高坂俊平
「夏、俊平にミルクあげといて」
ぶっきらぼうに雪はそう言いながらつまらなそうにスマホを弄る。
夏はこくりと頷き、哺乳瓶の置いてある台所までとことこと歩いていく。
まだ歩くことすらままならない俺は一連の流れを黙ってベッドの上で眺める事しか出来ない。
現在の俺は生後4ヵ月、まだ言葉もろくに話せない赤ん坊である。
ここでの俺は高坂 俊平、という名前を付けられたようだ。
当然だが、この家で誰も俺の事を工藤悠斗だと疑う者はいやしない。
まさか記憶をそのまま持った状態で転生なんて、創作でしかありえないような話だ。
俺自身も数ヵ月の期間を経てようやく納得した程だからな
8年前の自殺の件をどう片づけられたかは知らないが……少なくとも雪達にとっては厄介者が消えた位の感覚だろう。
「はい俊平。どーぞ」
俺の口に哺乳瓶があてがわれる。
さすがにこんな小さい女の子に物を飲ませてもらうと言うのはどうにも恥ずかしい。
しかし逆らう方法はなく、俺は出来る限り無心でミルクを飲む。
……意外とこれが美味かったりする。
今俺にミルクを飲ませてくれているミディアムヘアの女の子は高坂 夏。
一応……今の俺の姉という立ち位置になるのだろうか。
まだ7歳だが責任感が強く、よく俺の面倒を見てくれる。
両親にはほったらかしにされるからか必然的に世話になる頻度が増えてしまう。
申し訳ない話だ。
「……はぁ、帰ってこないなら早く連絡しろっつーの」
恐らく父からの連絡が来たのだろう。
露骨に不機嫌な態度を取るのが今の俺の母であり前世の俺の元妻であった羽田 雪。
……いや、今は高坂雪か。
どうやら夫婦関係は超絶不仲らしく雪は家でよくぼやいている。
それだけならまだしも日々だらけきっていて家事や俺の世話をまだ幼い夏に一任しているのだ。
食事は基本レトルトかコンビニ弁当、栄養バランスなど以ての外だ。
まぁ、お世辞にも幸せで一家団欒とは言えないような環境だな。
喜ばしい事と言えば夏が両親とは性格面で全く似なかったことくらいだろう。
飲み終えたところで俺は雪をじっと見つめる。
「……何?今ママ忙しいから」
雪は俺がかまってほしいと訴えているようにでも思ったのだろうか。
スマホから目を離さず適当にあしらおうとする。母親の対応とは思えないな。
俺の視線の真意が憎悪だとは知る由もないだろうさ。
さっきも言ったが俺は前世の記憶をそのまま持っているんだ。
知識は勿論、あの時の恨みも全く消えちゃいない。
そう簡単に消えてたまるものか。
「あんた、夏と違って全然泣かないよね……私は楽でいいんだけど」
気味悪そうに雪は呟く。
意図的とはいえあまりいい気分はしないような言われようだ。
俺は赤ん坊だが泣かないように感情をコントロールすることができる。
それは工藤悠斗だった記憶があるからだ。
今はまだ身体の機能的な問題で話したり歩いたりなんてのは出来ないが……それも時が経てば解決するだろう。
むしろ前世分のアドバンテージがあるのだから、より洗練させることだって出来るかもしれない。
生後4ヵ月だが、記憶があるお陰で高校クラスの勉強までなら余裕だしな。
俺はこれを活かしてより自分を磨き、今度こそ真っ当な人生を歩んでみせる。
自殺なんて選択肢を取らなくてもいいくらい明るい未来を掴んでやる。
そしてやるべき事はもう一つ。
忌々しい両親への復讐だ。
「ふ……ふひうは」
「?今喋った?」




