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ギルドワークの心得  作者: 牧野ゆう
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第7話 トラップ





夜が明け、空を舞う小鳥達がうるさい程に綺麗な鳴き声を木霊させる。


冒険者の朝は早い。

この言葉はごく当たり前のように世間に知れ渡っている。


例えば街行く人々に冒険者とはなんたるかを聞いて回ったとするなら、恐らく大半の人間が『危険な仕事』など『朝早くからする仕事』などと答えるだろう。


しかし、その冒険者達の依頼を受け付け、または用意するギルドスタッフ達は当然の如くその冒険者よりも早く起きて活動をしなければならない。


つまり朝が早いのは冒険者に限った事ではなく、ギルドの職員もそれよりも早い朝を迎えているのだ。


なんならギルドスタッフなんかよりも牧場主などの方が朝が早いんじゃないだろうか。


それでもなぜ冒険者といえば朝が早いなんて嘘っぱちなイメージが定着しているのかというとそれは簡単な話だ。


理由は至極単純、冒険者という職種が目立っていて憧れる人々も多いいからだ。


ともすればその内容を誰しもが知る事となり、沢山の人の耳に入れば少し大変だからといって甘やかされる事も多くなる。


まったくもって気に入らない。

ええ、気に入らないですとも!


なぜそんな甘ちゃんどもがチヤホヤされて自分達ギルドスタッフが縁の下の力持ちを演じなければならないのか。


「やってらんないっつーの! なんで私がこんな朝早くから起きてギルドサーチなんてやらなきゃならないのさ!」


「うわっ!? なんだよお前いきなりっ!」


ヘレナが世間一般に定着するイメージに対しての強烈なアンチテーゼを心の中で呟いて声を上げると、その前を歩いていたドーナがビクッと身体を跳ねさせる。


「なんだよって、そりゃ不満を声に出してるんですよ。 だって私達これからまたあの危険な場所に行かなきゃならないんですよ? これで不満の一つも漏らしちゃいけないんなら世も末です」


