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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
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黒なる百合の香り

作者: Lilito

ここは国立剣術学校。

中高一貫の大きな学校で、ここでは神聖騎士を目指す学生たちが剣術の鍛錬に励んでいる。

ここは剣術に重点を置いてるけれど、魔術も最低限習うんだ。

私は高等女子部3年のシアン・ロータス。

4月には卒業する最高学年だ。

今は隣の校舎へ向かっていて、二本の木刀を背負って走っている。

そこには中等部の教室があって、そこのある生徒に呼び出されたんだ。

彼女とは幼少からの付き合いで、ここの剣術よりも長い付き合いだ。

私の教室がある高等部から反対側、中等部の校舎についた。

そこでは、赤紫色のおかっぱを揺らす彼女が待っていた。

「マゼンタ~~! 来たよ~!」

本を読んでいた彼女は、私に気づくと嬉しそうに微笑んで走ってきた。

タレ目から上目遣いに覗く黄金色の瞳孔、常に笑みを忘れない口元。そして、さっきも言った赤紫のおかっぱ。

彼女は、中等3年のマゼンタ・サーキュル。大昔に犬に追いかけられていたのを助けてから、ずと私についてきてくれてる。

「シアン先輩...! おはようございます...!」

マゼンタはそうささやくと、私の手を握って喜んだ。

今日は3学期の初めで、久しぶりに会ったんだ。

マゼンタはすごくうれしそう。私もうれしい。

「マゼンタ。おはよう。」

私はそう言って、彼女の頬にそっとキスする。

マゼンタの顔が一気に赤くなった。けど、これは友情のあいさつで女子部では普通だ。

今日は彼女に呼び出されて教室に行ったので、用事は教えてくれるはずだ。

彼女の顔は幼くも凛々しい、落ち着いた顔だ...けれど、今の彼女の顔は赤く染まっている。

私が微笑むと、マゼンタが気づいて言ってきた。

「先輩...、伝えたいことがあるんです...。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



それは大昔…私が10にもなってない頃のお話。

私は公園のベンチに座って本を読んでた。

「………あれ…? この人で最後だよね…?

さっきのが10人目だから…11人で全員だ…。

嘘…? どういうトリックなんだろう…?」

その時、私のところへわんちゃんが走ってやってきたんだ。

私は怖くなってそこから飛び出しちゃったんだけど、それがわんちゃんの気持ちを刺激してさらに追いかけられてしまう。

「待って…! 逃して…?!」

走っているうちにつまづいて転んじゃった私は、すぐ後ろを振り返った。そこで、暗い藍色の長髪をなびかせるあの人がいた。

「君…大丈夫だった…?」

私より3、4こほど年上の女の人で、わんちゃんを飼い主さんの元に返してから、私の擦り傷を手当てしてくれた。

まっすぐなつり目を長い睫毛が彩っていて、落ち着いた口紅が大人っぽさを演出する。

風になびく髪をかき分ける仕草が、大人っぽくて、美しくって…。

「あ……はい…。ありがとうございます…。助けてくれて…。」

「あ、本落としてたよ。まだ小さいのに難しい話読むんだね。

私あんまり小説とか得意じゃないから尊敬するなぁ…。」

慣れた手つきで絆創膏を貼ってく彼女に、私は釘付けだった。

「 君、あんまり走るのとか上手じゃない子?

良かったら教えたげよっか? 君が良ければだけど。

私、シアン・ロータスって言うんだ。

君の名前、聞いていいかな?」

「えっと…私、マゼンタ・サーキュルって言います…!

あの、走り方教えてください…!」

それから、彼女は私が公園にいる時によく遊んでくれるようになった。

自転車の練習とか、宿題を手伝ってもらってるうちに、なんだか仲良くなっちゃってそれからずっと遊んでる。

その頃読んでた小説の影響で「シアン先輩」とかって呼んでたら、剣術学校ではそれが規則になってて驚いた。

先輩のことはずっと昔から尊敬してる。

でも、それだけじゃない気持ちに気付いたのは冬休みでだ。

先輩がほしくて、先輩が足りなくって心が濡れた日。

その日は、1日中身体が熱くって何にもできなかった。

その晩に気付いた。私は、先輩のことが好きになっちゃったんだって。

これは…、恋なんだって。

「先輩…、伝えたいことがあるんです…。」

私は先輩の手を引いて化学室に向かった。

中等部の化学室は誰もこないから。多少遠いけど、先輩のためなら数メートルくらい走り抜けてみせる。

いつも考えてたお話だ。この場所で告げるんだ。

「先輩…先輩…っ! 私! 貴女の事が好きなの…!

私と、付き合ってください…っ!」

そう言ってお花を渡す。小説だと薔薇が多いんだけれど、私はちょっとひねって菊を持っていった。

紅の菊を握って頭を下げる。

赤い菊なんて気持ち悪いかなぁ…。先輩はどう思ってるんだろう。

先輩は何も言わない。

こういう状況でも適切に判断してくれるのが先輩だ。

だから私は、この人が大好きだ。でも、それは悲しくもある。

それは、私は選ばないことを暗に示しているから。

シアン先輩が私の顔を上げてきた。

息ができなくなると同時に、唇に暖かくて柔らかい感触を感じる。

目を開けると、キラキラとした瞳が目の前に迫っている。

一瞬だけ触れてから、すぐに戻った。

そして、口紅の薄まった口から小さくささやかれる。

「これが私のきもちだよ…。…教室、戻ろっか。」

先輩は直接的なことは言わなかった。

けれど、今から先輩は私のものだ。誰にも…、渡さない。

それだけで頭がいっぱいになった。

その日は授業で何にも考えらんなかった。

けれど、とっても幸せな気持ちだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



今日は中高合同剣術演習。

合同演習では教頭先生が仕切るので、先生に無理言ってマゼンタとペアにしてもらった。

「さぁ合同演習の時間だ〜! まず基本の格闘術から行くぞ〜!」

教頭はテンションのよくわからない投擲剣術の達人で、この学校ではブロードアクス剣術とハチェット投げを基本に、剣術指導の監督を担っている。ここではレイロと呼ばれて親しまれている。

あとうちの担任と仲がいい。

はじめはウォーミングアップの格闘術。マゼンタの動きに合わせる。

「先輩…! 行きます…!」

右ストレートを手のひらで受け、ジャブを避ける。

私の左フックは腕で受けられ、マゼンタのジャブも手首を掴んで塞ぐ。しばし睨み合って様子見…と思ったけど恥ずかしいな。

「先輩…っ…。両手つかみ合ったら進まないよ…。」

マゼンタが顔を赤らめて呟いた。こういう控えめな仕草が可愛いな。私は組み合っているマゼンタの両手を強く握った。

「こうでしょ?」

「せ…先輩っ…! 今そういうことする時間じゃないよぉ…」

「もう…わかった。後で続きしようね。」

両手を離して距離を取り、マゼンタの動きを見る。

格闘術の基本、腰を立てて両腕を構える構えだ。向こうも様子を見てる。

「マゼンタ…?」

「え…来ないんですか…?」

なんだかラチが明かなそうだ。私はそうそうに仕掛け出す。

右手を突き出して、避けたマゼンタに左手を振りかぶる。

「シアン先輩…っ…!」

「………っ!」

そのまま後方にステップして、距離を取る。

拳を避けられたら、即反撃をしてくるのを先読みした行動だ。

反撃に対して反撃できる。…と思ったけれど、マゼンタもそれを読んでたみたいだ。

「シアン先輩…迷ってますよ…! 」

走って向かってきた。マゼンタは右手を振りかぶっているから、左手の手のひらで受け止めようと構える。

仁王立ちで腹のあたりに開いた手を持ってくる、柔法の構えだ。

「マゼンタっ!

迷いがないのは良いけど、攻めが単調すぎるよっ…!!」

拳を受け止め、円軌道を描いて拳を避ける。

同時に、膝蹴りをマゼンタに向ける。彼女は軽く飛び跳ねて蹴りの衝撃を抑えてまたがってきた。

「先輩…! 私の勝ち…!」

「マゼンタ…っ」

襟首を掴んできて、頭突きを食らわしてきた。おでこをくっつけたその体制のまま、マゼンタがいやらしく笑った。

「先輩っ。えへへ…。可愛い…。私のシアン先輩っ。」

「マゼンタ…。終わったらすぐしちゃうんだ?」

私は振り上げたままの足を下ろし、彼女を膝から下ろす。

瞬間、マゼンタが近づいてきた。

「だって先輩っ。あのね、私もっと先輩のそばにいたいの…!」

「………もっと私のそばにいたいから、

格闘術サボってイチャイチャするの?」

言葉のまま近づいてきて、私の肩を握ってくる。

ジリ寄ってきて、お互いの距離は胸部がくっつくほどに近い。

「それはもういいの!

……だからね、まずはカタチから入って、それで近づいてこうかなって思ってるの…。先輩…その…」

「良くないっ。ねぇ、私二回戦したいんだけど。」

頬を桜色に染めながら、肩に置いていた手を私の腰に回してきた。

両手で固定されて、私をさらに拘束する。

足元を覗いたかと思うと、私の脚にまたがるようにして、左足を脚で挟んできた。

両足は絡まるようにして固定されて、私はまったく動けなくない。

「待って先輩。

……だからね…、シアン先輩…。わたしから近づいてくから、先輩は動かなくて良いよ…。

無理に寄ってとは言わないから…、絶対これ以上離れないで…。

……先輩…。絶対だよ…? 離さないから…離れないで…。」

「………マゼンタ…。………いいよ。…大丈夫だよ…。」

「先輩……好き…。」

マゼンタはそう囁きながら扇子を広げ、ほかの生徒たちの方向へ絵柄を見せる。私は、マゼンタに唇を塞がれる。

薄めに塗った口紅が、うっすらとマゼンタの唇についてるのに気づいた。扇子を畳んだ彼女が、今は少しだけ大人に見えた気がした。

「先輩…。」

扇子を畳んでもマゼンタは離れず、まだまだ何かしてくる気配だ。

「先輩……。ダメだよ…逃がさない…私の先輩…ふふっ…」

私とマゼンタの陰で目の光が消えて、いたずらに微笑んだ彼女の姿は悪魔か何かかと見まごうほどだ。

「マゼンタ…なんか…マゼンタこわ…っ…」

私の言葉を打ち止めるようにして、また唇を重ねてくる。

離れてから、彼女の満足そうな、それでいて満ち足りない表情に目が向いた。

柔らかくも凛々しい顔立ちで、とっつきやすい上に美人なマゼンタの顔は私も可愛いと思う。

だけど、その中で思うことがあった。

ーー悪魔っていうのは、こういう顔をしてるんだろうな…。

2歩下がって、頭を下げた。再戦をお願いするサイン。

マゼンタも少し後ずさりして、頭を下げる。了承。

顔を上げ、彼女の様子を見る。首を傾げているマゼンタは、爽やかに微笑んで言った。

「先輩…。来てください…。」

私はなぎ払いの蹴りを振るうけれど、飛び上がったマゼンタに避けられる。上空からのかかと落としをステップで避け、後ろに回り込んでロック。

「私の勝ち。」

「ぅぅ……先輩速いよ…。」

格闘術は受け方が避けるか合わすかしか無いので、剣術を主として学んでいる私たちだと格闘術はすぐに決着がつく。

ただ、マゼンタにはきっと迷いがあった。

戻りかけた瞳の光がグラグラと揺れ、彼女の不安を暗示する。

「よし、じゃあ立会い行くぞ〜!」

そのあとは剣術。立会いは先輩が直々に剣を交える。

でも剣術ってあんまマゼンタに触れらんないんだもんねぇ…。

離れてから木刀をマゼンタに一本渡し、同時に鞘を抜く。

剣術…というか、武器を持った立会いには魔術の使用が許される。

基本的には剣に纏わせて速度や威力、鋭さを上昇させる「スペルウィザイン」だけど、明確な指示や許可があれば魔術で攻撃してもいい。

ほとんどの剣術学校で、「剣術」という場合スペルウィザインのことを示す。

私は肩に剣をかつぎ、そのまま駆け出す。

マゼンタは上めに引き絞った木刀をやわく垂らし、受けの構え。

10mほどだった距離を跳躍により一瞬で縮め、木刀を叩きつける。

上段突進「ロスト・ルナライト」。

この剣術は上段を斜めに切り裂く突進技だけれど、下から上、上から下のどっちかに軌道を変えることが許される、数少ない剣術の一つだ。

彼女はそれを斜めの切り上げで受け止める。

単発斜め斬撃「リヒューズ」だ。マゼンタは体力は私より無いけれど、剣術のスピードと判断、反応速度が私より速い。

だけど、上からの斬撃を下から受け止めるのは悪手だ。

「マゼンタ、このまま押し切るから!」

「っ…、止める…!」

木刀の持ち手を両手で握り、更に上から圧力をかける。

マゼンタも左手を剣に添え、それを受け止める。

体制は徐々に傾いていって、マゼンタは身体を反らすようにして剣を受け続ける。

私は更に押し込んで行って、徐々に押し倒していく。

「シアン先輩…っ…! 止めるから…!」

「マゼンタっ…! 覚悟…!」

私が力を更に加えた瞬間、ガクッと剣が崩れた。

マゼンタが倒れた。けれど、そのままバク宙するように両足が上がってくる。

後転しながら両足を振り上げる体術、「パラボライド」だ。

急いで避けたけれど、マゼンタに体制を戻され、距離を離された。

「シアン先輩…、ごめんね…。避けたけど許して…?」

「いいよ。次はマゼンタから来てくれるかな…?」

「はいっ…!」

両足は肩幅に開き、前後へ分ける。

木刀は腰だめに引いて、刺突の予備動作。

「先輩、突き技ってどう避けるんです…?」

「えっと…ふつうに身をよじって避けるよ。」

私が答えると、マゼンタは嬉しそうに微笑んだ。

そのまま走り出し、腰だめに引いた剣を突き出していく。

下段突進「ヘイトレッド・パイル」だ。

「へぇ……!」

私はその剣を転がって避け、木刀を振り上げる。

マゼンタは縦斬りで受け止め、3年分の身長差もあってお互いに抑え合う形だ。

転がって回避した相手には叩きつけが有効というのは、ほとんどの剣術学校で初めに習う。

これに対して、転がった直後は切り上げをせよ…というのも。

つまり、ここまで定石通りだ。

「シアン先輩…! 私、これ一回やってみたかったんですよ…!

中等1年の頃、この形教科書に載ってるじゃないですか!

嬉しいなぁ…。えへへ…、先輩ありがとうっ…!」

マゼンタが笑うと、私の剣が振り上げられる。彼女は飛び退き、その剣を避ける。

「そっか…! マゼンタの夢が叶えれて嬉しい…よっ…!」

その勢いのまま前方へ跳躍、マゼンタの少し上から剣を叩きつける。一発避けられてから一回転、二発。もう一回転して三発目。

3撃の描いた軌跡は、獣の爪のような形で空間に残る。

3連撃縦斬撃「イーヴィル・クアルム」

「センパイ、クアルムってあんまり対人向けじゃないですよっ!」

この剣術は割と速いうちに習う連続技で、演出もカッコいいから人気。つまり誰でも知ってるから避けられやすい。

「知ってる…! でも、その心理の裏がかけるかも…じゃんっ!」

多連撃だから、後隙が大きい。さっきまでは単発かせいぜい突進だから気にならなかったけど、剣術は後隙があって扱いに技術がいる。

「だから言ったじゃないですか…!」

マゼンタが走ってきた。私の少し前で飛び上がって、右手に握った剣を引きしぼる。その勢いで左膝を突き出し、私の胴着を強く叩く。左膝には氷がまとわれていて、硬さと鋭さを加えている。

私が怯んだ隙に引き絞った剣を右へ、引き戻して左へ薙いでいく。

そしてもう一度引き絞って、一直線に突きあげる。

「えへへっ。先輩、私の勝ち…!」

「あっ…負けちゃった。マゼンタ動きが早いから強いなぁ…。」

マゼンタがほほえんだ。

困ったような笑顔で、やわく囁く。

「先輩、体力も力もあるから…。

私の運動神経じゃ普通には勝てないもん。」

「言っても先輩だし…ってあれ?

