表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/50

プロローグ


 その日は、泣いてしかるべき夜だった。あまりにも不幸な出来事が重なりすぎていたから。朝から遅刻し、仕事中キレられ、果てはお気に入りのアイドルが卒業を発表。最終的に、ゲリラ豪雨でびしょ濡れになった。


 それが最悪だって言うと、誰もが笑うかもしれないけど。それでも俺にとって、それは紛れもなく現実で、ツラい。


 それに比べたら、フェイスブックで昔好きだった子が、結婚報告をして満面の笑みを浮かべていることなんて、全然大したことはない。


 もう夢に百回以上でて、いつか、それでもいつか二人の運命は再び交差するんじゃないかなんて乙女チック妄想ラブストーリーが、無残に打ち砕かれることなんて全然平気だ。


 だから、この涙は夢ですら会うことが許されなくなった彼女に対しての涙ではなくて、朝遅刻して、会社でキレられ、お気に入りのアイドルが卒業して、果てはゲリラ豪雨でびしょ濡れになった涙なんだ。


 だいたい、アレから何年経ってると思ってるんだ。いや……もう10年超えてるじゃないか。『自分が好きなだけだから』なんて秘めたる片想いとか、お前は純粋乙女か。西野マナか。もう、携帯のアドレスだって変わってるんだよ。メールなんて送ったって配信違いで返ってくるし、連絡手段もなにもない。毎日毎日思い出すわけでも、会いたくて会いたくて、震える訳でもない……ただ、フとした瞬間に思い出すってだけで。


「……泣いてますか?」


「……」


 なんだよ、泣いちゃ悪いのかよ。そりゃ、俺はもう30歳超えてるし、結婚もしてないし、彼女もいないし、子どもも犬もいないよ。ああ、豚バラ好きで、三段ばらだよ。文句あんのかよ。


「ありがとう……ございます」


「……」


 なにがだよ。滑稽か? 30歳過ぎで泣いたらなんだよ。おかしいのか、世間的にはおかしいのか? 言っておくが、涙はテメーら若者の専売特許じゃねぇぞ。不幸でもないのに、泣きやがって。感動したくらいで泣きやがって。涙は悲しいときに泣くもんなんだ。お前らの涙なんて、どうせ他人が可愛そうで同情したりとか、部活の試合で負けたとか、そんな邪道の涙だろ。


 言っておくが、そんなもんは邪道中の邪道なんだよ。俺みたいに自分のために流す涙が本来の使い方であって、お前らのそんな綺麗な自己満足なスッキリするような涙なんてクソなんだよ。


「……初めてなんです。泣いてくれたなんて」


 うるせぇ。誰もてめぇのためになんて……


            ・・・

「ん?」


 朦朧とした意識が晴れてくると、そこにはギターを持った女の子が泣いていた。気がつけば駅前。コンビニでタオル買って濡れた身体を拭いて、近場のラーメン屋で生ビールを5杯飲んだぐらいから記憶がないが。


 あたりを見渡すと、すでに周りは暗かった。今日は社外で直帰だったから、昼間っから酒浸りになってたのに。『独身貴族万歳』なんて、誰もいない路上でつぶやいていたのに。


「私、あきらめかけてたんです。でも、あなたが……本当にありがとうございます」


「……うす」


 はっきり言って一ミリの音も覚えていない俺は、通り道の駅下で惚けていただけの俺は、なんかよくわからんが自己満足の感動に浸っている女の子の想いを壊すまいと相槌をうっていた。


「あの、もしよかったら……よかったらなんですけど。まだ、あるんです。聞いてもらえると嬉しいです」


「……うす」


 すっかり酔いも覚めて、ただガードレールに背をもたれて、目の前にいる女の子を見つめる。そう言えば、いつもここらへんでギター音と歌声が響いていたような気がする。なんか、逆に路上ミュージシャンなんて直視してなかったから。あらためて見ると、すごく可愛い顔面がんめんをしている。


「あ、ありがとうございます! じゃあ……弾きますね」


「……」


 どうしよう。なんか、やる気満々だが、聞いてみて微妙だったら、どういうリアクションをすればいいんだろう。もはや、彼女の歌に泣いてしまっている前提で、結果、全然ノーリアクションだったら、それはそれで傷つけてしまうような気がする。しかし、あいにくと今は、目の前の女の子の感情を気にしている気分でもない。


 だって、俺の方がきっとツライから。はっきり言って、30歳過ぎのおっさんが、目の前の若さに溢れていて、顔面も可愛くて、路上ミュージシャンなんてやってしまっているリア充に同情の余地などは一ミリたりともない。


「あっ、もしよかったらお名前聞かせてもらっても」


「……松下……です」


「松下さん。本当にありがとうございます。今日は、あなたのために歌いますから」


「……」


 そして。


 不意にも。


 不覚にも。


 情緒不安定にも。


 その明らかなセールストークに。ほぼ間違いなく偽りであろう優しさに。客がいない路上ミュージシャンの人が100パー言い放つであろう安易な言葉に、ホロっときてしまったのであった。


 雨はいつのまにかあがって。


 月がいつのまにかあがって。


 そこには。


 いつのまにか客認定されていた俺と。


 ギターを一生懸命に弾く女の子との。















 物語然とした小噺が照らされた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