1.休みの前日はウキウキする。
休みの前日の楽しみは、仕事帰りにコンビニに寄ること。
スイーツやお菓子を物色し、缶チューハイを飲む。
撮り溜めしていたドラマやアニメを観ても良し。
スマホ片手にネットを徘徊するも良し。
疲れた目には染みるような明るい店内で、デザートコーナーで新作のプリンとコンソメ味のスナックをゲット。
夕飯は冷凍庫の炒飯をあっためて…うーん、体のために気休めでもサラダでも買っておくか。
「いらっしゃいませ」
あ、この店員さん久しぶりに見た。
大学生風の男の子。
特別愛想が良い訳でもなく、かといってやる気がなさそうな訳でもなく。
淡々とした仕事ぶり…って、自分も接客業が長いので、ついつい観察してしまう。
小さなエコバッグをぶら下げて、街灯に照らされた道を行く。
児童公園にさしかかった時、わたしの軽い足取りはぴたりと止まった。
いる…ヤツの気配。
どろっとした、陰鬱な気配。
どうしよう…ここは、わたしの担当じゃない。
でも…ここの担当は問題有りなんだよなぁ。
ここでグズグズ迷ってるより、さっさと倒して家に帰った方がいいのなぁ。
お腹すいたしなぁ。
わたしは深いため息をついて、公園の中へと入っていった。
ブランコが2つ、鉄棒が2つ、もはやなんの動物かわからない形をした、跨って揺れる遊具が2つ。ベンチが3つ。
寂れているけれど、昼間はそれなりにベビーカーを押したママさんや自転車をかっ飛ばす少年がいたりする。
一瞬、地面に水たまりがあるのかと思ったけど、違う。
黒いドロドロしたそれは徐々に大きく広がり、たちまち池のような大きさになる。
わたしはまたため息をついて、エコバッグをベンチの上に置いた。
そして、池を見据えて言葉を放つ。
「『女神様の名において宣言する』」
「『我が名はシンデレラ』!」
言い終わるや否や、わたしの体は水色の光に包まれる。
銀色の小さなティアラ。
キラキラと星屑のように輝くライトブルーの膝丈のドレス。
ガラスの靴。
ーこれがわたしの戦闘服だ。
黒い池から、ぬぅっと黒い塊が上がってきた。
大きなトカゲのような姿で、ドブのような嫌な臭いがした。
「〈兵隊〉か」
わたしは地面を右足で軽く蹴った。
一瞬地面に光の魔法陣が浮かび上がり、わたしの手にガラスの弓矢が生まれる。
すかさず矢を放つけど、愚鈍そうな姿に似合わず、トカゲもどきはそれをかわした。
そして、お返しとばかりに口から液体を放出してきた。
わたしは再び地面を蹴り、透明な壁を作り出す。
液体はベチャッと音をたてて障壁にぶつかり、白い煙を上げた。
しかも、酷い臭い…。
うへぇ…。
「わたしは帰ってゆっくり過ごしたいんだっつーの!」
壁を解除し、続けざまに矢を放つ。
流石に全部をかわすことが出来ず、トカゲもどきは甲高い鳴き声を上げた。
「こちとら、この仕事を10年以上もやってるんだから!」
わたしは弓矢を消し、右手の指先をくるくると踊らせた。
ガラスの様な光の粒がどんどん生まれて、指先にまとわりついてくる。
「〈兵隊〉ごときに構ってる暇はないの!」
そしてそれを思い切り、トカゲもどきに放つ。
暗い公園が昼間のように輝きーそしてヤツは消えていった。
「ふぅ…」
変身を解いて、ベンチへ向かう。
「あー、終わっちゃいましたぁ?」
その能天気な声にわたしは振り向いた。
「一応、急いできたんですけどぉ、すみません〜」
女子高の制服姿で、長い髪の毛をいじりながら、彼女は言った。
落ち着け、落ち着け、相手はまだ子供。
「この辺りの担当は中村さんだよね?最近全然仕事してないよね?」
「だってぇ、美久、そんなに暇じゃないんだもん」
はぁ?わたしだって仕事してるわ!
…いや、落ち着け、落ち着け。
「…わたしもね?自分の担当があるから、みんな自分の担当を…」
「でもぉ、橘さんベテランなんですよねぇ。10年以上も魔法少女なんてマジウケる。マジでヤバい」
このガキ…いや、落ち着け、落ち着け。
「美久もう嫌〜最初は面白いかなって思ったけど、1、2回やったら飽きちゃったぁ〜アハハ」
「…だったらもう辞めましょうか」
いつのまにか、ベンチに男が座っていた。
きっちり七三に撫で付けた髪に眼鏡、スーツ姿。
「スズキ…」
「『中村美久さんは必要ありません』」
スズキがハッキリそう言ったとたん、彼女はばたりとその場に倒れた。