さっきの剣術って何? あんな技習ってないよ?」

マゼンタが嬉しそうに笑った。

そのまま私にジリ寄ってきて、耳元で囁く。

「先輩、空中技苦手でしょ?

上から攻められると緊張して反応が鈍くなるって。

空中技は高等部からだから、冬休みの自由研究で作ったんです。

空中から攻撃するのに重点を置いたのと、最後に刺突をする関係 で『エアリアル・スラスター』って名付けたんですよっ。

でも上からだと影って先輩の顔が見えないですね…。」

「マゼンタ…。意地悪な子だなぁ…。

胸蹴られるの結構ダメージ大きいね。

氷も…だと思うけど、胸にピンポイントで当ててくるから…。」

私が囁くと、彼女はいたずらに笑顔を見せる。

ジリ寄ってきて、中等生にしては大きめの胸部を私の胸に押し付けてくる。大きさは同じくらいだ。

「わっ…!マゼンタ…っ、」

「先輩、ここ弱いんですね…!

先輩の身長と、あと体型から計算して膝にしたんですよ!

足先とかパンチだと位置が微妙で…。

シアン先輩が喜んでくれて嬉しいですよっ。」

嬉しそうに笑いながら、私の腰を押さえつけて抱き寄せてきた。

更に身体が圧迫されて、変な気分になる。

「マゼンタ…? ちょっと…まだ授業中だしまずいよ…。」

「えへへ〜 先輩恥ずかしがってます…? 可愛い。

もっとぎゅーってしても良いんですよっ!」

このままじゃ離されないと感じて、私は素早くしゃがみこんだ。

そのままマゼンタの真後ろに回り込んで、後ろからロック。

「あっ…! マゼンタここ柔らかい…。」

ロックしたまま手の力を緩めると、ちょうど柔らかい何かに手が埋もれた。

触ってみると弾力があって、ほのかにあったかい。

「先輩…あの……ちょっと…」

マゼンタに手を握られて、表情を見るとほっぺが真っ赤だ。

たれ目が力んで閉じかけてて、耐えるように引き結んだ口元が罪悪感を感じさせる。

手元を確認したらちょうど制服のスカーフ、マゼンタの胸元だった。

「え...? あ...ごめん...わざとじゃないんだよ?」

手をすぐに離して、マゼンタの表情を伺う。

力んだまんまなのか、目元は笑っているみたいに狭められてる。

引き結んでいた口が開いて、そっと小さくささやかれる。

「先輩....あの.....OKってこと...?」

「え...?」

マゼンタは嬉しそうに笑っていて、私に期待...ううん、妖艶の眼差しを向ける。

可愛い。多少は戸惑うけど、やっぱり私を必要としてくれるっていうのは凄く嬉しい。

「シアン先輩っ。ねぇ、いいの…? ダメ…?」

「う〜ん…、今は…ちょっと…ね?」

マゼンタは頬を膨らませる。私が微笑むと、顔を背けて赤らめる。

貴女が求めてくれるのは、貴女が愛してくれるのは、私だから。私の心、技...、体。

「先輩、授業終わりました...! ほら行きましょう?」

「うん...。どこいくの?」

私が聞くと、マゼンタが押し倒してきた。地面に頭を打ちそうになるけれど、マゼンタが左手で頭を支えてくれた。

そのまま私の少し下に移動して、太股あたりに顔を近づける。

荒い息が肌を撫でる。熱い吐息が骨まで貫いてくる。

「先輩...可愛い。ねぇ、今ドキドキしてます?」

マゼンタは囁きながら、熱い食べ物を食べるときのように息をかけ、舌先で温度を確かめる。

ゾクゾクしちゃう。マゼンタに食べられちゃうみたいな感じ...。

「うん...なんで...?」

「体温高いんで...じゃあ...先輩、声出さないでくださいね...?」

何でと聞こうとした瞬間、太ももに激痛が走った。

歯を食いしばって声を抑えて、太ももを覗く。

すると、血がにじんでた。まるで犬にかみ切られたみたい。

「シアン先輩...。おいしい。シアン先輩の味...。」

「マゼンタ...可愛いよ...。私だけのマゼンタ...。」

私が囁くと、マゼンタはすごく嬉しそうな顔をした。

同時に、口元をハンカチで拭う。そして、私のスカーフをほどいて、首元に吐息を当てる。

「先輩...。鎖骨噛んでいいですか...?」

「いいけど、自分がされても困らない程度にね。」

チロチロと鎖骨をなでていた舌が止まり、歯を立ててくる。

「はむ...っ...。んぅ....んふ...。」

私は歯を食いしばって覚悟した。すると、案外柔らかい感触。

歯が離れた。彼女は首を傾げて笑う。私はほっとして息を吐く。

安堵した刹那、緊張の解けた鎖骨に激痛が走る。

「ゔぁぁっぅぅ...??! 待って二回も来るなんて聞いてないよ?!」

「...っはぁ...ふふっ。だって先輩、覚悟したら本気で我慢するじゃないですかぁ。

 私は、シアン先輩が痛がるの見たくてやってるのにそういうのずるいですよ?」

痛いのに、こわいのに嫌だと思えない。不思議と嬉しいって思っちゃうのはなんでだろう?

でもやられっぱなしはちょっと悔しいよ。

「マゼンタ、怪我したから保健室ついてきてくれる?」

「ん...くくっ。 いいですよ。一緒に行きましょ。」

私は彼女の手を握り、保健室まではしっていく。今日は保健の先生がいないから、マゼンタもそれを狙って今日いじめてきたんだろう。

こういう知的なとこ、凛々しくて好きだなぁ...。

「先輩。されたことはやり返していい...んですよね。」

「そうだよ。だから、私がマゼンタを噛んでも正当防衛。」

「先輩、正当防衛ってそういう意味じゃないです...。」

まずは一番奥のベッドに押し倒して、太股を舌でチロチロ。

そのあと、歯を立てて徐々に挟んでいく。

マゼンタは傷をつける目的だったから一瞬だったけど、私のこれは嫌がらせだから、徐々に痛くしてく。

「あぅ....先輩...痛い...ねぇ早く噛みちぎってよぉ...」

「ダメ。マゼンタには容赦しないから。」

言ってから一気に力を込めて、太股をかみちぎらんとする勢いで噛んでく。

「ぅぅっ....痛い....先輩....先輩ぃ...」

「マゼンタ可愛い。」

そして、血がにじんだところで離した。私とお揃いの嚙まれ傷だ。

次は鎖骨。まずはやわく噛んで、離して油断させてからがぶって。

「待って先輩!まだ私返し終わってないぃっ!」

「え...? あっ...! ちょっとぉ...やっ...?!」

すると、マゼンタが胸を揉んできた。

私がしたように何の悪気もなさげに、当然みたいに揉みしだいてくる。

「先輩、ここ柔らかい。」

「ねぇ待って...?! 荒いって...! いっ...! ちょっとぉ...! もぉーーーっ!!」

油断してるマゼンタの胸を鷲掴みにして、激しく揉みしだいてく。

マゼンタの手が止まって、立場逆転だ。

「先輩かわい...ひゃっ..?! あっ...!まって荒いですって...! やっ...?! 

 もぅっ! 先輩がしてきたんですよぉーーっ?!」

マゼンタも手を動かしてきた。歯を食いしばって彼女の胸を揉みしだく。

「ねぇ! マゼンタぁっ...! 離して...?! 」

「先輩こそぉっ! ひゃっ..! 先輩が始めたんですよ?!」

手が疲れてきたのにマゼンタもやめてくれない...。

私は片手を離してマゼンタの手を掴んだ。マゼンタも片手を離して、彼女の胸をもんでる私の右手を掴んでくる。

「先輩ぃっ...! もうやめましょ?!」

「マゼンタぁ...! はぁ...。じゃあせーので離すよ。せーのっ。」

せーので約束通りパッと離して、お互いにため息をついてにらみ合う。

先輩として私が謝ろう。そもそも私が始めたんだしね。

「マゼンタ、ごめんね。悪いことしたよね。

 仲直りのキス、しよっか...?」

「もう...。はい。」

ちゅっと音を立てて離れて、マゼンタの鎖骨に傷をつけて、私は自分の教室に戻った。

マゼンタとはちょっと壁ができちゃったかも...。私が大人げないから...。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


今週ももう終わり。今日は先週のように合同演習もない。

けれど、週も終わるから2日の休みがある。

それに今日は午前帰宅。単純に考えて3日ほど時間がある。

その間は先輩と遊ぶ予定だ。テーマパーク行こうかな…?

ううん、やっぱり剣術…でもなんか味気ないしなぁ…。

数学や物理の授業をぼーっと受けながら、私は予定を決めるのに忙しくなっていた。

基本的に遊びの予定は年上や上司が決めるべきなんだけれど、こういう関係だと主に男性、それか告白した側が決めるべきなんだって。う〜ん…、困るなぁ…。

瞬間、殺気を感じた。「目をつけられた」そんな気分だ。

実際そうなんだけどね。

「サーキュル、鉄に薄いか塩化水素水を入れるとどうなる。」

あーあ。私話聞いてないよ…。

酸素だっけ? ううん…でも、やっぱりCO2だ。

あっ…違う多分…

「えっ…あっ…えっと…えっ…?」

私は答えれず、笑い物だ。

もう…私、急にこられるのやなんだよぉ…。

次に選ばれたのはノアム・サイルベラ。ちょっと離れた席の人気者。

どうやら酸素が発生するらしい。中等1年では既に知ってる問題だって。大昔の話出さないでほしい。

時計を覗くと、もう授業が終わる時間だ。

次は確か剣術。私はサイルベラとペアだ。

予鈴が鳴ると同時に、私はノートを片付ける。

「サーキュルさんさ、高等になったら副武器なんにするの?」

隣から話しかけられた。隣の席にも生徒はいたんだった。

高等になると、剣術を習った者は新しくもう一つ、左手に握る武器を決められる。

シアン先輩は、空間干渉魔術だって。いわゆるサイコキネシス。

一瞬驚くけれど、丁寧に対応する。

「え…? 私…はね、脇差にするよ。

片方取り落としても、それで対応できるでしょ?

ずっと握っとくのもしんどいし、鞘もついて良いと思うの。」

「なるほど〜

不利になった場合を予測した良い選択だと思うよ。」

微笑んだ彼女は、私の席から離れると時計を覗いた。

私もつられて覗くと、もう予鈴がなる時間だ。

急いで木刀を握って、グラウンドに出る。

「ほら、サーキュルさんこっち!」

ペアになったサイルベラだ。私の手を握ると、グラウンドの端まで走り出す。

「えっ…? うん…!」

しばらく走ると、彼女が立ち止まった。

振り返ったサイルベラの視線の先から、緊張の抜けた声音が響く。

「ノアム、その子…サーキュルだっけ?

勘違いされるから気安く手繋がない方がいいよー」

「わかってますー!

サーキュルさん、とりあえず剣術でいい?

手加減しないから、本気で来てね!」

なんか…私ってそう見えてるんだ?

わたしにはシアン先輩がいるもんっ。

「あ…うん、じゃあ…お願いします…。」

「お願いしますー!」

私はお辞儀をして剣を構えると、彼女の動きを見つめる。

本当は即座に突進へ繋ぎたいんだけど、やってみたい剣技があるんだ。

シアン先輩との思い出、そしてこれを終えるまで新たには刻めないことを思い出す。

剣は無意識に逆手持ちに変え、サイルベラに意識を集中させる。

そして、私は目の前の脅威に適切に対処する。

「……人々の内には(イーヴィル・ウィザイン)…!」

私が囁くと、逆手持ちにした木剣が…ううん、私自身が魔術に動かされる。

「……………っ」

これは低級のスペルウィザインで、邪悪属性の突進技。

逆手持ちの剣を大きく振り上げ、歩み寄った後上から突き刺す。

強い目的意識と、それに由来する殺意を要求される使いづらい剣術だ。

だけど、弱いとは誰も言わない。

「…ふふっ。

ちょっと複雑な動きなだけで、軽く受け止めれるじゃん?」

動きは確実にただの歩行と突き刺しだけど、速さが尋常じゃない。

それに、歩行は魔術が操って予測しづらい動きをする。

そういった彼女に、逆手持ちの木刀を振り下げる。

「だと…思うじゃん…っ!!」

振り下げた木刀にサイルベラの縦切りが当たる。

だけど、この剣術はそれだけでは止まらない。

「…っ…!なにそれ…?!」

縦斬りで振り下げは止められる。剣術はそれで終わりだ。

…でも、この剣術は普通じゃない。

止められた後。魔術が勝手に右手を振り上げて彼女の剣を避ける。

そのまま左肩まで引きしぼられ、彼女の鎧を打ち付けた。

「教科書の自由項目に乗ってる。当たったら即重症の剣術。

発動に時間がかかって使いづらい“らしい”剣術。」

それで彼女は大きく倒れ、地面に手をついて敗着。

1戦目は私の勝ち。次やる時間は十分にある。

「さ、二回戦しよ?」

手を差し出し、立ち上がらせる。

この剣術は時間がかかるから、多用はしづらい。

「もちろん。」

次も試したい技がある。光属性だ。

お辞儀の後、剣を両手で持って真上に掲げる。

すると、剣の先から光の刃が出現、揺らめいた後刃の形を整える。

「ここだぁぁぁーーーーっ!!」

サイルベラが叫ぶ。彼女はまっすぐに走りながら、脇に引き絞った剣を切り払う動き。

下段突進の光属性、ファイナル・アタッチメントだ。

私はそれを、迎え撃つようにして剣を叩きつける。

光属性のブレイク・ライトニング。

「止める...!」

その場で叩きつける私の剣術は、突進技よりも破壊力は強いはず。

迎え撃っても勝てるはずだ。

「くらえぇーーーっ…!!」

光属性同士が衝突し、周囲でバリバリと衝撃波が鳴り響く。

ぐぐぐっと押し戻される。体力の面で私は劣ってるから、単純な鍔迫り合いだと考えちゃダメだ。

仮にも剣術…「魔術を込めた(スペル・ウィザイン)」な訳だから、意志の力も入る。

「ぅぅぅぁぁああああああああーーーーっ!!!」

雄叫びと共に、冬休みのあの日を思い出す。

切なさは、飢餓感は、なにかを求めるために必要だ。

大事なものに気づくために、必要だってこと。

「くっ…! サーキュルさんっ!

そう簡単に…」

貴女が教えてくれた。

「負けるわけには…、行かないんだからぁーーーっ!!!」

ギギギッという不協和音に続いて、サイルベラの木刀に刃が切り込まれる。意志の力はそれでも止まらず、彼女の木剣を叩き切った。

サイルベラは切れた木剣の持ち手を見つめ、険しい表情を浮かべる。

「あ…あのっ…! ごめんなさい!

