9.接客業はストレスがたまる。
1つの世界を滅ぼした〈隊長〉が…この世界にやってくる…!
蛇女はけたたましく甲高い笑い声を上げ、その場でぐるぐると回転した。
そして放たれた矢のようにビュンと飛んで行った。
「あっ!」
すーちゃんは慌てて走り出そうとするけれど、わたしは首を振って止めた。
追いつくことは難しそうだ。
「みなぎさん…」
チワワのような瞳でわたしに訴えかけてくる。
「これは…今までとは違って、かなりまずいということですよね?」
「そうだね…。わたしもよその世界を滅ぼしたやつとは戦ったこと、ないし…」
それがどんな強さなのか、想像もつかない。
「シンデレラ、ドロシー」
「っ!」
いつのまにか、すぐそばにスズキが立っていた。
いつも以上に青白い顔をしている。
「スズキ」
わたしの声に何を言いたいのかわかってる、といった感じで頷いた。
「間違いないです。1つ、世界が終わりました。そして、担当していた私の仲間も逃げられず消滅したようです」
「それは珍しいことなの?」
スズキの顔が強張っているので、わたしは穏やかに尋ねた。
「はい。普通はもうダメだ、という時には担当者は速やかに別の世界に移動します。残酷な様ですが、私たちは心中せずに次の戦場に向かわなくてはならないので」
「スズキさんも、そうなんですね?」
すーちゃんが唇を尖らせると、ようやくスズキも少し笑った。
「…手厳しいですね」
「担当者はわざと移動しなかったの?それとも…」
「移動できなかった、というのが本当でしょう」
わたしの質問に重なるようにして、すぐに返答がある。
「他の仲間からの報告では、まだ調査中ですが…他の世界に移動しようとした痕跡は残っているようだ、との事で」
「それくらい、強いってことですか?」
今度はすーちゃんが前のめりになった。
「…恐らく」
3人の間に沈黙が流れる。
「そして、そいつがこの世界に向かってきているということね?」
「はい。なので、この世界の〈隊長〉や〈兵隊〉の魔力が強まってきます」
「…サイアク」
魔法主人公になって、一番のピンチ。
キリがいいところで卒業して、平凡な日常に戻る。
そんな夢…が…。
ふと、スズキが遠くへ視線を走らせた。
「どうしたの?」
「…いえ、なんでもありません。誰かいたような気がしたもので」
人差し指で眼鏡を押し上げた。
※
「ちょっと、早くしてよ!」
「もう少々お待ちください」
原色が目に刺さる服を着たおばはんの声に、わたしは愛想笑いで答える。
「時間がないのよ、こっちは!」
時間がないくせに買った商品を「やっぱりこれやめた!こっちにする」と返品交換作業をさせ、「財布が重いから」と殆ど10円玉で支払い、「綺麗にラッピングして!リボンもつけて!だけど無料でやって!」と要求し、必死に包んでる間中ずっと急かされてる。
「お待たせしま…」
「ったく!」
差し出した袋を引ったくり、ドスドスと音を立てながらおばはんは店を出て行った。
あーあーストレスたまるぅぅ!
シンデレラに変身して、ガラスの槍を脳天に刺してやろうか。
ガラスの粒を操って店中をぐっちゃぐっちゃにする所を想像していたら、なんだか落ち着いてきた。
ふぅ…。
わたしはアクセサリーや雑貨を販売している店で働いている。
接客業なんてしてると、理不尽なお客さんに遭遇することも多い。
自分の使い方が間違ってるのに「壊れた!不良品を売っている!」と騒いだり。
やたら体にべたべた触ってくるおじさんとか。
子供が走り回ってやんわり注意するとその母親が逆ギレするとか。
ソフトクリームをぼたぼた垂らすとか。
トレイにお金を投げてくるとか。
店員って下に見られがちなんだよなぁ。
需要と供給なんだから対等だろうが。ブツブツ。
あー、今日も甘いもの買って帰ろう。
「橘さん」
事務所で本社と電話していた店長が顔を出した。
「はい」
「ごめん、言うの忘れてたんだけど。今日、橘さんがお昼休憩でいない時に、女の人が訪ねてきてたんだよね」
「女の人?」
「名前は聞いてなくて、その方も橘さんが休憩中って言ったらじゃあ大丈夫ですって感じで。背が高くて、すらっとしてて…キリッとした目元の」
もしかして…わたしは小海さんの顔が浮かんだ。