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俺たちは科学を奪われた

 全人類に告ぐ


 君たちから科学を奪う


 ユートピアで待つ


 ■


 全世界にあのメールが発信されてから、何もかもが雲に覆われている。

 テレビなどの娯楽はほぼ無くなり、世界は黒っぽい灰色に包まれ、失業者やホームレス、家なき子で溢れかえっていた。


 俺もまたあのメールの影響を受けていた。

 1日の楽しみであったFD(フルダイブ)型のゲームを奪われ、タバコをやめざるを得なくなり、夜の家に光がない。毎日毎日、汗を流すしかない。女の子と遊ぶことも満足にできず、日々ストレスが溜まっていく。でもまだ救われている方か。

 親が田舎の方で畑仕事をしていたため、そこに逃げ働かせてもらっている。村の人は畑仕事に使っていた機械が使えなくなったことで力のある若者が欲しかったらしく、俺が偶然帰ってきてくれて嬉しがっていた。母は俺を見て涙を流して、父は肩を叩いてくれた。


 総理大臣も外国も顔の知らない人も関係なくなった。核ミサイルの心配なんてしている暇はない。今は自然の暴力と衣食住と明日の心配で手一杯だ。今日も暴力的な日差しが俺に降りかかる。そんな中で必死に農具を振りかざす。


「お〜い、一郎(いちろう)や。お前さんに客だぞー」


 遠くから俺を呼ぶ声がした。前はその名前で呼ばれるのが無性に嫌だったが、今はそんなことを気にしてられない。

 俺は農具を置いて汗を拭き、声の方に向かった。

 そして声の元に近づいていくと、手を振るうちのじいちゃんとスーツを着た体格の良いおっさんがいた。


「えっ? なんで先輩いるんすか? ま、まさか殺しに来たんですか⁈」


 このスーツのおっさんは間違いない。俺を組に入れてくれた人だ。名前は早乙女(さおとめ) (しのぶ)だ。太陽に照らされ輝くスキンヘッドに真っ暗なサングラスは威圧感を感じる。そしてこのご時世じゃあり得ない、スーツを着ていた。

 まさか、無断で逃げ出した俺を殺しに来たのか! ま、まずい。やっぱり一言断ってから村に帰った方が良かったのだろうか。そうに違いない。クソ、どうやって逃げれば。畑仕事で筋力がついたとはいえ、この熊みたいなスキンヘッドおっさんに勝てる気がしない。


「話は後だ。すみません、こいつ、当分の間借りていきます」


 あっ、とりあえず殺されないんだ。良かった〜


「もしかして一郎がなんかやったんかいな」


 じいちゃん…… そんなすぐに疑わないで。確かに昔、いじめやら暴力やらと色々やらかしたけどさ。今は村のために働く真面目な好青年なんだからさ。


「いいえ。それとそんなに時間はかからないと思います。安心してください」


「そうか。じゃあ一郎、ちゃんと帰ってくるんじゃぞ」


 そしてじいちゃんは俺の肩を叩いて、どっかへ行った。


「よし、じゃあ行くぞ」


「あの、荷物は?」


 当分の間ということは、1、2日はあるだろう。荷物の準備はした方がいいだろう。あと家族に連絡もしなければ。


「じゃあ、さっさと済ましてこい。そんなに時間があるわけではないんだ」


「わかりました!」


 そして俺は汗と泥で汚れた服を脱いで新しい服に着替えて、家族に別れを告げて荷物を持ち、早乙女さんと一緒に村を出た。

 そして30分くらい、太陽の無慈悲な光を浴びながら歩いていると迷彩柄のシートが被さっているものの前についた。周りは草花や木で覆われていて結構うまく溶け込んでいる。そして地面にタイヤの跡があった。


「えっ? 先輩、車ってどういうことっすか?」


 今の社会、車もバスも電車もない。なのにタイヤの跡がある。これはどういうことなんだ?