その…そこまでするつもりなかったの!」

「いいよ。もう…。先生に言ってくるから待ってて。」

「あ…うん…。ごめんなさい…。」

彼女が報告して、新しい木剣を受け取ってからもう一戦。

3度目のお辞儀。続いて、剣を両手で持って身をひねる。

「連撃? 遅すぎるよっ…!」

右に体ごと木刀をひきしぼり、突進してきたサイルベラへひと薙。

切り返して右へなぎ払い、地面を切り進むようにして突進、上へ斬りはらう。

「これでどうかな…!!」

無属性3連撃「ハント・プレデイト」。

サイルベラの突進は剣術ではないから、後隙もない。

はじめの2連撃は回転で避け、切り上げを受け止めてきた。

そのまま木剣を振り下ろし、私の剣術を叩き落とす。

「まだまだ遅いよ…っ!」

サイルベラは剣を左手に握り直し、後方へ引きしぼる。

どうやらあまり慣れてない技みたいだ。私はディレイを終えた。

サイルベラの剣術の続き。

右手は前へ軽く突き出し、引き絞った剣をさらに引く。

回転斬りの動きだ。光属性。

私は上空へ飛び上がり、剣を握った右手を引き絞った。

「エンダリング・シャウト…!」

「サイクロン....ッ....! ブレイドぉぉーっ!!」

私は引き絞った剣を連続で突き出し、回転しながら飛び上がってきたサイルベラの斬撃を一発一発刺突で受け止める。

「これでどぉかなぁーーっ!」

回転斬りは台風のように徐々に迫ってきて、私を追い詰める。

もちろん、連続刺突で斬撃ははじきかえす。

「なんの…!」

カキンッカキンッと小気味良い音が響き、剣を何度も交える。

回転斬りを終え、降下していくサイルベラに、私は剣を大きく振り上げた。

「…っ…!はぁぁあーーーっ!!」

シャウトの名の通り叫び声を要求されるけれど、この剣術は連続刺突の後に一発斬撃を繰り出せる。

もちろん、この一発はすっごく当てにくい。反射神経と動体視力を要求される超高速突進だからだ。

「連撃の後に一発…?!」

空中で真っ直ぐに駆け出し、彼女の位置めがけて剣を振り下ろす。

一瞬の出来事だったけど、手応えはなかった。

「サーキュルさんっ…! 遅いよーっ!!」

横に突き技を繰り出すことで空中で移動、彼女は私の一撃を避けた。そのまま反撃が来る。

大きく私の方へ飛び込んで、剣を振りかぶる。

まっすぐの切りおろしで胴を撫でて、その勢いで回転、加えて2回叩きつける。

3連撃の軌跡が、獣の爪のような跡を残す。

3連撃剣術「イーヴィル・クアルム」

私はそのまま叩き落とされ、受け身をとって立ち上がる。

お辞儀して、一言。

「あ…ありがとう…ございました…。」

「ありがとうございました〜!」

お辞儀をして、今日は授業終わり。

この後はシアン先輩にお誘いするんだ。先輩喜んでくれるかな?

木剣は週の終わりに持って帰る決まり。おうちで手入れする。

用意して、カバンにノートと教科書を入れて帰る。

木剣は、さやに入れて肩に背負う形。

「先輩喜んでくれるかなぁ?」

そのまま先輩のクラスまで向かって、扉の前で待つ。

先輩のクラスはまだ帰りの会だ。

会が終わってから、先輩の机に手を突いて圧しかかる。

同時に、先輩は立ち上がって私の肩を掴む。

「今日、この後空いてる?」「今日、この後空いてますか?」

同時に言ってから、二人で同時にポカンとする。

そのあと、一緒にクスクスと笑ってから、私が切り出す。

「先輩、デートに行きましょう…!」

先輩は微笑みを真面目な顔に切り替えて、私に言ってきた。

「うん、 行こう…! 二人っきりで…!」

そして私たちは、一緒に校舎を出た。

手を握って、目を合わせる。

お互いの気持ちを確かめるように、握った手を強く締め付けて。


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二人きりでとは言ったけど、どこへ行くかは決めてなかった。

マゼンタも決めきれてないって言ってたから、私たちはとりあえずカフェへ入った。

ここは剣術学校の講師や生徒に人気で、私もよく入るお店だ。

「先輩…、お洒落なお店ですね…。」

マゼンタは少し緊張してるみたい。私がリードしなきゃ…!

店員さんを呼び止め、飲み物だけ先に注文する。

「アイスカフェラテと抹茶一つ」

「かしこまりました」

マゼンタはよくコーヒーを飲んでたっけ。私は苦いのは無理だから、すごいと思うな。

「先輩…、抹茶飲めるんですね…。尊敬します…。」

マゼンタが自分の髪を髪を撫でるようにして囁く。

少し顔をうつむき気味に傾け、かしげるような動作で見つめてくる。

小さな動作だけど、そういった仕草の一つ一つが可愛い。

「ううん、マゼンタはコーヒー飲めるでしょ?

その方がすごいと思うな。私、苦いのは得意じゃなくって…。」

「先輩…! そう言ってくれて嬉しいです…!」

マゼンタが微笑んだ。

嬉しそうに口元を隠す仕草に、無邪気さを感じさせる。

幼くて、でも凛々しくてかわいいな。

「カフェラテと抹茶お持ちしました〜」

「はーい。ありがとうございまーす。」

カフェラテと抹茶が来た。マゼンタにラテを渡し、抹茶を受け取る。それを一口飲んで、息を吐く。

マゼンタは砂糖は入れずにストローを吸って、嬉しそうに笑う。

「シアン先輩。美味しい。」

「そうだね。マゼンタ、砂糖入れないの?」

私がそういうと、嗚咽を漏らして顔を赤らめる。

そのあと、塩を入れそうになってから置いて、砂糖に手を伸ばす。

「ふふっ。マゼンタ、塩と砂糖って入れ物違うし。」

「もうっ。先輩、後から言うの反則ですよ…!」

砂糖…スティックのものを入れようとするから、液体のほうを握らせて微笑む。

「あ…ごめんなさい。ありがとう先輩。」

「ううん、いいよ。

これからも、こんな日々が続けばいいな…。」

「ですね…。」

砂糖を3個分たらして、ストローを使ってかき混ぜる。

そのあとに、も一度吸ってから囁く。

「美味しい。」

「良かった。」

私も抹茶を飲んでから、マゼンタが口を開いた。

「シアン先輩、冬休みの自由研究何にしたんですか?」

あれ…えっと…多連撃だったよね…?

ステップとかも入れた難しいやつだったはず…。

「えっと…私はね。

まだ名前はつけてないんだけどね、二回突いて右左の後切りながら後退して…回転しながら突進切りのあと、縦切り上げ二回だね。」

「え……? また教えてくださいね。」

う〜ん、なんかわかってくれてないよぉ…。

口で伝えるの難しいんだよね。マゼンタはどうしてるんだろう?

マゼンタが急に頬を赤らめてきた。

そういえば恋人っぽいことしてないなぁ…。

「あの…先輩、デートって言ってもどういったことを…?」

マゼンタが小さく呟いた。マゼンタの疑問形は大体誘ってるか試してるかだから、きっと思ってることは一緒。

「マゼンタ、ちょっとごめんね。」

私は席を立ち、マゼンタに近寄る。

「あ…先輩…、ここじゃあ…。」

マゼンタは一瞬驚くような顔を見せる。

私は更に詰め寄り、マゼンタの顔を持ち上げる。

そのまま、口づけを彼女に。もちろん頬だ。

「あ…先輩…。えへへ…。ありがとです…。」

彼女は満足そうだ。私は微笑んで席へ着く。

……と思ったのもつかの間、マゼンタが私の袖を握って引っ張る。

「先輩……あの……もうちょっと…」

「マゼンタ…? ここはお店だよ…?」

一瞬、マゼンタが目をそらす。

すぐに私の方へ振り向き、言ってきた。

「関係ないです…。私…我慢するのは苦手で…。」

さっと詰め寄ってきて、肌を密着してくる。

私の腰を押さえつけるように両手を当て、そのまま唇を触れさせる。抵抗しない私も私だ。

遠くにちらっと見えた影は、あろうことか担任のリコ先生だ。

隣のは教頭のレイロ先生も。

けれど、それさえも見えなくなった。

マゼンタの暖かさ、呼吸、鼓動に、ほかの物事が消えていく。

残ったのは私とマゼンタだけ。それだけは、いつまでも消えなかった。

誰より私を求めてくれて、誰より私に愛させてくれる貴女に。

出会えた私は、きっと幸せ者だ。

貴女なら、どんなことも許せる気がした。

同時に、どんなこともしてあげたいとも思う。

もし、それが……

ううん、今はそんなことどうでもいい。

貴女だけを見ていよう。

私のマゼンタ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



僕はリコ・アーチャー。国立剣術学校、高等3年の一クラスを担任してる。こんな口調だが女性だ。

遠くで見た彼女。

きっと僕が担任してるクラスの生徒、シアン・ロータスだ。

このカフェは結構人気だし、うちの生徒が来るのはなんら不思議じゃない。

だけど、あれは……。

「なるほどな。

おめぇさん、あーいうやらしいの好みじゃなかったか?」

隣で囁いたのは、レイニー・ローレント。僕がレイロと呼び出してから生徒、講師までもがそう呼び出した僕の上司。

彼はもとハンターで、僕が全くしていない部屋の掃除とか消耗品の買い出しを一緒にしてくれるいい人。

「ああ。いいよ…! 凄くいい…!

お互い以外何にも見えてないところが特に美しい…!」

ロータスがキスしてる…いやされてるあの子…きっと女の子だ。

それも中等部か高等1年。年下の同性とか僕はちょっとないな…。

「……それを俺以外に言ったら逆に俺がやばいくらい引くわ。」

僕は趣味で絵を書いていて、ヴィジュアルが気に入ったから選んだGペン型の剣に後悔してる。

趣味のアイデアになるからこういうのはメモっとく人だ。

「あれはちょっとメモっとこう…!」

「……メモを終えたんなら、またイラストの仕上げを続けるぜ。」

そう言って、彼は狩猟用ハチェットをバッグにしまった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



しばらく唇を重ねて、離れたのは数十分経った後だった。

もう抹茶もカフェラテもぬるくなってる。

「先輩…あの…こんなとこで…すみません…」

「良いよ。気にしないで。私も嬉しかったからさ。」

マゼンタは私の目を見つめて、申し訳なさそうな顔をする。

そんな顔されたら問い詰めらんないよ。

「じゃあ、ぬるくなっちゃったけど…とりあえず飲もうよ。」

「……あ……はい…。」

お茶を少し飲んでから、マゼンタがまだ申し訳なさそうに見つめてるのに気づいた。

ストローを咥えたまま、上目遣いに私を見つめる。

「………ねぇ、マゼンタ。貴女は…、私のどこがそんなに良いの?」

私は、つい不安になって聞いてしまった。

マゼンタはストローを離すと、嬉しそうに微笑んで囁いてくれた。

「……先輩は、明るくて、優しくて、いつも楽しそうですから。

 先輩と居れば私も楽しく思えるし、何より……強く接してくれますから。」

「ん〜私は、そんなに明るくないよ。」

これは謙遜じゃあない。本当の気持ちだ。でも、マゼンタは苦い顔をして席を立った。

「先輩…!先輩といて、私がそう思ったんですよ…!」

マゼンタはそう言いながら私の手を掴む。冷たく冷えた温もりが、私に訴えてくる。

マゼンタはどうしてそんなに私を好きでいてくれるんだろう?

わたしには、貴女の思ってることがわかんないよ。

「………そっか。そう思ってくれてるんなら良いな。」

「……あの…強く言ってすみません…」

そしてマゼンタは席へ戻った。

それからはお互い何にも言えなかった。しばらく沈黙が続いた。

飲み物を飲みほして、会計を頼む。

マゼンタが財布を出そうとするから、それを制してわたしが払う。

そして、マゼンタが私の手を握って言ってきた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「先輩…、立会いを、お願いしてもいいですか…?」

マゼンタが言ってきた。

私は一瞬迷ってから、やわく微笑む。

「いいよ。私も手加減しないから。」

こういう時つくづく思うのが、私は大人げないんだなぁってこと。

マゼンタは嬉しそうに笑って、首を縦に振った。

「……はいっ!」

私は学校から持って出たまんまの木剣を一本渡し、彼女と同時に鞘から抜く。

マゼンタは両手で持った剣を体ごとひねって引きしぼり、

剣を水平に構える攻撃の構え。

対して私は、腰だめに引いた剣を後ろに垂らす、片手の構え。

「お願い…します…。」

「お願いします!」

私は即座に肩に持ち上げ、そのまま突進。上段突進「ロスト・ルナライト」、風属性だ。

彼女も突進技みたいだ。引き絞った剣を突き出しながら、真っ直ぐに向かってくる。「デシサイブ・ピアーシング」。雷属性。

「マゼンタっ! 突き技でも受け止めるから!」

「先輩ぃっ! このまま押し切りますよぉーっ!!」

風と雷は、闇と光のように相反し合う相反属性で、周囲に火花を撒き散らして競り合う組み合わせだ。

不協和音と火花を散らして、風と雷の刃が噛み合った。

「先輩っ…!! 私、貴女に伝えたいことが…!」

「マゼンタぁっ…! わかってるよ…! 貴女の言いたいこと!!」

バリバリと火花を散らした後、弾き合うようにして刃が離れた。

私はマゼンタが大勢を崩してる間に剣術の後隙を終えて、普通の剣撃を繰り出した。

右上に振り上げた剣を斜めに斬り下ろす。そのまま往復で切り上げて、叩きつける。

「シアン先輩ぃっ…! 私! もっと貴女のそばにいたいの!」

嘆くように叫んだマゼンタ。彼女の素早い足取りを、不安が絡め取る。

私の剣戟は全てマゼンタに避けられたけれど、これで彼女は通常攻撃のタイミングで覚えてるはず。

だから、少しタイミングの遅れる剣術を繰り出すチャンスだ。

「わかってるってぇーーっ!!」

応えを合図として、前方へ跳躍。

そのままマゼンタの左肩あたりに剣を下ろし、空中で身体を一回転させてもう一撃を右肩へ。

その間の空間に、最後に一撃を叩きつける。

3連撃「イーヴィル・クアルム」闇属性。

3撃を剣で受けたマゼンタは体制を崩す。

その間に、私は引きしぼるようにして剣を持った右手を、左肩まで持ち上げる。

その勢いで一回転して、二回の刺突。

ステップで避けたマゼンタに右からの斬りはらいを受け止めさせる。すぐに引き戻して左から斬りはらい。

「先輩っ…! これ、先輩が考えたやつですよね?

嬉しいです…よっ!!」

来た…! マゼンタは反応速度がいい分、ちょっとの隙に過剰に反応する。一瞬の間を置いて剣を切り上げ、その勢いで後ろへ宙返り。

マゼンタの突進切りを避ける。

「マゼンタ、そう焦らないのっ。」

「だって先輩…! 剣術の後だから当たると思って……っ?!」

すぐさま回転しながら踊るようにして剣を叩きつける。

剣で受け止めたマゼンタのふいを突くように、下から上へ、真っ直ぐに切り上げる。それはマゼンタの道着を撫で、私はもう一度下へ構え直した。

最後に、さっきよりも大きく振り上げる。鷹の奇襲を縁取った剣術だ。

「マゼンタっ。 私の勝ち!」

「うにゅ〜ん…。負けましたぁ…。

先輩、フェイントはずるいですよぉ! どう対応したらいいか…。」

マゼンタのそれには答えてあげたいけど、まずは言いたいことがある。とっても大事なことだ。

「マゼンタ。私の剣術には何も思わないわけ?

