日記
姉妹共同の部屋で自分の机に向き合いながらすらすらと日記を書く。
「えっと……直径12cmだから」
俺の隣で夏は宿題をやっている。あまり進行状況は良くなさそうだが。
ちらっとプリントの中身を覗いてみる。
教科は算数で……概要は円の面積を求めろ、というもの。
夏は鉛筆を止めて必死に考え込んでいる。
問題に表記されている長さの表示が直径の為少しつまずいているんだろう。
簡単な話でその数字を2で割ればそれが半径。と教えてやりたいが……
今の俺は幼稚園児だ。そんな事は言えない。
俺は歯がゆい思いを感じながら再び日記帳に意識を戻す。
わざとらしく拙いひらがなを用いて今日の思い出を記してみた。
【きょうもおかあさんとおとうさんがいないからおねえちゃんといっしょによるごはんをつくった】
当然だが食事を用意せず子供を放置する行為は立派なネグレクトに当たる。
今のうちからしっかりと証拠を残しておくのだ。
俺は記憶を持ったまま転生したんだが、何故そうなったのかは分からない。
恨みや呪いがもたらしたのものなのか……はたまた神様の気まぐれかもな。
何にせよ特別な力が働いた、みたいな漠然とした認識だ。
しかし裏を返せば記憶以外に特別なものを保持している訳じゃない。
当然魔法とかそんな超次元の力は使えないし、当時の運動能力をそのまま再現できるとかもない。
あくまで基本は年相応、それを重々承知していかねばならんだろう。
と言っても、記憶があるなしじゃまるで行動範囲は変わるのだがな。
現に俺はあいつらを陥れるチャンスをずっと画策出来ている。
百歩譲って子供たちの反撃を警戒するにしても4歳を相手にはしないだろう。
実際の復讐開始時期はまだまだ先だが、円滑に用意を進めるのはむしろこの時期が最適なのだ。
具体的な完成系は今後の動向でいくらでも変わってくるため現時点では固めないでおこうと思う。
変に意識しすぎると手違いが起きた際に臨機応変に対応できなくなるかもしれない。
10年以上の歳月をかけることが前提だからな。存分に石橋を叩いて行こうじゃないか。
……一応最低限決めていることは、しっかりと現代の法律によって裁くこと。
悲惨な現状を綴った日記を書いているのもその為だ。
裁判沙汰になったりした時にこういうのは非常に効果的らしい。
幼稚園児と言えど計画を練って隙を突けば物理的に復讐が出来るかもしれないが……
仮に成功したとしてもそれでは意味が無い。
奴らを嫌悪した末に奴らと同じ……いや、それ以下にまでなってしまっては本末転倒である。
別に自分の行いが純然たる正義か何かだと思う程驕ってはいない。
だが、超えてはいけない一線という物はまだ見えているつもりだ。
俺は高坂俊平として復讐を果たす。
親に愛されなかった、哀れな子供として。
毎日の記録を眺めながら決意を固める。
その瞬間、家の鍵が勢いよく開く音が聞こえた。
慌てて日記帳を本棚の隙間に隠す。
「帰ってきた!」
その音を聞くやいなや夏は勢いよく席を立ち、嬉しそうに玄関へとことこ歩いていった。
俺も息を整えつつ後に付いていく。
そこに居たのは髪をぎちぎちに整髪料で固め、薄紫のスーツに身を包んだ男。
酒、香水、煙草……混じり合った夜の香りが鼻をくすぐる。
現在の時刻は21時半……今日は随分と早い帰りだ。
と言っても帰宅自体が三日ぶりなんだが。
「お帰り、お父さん」
「おう、ただいま……あいつはまた居ねえのか?」




