演技
「……何言ってんの?」
俺の驚嘆を気にも留めず氷室は鞄からノートを取り出す。
反論も何も……今、何て言った?
おかしい。
だって、完璧に隠し通した筈だ。
傷跡も見えないように工夫を凝らしたし、異常な点を不審に思われても誤魔化せた筈。
俺は非常に動揺していた。が、すぐに不思議気な顔を取り繕う。
せめてもの抵抗だ。
これまで13年間上手く行っていたと思ったのに、唐突に崩されてしまうのだ。
正確に言うとまだ崩されると決まったわけでは断じてないが……
それでも……完璧と思われていた計画に綻びが生じたという事実は俺の心に大きな衝撃を与えた。
何はともかく、反論をしなければならない。
「まず、貴方の両親は今日も入学式に来なかった。これは間違いないわよね?」
確信を持った言い方。恐らく朝から注意深く観察していたんだろう。
俺は黙って頷く。
ここで嘘をつく意味は大して無い……下手に懐疑心を持たせるのはナンセンスだ。
それだけなら説明も行える。
「他の人にも言ったんだけど……うちは父さんも母さんも仕事で毎日忙しいからさ」
出来る限りの苦笑いを浮かべて自然さを表現する。
この転生生活は、地味に演技力も育んでくれた。
勿論理由自体は方便だ。
現在もバリバリ現役で女を騙している渉はともかく、雪は相変わらず無職のまま。
最近はもう丸3日ほど家を空けている。
一応夏が一昨日に入学式の旨をメールで伝えたそうだが……そもそも返事すら来なかった。
別に親の不在を疑問に思われる事は今に始まった事ではない。
幼稚園の頃は主にお迎え。
小学校時代でも参観日や運動会などのイベントで度々同年代の友達から聞かれるのだ。
その度に俺は今のような言い訳をしてお茶を濁していた。
小学生なんて、それ位で納得してくれるのだ。
さすがに変えの利かない三者面談等のイベントでは雪も学校には来る。
酒とギャンブルに溺れている人間とは思えない程凛々しい表情を携えて。
渉も言っていた通り、外面の使い方が非常に美味い女である。
それを保つことが最早雪にとっては仕事ぐらいの感覚なんだろう。
「具体的な仕事内容を聞いてもいいかしら?」
「母さんは旅行会社の受付、父さんは銀行員だよ。二人共職場が家からかなり遠くてね」
「……成程、移動時間も相まって前以て時間を取るのは難しいと」
「ああ、式での写真なんて友達に撮ってもらって後で送ってもらえばいい話だしね」
口八丁に適当な設定を並べる。
実際渉には親の職種を言及されたらそう答えろと言われた。
具体的な仕事の内情を聞かれたらプライバシーで逃げればいい。
氷室は俺の話を聞いてノートに何かを記している。
内容は角度的に見えそうにはないが、推察するなら多分今出た状況のメモだろう。
「一応そこまで毎日会えては無いけど……それでも仲が悪いって程ではないと思うよ」
追い打ちのように付け加える。
氷室はその言葉に片眉を上げて反応した。
俺は堂々と嘘を振りまきながら氷室についての考察を始める。
藪から棒に仲が悪いの?なんて聞き方がまずおかしい。
氷室の言う疑問点から考えるなら普通何で居ないの?からだろう。
過程をすっ飛ばした質問から導き出せる答えが一つ。
何処までかは分からないが、彼女は何かに気付いている。
その場合追及はまだ続くだろう。
俺も全力で誤魔化してみせる。関係ない他人の介在は計画に支障を生む可能性もあるからな。
だが、仮に俺が不仲を認めたとして……その末に氷室は何がしたいんだ?
まぁ、どういう存在かってのは読者視点からは結構分かりやすいかと思います