えっと…、私、名前つけようと思うんだ。

『レイヴァ・ファルコン』っていう名前。どうかな?」

「あ……私は…、良いと思います…。神話からとったんですよね?」

彼女は恥ずかしそうに、それでいて嬉しそうに言ってくれた。

マゼンタが気づいてくれてよかった。嬉しい。

「うんうんっ。

レイヴァティーンは破滅を呼ぶ杖だから、破滅を呼ぶ鷹。

他にも、フェイントっていう点でレーヴァは「裏切り」の意味も含めてる。いいでしょ!」

「ん……私は、技名どうこうよりも、

この剣術の軌道を考えたのがすごいと思いますよ!

先輩、こういうフェイント系が好みなんですか?」

フェイントっていったら、さっきマゼンタが言った対処法だよね。

私は特に考えてないけど、知力を使って戦うマゼンタはその辺を大事にするって。

「ああ、それだね。フェイントっていう意識はなかったかな。

基本的にフェイントって呼ばれる技の対応の仕方なんだけど、あえて相手の裏を書く動きをするんだよ。

その辺はバクチになるから、気にしないでいいよ。」

「え……もう少し深く相手を観察することにしますね。

ありがとうございます…。」

マゼンタがぺこりと頭を下げる。

同時に、その後ろにあった夕日に目が行った。

キラキラと街を輝かせながら、同時に私の方へ闇が襲ってくる。

その美しいような、哀しいような光景に、不思議と私は彼女を彷彿とさせる。

「先輩…? どうかしました?」

マゼンタが囁く。彼女の仕草や表情、揺れる髪の毛の一つ一つが、夕日と似ているんだ。

「マゼンタ…。もうこんな時間だし、帰ろっか?」

耐えるように動きを止めるのは沈みゆく太陽に、。

いやいやと首を振る動きは湖のきらめきに。

それと同時に揺れる、赤紫の髪の毛は夕焼けそのものに似ていた。

「先輩…。いやですっ…!

私、まだ先輩のそばにいたいですよぉ…!!」

去ることを恐れるその気持ちも。

私を照らしてくれる太陽には、必要なんだね。

「ん…。じゃあ…マゼンタ、ウチくる?

一人暮らしだから泊まっていってもいいよ。」

「シアン先輩っ…。ありがとうございます……っ。

………あの……ごめんなさい先輩。

いっつもわがままばっかり言って…、先輩のこと困らして…。」

そう言ってうつむいた彼女は、私の胸に飛びついてきた。

マゼンタは涙を浮かべた目で私を見つめる。

「ごめんね…、先輩…。じゃあ…。泊めて、ください…!」

「………ふふっ。……いいよ。」

私はそうささやいて、彼女のおでこにそっとキスする。

頬は『信用してるよ』でしかないけれど、おでこはその上。

『あなたを、いつまでも守るから』のサイン。

それを感づいたのか、マゼンタが動きを止める。

「ありがと先輩…。先輩、おうち行きましょ…。」

呟きながら私の手を握り、指を絡めてきた。

顔を上げて、私の耳元まで背伸びしてささやきにくる。

「センパイ。……おうち上げるってことは…。

………私のこと、全部受け入れてくれるんでしょう…?」

吐息や声が直接耳に届いて、一瞬耳を離しそうになった。

でも、そんなことしたらマゼンタに嫌われちゃう。

最後まで聞いてから、彼女の肩を抑えて足を着かせる。

私の方が背が高いから、マゼンタの耳までは屈むだけでいい。

彼女の耳元でささやく。

「マゼンタ。……貴女のこと、一生かかっても守るからね。

……私のマゼンタ…。」

「先輩…。嬉しい。私のシアン先輩…。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



ドアを開いたマゼンタが、私に入るよう手振りする。

「先輩。先入ってください。」

「うんっ。ありがとう。」

私は入ってからマゼンタの手を引き、鍵を閉めて靴を脱いだ。

そのまま、マゼンタの耳元で囁く。

「マゼンタ。お風呂入る? ご飯作ろうか?

それとも、ワ・タ・シ?」

マゼンタは一瞬ポカンとした顔をした。

すぐに目の光を吹き戻して、私に詰め寄る。

「先輩がいいです…! 今日は…、先輩に襲われたいです…!」

来た。マゼンタは、私の思ったことをちゃんとしてくれるから好きだよ。

私はマゼンタの手を握り返し、強く抱き寄せる。

私はつり目であんまり可愛くないから、顔を見せた状態で囁くのは嫌いだ。

私の肩にマゼンタの顔を埋め、もう一度耳元で囁く。

「いいよ…。おいで…?」

「……っ…! はい…っ…!」」

後輩にエスコートされるようじゃ面目無いから、マゼンタの言うことやることを予想して、ベッドまで私が優位で連れてこれた。

私は抱き寄せるようにして下になり、マゼンタに攻めさせる。

「先輩っ…。

あの…、私、先輩にせめて欲しいって言ったのに…。」

「うんうんっ。覚えてるよ。言ってたね?」

マゼンタは不機嫌そうな仕草を見せるけど、どこか嬉しそうだ。

「もうっ!先輩ひどいですよ…!」

そうして私たちは、金曜日などあっさりと超えてしまった。

そしてその夜は、とても眠れるような雰囲気ではなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



永い永い夜は私たちをあざ笑うかのように立ち去り、朝日が私を責める。夜明けってやっぱり怖いよぉ…。

「先輩…。 先輩起きて…? 先輩ぃっ…!」

「……すぅ…。」

シアン先輩は寝ていて、わたしだけがこの夜明けを感じてることになる。

なんで今日に限って、先に起きちゃうんだろ…?

「先輩っ! ねぇ起きてよぉ!」

「ん……、…あ…ぅ…」

あっ…! 起きるかな?

先輩はまぶたの裏で眼球を動かし、右手をベッドについた。

けれど、体勢を変えただけで起きたわけじゃないみたい。

「先輩…。 もう…何なの…? 寂しいよ…。」

左手の時計は3時と27分を指し、その秒針は重たそうにゆっくりと回っている。

時計の針を調整する、りゅうずを手前に4回引いてみる。

「………先輩。覚えてます…? 一緒に工作したの。

『2人だけのものを持ってようよ』って言葉、嬉しかったんですよ?」

カシャンという音とともに、時計の裏側に固定されてるスライドが出てきて、赤髪と青髪、2人の少女が顔を出す。

「えへへ…。懐かしいなぁ…。

もう9年も前になるんだもんね…。」

昔から得意だった機械工作で、時計にスライドを作ってみたんだ。

そこには、小さくプリントされた私とシアン先輩が貼られてる。

これは私がスクールに入学した時、先輩が一緒に入ってくれた写真だ。

私の肩に手をかけて、ぎゅっと引き寄せる仕草は、今では色んな妄想をしてしまいそうだ。

この頃から、先輩に触れられると変な気分になってたんだよね…。

「先輩...。おきて...。」

私が身体を揺すると、先輩は唸り声をあげながら身体を起こした。

先輩も同じように左手の時計を覗いてから、私に囁いてくる。

「マゼンタ...? 今何時ぃ...?」

「あっ...! 先輩,,,! もうすぐ4時ですよ,,,!」

シアン先輩はまだ寝起きテンションでわけわかってないや。

私は先輩のあごに指をかけ、そっと引く。そのまま先輩の口を私の唇で塞いで、舌を入れていく。

「ぷはぁ…。えへへ。先輩、目覚めました…?」

「うん…。マゼンタ…、なんで今起こすの…?」

先輩を起こしてから、問い詰められて困っちゃった。

そのまま口を塞いで見つめてたら、先輩に詰め寄られる。

「マゼンタ? なんで今起こすの?」

「あ…えと…あの…。寂しかった…から…。ごめんなさい…。」

私が呟くと、先輩は私の右腕を掴んで引っ張った。

強めに、ちょっと痛いくらい。

「ひっ…! ごめんなさぃっ…!」

「マゼンタ。……一緒に寝よっか? 今日休日でしょ…?」

「はい…。ごめんなさい…。」

先輩は微笑んでるけど、ちょっと怒ってるのはわかった。

そりゃあそうだよね。寝てるとこ起こされたら誰だって…。

「マゼンタ。違うの。

……私はね、貴女を寂しがらせちゃった自分が許せないだけなんだ。大丈夫だよ。マゼンタが謝ることない。」

「うん…。ええと…じゃあ…一緒に寝ましょ…?」

先輩は微笑みをとくと、今度はあえていやらしく、私を誘うようにして笑った。首を傾げて、眉を下げる。

「ん。……おいで…?」

「は…はぃ…。」

私が抱きつくと、先輩はそれを受け止めて、抱きしめてくれた。

耳元で囁かれるやわらかなリズムは、先輩の暖かさと一緒に私を包んで、そのまま眠りの彼方へ誘う。

「マゼンタ。この時計って一緒に工作したやつだよね?

まだ持っててくれたんだ。嬉しいよ。」

「えへへ…。

先輩との思い出は、全部保存しておくようにしてますから…。

いつかいつか先輩のお嫁さんになったときに、

先輩と一緒に見て回りたいんで…。」

私がささやくと、シアン先輩は嬉しそうに笑った。

声は出さないけど、吐息が「ふふっ」と吐き出される。

「先輩。先輩の時計には何を差し込んでるんですか?」

「マゼンタ。私はね、こういうの入れてみたの。」

先輩もカチカチっと四回りゅうずを手前に引いて、カシャンとスライドを動かす。

その中には、小さなクリスタルが入ってる。

「あ…シアン先輩、これってラピス…ですよね?」

ラピスっていうのは魔力がこもったクリスタルで、武器や防具にはめ込んで使う他に、そのまま持って魔力を出したりするのに使う。

「そう。マゼンタ。触ってみて?」

人差し指の先でそっと触れてみると、別の空間に放り出されたような不思議な感覚が体全体…、を通り越して魂まで広がっていく。

ふっと意識が戻ると、私は先輩の腕を通り越して仰向けに倒れてた。

「先輩…。これって騎士団の…?」

「そうだよ。高等部に入ると、副武器にこういうのも選べるの。

どういう魔法か…は、マゼンタが副武器持ってから見せたげる。」

先輩の口調は私を試すようだけど、うっすらと私の成長を楽しみにしてるのも伝わった。

私が副装備を持てるのは1年後、高等1年になってから。

1年後は先輩も高等部を卒業して、神聖騎士になってるはずだ。

(先輩…。1年経ったら卒業してるじゃんか…。)

それは…、離れちゃうようで寂しいけれど、その頃には先輩のお嫁さんになる資格がある。

きっと先輩が言いたいのは、ラピスどうこうよりもっと大切なことなんだ。

「う〜ん…。一年も先じゃないですかぁ…。

じゃあ、待ってますからねっ。絶対ですよ!」

「うんっ。待っててよ?」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「先輩…昨夜は…ありがとうございました…

 …迷惑かけてごめんなさい…」

私は起きてからご飯まで作ってもらって、先輩があくびをよくするからちょっとずつ不安になっていった。

それで、最終的に玄関の前で頭を下げている。

「ううん。マゼンタ。別に気にしないでよ。私も楽しかったしさ。

 本気で襲ってくるってわかって言ったんだよ。」

今気づいたけれど、先輩が誘ったのは冗談だった。

それなのに私は、冗談を本気にして襲わせちゃったみたいだ。

バカだなぁ…。シアン先輩は、そこまで私のこと思ってないのに。

私は、うちに帰ろうと思う。

今日明日と休みだからといって、ずっとここにいるわけにはいかない。

「あの…先輩…本当にすみません…っ

 ありがとうございました…失礼します……」

先輩は玄関の前で首をかしげる。

「あっ……あのさ、まだ、いてもらうことは…できないかな…?」

先輩は気を遣ってくれてるんだ。

でも、あんまり長いこと居たら先輩に迷惑がかかる…。

「先輩……その…私、迷惑かけたくは…」

すると先輩が私の手を掴んで強く引っ張ってきた。

あざがつきそうなほど強く、骨まで握りしめられる。

そのまま先輩の胸まで引き寄せられて、抱きしめられた。

「ダメ。そんな理由で帰してあげない。」

先輩が耳元でささやく。

耳に息を吹きかけるようにして、言葉を流し込んできた。

「あっ…でも…先輩…私…!」

「でもじゃないっ。今晩も、明日だって寝かしてあげないから。」

……!

シアン先輩は、本気で私を求めてくれてるんだ…!

なのに私は、一人で勝手に思い込んで、怖気付いて。ダメな子だ。

それでも先輩は、私のことを本気で求めてくれた。

「……いいよね?」

「はいっ…! 先輩のためなら、いつまでだって…!」

これは契約の言葉。

先輩を私に、私を先輩に縛り付ける呪文だ。

「ん。それで良いの。私のマゼンタ。愛してるよ。」

先輩に負けないくらい、私も求めなきゃいけない。

「先輩…私もです…!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



私は国立剣術学校中等3年、ノアム・サイルベラ。

鏡の前で整えた髪型は、珍しいって言われる茶色の髪の毛を、三つ編みにして左肩に流してる。他はいじってないから寝癖まみれ。

目も茶色だから、よく珍しいって言われる。

今はある人をまってて、公園のベンチに座って木剣を磨いていた。

「ノアムぅーーっ! おまたせーーっ!」

私がグラウンドのベンチで座っていると、遠くから甲高い声が響く。私を呼んだのは、同学年のクロム・ドラクレハ。

「クレハーーっ! 待ってたよっ!」

明るい黄色の髪をポニーテールにまとめて、薄く微笑む口元は赤く彩られている。青色の目は少しつっているけれど、いつも笑っているからきつさは全然ない。

彼女は私と同じクラスの人気者で、一緒につるんでると

「お似合いだ」ってよく言われる。

土曜日に呼び出したのは、剣術の練習に付き合ってもらう為だ。

金曜日にサーキュルさんに負けてから、一度は勝ったけど悔しくてたまらなかった。

あの子、いつも本読んでるか上級生とつるんでるかなのにすっごく素早くって…。

「ノアム、練習って一体何するのさ。」

「えっと…、とりあえず立会いでいいかな?

