ずっと、貴方を見ていたの
氷室に連れられて俺は喫茶店【カントリー】に入る。
学校からはものの5分もかからず着いた。
前世を含めても喫茶店に入るのは初めてだ。
いや何か……絶妙に喫茶店って行くタイミングが分からなくないか?
「ここ、意外と知られてない穴場なの。落ち着いてて話もしやすいでしょう?」
「……ああ、そうだね」
確かに店内の雰囲気は非常に心地いい。
快適な室温にほのかに香るコーヒーの香り。
じっくり腰を据えて話すにはおあつらえ向きと言った感じだ。
氷室はゆっくりとコーヒーを口にする。
その様子があまりにも絵になるもので、俺は思わず息を飲む。
「……うん、やっぱり程よい苦味が素晴らしいわ」
うっとりと感嘆の声を漏らしているが机の周りには大量のガムシロップがある。
いやどう考えても甘味以外に感じる要素無くないか?それで程よい苦みとかまだあるの?
余程繊細な舌をお持ちなのか、はたまたツッコミ待ちなのか。
どうにも距離感が掴めない。これを延々続けられるのもきつい話だ。
俺は早々に氷室の目的を明かそうと動く。
「で、話したい事って何かな?」
他人を急かすのは好きじゃないが、こっちだって暇じゃない。
今日も家に帰って勉強なり準備なりを進めなければならないんだ。
……何かここだけ抜き出すとただの真面目な中学生みたいだな。
無論勉強や準備って言うのは俺のスケールでの話だ。
氷室は咳払いをして俺の目をじっと見つめてくる。
「……そうね。ここでなら他人の目を気にしなくてもいいし、速やかに用件を伝えさせてもらうわ」
俺は彼女の言い方から一つの可能性を思い浮かべた。
人目を気にしてわざわざ対面で伝えなければならない。
そう、これはつまり……
氷室は俺に告白をする気では……?
いやある訳ないだろ馬鹿か?
一瞬浮かんだ予想は冷静になれば即座に否定できるものだった。
自戒として全力で自分の太ももをつねる。
そもそも何度も自分で言ってるだろうが……ろくに話したことすらないって。
何の因果があって一度も会話したことすらない人間に惚れるんだっつの。
我ながら気持ち悪い想像をしてしまった。氷室に対して申し訳なさが募る。
しかし、俺の反省とはよそに流れは変わっていく。
「ずっと、貴方を見ていたの」
……ん?
氷室は目を閉じたまま胸に手を当てている。
「貴方は他の人とはまるで違う……観察していたらすぐ気付いたわ」
体中から冷や汗が湧き出る。
分かってるさ。あり得ないのは分かってるが……
だが何なんだ?その言い方は。
少し伝えにくそうな、もどかしくなるような口調。
これではまるで……
俺は冷静になるためにコーヒーに口を付ける。
ないないないないない絶対にない。
ブラックの為口内に苦みが染み渡っていく。
風味を味わう余裕は全く無かった。
「もしかして貴方は……」
これで告白なんて来たら驚愕のあまりコーヒー噴き出すぞ。
いや、それはダメだろ。店にとって迷惑だ。
だが反射的な行動を抑えきれるかは分からない。
ていうかそんな心配いらないんだって絶対あり得ないんだって。
転生して以降ここまで思考がまとまらないのは初めてかもしれない。
必死に自分に言い聞かせながら俺は氷室の次の言葉を待つ。
結論から言うとコーヒーは噴き出さなかった。
でもそれは決して驚かなかったという訳じゃない。
むしろ……驚愕の面では告白以上だ。
「ご両親と仲が悪かったりするんじゃないの?」