「いや、まぁ確かにその気持ちは分かるけどな。この前は運良く逃げられたが、アレだけの量のゴブリンを俺達二人が相手にしたらほんの三秒足らずで勝敗が決まっちまう」


「ほんの三秒で私達が勝つんですね、分かります」


ヘレナの虚勢の言葉にドーナは額に青筋を走らせると、向かっていた方向から踵を返して逆方向に歩き始める。


「そんじゃお前一人でそのまま小鬼共を討伐してこいよ。その方が効率がいいだろ?」


「いや、なんで私がそんな重労働をしなきゃならないんですか? バカですか?」


「バカなのはお前だヘレナ。いくらそんな事を言ったって俺は帰ると言ったら帰るからな。後はお前一人でやってこい」


「むぅ……………」


「むくれてもダメだ」


頰を膨らませるヘレナを確認すると、ドーナはそのまま歩を進める。


やがて数歩歩いたところでヘレナが慌ててドーナを引き止めた。


「ちょ、分かりました! 私一人じゃどうにもできませんよ! 認めますから帰らないでくださいよ!」


ドーナは瞳に涙を溜めて袖を掴むヘレナを前にして嗜虐的な笑みを浮かべる。


「ほう、だったら頼み方ってもんが………」


「あ、じゃあいいです。アルフェールさんにドーナさんが『アイツ結婚できないから俺が貰ってやるしかないんだ』って言ってましたと伝えるので」


ヘレナがジト目を作ってそんな事を口走ると、今度は顔面を蒼白にしたドーナが縋り付くように、


「頼む、それだけはやめてくれ。俺はまたあんな事になったら…………オゥエッ!」


ドーナにとって余程過去にアルフェールの結婚の事に触れた際の仕打ちがトラウマになっているのか、彼は身震いをしながら口に手を当てる。


だから過去に一体何があったんだ。


そんな光景を見てヘレナはアルフェールに対して絶対に結婚というワードを出さない事を固く心に誓うのだった。


そんなやり取りをしているうちに二人は目的地まで辿り着く。


ドーナはというと、その場所に着くや否や背負っていたリュックを下ろして中身をゴソゴソとあさり始める。


やがて彼は羊皮紙を取り出すと、それをヘレナに向かって投げた。


「うおっとと、羊皮紙なんて何に使うんですか?」


慌ててそれをキャッチしたヘレナは怪訝そうに眉をひそめる。


「いいから持っておけ。それと俺たちはこれからゴブリン達の狩場に入る事になる。流石にないとは思うけど、奴らの稚拙な罠に引っかかったりするなよ?」


「そ、そんな、私が引っかかる訳ないじゃないですかー、ははは」


ヘレナは先日の事を思い出して気まずそうに目をそらしながら誤魔化し笑いを浮かべる。


この事は墓まで持って行こう。


あまりの気恥ずかしさからそんな事を決め込む。


ドーナは挙動不審な動きをするヘレナにジト目を向けると、ややあっておもむろに立ち上がり、リュックを背負った。


それから何を考えてか無言でその辺りの散策を開始する。


ヘレナはというとそんなドーナを見ていくつもの疑問を抱いた。


このおっさんは何をやってるんだろう。

そもそも、昨日の時点で大方のギルドサーチは終わっているというのにこれ以上やる事なんてあるのだろうか?


しかし、頭を悩ませるヘレナをよそに詮索を続けるドーナはゴブリン達が狩りの為に仕掛けた罠を見つけると機嫌が良さそうにその場所に駆けていく。


「お、あったあった! おいヘレナ、さっき渡した羊皮紙にこの場所を記してくれ」


「あのー、ドーナさん? 小鬼の罠を探し回って何の意味が?」


「意味って、そりゃ奴らの罠を有効活用させて貰うんだよ」


「有効活用? 今日はギルドサーチに来たんじゃないんですか?」


「あー、そう言えばお前にはまだ説明してなかったな」


疑問の目を向けるヘレナにドーナは後ろ髪を掻きながら立ち上がると、面倒くさそうに向き直る。


「今回のような大規模クエストの場合は俺達ギルドスタッフが指揮をとるもんなんだよ。だから今日のギルドサーチは昨日と違って主にトラップの設置と作戦の考案をする事になる」


「作戦の考案って………じゃあもし仮にその作戦が悪くて冒険者が死んだりしたら?」


「そんな事が無いように立ち回るのが俺達の仕事なんだよ。いいかヘレナ、初心者の冒険者が一年後にまだ冒険者を続けている確率はおよそ五割以下だ。大半がモンスターに殺されたり、もしくは身体の一部を失って冒険者を続けられなくなる。俺達ギルドスタッフはそんな現状を変えなきゃならない。だから俺が指揮するクエストでは絶対に誰も死なせない、殺させない」


平然とそんな事を言ってのける彼はどこか自信が満ち溢れていて、そこには絶対的な安心感が存在していた。


けれど、それはあくまでも理想論だ。

どんなに念密に考えて対処した所で確実ではない。


むしろ危険というものは安堵したその時にこそ襲ってくるものだ。


だからこそヘレナは彼の全くもって根拠のない自信と発言に苛立ちを覚える。


まるで彼の姿は過去のヘレナのようだった。


満ち溢れる自信に溺れ、自分は絶対に死なないなどと吐き、挙げ句の果てにその伸びた鼻を叩き折られて夢を諦めた醜悪で惨めな少女の姿を重ねてしまったのだ。


「殺させない…………そう言った以上ドーナさんがギルドサーチを担当したクエストで死者は出ていないんですか?」


「正直それを言われると耳が痛いな。一般クエストの場合は俺がサーチを担当してもそれなりに死者が出てる。………けどな、俺が大規模クエストの指示を担当した時に死人が出た事は一度もないんだぜ?」