クレハは受け身でお願い。」

昨日負けたサイルベラは受け身だった。

昨日、クレハは変な噂…なんでも、サーキュルさんが女子生徒と付き合ってるなんて噂に乗っかって失礼なことを言った。

今度謝ろう。クレハも連れて。

「ノアム。よろしく。」

「クレハ。お願いしまーす!」

お辞儀は一戦を始める前の礼儀作法だ。

剣術の稽古を手伝ってもらうわけだから、頭を下げることを基本に礼儀を忘れるなっていう教えは、1年で習う。

「じゃあ…、ノアム、来ていいよーっ。」

「行くよっ…!!」

右手に握った剣を肩まで引きしぼりながら、左手は開いて前に出す。そのまま突進、剣を突き出し、左手を引く。

単発刺突の突進技。「デサイシブ・ピアーシング」だ。

「効かないよっ!」

「まだまだぁーーっ!!」

クレハは刺突を飛び上がって避け、上空で一回転しながら私の真上を通り過ぎる。

途中、峰で私の頭を小突き、着地後に私に剣を向ける。

「どう?」

「うぅーっ。負けたぁ…。」

クレハは一度、剣を肩にかけた鞘にしまう。

私も鞘に収めてからクレハの言葉を待つ。

「ノアム。はじめっから突進技はダメだよ。

はじめはステップとか、単発技で様子見るんだよ。」

「えぇーっ。私、そんな面倒なことやってらんないよーっ。」

私がいじけると、クレハはドンッと足を踏みならして、私を睨みつける。つり目のせいもあってちょっとドキッとする。

「ちょっと。教えてって言ってきたのノアムだよね?」

「あ…ごめんなさい。じゃあ…、はじめはどうするべきなの?」

私が謝ると、クレハは嬉しそうに笑った。

そのあと木剣をベンチに下ろして、そこに座る。

その横をトントンと指で叩いて、私に座るよう手振りする。

「ノアム。」

「うん…。」

クレハはこういうのが上手でいいなぁ…。

他のみんなの前だったら偉そうにできるのに、クレハの前じゃネコでしかないんだよね。

私はクレハの隣に座って、クレハの目を見つめる。

「ノアム。いい子だよ。」

「ありがと…。えへへ…。」

やっぱりクレハは上手だなぁ…。

彼女はしかるだけじゃなくて、ちゃんと甘えさせてくれるもん。

クレハは私の手を握ると、目を合わせて口を開いた。

「じゃあ、ノアム。まず、自分の攻撃が当たるくらいの距離まで近づくの。

それから、相手の攻撃を喰らわないようにしながら、自分の剣を当てる。

隙の少ない剣術の方がいいよ。デサイシブはダメ。」

「うん…。うん。

うん、じゃあ、強い技より当てやすい技ってことだよね?

動きは素早いんじゃなくて当たらない動き…。」

私はクレハと目を合わせたまま、返事と復唱を繰り返す。

クレハは私のそんな動きを見て、嬉しそうに言葉を連ねる。

「そうそう。だから、どうやって当たらずに当てるか。

それを考えて動くんだよ。

当てるより当たらない動きをするの。」

「うん…。ありがとう。じゃあ、もう一戦してくれる?」

「いいよ。じゃあ、もう一……」

クレハが剣を抜こうとした途端、ビビッと衝撃が走る。

どうやらクレハのポケットだ。そこから取り出したのは、青色の大きなラピス。

通話と伝言ができる、お店で売ってるやつだ。私も持ってる。

「もしもし? クロム・ドラクレハです。

あ……うん、いいよ。うん、うん。また連絡して。はーい。」

クレハはラピスをしまって、剣の持ち手を握る。

「誰?」

「アズール。すぐ来てってさ。剣術教えてもらおっか?」

一緒に剣を抜いてベンチから立ち上がる。

私は頷いて、二人で始まりの挨拶を交わした。

「じゃあ、ノアムが先でいいんだよね?」

「うん。受け身でお願い。」

そう言ってから、剣を両手で持って走り出す。

クレハは剣を右肩に引き絞って、後ろに構える。

単発水平撃「ルナライト」の構えだ。

水平だから横に範囲が大きい。私は前転、剣撃の下を潜り抜けて、突きを繰り出す。

回転刺突「レヴォリュート・サタン」。

「ふっ…! いい感じぃっ!」

レボリュートサタンはルナライトに合わせられて鍔迫り合い。

私は後ろに飛び退って、剣を向けながら体制を整える。

「まだ全然だよっ!」

そのまま、今度は突進しながら切り裂く。

クレハはステップで避けて、そのまま剣術を繰り出してくる。

私の突進は剣術ではないから、それを避けて連撃を繰り出せる。

「ノアムっ! いいよぉーっ!!」

クレハの剣は縦に叩きつけられ、避けた私に二回、剣を振り下ろす。三撃の描いた奇跡は、獣の爪のような形に残る。

闇属性3連撃「イーヴィル・クアルム」。

「ありがとーーっ! もっと行くよぉっ!!」

私は3連撃をステップで避けて、無造作に剣を突き上げた。

そのまま右から剣をなぎ払い、引き戻して切り上げるようにして振り上げる。最後に、真上から大きく叩きつける。

炎属性4連撃「デッド・スピリット」。

スピリットに限らず「デッド…」系は出が早い。

後隙が問題だけど、一対一で困ることはまずない。

「うん、ノアム。いい感じ!」

尻餅をつきながら、クレハが言った。

続けて、私は右手を差し出しながら返す。

「うんっ! ありがとうっ!」

クレハを立ち上がらせて、そのまま彼女の手を両手で握りしめる。

その手は暖かくて、触れていると安心する気がする。

「ほら、ノアム。行くよ?」

クレハが腕をぐいっと引き寄せて、私を引き寄せてきた。

彼女に寄りかかるようにしてバランスを立て直し、クレハに体重をかけたまま歩き出す。

「あっ…うん…。」

「ノアム、剣術はもういい感じ?

よかったら、アズールと一緒にラピス買わない?」

クレハが首をかしげた。私はすぐにうなづき、彼女は微笑みを浮かべる。私の手を引いて、クレハは商店街に向かった。

「ここで待ってるって。いる?」

私は周囲を見渡して、それらしい人影を見つける。

青系のツインテールで、商人の制服である白いマントで、制服を着た身をつつんでる。

「あれ、アズールじゃないかな?」

「え…? あぁ、そうだね。アズールーーっ!!」

クレハが叫ぶと、青いツインテールがぴくりと揺れる。

そして、白いマントの彼女…、アズール・コリンが振り返った。

「はーい!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



魔力の結晶、ラピスを売っている商人は「ラピス商人」と呼ばれ、正装に白いマントを羽織る。

それと剣術学校の制服、青いツインテールの服装はよく目立つ。

アズール・コリン。その私の名前を呼ぶのは、さっき連絡したクロム・ドラクレハ。

「はーい!」

応答してから、金色のポニーテールへ向かう。

私は剣術学校に通っていながら、趣味の一つとしてラピス商人をしているんだ。

売り上げはそこそこで、1日の売り上げで1日分遊べるくらいだ。

「クレハ、ノアム。今日は来てくれたりがとう。

今日のあまりラピスは懇願成就と、恋愛成就だよ。」

私が呼んだ彼女はクロム・ドラクレハ。

隣には、友達のノアム・サイルベラの姿も。

「ありがと。えっと…、アズール。

ラピスは…私は懇願にするね? ノアム、それでいい?」

「うん。大丈夫。私は恋愛成就だよね。」

二人に配ってから、私は露店の片付けをはじめた。

この時間はもう終業で、多少早いけど大丈夫だろう。

「それで私、気になってるラピスがあるの。

一緒に来てくれる?」

クレハは快くうなづいた。

ノアムが、もどかしそうに口を開く。

「いいけど…、どうして私たちも?」

「えっと…、あそこ、ノアムが手合わせした子のお父さんがやってるんだよ。

ノアムにかけようと思ったんだけど…、出なかったしさ。

それで、お友達価格でわけてくれそうかな…って。」

答えると、ノアムが一瞬宙を覗いた。

そして、もう一度口を開く。

「サーキュルさんのこと?」

「そう。来てくれる?」

私が尋ねると、ノアムは大きく頷いた。

それを見て、私は二人の手を握って走り出す。

私のお店は公園の迎えにあって、二人もその公園からきた。

そこから、公園を沿うようにして大通りを歩いて、路地に入って抜けた。

私の露天商から少しのところにあった、『キングボルトのラピス工作』の看板が見える。私たちはそこに駆け込んで行った。

「ここだよ。」

「へぇ…。なんか、大きくはないけどかっこいいね。」

ノアムが呟いた。私はopenの看板を確認して、そこに入ってく。

シャッターに無理やり作られたドアを開くと、中はラピスの飾られた棚と、工具が置きっ放しの机の周りに設計図と複雑なカラクリが転がっている。

「ここはね、もともとガレージだったの。

そこを、サーキュルさんのお父さんが工房にしたんだよ。」

「嬢ちゃん、いらっしゃい! こないだも来てたよな!

気になる商品があったかい?」

机で作業していた、小柄な男性が振り返る。

彼がサーキュルさんのお父さん、キングボルト・サーキュルだろう。

「はい! えっと…、ラピスフランキスカを。」

私が要求したのは、ラピスを使った武器だ。

高等になると左手に武器を握れるけれど、私は剣への飽きと遠隔攻撃への渇望でそれまで待てなかった。

キングボルトさんは小柄ながら筋肉があって、東方の強そうな顔立ちにスキンヘッド。まるで、物語の主人公みたいだ。

「おう! 待ってな!」

彼がそう言ってそれを取ってくるまでの間、楽しみで楽しみでしょうがない。ラピスそのものは騎士団では武器として扱われ、高等になるまで、攻撃性能を持つものは持つことを許されない。

だけど、ラピスを使った道具ならOKだって。

「これであってるか? ラピスフランキスカはなかなか人気でよ、値段も高騰してて申し訳ねぇや。」

私はこれを待っていた。そして、となりにノアムがいることも。

本当ならサーキュルさんがいいんだけど、彼女は普段高等部の教室にいて話しかけづらい。

「……。」

ノアムの手をぎゅっと握る。

それを合図として、彼女が口を開く。

「私、こないだマゼンタさんと剣を交えまして!

彼女に教えてもらって来たんですよ〜!」

「そうか! マゼンタは少々愛が重いことがあるからなぁ…。

じゃあ、マゼンタと仲良くしてくれてるお礼さな。

ラピスフランキスカに加えて、二人の好きなのを一つやるよ!」

やったぁ! 文体からみて、フランキスカはただ!

二人を連れてきてよかった〜!

「ほんとですか?! 嬉しい!

クレハ、何欲しい? ゆっくり考えようよ!」

「うんうんっ!

ノアム、私これがいい! アズールは何にするの?」

クレハが駆け寄ったのは、ラピスクロウ。

「私はこれに決めてる。」

直訳は「ラピスの鴉」ってとこかな。あれはバックパックみたいに背負う装備で、背中で光の羽が生成されるんだ。

両肩に固定するベルトには、大きなラピスが二つ繋がれてて、

精神力…ソウルを原動力に、低空を飛行できる。

「もぉ、クレハぁ! ゆっくり考えようよぉ!」

「ううん、私これに決めた!」

二人が羽の前で迷ってる姿は、とても楽しそうで私まで楽しくなる。けれど、私はラピスフランキスカに決めてる。

「キングボルトさん、フランキスカって投げ斧ですよね?」

私が受け取ったのは、特異な形をした小さな武器。

剣のようにまっすぐではない、やわく曲がったグリップ。

それの上に、ほとんど垂直に繋がれた3つのラピスと絡繰、それから伸びる筒。絡繰から覗ける一番手前のラピスには、突起が結ばれてる。

「ああ。それは、ラピスの性質に由来するんだ。

この中は3つのラピスで成り立つ。まず、手前に見えるハンドルに結ばれたラピスだ。ハンドルを傾けてみろ。」

ハンドル…っていうらしい突起を、親指で傾けてみた。

「このラピスは斧をイメージしてる。振り上げたフランキスカ…ってとこか。」

すると、フランキスカが少し重くなる。中に何かが生成されたみたいだ。

「このラピスは生成ラピス。これは、鉄を近づけると燃える発火ラピスに擦ることで球体を生成する。

この球体は、発火ラピスの効果で一触即発の火薬だ。

そして、グリップの隣にあるトリガーを引いてみろ。」

トリガーを引いてみると、パァンという大きな音に続いて、凄まじい反動が押し寄せてきた。両手がジーンと痺れて、弾かれる。

「そこをみてみろ。」

落ち着いたところでキングボルトさんが指差した方を見てみると、そこには大きな穴が空いてる。ガレージの壁から先、公園が軽く覗けるくらいだ。

「……っ…! 凄いです! 遠くから攻撃できて、剣より強いんですね! ありがとうございます!」

「ああ、遠くから攻撃はできる。ただし、魔術を使った剣より威力は弱いぞ。硬いものは剣で切るべきだ。」

彼はそういうと、クレハやノアムの元へ向かった。

二人が最終的に選んだのは、クレハは翼。

ノアムは剣術強化だ。剣でなくても、剣術が発動できる。ノアムらしいや。

私たちはそうして、夕方店を出た。

「みてみて! 空飛んでる!」

隣から声が聞こえた。振り返ると、そこにクレハはいない。

…ううん、クレハが空を浮いていた。私は拍手しながら、大きく微笑む。

「わぁーっ! クレハかっこいい! 羽もキラキラしてていいね!」

「でしょ!! 絶対これがいいって思ったもん!」

対して、クレハの反対側にいるノアムは腕にベルトで固定するタイプだ。右の手の甲に、手のひらサイズの宝石がきらめく。

「もぅクレハぁ…! アズール、私のも凄いんだよ?

この杭。これで剣術が発動できちゃうの。見てて?」

右手で握っているのは、腕ほどの長さの杭だ。

それを左腰まで引き絞って、一瞬止まる。

直後、杭が光った。まるで、剣術…「スペル・ウィザイン」を発動したように。

「…っ…! てゃぁっ!!」

そして、それは右上に大きく振り上げられる。

この動きは、単発斜め「リヒューズ」に違いない。

「へぇーっ! 剣でなくてもそんなのことが出来るんだ!

ノアムすごいなぁ…。」

「えへへっ、どう?」

私のものは、そんな安安と披露していいものじゃない。

ガレージのシャッターを突き破るほどの威力を持つ、明確な武器だ。

だから、こういうこともあろうかともう一つ買っておいた。

これは別売りだから、ふつうにお金を払ったけど。

「ふふっ。すごいね!

私…はね、これ! ソードジェネレータ!」

私が買ったのは、剣を作り出せるラピス。

切ろうと思ったものは切れるけれど、やっぱり普通の剣の方が強い。細長い形のラピスを握ると、鍔と刃が出てくる。

形は東方のそれで、片刃の曲刀だ。

「あははっ! どうかな?」

「凄いね! それ、東洋のロングソードだよね?

あっちの方でしか売ってないからかっこいいのかなぁ。」

クレハが呟く。私は得意げにブンブンと振って、鞘にしまうようにして消滅させた。

「しかも、仕舞えるんだもんね。コンパクトでいいなぁ。」

「でしょ? 二人のもいいと思うけど、私はこういうのがいい。」

そうして、交差点で私たちは別れた。夕日の光が、1日の終わりを儚げに彩る。

二人に手を振ってから、私は帰路に着いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



ここは剣術学校高等部3年、放課後の一教室。

最近、シアンが構ってくれない。

中等部の子と遊んでばっかりで、剣を交えるのも授業くらいだ。

窓をぼやっと見ていると、その中の自分と目があった。

桃色の長髪を風になびかせ、シアンより少しきつめのつり目が見つめる。その後ろに、駆け寄ってくる青い長髪。

「ローズ、ごめんね。遅くなっちゃって。」

シアン・ロータス。私に笑みを見せる、親友の名前。

私は木剣を背負って、カバンを握った。

「いいよ。中等部の子、大事にしてるんでしょ?」

「うん、すっごく大事だよ?

