平民も多く通う学校の校章で封がされている。
「・・・馬車を。明日も面談に行って参ります」
「かしこまりました」
パラソル夫人は最後に壊れた傘の修理だけ頼んで、明日に備えて後見しているダリアのプロフィールと彼女の通う学校の情報を確認するのだった。
お読みいただきありがとうございました