誤解
終業を告げるチャイムが鳴り、礼を終えると同時に再びⅮ組へと向かう。
正に間髪入れず……とでも言うべきのスピードだ。
俺は開け放たれたⅮ組の扉から様子を伺う。
すると……
「……居た!」
教室の左側後方には確かに氷室の姿があった。
席にぽつんと座り、黙々とノートを眺めている。
遠目からなのではっきりとは言えないが……恐らく喫茶店で見た奴と同じものだろう。
彼女の周りには恐らく固まったグループであろう男女が談笑していた。
元々小学校が同じだった、もしくは入学二日目で既に仲良くなったのだろうか?
真相は分からないが氷室を囲んで楽しそうに手を叩き合っている。
だが、彼女自身はその輪に入ってるわけではないのだ。
……そもそも普通に帰ろうとはしないのか?
氷室がもともと人と関わらないタイプなのは知っていたが、俺は苦笑いを浮かべる。
会話をしないと言うのは分からないでもないがあれ、普通に鬱陶しいんじゃないか?
少なくとも俺含め並大抵の人間なら一旦自分の席から離れてる所だろう。
疎外感を感じるか騒音を煙たがるか……どっちかの理由で。
それも、あいつからしたら興味が無いからの一言で片付くのだろうか。
そうだとしたら中々に肝が据わっている。
こう思うのも何度目か分からんが本当に中学生らしくない。
言動や考え方が既に達観の域に入っているのだ。
まるで俺と同じように。
……同じように?
……いや、まさかな。
頭に一瞬浮かび上がった考えを自らで即座に否定する。
偶然にしては出来すぎてるし、別にらしくないと言うだけの話だ。
額を伝う冷や汗を拭って落ち着きを取り戻す。
自分の頭の中で妄想を広げて不安が増すなんてのは馬鹿馬鹿しい。
当初の目的を思い出しながら俺は喉に力を籠め、彼女の名を呼ぶ。
「氷室さん!ちょっといいかな!?」
Ⅾ組は一瞬鎮まり、クラス中の視線が俺と氷室に注がれる。
少し恥ずかしいような気分もあるが今はそんなことはどうでもよかった。
氷室はがたっと席を立ってこちらに向かってくる。
それと同時に周りからはひそひそと内緒話を始める声が聞こえてきた。
「え?誰あのイケメン?氷室さんの知り合い?」
「高坂君って言うんらしいけど、知り合いとかじゃ無かった筈だよ」
「でもあいつら小学校同じだって……しかも昨日一緒に帰ってたんだろ?」
「マジ?じゃあ付き合ってんの?」
……こちらから攻めると言った訳だが。
こうなると面倒くさい事になりそうだ。
タイミングを伺い続けて機を逃すのは以ての外だが、もう少し選んでも良かったかもしれない。
確かに昨日の一件も学校内で見られていたのならそういう噂が立つのも理解はできる。
厳密に言うと一緒に帰ったわけじゃないが、そんなことは彼らは知る由もない話であって……
更に俺の目の前に氷室が来て、追い打ちがかかる。
「……ふふ、待ってたわよ。それじゃあ行きましょうか」
笑みを浮かべながら氷室はすたすたと歩いていく。
その様子にざわめきはより一層激しさを増していくのだった。
まぁ、俺は言いたいことは分かっている。
頼ってくれて構わないと言った翌日に来てくれたんだから……待ってたなんだろう?
だからそんなに嬉しそうなんだろう?
だが事情を知らない者たちからしたらその発言は彼氏を待っていたとしか取れないものだ。
誤解に拍車がかかっていくのを悟って大きくため息を吐いてしまった。
どこかやるせなさを感じながら、俺はとぼとぼと氷室の後を追っていく。