でも、ローズとの時間をおろそかにする理由にはならない。」

彼女とは中等3年の頃に出会って、もう3年の付き合いだ。

カバンを握ってから、ほんの少しだけ軽いのに気づいた。

「ローズ? どうしたの?」

「辞書が入ってない。」

教室の後ろの方に辞書の棚がある。国語辞書が二つあったので、それを手にとって名札を覗く。「ローズ・ジェファーソン」私の名前だ。

「そっか、休み時間に落としてたのかな。よかった…。」

「うんうん、よかったよ。」

ひとしきり二人で目を合わせて微笑んで、彼女は口を開いた。

微笑んでいた両目が、途端に真剣になる。言いたいことは…

「それで、用…ってなに?」

わかってた。私はそれを聞くと同時に、シアンの手を握る。

目を合わせ、一瞬間を置く。沈黙が静かに私の気持ちを伝えてくれる。剣術学生でしか通じない、たった一言の告白。

「……ねぇ、手合わせ。お願いできる?」

シアンは空いている右手で口を押さえ、少しためらった。

言いたいことはわかってるみたい。それを聞き入れるかどうか。

「………いいよ。」

「……ふふっ。ありがとう。」

私は握ったままのシアンの左手を引いて、グラウンドまでひきづる。カバンはグラウンド常設のハンガーにかけて、木剣を抜く。

高等生同士の立会いで最も重要なのが、高等部に入った時に解禁されるあれだ。

「ローズ、『サブ』はいいの?」

副装備…、左手に握る二個目の武器だ。

サブ武器とも呼ばれる。生徒間では、この呼び名の方がよく使われる。

「もちろん。」

私は静かに腰のベルトをあげ、重たい直方体を取り出した。

辞書だ。もちろん、それはただの外装。

その下にあるものは、「risa’s trick knowledge」。

直訳するとリサの悪戯の知略。魔術ではない、呪術が使える。

「ローズの本って戦いにくいんだよね。

制限されたり特殊攻撃してきたりするもん。」

「それを言うならシアンのラピスもだよ。

動きが全然予想できないもん。」

シアンの武器は左手の腕時計…ではない、そこに格納されてるラピスだ。あのラピスは、空間を捻じ曲げる能力がある。

Catherine’s final spirit…キャサリンの最期の想い。キャサリンは、剣術学校創立当時の神聖騎士団長だ。

テレポートならまだ後隙が大きいからいいけど、サイコキネシスなんか使われたらたまったもんじゃない。

「じゃあ…、始めよっか。」

私の本は、条件を満たすと特殊効果が現れるものだ。

例えば、地面に三角形の傷をつけたり。剣でガガッと地面を擦る。

「今のは?」

シアンがつぶやく。今のは、呪術だけど…、言ったら怒るから言わない。微笑みを浮かべてこう返す。

「お互いの健闘を讃えるおまじない。」

「じゃあいい。」

お辞儀は中有等の頃から変わってない。

その後に、剣を握って走り出す。剣術の発動で要求されるのは、剣を持つ手と腰、肩に加えて足さばき。

左手の位置は自由だ。私は、脇腹に構えた右剣の上に、辞書を持った左手を突き出す。

「サマー・トリック!」

脇腹に構えた剣を、上段へ切り上げる。

上段突進のロスト・ルナライト。本来は風属性だ。

でも、トリックをかけたから光属性。

剣を構えたあと、辞書を剣から見た所定の位置に構えると、この呪術が使える。上から、反時計回りに聖、闇、火、水、森、金、土。

一週間って私は覚えてる。

「ローズっ、遅いよぉっ! フィジカル・ブリンク!」

ロストルナライトには、反対の属性を使ったから、効力は普通の剣術並み。だから、よっぽど剣術に詳しくない限りバレることはない。

シアンがそう叫ぶと、彼女の体が少し透ける。

同時に、真っ直ぐに私に向かってくる。ファイナルスピリットの技の一つ、瞬間移動だ。障害物を通り越して移動してくる。

私は後隙で動けないけど、それくらいは読んでる。

後ろから来ることくらいはわかる。

「ラグドール・トリック!」

彼女が着地したのと、私が地面に潜ったのはほとんど同時。

彼女は連撃技でもしてくるとおもうから、さっき置いておいた3角形のおまじないが活きる。

「シアンっ…! まだまだぁーっ!!」

三角形のおまじないは、誰かが近づくと自動で作動する。

魔法陣から私の偽物…かなり完成度の高い人形が出てくる。

私は、それと入れ替わるようにして魔法陣から任意で出現。

「ムーン・トリック!」

剣をシアンの背中に真っ直ぐに剣を突き出し、そのまま指の動きで回転させながら上へゆっくり撫でていく。

「ほらほら、遅いって言ったよね?」

「うぅっ! そんなおまじない聞いてないよ!」

剣の左上あたりに辞書を持って行った…つまり、闇属性のおまじないをかけたから、もともと闇属性のこの剣術はさらに強くなる。

闇属性多連撃「デッド・カニバル」

それで第一戦は終了、二回戦に移行する。

「さ、二回戦しよ?」

「もちろんだけど…、ローズ。その本強すぎじゃない?」

仰向けに寝っ転がったシアンが言う。

便利な技はいくらかあるけど、強くはない。

「発動に一瞬でも泊まる必要があるんだ。

そこは結構弱点。儀式を要求するものは数秒止まる。」

「ふーん。じゃあ、その間に攻めればいいんだ?」

「そう。シアンはどっちかっていうと体力攻めだから、素早く動けばいいんじゃない?」

私は知ってる。シアンは、素早く動くのが苦手だって。

フェイントや無駄が少ない動きでカバーしてるから、素早くは動きにくいんだろう。

「えーっ。私、すばしっこくとか苦手なんだよぉ…。

マゼンタにもいつもスピード負けするし…あっ。」

「マゼンタ…って誰? うちのクラスにはいないよね?」

それも知ってる。マゼンタはシアンにとって大事な後輩で、私より長いこと一緒にいるのも。

「あ…後輩だよ。合同演習でペアになった子。」

『友達』と言えない関係なことも。

でも、そんなことしに立会いをお願いしたんじゃない。

「そう。………ほら、立って。」

「うんっ。じゃあ…二回戦、しよっか?」

立ち上がったシアンと、8フィートほど距離を取る。私はそこで、

地面に呪術で作った、光るドクロのオブジェクトを生成する。

それは、私やその周囲、相手にまでも効力を発揮する、呪術の基本であり最も強いとされるトーテムだ。

それに、呪術で効能を加える。この作業をしないと、トーテムはただの置物だ。

「そこだぁーーっ!!」

シアンが突っ込んできた。

剣を腰に構えて、真っ直ぐに突き出す突進技「ヘイトレッド・パイル」。私はとっさに上へ飛び上がり、乱れたせいで出せなかった呪術をはじめから。

「うんうん、うまいうまい。」

「そうでしょ? 観察しろってのは先生にも言われてるもん。」

今度は簡単に、トーテムに呪詛を加えると、棒で束ねられたドクロが燃え上がる。

それを確認して、剣を真上に掲げた。私の握る木剣に炎が宿る。

炎を剣に纏わせる、「ブレイズブレイド」の呪術だ。

おまじない、はたから見るとカッコいいのに、自分でやるとすっごく恥ずかしい。剣を掲げるとかどこかの革命家じゃんか…。

「シアンっ…! そこぉーっ!!」

空中でしか発動できない特殊剣術、「バーニング・ファルコン」

空中から、引き絞った剣を突き出す。

右上、右下、左上、左下。あまりもの速さと炎の残像が、鷹の脚のような姿を描く。

「受けて立つ!」

シアンは飛び上がりながら右手を大きくひきしぼり、空中で私と交錯した。お互いの道着に刺突を4回食らわせ、また食らっていく。

私は最後に、剣を大きく振り絞る。ファルコンは脚を描く四撃に続いて、嘴を描いた一撃を与える。

「まだまだぁーーっ!!」

対してシアンの方は、剣を両手で持って大きく掲げる。

この動きは中等の自由科、エンダリング・シャウトだ。

私は引き絞った剣の真上に辞書を開く。光属性のおまじないだ。

「……はぁぁぁーーーっ!!」

連撃の後に一撃という動きはとても珍しいし、ましてそれをぶつけ合うなんて事態はそうそう起こるものではない。

光属性同士がぶつかりながら火花を散らし、周囲に凄まじい衝撃波を伝える。

私は剣術が切れる直前、あるおまじないを唱えた。

左手だけでページをめくり、本に挟んでいた裁縫ばりで左手におまじない。

「……カウンター・トリック!」

私はシアンほど体力はないから、悪戯で仕掛ける。

剣が押し込まれてくる。同時に、私の身体を魔術が覆っていく。

「……フィジカル・ブリンク!」

どうやら彼女も察したみたいだ。今かけた呪術は、剣が押し込まれると相手の魔術を真似して回避する技。

これにより相手は、大技を空ぶることを余儀なくされる。

私はトリックが発動している間に剣技を終えるため、そのまま真っ直ぐに切り込む。

シアンはブリンクで、私と入れ替わるように空中を走る。

(シアン、自分がブリンク使われたらどうなんだろ?)

一瞬の空白の後、私は振り返りざまに剣を振り払った。

水属性背面切り「バック・ウェーブ」

振り返ると、シアンも同じ動きをしている。

水属性同士が交わり、周囲に小さな津波を起こす。

「どうシアン? ブリンクって辛いでしょ?」

私が囁くと、同じようにシアンが返す。

「ブリンクの真似っこなら、もう慣れっ子だよっ!」

拮抗していた剣が押し込まれていく。

私は一度剣を引き、後隙を過ごしてから、剣を振りかぶる。

体制を崩したシアンの元に、跳躍しながら剣を叩きつける。

闇属性3連撃「イーヴィル・クアルム」

1回目は剣で流すようにして受け止められる。

けれど、この剣術は3連撃。全てを受け止めることなんか…。

「ふんっ。無駄だよ…!フィジカル・キネシス!」

2回目の叩きつけを左の手のひらで受けたかと思うと、手にあたる直前に剣が止まってしまう。

「わっ…! なにそれ?!」

「フィジカル・キネシス。空間を操って、対象を物理法則無視して操れる。剣とかね。

生き物は、ちょっと無理みたいだけど。」

そのまま剣は弾き返され、シアンが攻めてくる。

突進で後隙の短い、「ヘイトレッド・パイル」。

それで怯んだ私に、振り上げた剣を叩きつける。鎧に受け止められた剣を、ノコギリのように引きしぼる。

そして、右肩まで引きしぼられた剣を真っ直ぐに叩き落としてきた。

私は地面に叩きつけられ、その上にシアンがまたがる。

「どう? 学校では勉強できない、『デッド・ナース』。

危ないから学ばないんだよ〜」

「うぅっ…。悔しい…。」

またがったシアンはそのまま、私の顔に顔を近づけてくる。

ピンクと濃い青、全く正反対の長髪が絡み合う。

「ローズ。信用してるよっ。」

そう囁くと同時に、シアンが私の頬に唇を押し付けた。

頬へのキスは言葉通り「信用してるよ」で、多少なりとも嬉しいことに変わりない。

「シアン。……もっと構って欲しい。

最近、中等の子ばっかり。私に時間割いてくれないじゃない?」

私が上目遣いに睨むと、シアンは少しばかり困ったような顔色を見せる。すぐに微笑みを戻し、私にささやく。

「ローズ…。ごめんね。しばらく一緒に遊べてなかったもんね。

もう日も暮れたし、今日は帰るよ。

明日、学校で会ったら…、いっぱい遊ぼうね。」

「うん…。

ごめん、とりあえずどけてくれる?」

うなづいて立ち上がったシアンに、私は思いっきり抱きついた。

きついくらいに締め付けて、耳元で囁く。

「………また、遊んでくれるんだもんね?」

「……もちろんだよ。」

それは、私に向けて呟いた言葉でありながら、

なにかを決意した、シアン自身への言葉のようでもあった。

夕日を眺める彼女の目に、私は写ってないみたい。

だけど、それでも友達でいてくれる彼女が。

私は、大好きなんだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



今日は3月で、3学期は終わり。私は、これから卒業式に向かう。

剣術学校では色んなひとに助けてもらったし、これからもその仲を大切にしたいな。

カバンの荷物を整理しながら、私は壁に掛けてある木剣を見つめた。

毎日手入れして綺麗にしてても、落ちてこない汚れや傷。

その一つ一つが、今は大切なこの剣との…、そして、マゼンタとの思い出だ。一度さやにしまって、カバンと一緒に背負う。

左手に時計をはめてから、カチカチとりゅうずを手前にひねる。

そこから出て来たのは、赤色のラピス。

高等部に入った時にもらった、副装備だ。

空間移動魔術、キャサリンの最後の想い。

壁や扉をすり抜けて移動できるから、障害物を通り抜けてでもマゼンタのそばに行くためにこれにした。

彼女は…、少し寂しがりなとこがある。私がいなきゃダメなんだ。

それと、ポケットから少し大きめのラピスを取り出す。

連絡用のラピスだ。マゼンタにかけようかな。

うん…、でも、マゼンタは進級ってだけで、大ごとにするべきじゃないか…。瞬間、玄関を叩く音がした。

コンコンと、優しくノックする音。

「シアン先輩…! 一緒に行きましょう!」

「わかった…!」

荷物はすでに用意してたから、それを持って玄関に向かう。

いつもより軽いカバン。この中には、質量を持たない「思い出」がぎっしりと詰まってる。

今は…、まずは彼女の元へ向かおう。それで、いっぱいお話しよう。

私は玄関の扉を開き、目線を少し下げた。

マゼンタも成長して背は伸びたらしいけど、相変わらず私より少し背が低い感じ。

マゼンタはいつもいつも、閉じこもっちゃう私を呼び寄せて、先へ引いてくれる。

私の足跡は、いつもマゼンタのすぐ後ろだ。初めはお互い何にも思ってない距離だった。

だけど過去から今へ、近づくほど彼女との距離は縮んでいった。

彼女は、一人になろうとしている私に自分から近づいてくれるから。

だから私は、この子の事が大好きなんだ。

見上げるマゼンタの顔は、相変わらず明るく微笑んでいる。

私は空いている左手でマゼンタの右手を握った。

マゼンタの顔が、さらに明るくなる。

「えへへ…。先輩、まだ門閉まるまで時間あります…?」

「あるよ。……でも、今日はゆっくり行きたいの。

我慢してくれる…?」

マゼンタは微笑んでいた顔を少し暗くし、目をそらした。

そこから、小さく呟く。まるで、呪文を唱えるように。

「ん…。そうですよね。ごめんなさい。

先輩は…私より優先するもの、したいものがいっぱいありますもんね…。私と違って…。

私も、我慢できるようになんなきゃいけないんだもんね…。」

マゼンタ…。そーいうのずるいよ…。

そうやって、自分が悪いみたいな言い方して、遠回しに私をワルモノにするんだもん。

罪悪感感じるし、私が折れなきゃって気分になるし、いっつも私の方が悪く思えてくる。

それに…、マゼンタだけで抑えてくれたらいいのに。

私が我慢できなくなる。

「わっ…! え…先輩…、いいんですか…?」

気がつくと、私は家の塀に手をついてた。マゼンタを中に挟んで。

姿は完全に私が追い詰めてる。動きからも、それは確実だ。

「あっ…! ごめん、今のなし…」

「いやですよ…!

