3.スノーホワイトといえば毒リンゴである。
「仕事してますよ。才能がある人が入ってこれる様、わざと設計した結界ですから」
七三、眼鏡、スーツ姿の男が腕組みをしながら答える。
「あっ、そう」
ドレス姿の女性は冷たく話を打ち切った。
「あの、なんかすみません…」
映画かなんかの撮影なのかな?
わたしは2人になんとなく謝って、踵を返した。
「ちょっと待って!」
「は、はい!」
鋭い声で呼び止められ、あわてて振り返る。
「今チョロチョロしない方がいいわ。スズキの隣でじっとしてて!」
「はいっ」
その凛とした声に逆らえず、わたしは大人しくスズキと呼ばれた男の側へと急いだ。
「小海さんは本当に気が強くていらっしゃる」
スズキは笑いを含んだ声で言った。
「うっさいわねぇ。久しぶりの〈隊長〉の気配なんだから。集中したいの」
小海さん、と呼ばれたその女性が言い終わるや否や、
彼女の足元にドロドロとした黒い水たまりが出現した。
彼女はすぐさま後ろに飛び退る。
そして、その水たまりの中からは、黒い液体に塗れたクマのぬいぐるみが3体這い出してきた…!
思わずわたしは隣にいるスズキの横顔を見たけれど、彼は涼しい顔をしている。
クマのぬいぐるみは勢いよく小海さんに飛びかかり、彼女が距離をとっても執拗に追いかけ回す。
な、何、この光景…?
なんなの…?
起こってる事態と脳の処理が追いつかない。
「〈兵隊〉に用はないのよ!」
小海さんは片手を空に向かってかかげた。
掌の上には林檎の形をした赤い光が生まれる。
それは一瞬激しく光る。
すると、あんなに勢いが良かったクマたちは地上に這い蹲り、苦しげに体を痙攣させる。
「良かった、毒が効くタイプで」
小海さんが1匹ずつ足で蹴飛ばすと、クマは姿を消していく。
「これはこれは…」
甲高い声を出しながら、黒い水たまりから少女がぬぅっと出現した。
見た目はフランス人形…といったところだろうか。
つるりとした白い肌にくるくるの縦ロールヘア。
フリルたっぷりの黒いドレス。
瞳も真っ黒で、光は宿っていない。
「わらわの〈兵隊〉を可愛がってくれた様で」
感に触る金属的な声だ。
表情は変わらず、口がパクパクと動く。
「…ようやく姿を現したわね、〈隊長〉!」
再び小海さんの掌にリンゴの光が生まれ、フランス人形へと放たれる。
赤い光はその体全体を包むが、すぐに消えてしまう。
「わらわに毒は効かぬ。〈兵隊〉によって、お主の魔法は解析済みじゃ」
すぐさまフランス人形の体から黒い光が無数に伸びて、まともにくらった小海さんの体が地面に投げ出される。
「あっ!」
わたしから思わず声が出た。
「あのっ、誰か他に味方とかいないんですか?」
彼女は一人で敵?みたいなものと戦ってるんだろうか。
スズキに問うと困った様に微笑み、
「今は1人なんですよねぇ。なかなかハードな仕事だから務まる人がいなくって」
「え?」
なに、アルバイトみたいな話?
再び黒い光が伸び、小海さんはなんとかかわす。
「貴方は助けないんですかっ?」
「彼女に魔法を与えるのが仕事でして」
「魔法…」
なんだかわからない物と魔法を使って戦っている…
そんな光景が目の前で繰り広げられている…
しつこく黒い光の攻撃が続き、小海さんは防戦一方だ。
「彼女は『スノーホワイト』。固有魔法が毒なので、それが効かないとなるとなかなか厄介ですね」
「そんな呑気な…」
スズキはそこで、改めてわたしの顔をまじまじと見つめた。
眼鏡の奥から強い視線で。
「貴女、好きだった童話とかありますか?」