得意げな笑みを浮かべるドーナの発言にヘレナは確かな戦慄を覚える。


「大規模クエストで一度も死人がで事がないって、それ本当ですか?」


「当たり前だろ、俺が今ここで嘘をついて何のメリットがあるんだよ」


「それは確かにそうですけど」


「だろ? でも安心したよ」


ドーナは意味ありげな笑みを浮かべながらヘレナの肩をポンポンと叩く。


ヘレナはそれに対して心底嫌そうに顔を歪めながら、


「はぁ? 何に安心したんですか?」


「いや正直お前さ、冒険者の事嫌ってるからその生死とかどうでもいいのかなって思ってたけど。ちゃんとギルドスタッフやってるんだな」


からかう様にそう言ってニヤけるドーナの言葉に、ヘレナはその白い頬を耳まで真っ赤に染める。


「ち、ちがっ! 別に私はそんなつもりで言ったんじゃありませんから!」


「あー、素直になれないのか。分かるぞ、その気持ち」


「勝手に納得した上に同感しないでくれますか、ぶっ殺しますよ!?」


「あー、はいはい。ってか何でもいいからちょっと此処にロープを張るのを手伝ってくれ」


「むぅ………………」


羞恥のあまり頰を膨らませて誤魔化すヘレナはしぶしぶといった様子でドーナの手伝いをする。


二人はゴブリンが作った落とし穴の手前に一本のロープを張り始める。


大まかな流れとしては一本のロープの両端に杭が結ばれており、それを地面に打ち付ける事によってロープ固定すると言った感じた。


ヘレナが苦戦しながら杭を打ち込んでいると、反対側で杭を打っていたドーナが声を上げる。


「これじゃあ少し緩いな。なるべくギリギリまで引っ張って打ち込んでくれ」


「あ、はい分かりました」


なんで私がこんな意味のない事を………


ヘレナは眉間にシワを寄せて不満の声を漏らす。


先程ドーナは罠を有効活用すると言ったが、それとこのロープを張る事の何が関係するというのだろうか。


彼女が頭上にクエスチョンマークを浮かべていると、ロープを張り終えたドーナが額の汗を拭いながら口を開いた。


「何をしているのか理解ができないって顔してるな」


「まぁ、正直今ドーナさんの頭が正常かどうかを疑ってます」


「おい、なんで行動に対しての疑問じゃなくて俺の頭に対して疑問を抱いてるんだお前は。 少し酷すぎやしないか?」


「そりゃ頭のおかしい人が頭のおかしい事をやってたらその人の正気を疑うのは至極当然です」


「だから、なんで俺の頭がおかしい事が確定してんだよ!? お前の中で俺は一体どんな奴なんだよ!」


「残念で頭のおかしなおっさんと把握してますけど」



悪びれる様子もなくポツリと暴言をこぼす彼女にドーナは一瞬動きを止めた後に頭をくしゃくしゃと搔きまわす。


「あー、もういい、分かった。それじゃあ次の罠を探すぞ」


「待ってくださいよ。まだ私ドーナさんがどうしてそんな事をしているのか聞いてないんですけど?」


ヘレナは颯爽と歩き始めるドーナの袖を掴んで停止を促す。


すると、彼はここぞとばかりに悪意に満ちた笑みを浮かべて振り返った。


「おやぁ?確かお前の中で俺って頭のおかしい奴なんだよな? そんな奴に何かの答えを求めるのっておかしくないか?」


「うっ、それは………」


「あれ、もしかしてお前はどうして俺がこんな事をしてるのか分からないのか? 俺よりも頭が正常なのに?」


「こんのオヤジはッ!」


未だ尚意地の悪い笑みを浮かべるドーナに聞こえないようにヘレナは小声で暴言を吐き捨てて拳を強く握る。


やがて、ヘレナの怒りが頂点へと達しようとした頃、ドーナが唐突に真剣な顔つきになってヘレナの後方に視線を送った。


「ヘレナ、そのまま静かにゆっくりと体勢を低くしろ」


「へ、なんでですか?」


「いいから、音を立てるなよ」


ヘレナは言われるがままその場にしゃがみ込む。


それを確認したドーナは彼女について来いと合図をしてその場を離れる。


ヘレナもその後をついて行き、二人は樹木の陰に隠れて先程ロープを張った場所を注視した。


「足音から察するに近くまでゴブリンが来てる。今から俺が罠の前にロープを張った理由をお前に見せてやるよ」


「はぁ、理由ですか」


少し野間を置いて、ドーナが言った通りゴブリン三体程が罠の辺りに現れる。


恐らく獲物が掛かっているかどうかの確認をしに来たのだろう。

しかし、ゴブリン達はロープが張ってあるのに気が付いて途端に辺りを警戒する。


そんな光景を目にヘレナは半眼を作った。


「あのドーナさん………普通にロープの存在が気付かれちゃってますけど? 」


「そりゃそうだろ、あいつらだってバカだが知能が無い訳じゃない。だが所詮はバカだ」


「何が言いたいのかが分からないんですけど」


「まぁ、つまりあいつらはあのロープの警戒を始めるだろ? けど、それがなんの変哲もないロープだと分かった途端に安心する。そして、その結果に罠の周りに設置された障害物を撤去しようと考えるだろうな」