「見ての通りだ。ちょっと剥がすの手伝え」


 そして俺は先輩と一緒にシートを剥がした。すると現れたのは車だ。車なんだが、割と古い。

 この白い車は1、2年ほど前のものだった。俺の財布からではこんなの買えない。


「な、なんすかこれ⁈」


「組織から使えって言われた車だ。行くぞ」


 そして先輩は車に乗った。俺も助手席に座ろうと椅子に手をつくと、驚きの声を上げた。


「えっ? なにこれ⁈」


 椅子の材質はとても良かった。ふかふかで手を置くと軽く沈む。


「ネットや電気を使わないものは品質が良くなっている。ほら、さっさと座れ」


「は、はい」


 そして俺は椅子に座った。その椅子の柔らかさが疲れの溜まった俺に眠気を与えた。だが寝たい、寝たいが寝るわけにはいかない。


「こ、こんな車いいんすか? 俺、風呂入ってきませんでしたよ? 組のトップに殺されるとか嫌っすからね?」


「組はもうない」


 先輩は静かにそう言った。


「えっ?」


 どういうことだ? いや、まぁ、今の状態ではあまりうまく回せなかったのかもしれないが、それでも無くなってしまうなんて。


「順を追って説明するぞ。お前がいなくなってから、組はある組織の傘下に入ることになった。名前は創始社。まぁ、200年近く前から日本の裏に存在してた組織らしい。で、この組織は俺らのとこだけでなく、マフィアや警察、秘密結社までも傘下に入れた」


「えっ? 警察? 秘密結社?」


「あぁ、秘密結社は例えば中学生男子が一度は調べたりしてそうなあの組織とかな」


「あぁ、あの陰謀論によく出てきたり、予言したとか言われたあのカードのですか?」


「そうそこだ。で、創始社だが世界電気喪失事件、衛星の流れ星などのあとに一応一回世界中の電力の回復などを行ったんだ」


「えっ? マジっすか?」


 どんだけすごい組織なんだよ…… やべぇな。

 それともう東京や大阪の方は回復しているのだろうか。早く地方の方も回復してほしい。


「あぁ、だがその後またデータから攻撃を喰らった」


「データ?」


「あ〜 お前は聞いてないか。あのメールの主のことだ。組織はあれをデータと呼んでいる」


「あ〜 わかりました。ってまたっすか?」


「あぁ、で、創始社はこのままではイタチゴッコだ、ということで、データの元を叩くことにした」


「で、なんで俺は呼ばれたんですか?」


 まさか! 俺に隠された力が! おぉ、科学を頼れない今、俺の秘めたる力が発揮されるのか!


「お前がリストに載っていた。おそらく理由は元組の人間だからだろう。人手は多い方が良いらしい」


 あっ、そんだけ……


「あっ、すまんが道案内してくれ。ほら地図」


 先輩は俺に地図を投げて、車はとても静かに動き出した。あまりにも静かで少し驚いた。


「えぇ? こんなに静かでいいんですか? 御老人から文句言われますよ? 『車ならもっと音出せい!』とか」


「今はバレたらダメなんだよ。車に乗ってるとこ見られたら、最悪襲われる」


「うわ〜 物騒だな〜」


 全く、今世の中はどうなっているのかまともにわかんねぇよ。東京とかどうなってんのかな〜


「で、お前、今回の件どう思ってる?」


「え〜 あ〜 大丈夫じゃないですか? ほら2020年問題も一応は乗り越えたんだし」


 2020年問題。

 俺たちはあの年、未知の病気と出会い、少しの間世界が回らなかった。株は大暴落、義務教育を終えた学生の一部は退学、大人は日々マスクを追い求めて右往左往していた。

 でもその問題はワクチンが完成すると、解決した。人々はマスクを外して、外を出歩けるようになった。

 まだ爪痕が残っているとはいえ、次第に回復して行き、安心できていた。


「今回もそうだといいが」


「どうしてですか?」


「今回のは人の手によって起きたことだ。今までみたいな自然発生なものではない。だからどうなるか……」


「まぁ、大丈夫ですよ。人類は強いですから」

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