先輩に我慢させられるの、もううんざりなんですよぉ!」

私が離れると、マゼンタはそう言って私を反対側の塀に叩きつけた。少し皮膚を擦ったけど、痛くはない。

それ以前に悪かったと思う意識と、密かに嬉しいという感情が芽生えて、私は彼女を見つめる。

「マゼンタ。わがまま言わないの。」

「だって先輩!」

親指で彼女の唇を塞ぎ、額を合わせる。

マゼンタは一瞬戸惑う様子を見せた後、口を閉じた。

「マゼンタ。……良い子だから、今日はゆっくりさせて…?」

「あ…うん…。ごめんなさい…。」

きつく言い過ぎたかな? 両腕を垂れた彼女が、わたしから目をそらす。私は柔らかく右手を握ってあげた。

マゼンタは嬉しそうな仕草を見せるけど、口はつむったままだ。

私も彼女が口を開くのを待って、あえて言葉は発さない。

「先輩…。えっと…頑張ってください…。

私は…応援してますんで…。」

「………わかった。マゼンタ。」

彼女の名前を、小さく呟く。

私を愛してくれて、誰より求めてくれる人の名を。

そして、私が何より守らなきゃいけない貴女の名前。

「どうしました?」

「あとで、一緒に遊ぼう? マゼンタも今日は午前帰宅だよね?」

「あ…はいっ! あとで会いましょう!」

校門の前に着いた。

これから、高等生は卒業演習。卒業する側が演習ってのも変な話だ。マゼンタは体育館の二階で応援だって。

「じゃあ…行ってくるよ。」

彼女の額にキスし、手を離す。そして、私は校舎へ入った。

マゼンタは私が廊下を曲がるまで手を振ってくれて、その顔は教室まで焼き付いてくる。

教室のドアを開けると、ローズやクラスメイトのみんなが迎えてくれた。担任のリコ先生が入ってから、卒業式の前の説明。

「よし、全員揃ったな。今日は卒業式やって終わりだ…が、

みんな気を引き締めていくんだぞ。

並んだら体育館だ。」

先生はそう言いながら、私に視線を動かした。

そして、もう一度クラス全体へ向き直る。

話が終わった後、「それから…」と言うふうに続けた。

「中等部に用がある者は今のうちに。」

今だ…って思った。それは多分、私に向けた言葉だ。

彼女と離れるはずはないのに、どうしてか焦燥感に駆られた。

なにかが終わってしまう…そんな気がして、私は中等部の校舎へ走っていた。

「マゼンタ! 私!」

赤紫色の髪を揺らす、彼女の姿を見てつい呟いた。

それに気づいて、彼女も走ってくる。

「先輩…!」

私に体を預け、そのまま抱きついてきた。

私は優しく抱き上げて、彼女の目を見つめて囁く。

「マゼンタ…、大好きだよ。」

「先輩…。私も、大好きですよ…!」

マゼンタの嬉しそうな顔を見て、私もすごく嬉しい気分だ。

貴女は人を信じて、愛することができる。

私のように待つだけじゃなくて、自分から求めることが。

私も、貴女に愛して返せたことがあったかな?

少しでも、貴女の中で美しくいられた?

私は声には出さず、抱き上げた手をぎゅっと締め付けることで尋ねる。彼女は、それに対して小さな首の動きで答えた。

私に顔を寄せることで、そっと口をふさぐ動作で。

顔を離してから彼女は、やわく口を開いた。

「………シアン先輩。

大丈夫ですよ。」

そう聞いて、私はなにも返せなかった。

ただただ、安心して、ほっと息を吐いた。

そして、微笑みを返すことで、言葉の代わりに送る。

それが、マゼンタの望む反応だと思ったから。

「先輩。嬉しい。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「先輩頑張れーーっ!!」

私は二階から大音量で叫んでみたけど、他の中等生の声にかき消されて先輩には届かない。

声は届かずとも、シアン先輩は振り返って微笑んでくれた。

口を少し開いて、短い言葉を囁く。

唇の動きから推測すると、

「マゼンタ。大丈夫だよ。」って感じかな。

大きく手を振ると、先輩が小さく手を振り返してくれた。

先輩は卒業式の真っ只中でも、私に構ってくれる。

「サーキュルさん、あの先輩と仲良いの?」

私が先輩に手を振っていると、隣から聞き覚えのある声がした。

剣術の稽古でペアのサイルベラだ。

「……そうなの。いっつも甘えさせてくれるんだよ。」

「へぇ…。私も、年上のお友達欲しいなぁ。」

校長のスピーチが終わって、剣術の演習だ。

高等生が何人か剣術を披露して、シアン先輩の番が来た。

演習はペアでやるんだけど、私はこの頃もサイルベラなのかな?

先輩の横には、先輩の同級生の姿。

ピンク色の長髪と、先輩より少しきつめのつり目。

前髪は真ん中でわけていて、自然に垂らしている先輩と反対だ。

「リサズ・トリック・ノウレッジ、ローズ・ジェファーソン。

キャサリンズ・ファイナルスピリット、シアン・ロータス。

演習をお願いします。」

先生の一人が呟く。同時に、先輩と、ローズというらしい先輩のペアが向き合う。剣を抜いて、カキンと合わせる。

先輩は大きく剣を振りかぶり、ローズがそれを受け止める。

すぐさま円弧を描いて双方振りかぶり、また打ち合わせる。

ローズが剣を引き、少し身を引いた。

同時に、剣が黄色く光る。雷属性の剣術だ。

先輩は剣をわき腹に抱えて、薄緑の魔力を纏わせる。

二人は一瞬の静止のあとに、同時に走り出した。

ローズの剣は雷を唸らせながら真っ直ぐに突き出され、それは振り払われた先輩の剣に打ちあたる。

単発突進「デサイシブ・ピアーシング」雷属性

上段突進「ロスト・ルナライト」風属性

雷と風、相反する属性を打ち付けることで、刃と刃の間でバリバリと派手にオーラの流れが起こる。

双方剣を振り払い、すれ違った。すぐさま振り返り、剣術を使わずに突進、斬りはらい。

まだ剣撃がお互いにヒットする距離で振り返り、同じ動きで剣を左腰に構える。

そのまま振り上げた剣を打ち合わせた。ガガッと、同じ属性を合わせた時に起こるオーラの乱れが暴れる。

剣術はそのまま続いて、剣を左肩へ振りかぶった。

それを互いの刃へ打ち付けて、もう一度ガガッという不協和音。

最後に、右腕を大きく後ろへ回し、左へ斬りはらう動き。

単発水平のルナライトと動きは一緒だ。二本の刃は二人の間でぶつかって、空気を振るわせる。

最後に、二人とも剣を真っ直ぐに引き絞った。

デサイシブほど大ぶりでない、無駄の少ない動きだ。

それを真っ直ぐに突き出し、刃を打ち合わせる。

それで剣術は終わりだ。

「ありがとうございました。続いて…」

この演習では何気なく剣を打ち合わすけれど、刺突や水平切りを合わせるのはすごく難しい。

刺突を噛ませたあと、剣術は終わって後隙。

それで演習は終わりだ。次は担任講師との立会いだ。

「先輩ーっ!! かっこよかったですよーーっ!」


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演習が終わり、次は担任講師との立会いだ。

剣術を教える立場の者は、副装備のみを使うことが義務。

僕はペンを模した剣を握り、空中に刃を書いてみせる。

このペン…「ouser’s world speling」

オーサーの世界創立。かっこいいけど、あんまり強くない。

空中に刃を書くだけで、基本受け身だし、そうそう引っかかってくれる人もいない。

何度か生徒たちを切ったり切られたりしてから、僕はペンをぬぐっていた。

「シアン・ロータス高等生。お願いします。」

アナウンスが入る。そして、ふと思い出した。

あの子…こないだカフェで中等生と話ししてた子だな。

少しためらいながら、僕はペンを振った。

「………頼む!」

「お願いします!」

このペンから出るインクは、刃になる。

つまり、ペンを振って水滴を散らせば、刃の散弾銃ができる。

僕はペンを引きしぼり、大きく振り払った。

横に広がった水滴が、彼女のいた空間を裂く。

「せんせー! 上ですよーっ!」

僕の真上から来た彼女は、剣を大きく振り上げた。

そのまま叩きつけるようにして身体を振り下げ、縦に回転しながら僕へ向かってくる。

僕は空中に横線を書き、彼女の剣はそれに引っかかる。

刹那、僕はペンを振り払った。ロータスが水滴を剣で切り裂き、空中の横線を足場にしてさらに剣術を繰り出す。

縦かな? 僕はさらに横線を描いた。

「ロータス!

僕の動きを読んでいるようだが、僕がお前を読んでないとでも思ったか!」

ロータスはその横線をさらに足場にして、そこから剣を引きしぼる。

左肩に引いた剣を、身体ごと一回転して真っ直ぐに突き出す。

刺突二連撃はステップで避けた。

次に、彼女から見て右からの斬りはらい。それは読んでいたから、刃を引くのが間に合った。彼女はすぐさま左に引き戻し、左からの斬りはらい。

二撃は避けたから、少し隙があるはずだ。

「あまり飛びすぎるなよ。

僕の武器はペンだけじゃない。」

僕はGペンの先につける、ペン先を5本ほどまとめて投げた。

それは放射線を描いて彼女に向かったけれど、後退したロータスに避けられる。飛び退る時に、剣を振り上げることで僕を少し怯ませる。

「知ってますよ! でも、トリッキーなだけで素早くない動きは…」

後退してペン先をやり過ごしたすぐさま、彼女は回転しながら踊るように斬りかかってきた。

「いいさかかってこい! 隙を見せたら…、

そこでパレットにしてやる…!」

僕は空中に丸を描き、そこにバケツの絵の具をぶちまけた。

丸の中で絵の具が固まり、固定型の盾になる。

それは、彼女が左手を少し動かすことで跳ね除けられた。

「フィジカル・キネシスーーっ!」」

彼女のサブ武器、空間干渉魔術だ。盾は避けられたけど、その間に少し隙があるはずだ。

僕は空中に高速で筆を走らせ、ある似顔絵を描いた。

「ちぃっ! サースティ・コマンド!」

似顔絵のモデルは二階で応援してる赤紫髪の中等生。

それを見るなり、彼女は大声で叫んだ。

「マゼンタで…遊ぶなぁーーっ!!

フィジカル・ブリンクーーっ!!」

似顔絵の直前まで切りかかってきた彼女が、一瞬で消えた。

僕はすぐさま後ろを振り返り、ペン先を飛ばす。

「遊んでるわけじゃない!

僕は…。お前に、守るべき日常という、大切なものを…!

教えてやる義務があるんだぁーーっ!!」

守るべき日常…、それは、剣術学校で学ぶ一番の学科だ。

そして、人生というものの基本中の基本。

僕は…、基本を見失っていたのかもしれない。

「私は、そんなことわかってますよぉっ!!」

彼女のテレポートを交えた切り掛かりを、僕はペンそのもので受け止めていた。

絵を書く時、初めから消せないGペンで書く者がいるだろうか?

いいや、初めは鉛筆…それか、シャーペンを使うはずだ。

「ヴォーパル・ペンシル!!」

さっきまでGペンだったこれは、今はシャーペンの形をかたどった剣になっている。

カチカチとしなくとも芯は僕の思い通りに伸び、芯を折れば飛び道具にもなる。

「せんせー! シャーペンで、直剣が受け止めれますかーーっ!」

グググっと押し戻され、そのまま芯が折れてしまった。

彼女は、そのまま僕の道着を叩きつける。一回転して、もう一度。

真下に引き下げた剣を振り上げ、引き戻して二回目。

それらの動き…いいや、初めから、僕へ剣を抜いた時から、その姿は獲物を狙う鷹を模る。

「せんせー! 冬休みの自由研究!

レイヴァ・ファルコンって名付けたんですよ!」

「……いいね。連撃だから動きが固定されるっていう弱点を、お前はテレポートで克服してる。

素晴らしい技能だよ。完敗だ。

卒業おめでとう。ロータス。お幸せに。」

そして、立ち会いは終了した。僕は道着から少々衝撃を受けたけど、それからの式を難なく終えた。

ロータスは、守るべきものを持ってるんだ。

それは、きっとすごく幸せなことなんだろうな。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「マゼンタ、私卒業したよ!

それで、これからマゼンタは…」

「高等生の皆さん、卒業式の演習お疲れ様でした。

次は、中等生の飛び卒業の申請です。

飛び卒業を希望する中等生の皆さんは、卒業生の同伴者とともにステージへお上りください。」

私はそのアナウンスを聞いてから、先輩に首を傾げた。

先輩は私の動作を見て、口を開く。

「マゼンタ、飛び卒受けてみる?

焦らなくていいけど、早く一緒になったらいいこともあるかなって思うんだ。」

先輩はそういうと、体育館のステージを見つめた。

そこには、神聖騎士らしい女の人が立っている。

私は少し迷ったけど、うなずいてみた。

「はい!

早く一緒になれるんなら、それほど嬉しいことはないですよ!」

この決断があんな事態になるとは、誰も予想しなかった。

私は先輩の手を引いてステージに上がり、希望する卒業試験を選択。

剣術演習と、勉学。基本はそれだ。

でも、もう一つ自由枠でポイントが高いものがある。

神聖騎士様との立会いだ。

勉学はわかんないけど、剣術には自信がある。

それだけで合格はできないから、この立会いが置いてあるんだろう。

これは、神聖騎士さまが本気で手合わせする。もちろん、手加減なしだから命の危険もある。

「えっと…、神聖騎士さまとの立会いと、演習をお願いします。」

私がそういうと、先輩が私の肩を掴んでにらんできた。

「マゼンタ?! そんな、危ないよ…」

「いいの。先輩、私のお嫁さんなんだから、全力で応援してくれるよね?」

先輩はそう聞いて、不安ながらも任せてくれた。

すると、私の前に神聖騎士さまが歩み寄ってきた。

ゆらゆらと揺れるストレートの髪はオレンジで、目はやわらかくつってる。睫毛は短いけど、紙にくくってるリボンが可愛らしさを演出する。

「私ね、ララっていうの。あなたと立ち会う騎士だよ。

まずは演習をお願い。そしたら、私と戦ってくれる?」

演習は何気なく終わらせ、彼女に振り返る。

ララさんはにっこりと頬えんで、私に剣を抜いた。

そして、神聖騎士「ララ」さんとの死闘が始まる。

「じゃあ…マゼンタ。絶対、無茶はしないでね。」

「もちろんですよ!」

私は先輩をステージから下ろして、ララさんにお辞儀した。

彼女も、お辞儀をする。けれど、こっちは私のより何倍も上品な騎士令って感じだ。

「お願いします…。」

「よろしくねーっ。」

私はすぐさま駆け出し、剣を振り上げた。

それを真っ直ぐに叩きつけ、ララさんに避けさせる。

続いて、剣を軽く引きしぼる。真っ直ぐに突き出し、引き戻して斬りはらう。

単発2連撃「ミラージュ・スティング」

2連撃は避けられたけど、それは承知の上だ。

後隙の内に剣術を発動したララさんの真横に、ステップするように移動する。

そこから、単発の水平切り。彼女の鎧を擦って、左へ振り払われる。「ミラージュ」。

彼女は剣術の後隙があるはずだけど、それはすごく短かった。

「わぁっ。貴女すごいね!」

すぐさま振り返って私に攻撃してくる。

斜めからの切りおろしを受け止め、はじきかえす。

そのままバックして距離をとるけど、その動きが読まれてたみたいだ。突進技をとっさに受け止める。

「ねぇ、あなた名前なんていうの? かわいーね。」

口元はやわらく微笑んでいるけれど、光の消えた瞳孔に恐怖を感じた。少しうろたえてしまって、剣がはじかれる。

「………ひっ…!」

「ちょっとぉ、答えてくれてもいいじゃん。」

弾かれた剣は後ろへ飛びそうになるけど、ぎゅっと手を握って逃さないように。その勢いのまま、私は左手に握り直した。

剣を弾いた後の彼女の後隙を逃さず、私は左手に握った剣を斜め後方へ振った。右手を軽く突き出し、剣に魔力を貯める。

「私…、マゼンタっていいます…。姓はサーキュルで…。」

呟くのと同時に、私は時計回りに大きく回転した。

剣を振り払いながら、一回転する。風属性回転切り「サイクロン・ブレイド」。

「ふーん。マゼンタちゃん、珍しい技使うね?

