8.最高で最悪なものがある。
グラウンドの中央には人型のモノが浮かんでいた。
髪は緑の蛇になっており、うねうねと自在に動いている。
トカゲモドキの〈兵隊〉を使役してたんだから、こんな姿でも不思議はない。
俯いていた蛇女はゆっくりと視線をこちらに向けたけど…瞳は白眼のみ、だった。
こけた頬と相まって恐ろしい形相だ。
思わず背筋がゾクっとする。
「…わらわはそなたたちと戦いたくはない」
蛇女は甲高い声で言った。
「わらわは、ここで待っているのだ。邪魔せず立ち去っておくれ」
「待ってる?」
「嫌です!絶対嫌っ!」
聞き返すわたしとは逆に、すーちゃんは拳を握りしめた。
「威勢の良いおちびさんだこと」
「ちびじゃないもん!」
蛇女の高笑いに。すーちゃんは手のひらを彼女に向けた。
「行け!〈金色の獅子〉よ!」
金色の光が大きな円を描いて出現し、その中から大きなライオンが現れた。
荒々しく口を開け、蛇女へと襲いかかる。
蛇女は蛇の姿をした黒い光を、雨のようにライオンに浴びせた。
ライオンはを爪や牙で振り払うけれど、光は長いロープの様に変化し、その体をぐるぐる巻きに固定していく。
体をよじることしか出来なくなったライオンは横倒しになる。
「ライオンさん!」
「邪魔するな、と言ったであろう?」
すーちゃんの悲痛な叫びに、蛇女は再び神経に障る笑い声をたてる。
わたしはそんな奴の方ではなく、ライオンに向けて力を放った。
ガラスの粒たちがきらめきながら彼の元に飛び、自由を奪っていたロープを切り落とす。
邪悪な光のせいで力を弱められたライオンは、ぐったりしている。
「ライオンさん…!」
すーちゃんは再び円を描き、ライオンの体を吸い込ませた。
しばらく休ませて回復させないと、召喚はできないだろう。
「他の〈隊長〉がここに到着するのを待ってるの?」
「さすがベテランさん、話が早い。もうすぐ来るんだよ、ここに」
今までにも何度か他所の町からやってきた〈隊長〉と合体したものと戦ったことがあるけど…やっぱり魔力も知能も強力になり、厄介だった。
だから合体される前に倒すべし、と心に誓ってきた。
「残念だけど…邪魔させてもらう!」
蛇女の足元からガラスの槍が突き上がる。
「ちっ!」
ギリギリの所でかわした蛇女は舌打ちをした。
「わかってない…わかってないんだねぇ」
「何がよ?」
わたしは今度はガラスの粒を吹雪のように浴びせる。
蛇女は蛇型の光で振り払い、後退していく。
「行け!〈銀色のキコリ〉よ!」
その背後をすーちゃんが召喚したブリキのキコリが襲う。
斧をギリギリかわしたものの、背中に傷を負った蛇女は甲高い悲鳴を上げた。
トドメをさそうとガラスの槍とキコリの斧が追い打ちをかける。
が。
まるでストップウオッチで止められたように、それは蛇女の手前でピタリと止まった。
次の瞬間、激しい爆風。
わたしの体はグラウンドのザラザラな地面に叩きつけられた。
「…痛っ」
なんとか上半身を起こし、風に耐える。
「ドロシー!」
近くでうつ伏せになっている小さな体に呼びかける。
「だ、大丈夫です…」
弱々しいながらも返事は返ってきた。
「近づいてる…近づいてる」
蛇女はいつのまにか鉛色になっている空を見上げていた。
今にも雷雨が起こりそうな空だ。
「近づいてるぞ…」
「っ!」
こちらを見た蛇女の目には黒目がある。
そして干からびてシワシワだった顔はふっくらとして艶やかだ。
「わからないのか?1つの世界を滅ぼし終えた、わらわの一部がここへと還ってくるのだ」
蛇女は満面の笑みでそう言った。
「最高の仲間と1つになるのだ。お前たちにとっては最悪かも知れぬがな」