表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/50

第26話 セミ


 セミがミンミン鳴いていて、うるさい。そんなことをつぶやくと、


「これがいいんじゃないですか」


 とサトは言う。


「でた」


「な、なんですか?」


「うるさいものは、うるさいって言った方がいいんじゃないか?」


「うるさくないものを、うるさいって言う必要はないでしょう」


「ええっ!? セミってうるさくない?」


「うるさくないってさっきから言ってるじゃないですか。夏の風物詩って感じで」


「……」


 そ、そうなのか。『セミ=うるさい』って思ってたが、みんなは違うのか。触ると気持ち悪いし、暴れるし、なによりもうるさいから正直大嫌いなのだが。


「夏には夏の音があるんです。それを感じられないそのメンタリティは寂しいですよ」


「……」


 グウの音も出ない。


「さもしいですよ」


「……」


「意地汚いですよ」


「……」


「底意地が悪いですよ」


「さ、さすがに言い過ぎだろ!」


 さっきからおっさんのメンタリティをグサグサ刺してくる小娘。


「夏の思い出って、なにか思い出しませんか?」


「逆にお前はあるのか?」


「えっ……私ですか……」


「なんか、あるだろう」


「……」


「……」


 沈黙がしばらく続く。サトには、ときどきそんなことがある。とにかく、過去のことはあまり話したがらないし、友達の話も、好きな子の話もしない。


 天気とか空とか、季節の話とか。どっちかと言うと、そんな取りとめのない話をしたがる。それは、路上ミュージシャンを気取っているからだと常々疑ってきたのだが、どうやらそうでもないらしい。


 深くは聞く気はない。そもそも、この話だって振られてたから振り返しただけだ……でも、過去の話をしたがらない理由は少しだけわかる。


「……夏ってとにかく暑いんだよ。部活がバドミントン部だったんだけど、体育館の中がとにかく暑くてな。1リットルのパックの麦茶が安くて、とにかくそれを飲んでたな」


 合宿なんかも思い出される。最初は何度も何度もゲロ吐いてたように思うけど、そこらへんは記憶の中でマイルド化されている。


「へぇ。松下さんにもそんな時代があったんですね」


「今思えば、結構迷惑そうだって思うんだけど。コンビニでずっと溜まってて。バドミントンの団体戦を想定して、『ここと当たったらこのメンバーで行く』とか、『ダブルスはどうする』とか。夜10時くらいまで、それこそずーっと喋ってて」


「……」


「多分だけど……今はそんな感じなんだろうな」


「……えっ?」


「ほら、お前とこうやって喋ってて、ふとそうやって思ったんだ」


 これは、きっとお世辞じゃない。同情なんかじゃもちろんないし、助けてるなんて気持ちももちろんない。むしろ、ここにいたいと考えてるのは自分で。今、そんな風に思った。


「……」


「本当にこんな感じだったんだ。今思えば、本当にバカらしくて、いったいなんの話をしてたんだって思い出せないほど。でもさ、なーんか楽しかったんだなってことだけ思い出せて」


 実際、そんなもんだった。なにを得るわけでもない、なにをしているわけでもない。でも、夏を思い出すんだったらきっと、高校生のときのコンビニで溜まっていたことと……この夏でのサトとの会話なんじゃないだろうか。


「……私も、そんな風に思い出せるんですかね?」


「うーん……知らんけど」


「なんで!? そこは肯定するべきところですよ」


「お前の中での俺の立ち位置がよくわからない」


「松下さんの立ち位置はおっさんです」


「もうちょっとなんとかならんかな」


「なにがですか?」


「言い方だよ。自分でおっさんだと言うのはいいが、小娘におっさんだと言われるとズーンとくる」


「それはもう無理ですよ。あれだけ自分で『おっさん』と自嘲しておいて」


 それはそうかもしれないが、自分でおっさん呼ばわりすることは、実はそれを否定してほしいというおっさん心をわかっていない。


 この小娘は、全然、わかっていやがらない。


「……せめて、おっさん×おっさんにしてくれ」


「HUNTRE×HUNTREみたいな感じにしてもカッコいいとはなりませんよ」


「……」


 おっさんと言う言葉は、どんなに装飾をしてもカッコよくならない。そういうことなんだろうか。恐ろしい世の中になったものだ。


「でも……そうですね」


「なにが?」


「私にとって、夏ってこんな感じなんだと思います。松下さんと駅前で、ここで話したセミの話」


「セミの話は、忘れていいんだが」


「もはやセミの話しか思い出せないですよ」


「……サト」


「はい?」


「言えよ」


「なにをですか?」


「いろいろだ」


 だから、もう寂しそうな顔するな。


 もし、お前に過去がなくたって。サトという人間がここからいなくなるわけじゃない。俺にとってのお前の存在が、きっと高校のときのコンビニでの時間で。


 お前にとってはどうかは知らない。でも、俺にとっては、サトはサトだ。


「……意味わかんないですけど」


「わかんなくたっていいんだよ」


「本当に、意味はわかんなかったんですけど……」


 そう前置きを置いて。



















私はきっと思い出します、とサトが言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