剣術学校で習わないものばっかり。勤勉なんだね。」

回転切りを飛び退って避けたララさん。私は、後隙に来ることを予想して回転切りを早々に切り上げる。

「新しい技使うのって、楽しいと思いません?」

そのまま、剣を右肩に担いだ。振り下ろしながら突進する。

風属性上段突進「ロスト・ルナライト」。

「そうだね。」

同時に、ララさんも剣を引いた。腰だめに握った剣を振り払いながら突進、私の足元をすくうように斬りはらう。

下段突進「ファイナル・アタッチメント」。

私の上段切りはララさんの胴体を切り裂き、ララさんの下段が私の腰あたりを叩いた。

睨み合う虹彩はさらに燃え上がり、お互いに刃を食いしばって衝撃を受け止める。

「マゼンタちゃん! そろそろ本気でいくよ!」

「ララさんっ!もちろんですよぉっ!」

私はまっすぐに剣を下ろし、ララさんがステップでそれを避ける。

剣を持った右手とは反対、左側に避けた彼女へ、左膝蹴りを食らわす。光属性の膝蹴りが、彼女の腰部鎧を叩きつける。

「これくらい軽いよっ!」

単発膝蹴り「バーバリアン・センス」

左から、私の背中を叩くようにして剣が迫ってくる。

右足に糸状の闇を纏わせ、ハイキックを剣に。

「同意します…ねっ!」

闇の鎖が足を守り、彼女の剣を叩きつける。

ララさんの剣は遠くまで吹き飛び、通常の対戦ならこれで終了。

だけど、これは卒業試験だ。それも、危険を承知で行う戦。

「まだまだですよねっ!」

吹き飛んだ剣とは反対、彼女は左手になにかを持った。

杖だ。どうやら、魔術師の人らしい。

「そうだよっ。carter’s blood revolution。

血の記憶ってとこかな。魔術使うよーっ!」

「受けて立ちます!」

ララさんは杖を真下に向けると、地面がいびつに歪み始めた。

そこから、土の人形がいくらか出てくる。

「それくらいなんでも!」

私は剣を引きしぼり、何度も刺突する。

土の人形は徐々にひび割れて、粉々に砕けた。

「当たり前っ!」

ララさんが私の頭上に杖を掲げる。

そこには黒雲が出来上がって、私に向けて雷を放つ。

「うぅっ! はぁぁーーっ!!」

だけど、それくらい予想済みだ。私は刺突を続けて、それができるのを待った。一瞬ほどの余分を作ってだ。

叫び声とともに、体が超高速で飛び出す。私さえ認識できないほどの速度で駆け出し、ララさんの胸元へ剣を叩きつけた。

「ぐっ…! エンダリングシャウトだねっ!

そんなの使う中等生始めてみたかも!」

彼女の道着を軽く割り、中のシャツを切り裂いた。

鎧に隠されてたララさんの胸は、私より小さそうだ。

「嬉しい…ですよっ!」

私はシャウトの後隙があるけど、鎧を破られた彼女は大きく怯んでる。後ろに倒れるララさんと、前に踏み込む私では、どっちが有利かは明らかだ。

「まだまだだよっ…!」

「ですよねぇ!」

彼女は杖を軽く振ると、地面から人形が出てきた。

それはララさんの体を持ち上げ、体制を整えさせる。

少し上で杖を振ると、猛烈な突風が吹いて私を吹っ飛ばした。

「どぉ? 人形はこういう使い方もできるんだよ。」

ララさんが吹き飛ばされた剣に杖を向け、黒い触手がそれを取る。

触手はそのまま私に向かってきて、剣を叩きつけてくる。

私はそれを駆け出して避け、そのままララさんに向かう。

「逃がしませんよぉーっ!!」

「逃げるなんて言ってないけどぉっ!」

後ろから追ってくる触手は私より遅く、ララさんにたどり着くのは遅くなかった。そのまま、彼女の前へ飛び上がる。

「ふふっ。 マゼンタちゃん、後ろ。」

後ろを振り返ると、触手が剣を投げ飛ばしていた。

私はすぐに真横に突進技を発動し、剣を避ける。

それを受け止めたララさんが、私に剣を向けた。

「マゼンタちゃん、強いね。一緒に戦ってて楽しい。

でも…、ホントに楽しいのは、ここからだから!」

「御意っ!」

私は真っ直ぐに駆け出し、左手に魔術を貯めた。

光属性の塊を、パンチの勢いで投げ飛ばす。

「そーいうの好きだよ! 知的でかっこいいっ!」

ララさんが避けたところに、剣を振り上げる。

それもステップで避けられたけど、私はそれも読んでる。

振り上げのまま飛び上がり、彼女の水平切りを避ける。

「まだまだーっ!!」

空中でそらを剣で叩き、その勢いでララさんに蹴りを当てる。

彼女の砕けた鎧に当てると、柔らかい感触がした。

先輩の胸はもっと大きかったけど、結構弾力があるな…。

「マゼンタちゃん! 油断大敵だよっ!」

当てやすいから蹴りは胸元を狙うけど、実際大概の場合弾力で威力が下げられる。私はそれを予想して、ララさんの剣を左足で蹴りあげる。

「そうですね!!」

どうして足技ばかりを使ってくるのか、彼女はそんなとこを考えてるだろう。

きっと逆手持ちにした剣もすでに見切ってるはずだ。

だからこそ、単純な突き刺しが活きる。

「……イーヴィル・ウィザイン…!」

着地ごと剣術に助けてもらって、そのまま超高速の歩行。

続いて、真上に振り上げた剣を突き立てる。

ララさんは間一髪避けたけれど、それさえも剣術は予測済み。

もう一度引きしぼり、すぐさま叩きつける。

「ララさんっ! 迷っちゃってますね!」

逆手持ちにした剣は、バックステップしたララさんの鎧を粉々に破壊した。もちろん致命傷どころか切り傷もつけられなかったけど、鎧を破壊したのはでかいはずだ。

「計算してるんだよっ!」

杖に赤、青、黄色の三色の魔術を纏わせた彼女。

それを、杖を突き出すのと同時に射出した。

「トリプル・ピュアカラーズ!」

三原色の魔法弾が、私の逃げ道を塞ぐ軌道で追ってくる。

左肩あたりを狙う弾幕を右に避けると、壁際に追い詰められて弾幕を喰らいかねない。

私は、地面に蹴りを落とす。それ自体はただの予備動作で、その後の剣術が狙い。壁際で三方向から襲ってくる魔法弾を、私は鋼色に輝いた剣で切り裂いた。右から左へ、左から右へ。

合計5回。剣をそれだけなぎ払い、魔法弾を吹き飛ばす。

6連撃単発剣術「デッド・チャックルズ」

チャックルズとはクスクス笑うことだけど、発動したのは笑えるような状況じゃない。

魔法弾をさばいてる間に、ララさんは土の人形の上に座ってる。

あの位置につかれると剣が当たらなくて困るんだよね。

「わぁーっ! あなたすごいね!

デッド系なんて教科書にも載ってないよ!」

デッドチャックルズの後隙を終えて、私は剣を両手で持って大きく掲げた。そのまま、右肩に担ぐようにして走り出す。

「高等のには載ってたんで…ねっ!」

速度はエンダリングシャウトの突進切りくらいで、当てにくいほど速い。そのまま、ララさんが乗ってる土の人形を叩き壊す。

落ちてきたララさんに当たればと、踏みつけを加えた。

それは彼女に剣で弾かれたけど、剣を抑えることになって充分。

「今度はヒルビリー? やっぱり勤勉なんだね!」

先を読まれていい気はしなかったけど、そのまま彼女の鎧を撫でるようにして剣を擦り付けていく。

肩から入って、胴体を通って脇腹へ。

「もちろんですよ…。」

突進3連撃「デッド・ヒルビリー」。

彼女は避けずに受け止めて、そこそこのダメージ。

私は後隙で動けないけど、デッド系は後隙に勝るとも劣らない長い怯み時間が魅力だ。

後隙を終えてすぐ、私は剣をまっすぐに叩きつけた。彼女は人形に抱き上げられたけれど、人形の足を切り裂いて転ばせる。

「今度のお人形はね、剣できれないんだよ。

詠唱に時間がかかるんだけどね、ヒルビリー使ってくれてよかったよ。」

「もうっ! 叩き落としてあげますから!」

私は少し距離を取り、魔法弾を回避。

剣できれないなら殴るなりけるなりが効くだろうと思うけど、剣より当てにくい。

だとすれば、突進技でいけるかな?

「あれ? 魔法弾撃ってこないんですか?」

私は焦って聞いてしまった。訝しげだった彼女の表情が、確信したというふうに晴れる。

「撃ったら切られる気がしたから。」

どうやら魔法弾の後隙に…と考えていたのがバレてしまったみたいだ。ここはひとつ、賭けてみようかな。

「そうですか。……ブレイジング!」

左手に溜めた炎属性を、空中に投げ出して剣で弾き飛ばす。

それは人形に直撃して、人形の肩を少し燃やした。

ララさんはぐらっとしてバランスを崩したけど、受け身を取って突進切りしてきた。

「やっぱりそういうのだね! 身もふたもない!」

右肩に担いだ剣を、突進しながら叩きつける。

風属性「ロスト・ルナライト」。

「そうでもないですよっ!」

反撃してくるのはわかってたから、私は剣を引き絞った。

それを突き出しながら、真っ直ぐに突進する。

さっき食らった腰の痛みが引いてきたから、相打ち覚悟で叩いてみようと思ったんだ。

ルナライトを避けるようにして、彼女の胴へ突き出した。

上段切りは食らっちゃったけど、鎧なしに突きを食った彼女はもっと重症だ。

「もう人形も効きませんよーっ!!」

ララさんが人形を出してくるタイミングはもう読んでる。

デサイシブ・ピアーシングの後隙を終えて、真横に斬りはらう。

単発水平「ルナライト」

「それはどうかなぁーっ?」

人形の足を叩き斬って、ララさんを叩き落とす。

落ちてくる彼女とすれ違うように飛び上がり、左の膝蹴りを繰り出す。反撃に振り回してた彼女の剣を足で受け止め、引き絞った剣を水平に薙ぎ払う。そこから、引き戻しで…

「まだまだ全然だよっ!」

ララさんが、剣を振り払ったんだ。

足元で、ぼとりと大きな音がする。同時に、左足に激痛が走る。

「ひゃっ…! え…?! 嘘嘘…! やだ…!」

「剣、なんで避けてるかわかんなかったの?

当たったらダメなことくらい教わんなくてもわかるはずだけど。」

うるさい! 左足なんか冥土のみやげにあげるよっ!

切り払った剣を引き戻しながらさらに切り裂き、大きく引きしぼる。

そのまま、剣を突き出しながら突進した。鎧の砕かれたララさんの身体を貫き、彼女の背後に転がり落ちる。

空中4連撃「エアリアル・スラスター」だ。

「はぁ...はぁ...痛い...ぅぅっ...。」

左足は膝の下から切り飛ばされていて、近くには見覚えのあるブーツが転がっている。

私はそのまま身体を支えきれず倒れてしまった。遠くで、シアン先輩が心配する声が聞こえる。

目をつぶると少し痛みが和らぐ気がして、私は眠りについた。

先輩の声が遠のいていく...。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



少し離れた位置からマゼンタを見守っていた私は、真っ先にマゼンタのそばに駆け寄った。

彼女の左足は近くに転がっていて、眠っているマゼンタの肌は青白かった。

すぐに医者を呼び、マゼンタに少しの塩とスポーツドリンクを飲ませて待っていた。

足は簡単に処置したけど、これじゃ全然なはず。

病院の待合室で座っている間、私は腕時計を眺めていた。

時間が気になるわけじゃない。その中に入れた、小さなラピスが私に投げかける。

「何を望む?」と。決まっている。マゼンタの日常だ。だけど、それさえかなわない気がする。

それと、他にもいくつかの小さな失敗が私を責める。

貴女のために、何かできたことがあっただろうか?

疑問はすぐに答えられるはずなのに。なのに、怖かった。

自分が、何もできてなくて、ただマゼンタに甘えていたのを知ってしまうのが。

しばらくしてローズが来たけれど、そこでも私は慰められるばかりだ。

「大丈夫だよ」って言ってくれるのは嬉しかった。だけど、私の中から大切な何かが消えていた。

今でも取り戻したようで、零れ落ちたままになってる。

その日は結局マゼンタの姿は見えなくて、うちで泣いてばかりだった。

友達が何人か来て一緒に遊んだけれど、胸に空いた穴は埋まらない。

聞かされてないだけで、もうマゼンタには会えないんじゃないか。

そんな考えも浮かんで、もう希望が無くなった時。

新聞で貴女の姿を見つけたとき、胸が高鳴った。

私はすぐにマゼンタの元へ向かった。そこでマゼンタは、車椅子に乗って私を迎えた。

病室で貴方と他愛のない会話をして、クッキーを一緒に食べた。

ただそれだけなのに、胸の穴が埋まっていくような気分になって。

私は、はじめてそんな気分を味わったみたいだ。

胸が高鳴って、目の前の貴女しか見えなくなる。

正直、ゾクゾクした。窓に映った私は、とても幸せそうだ。

貴女によく似たたれ目はとろんとしていて、茶色の三つ編みが赤紫のおかっぱと絡まる。

隣で談笑していたオトモダチが退室したとき、私はとんでもないことを言ってしまった。

「サーキュルさん、私。貴女の事好きになりそう。」

「もぉ、変な冗談やめてよっ。あと、名前で呼んでくれていいから。」

冗談と捉えて笑う貴女も美しい。

夕日が落ちた時、私は帰宅をよぎなくされた。

貴女と別れるのは辛かったけど、それ以上にまた会えたことがうれしい。

そして、何気なく名前を呼んでくれたことが。

「...ノアム。またね。」

その一言が、私を暴走させた。

うちに帰って、腕時計の中のラピスを覗く。恋愛成就のラピスは、粉々に砕けてる。

役目を果たしてくれたみたいに。

高等に入ってサブ武器に選んだ脇差は、今もコートの中で私を見守っている。

マゼンタが脇差にすると言ってなかったら、私は決めきれてなかったかも。

昔から優柔不断で、クレハに決めてもらってたから、自分じゃあきっと選択を失敗してた。

腕時計は、マゼンタを看る時に卒業生のシアン・ロータスからもらったものだ。

時計のりゅうずを4回手前に引くと、スライドが出てくる仕組み。

クレハと二人だけだった私の世界を、彼女が広げてくれた。

それは、どうやっても返せない借りだと、私は思ってる。

だからこそ、返さなきゃいけないんだってことも。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



先輩はあの時、凄く悲しそうだった。でも私は、

リハビリも終えて元気してる。今は、先輩の家で一緒に住んでるの。

「マゼンタ。体制つらくない…?何か出来ることあったら言ってね…?」

先輩が心配してくれてる。私も本気で返さないと。

「先輩……キス…してください…しばらく……」

「ん…わかった。じゃあ、舌絡めていい…?」

「はい…っ…お願いします…っ」

これからは先輩と立ち会いはできないけれど


【今はマゼンタと立ち会いはできないけれど】


私は、彼女と一緒にいれるだけで幸せだ。


【私は、彼女を甘やかしてるだけで幸せだ。】


「ぷはぁっ…もう、離させないですよっ…先輩…っ」

「っはぁっ…ふふっ…私も、絶対離さないからねっ」

「「たとえ貴女の気を害しても、

  貴女とは、ずっと一緒にいよう。」」


ーーーno one finished storyーー





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