2.お祭りではチョコバナナを食べたくなる。
「こ、これって…大丈夫なの?」
バッタリとうつ伏せで倒れたきり動かない、中村さんの様子に恐る恐る尋ねる。
「大丈夫です。目が覚めた頃には魔法能力は失ってますし、我々の事は忘れてます。短い魔法主人公人生でした」
「ていうか、そもそもー!」
人ごとのようなスズキの態度にわたしは抗議する。
「適当なノリでこの子に決めるから!どう考えてもまともに務まりそうになかったじゃん!」
「人手が足りないから、早くスカウトしてどうにかしてくれって言ったのはみなぎさんでしょう」
ぐぅっ…。
「でも…東西南北、最低でも4人は必要でしょ。これでまた2人になっちゃったし」
「粋夏さん、真面目で良い子じゃないですか」
「良い子だけど、まだ13歳だし…」
「本当にみなぎさんは真面目ですね」
スズキはベンチの上のエコバッグを手に取り、歩き出す。
「美久さんが起きる前に行きましょう」
「ほっといていいのかな?」
「大丈夫です」
スズキが振り返らずに進むため、わたしも仕方なく公園を出た。
「みなぎさんみたいな人、なかなかいないんですよ、本当に。大体の人は受験だ、部活が忙しい、デートだ、なんて言って辞めていくんですから」
「わたしだってキリのいいところで卒業したかったし、今だってしたいよ。ちゃんと人材が育ったら辞める気なんだから」
「そう言い続けて、10年以上…」
「何よ」
「いえ。こちらとしては助かってますよ」
スズキはポーカーフェイスで続ける。
「でも…新しい魔法主人公、1人あてがあるんですよ」
「本当?大丈夫?」
「元『スノーホワイト』の小海さんです」
「えっ?こうみ…さん?」
わたしは思わず立ち止まった。
わたしに戦い方を教えてくれた2個年上の先輩。
背がすらりと高くて、切れ長の目をしたカッコイイ女性、嵯峨野小海さん。
「小海さん、結婚して引っ越していったのに…どうして」
「ご存知ないですか?離婚されたみたいですよ」
「離婚?え…知らないよ、そんなの」
スズキは持っていてくれたエコバッグをわたしに差し出し、わたしは動揺したままそれを受け取る。
「余計なこと、喋り過ぎましたかね。今夜はこれで失礼します」
「スズ…」
風に攫われるように、あっという間にスズキの姿は消えてしまう。
スズキ。
そもそも、これは本名ではない。
この世界に合わせて、馴染みやすいように自分でつけた名前らしい。
七三、眼鏡、背広姿も馴染みやすいサラリーマンスタイル…の様だけど、テンプレ過ぎて逆に目立つ気もする。
わたしはアパートに帰ると、早速冷凍炒飯を電子レンジに入れ、サラダを小さなテーブルに置く。
魔法主人公〈マジカルヒロイン〉もスズキがつけた名前だ。
この世界の童話にヒントを得て、わたしたちに能力を振り分けた。
興味を持ったのが童話で良かった。
魔法昆虫だったら、わたしはバッタ担当とかだったかも知れない。
おかげさまでわたしは『シンデレラ』のコードネームでお仕事をしている。
そして、今となっては仲間は1人きり、『ドロシー』の志田粋夏ちゃんだけだ。
素直で明るくて良い子なんだけど、まだ13歳。
魔法主人公になって、まだ3ヶ月。
わたしが魔法主人公になったのは16歳の時だったから、それよりもずっと若い。
高校生の時、近所の神社のお祭りに行った。
下校途中の道にあったから、少しだけ覗こう、という気持ちで。
人混みをかき分けてチョコバナナを買った。
それを食べながら脇道を進むと、一瞬、あれ?と思った。
さっきまでのざわめきが嘘みたいに静かで、耳がおかしくなったのかと錯覚した。
「ちょっと、スズキ!女の子が入り込んでるじゃないの!ちゃんと仕事してるの?」
突然女性の声がした。
黒い艶やかなストレートロングヘアに赤いリボン。
白い大きな襟がついたドレス姿だった。