「はぁ………そうなんですか?」


訳が分からず生返事を返すヘレナは次の瞬間に目を見開いた。


それもその筈、ゴブリン達はドーナが発言した通りに行動をしていた。

やがて、一匹のゴブリンがロープを撤去しようと触れたその刹那、


「グギャッ!?」


ゴブリンが触れたのとは反対側の杭が物凄い勢いで地面を離れ、ゴブリンの頭に嫌な音を立てながら突き刺ささった。

小鬼の断末魔と共に辺りに鮮血が舞う。


ドーナはというとそれを目にして不意に唇の端を上げた。


「そんでもって、それを目撃した周りのゴブリンが一目散に逃げ始める…………自分達が作った罠の存在を忘れてな」


彼が呟いたのとほぼ同時に慌てて逃げ出したゴブリン二体が落とし穴の中に落ちていく。


「なっ!?」


ヘレナは驚きのあまり声を上げる。

ドーナはそんな彼女に得意げな視線を向けた。


「まぁ、こんな感じだ。たかが一本のロープでも使い方を間違えなければゴブリン三体を仕留めることができる」


「まさか、これを全て予想していたんですか?」


「まぁな。わざわざ罠の手前に設置したのもそれが理由だし、ギリギリまでロープを張ったのもまた然りって感じだな。でも杭を触れただけで取れるように打ち込むのはホントに至難の技だよな。下手したら自分が死ぬし」


「そんな…………もしゴブリンが三体じゃなくて大勢で来ていたらどうしてたんですか?」


「なに言ってんだお前。普通に罠に獲物が掛かっているかどうかを確認する為に大勢で来るか?」


ヘレナの問いに、彼はさも当然だろと言わんばかりの顔で答える。


確かに。

普通なら確認の為に大勢では来ないし、もし三体ではなく四体来ていた所で結果は同じだ。一匹は杭にさされて死に、残り三匹は落とし穴に落ちて出られなくなっていただろう。


顎に手を当てて納得の意を示すヘレナ。

ドーナは続いてあくまでも真剣に語り出す。


「一対一とか、少人数の場合は違うが、大勢との戦闘の時、勝敗は単純な戦力差で決まる訳じゃない。どれだけその戦いを有利にできるかによって決まるんだ。いいかヘレナ、大規模クエストってのは言うあれば情報戦だ。いかに冒険者達の害を少なくし、相手への損害を大きくする試行錯誤を繰り返す。俺は大規模クエストの場合はいつもそうやってきた」


「つまり、ドーナさんが大規模クエストではなく、通常のクエストのギルドサーチを担当した時に死人が出ている理由って………」


「あぁ。さっきも言ったが数が少ない戦闘となれば個人の実力が大きく関係してくるからだ。流石にそればかりは予想がつかないからな」


表情を暗くして自嘲気味に呟くドーナ。

ヘレナはそんな彼を只々驚きの顔で見つめていた。


やがてドーナは小さく伸びをすると、先程ゴブリンが落ちた穴の方に向かって歩いていく。


「それじゃあサーチの続きをするぞ。とりあえず穴に落ちたゴブリンを退治した後にまた奴らが仕掛けた罠を探そう……………っておいヘレナ?」


ドーナは呆然と立ったまま返事をしないヘレナに疑問の目を向ける。

すると、少し間を置いて彼女は、


「あ、あぁ、はい、分かりました」


そんな適当な返事をしてドーナの後に続く。


それから歩を進めるヘレナは、前を歩く中年のオヤジを見やった。


正直、ギルドのマスターであるドーナ・ガレウスがここまでの人間だったとは微塵にも思わなかった。


ただ適当に生きているだけのようにも見えたが、どうやらそうではないらしい。


先の小鬼の件の行動予測は決して常人に出来ることではない。

恐らく彼が冒険者として積んで来た様々な経験や技術が確かな力を発揮している。



そして、ヘレナはドーナが自らに持っている自信にしっかりとした根拠が存在している事を知った。


それこそ、過去に空疎な自信を持ち合わせて沈んだヘレナとは正反対と言ってもいいだろう。


だからこそヘレナは強く歯噛みしながらも、彼が自分なんかよりも優れていると認めてその後ろ姿を見つめる事しかできないのだった。


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