第三話 ゴブリン
「それで、今日はどんなクエストのサーチに行くんですか?」
一日が経ち、規定の時間に噴水前でドーナとの合流を果たしたヘレナは眠たそうに片目をこすりながら問いかける。
すると彼はおもむろに背負っているリュックから一枚の紙を取り出して確認をはじめた。
「ん、最初は簡単な所からだな。どうやらこの町を出てすぐの所にある山道にゴブリンがたむろしているらしい。クエストの目的はゴブリンの一掃だな」
「え、そんなの難易度を下級にしてそのままクエストを張り出しちゃえば完了じゃないんですか?」
「まぁそうなんだが、クエストってのはどこに危険が潜んでるかは分からない。そんで俺達ができる事といえばその可能性を危惧して冒険者の死亡事故を減らせるように心がける事だ。お前だってクエスト受注を担当した冒険者が屍になって帰って来るのは嫌だろ?」
「それは確かに嫌ですけど………」
「文句を言いたい気持ちは分かるが、これも仕事だ。これから件の山道辺りを調べよう」
そう言って歩を進めるドーナは突然何かを思い出したかの様に立ち止まると、振り返ってヘレナの身体を上から下まで流し見る。
恐らく、こうも隠さずに女性の体を不躾に眺めるのはこの街でも彼ぐらいだろう。
「しかしお前………なんつーかその格好しっくりくるな。何一つ意外性を感じないぞ」
「もう少し言い方を考えたらどうですか、ギャンブル狂いのドーナさん?」
ヘレナの格好と言えば動き易いようにと普段着ているギルドスタッフの制服ではなく、軽装備の冒険者がする様な身なりだった。
装備がまだ新しいとは言えどそれなりに使った形跡があり、今のヘレナを見たら誰もが冒険者だと判断するだろう。
それ程までに彼女の格好は様になっており、いつもは後ろで括っている髪の毛をハーフアップにしてある事もあってか道行く人の視線を集めていた。
「怒んなよ、様になってるって褒めてんだから」
「……………………むぅ」
「いきなり唸りだしてどうしたの? 犬なの? それとも猫風に喜んでたりするのそれ?」
ヘレナはドーナを無視して数秒間考え込み、やがて、
「それって口説いてるんですか? でも私おじさんに興味ないんで付き合えませんよ」
「……………………俺は今まで生きてきて他人の思考回路に戦慄を覚えたのは今回が初めてだ。なんか俺フラれちゃってるしよ」
驚愕の色を示すドーナにヘレナは難解な問題を前にしたかのような表情をした後に脱線気味の話題を元に戻す。
「それよりサーチに必要な道具とかはあるんですか? 一応インクと羽ペンと羊皮紙は持ってきました」
「お、言われなくてもその二つは持ってきたか、偉いぞ! それ以外に必要な物となると日が沈んだ時の為に使うランタンと携帯食料、それに念の為ダガーとかも必要かもな」
「携帯食料は持って来ていますけど………ダガーですか?」
ギルドサーチはあくまでも情報収集であって冒険者達がしているような戦闘ではない。
いざとなった時は逃げに徹する為、そういった重さを取る小道具はかえって不利になるのでは?
ヘレナが不思議そうに首をかしげると、ドーナは後頭を掻きながらさも『分かってないな』と言いたげにため息を吐く。
「さっきも言った通りクエストは本当に何が起きるか分からない。それに俺達がどう頑張ったって追いつかれちゃう様な素早いモンスターも居るしな。備えあれば憂いなしって事だ」
「私は備したくてもお金なしなのでドーナさんのダガーを私に下さい。それと物凄くそのドヤ顔が腹立たしいのでやめてください」
「お前、懇願するのか罵倒するのかどっちかにしろよ。ったく、ダガーはやるから大切にしてくれよ?」
「いいんですか? ………って、よく見たら少し汚いですねコレ」
ドーナが手渡す年季の入ったダガーを受け取るや否やヘレナは少し眉をひそめてそんな事言い出した。
「おい、俺が冒険者をやってた頃にせっせと金を貯めて買った思い出の品になんて事を言うんだ! いいか、それは汚いんじゃなくて使い込まれてんだよ、ビンテージなんだよ、男のモラルなんだよ!」
「それって結局汚れてるって事じゃないですか…………まぁ、それでもありがとうございます、助かりました」
ペコリと頭を下げるヘレナにドーナは軽く手を上げて答えると山道に向かって歩き出す。
そんなやりとりから小一時間が経った頃、二人は目的地である山道付近まで辿り着いて周りにモンスターが居ない事を確認すると、お互いに小休憩のため樹木に寄りかかった。
「それじゃあ今回するサーチの再確認だ。まず俺達はこの辺で二手に分かれ、息を潜めながら探索して大体のゴブリンの数を把握する。あらかたの詮索が終わったらここで落ち合おう。なにか問題が発生したら大声を上げて俺に知らせてくれ」
「知らせたところでドーナさんになんとかできるんですか?」
「バカヤロウ、それを聞いた俺が即座に逃げる事ができるだろ」
うわ、ホント最低だなこのおっさん。
真顔でそんな事を語る中年オヤジの姿にヘレナは心底ドン引きしたような表情を見せる。
やがて突き刺さるような視線に耐えられなくなった中年オヤジことドーナは誤魔化す為に咳払いをすると、身を屈めてサーチ開始の合図をする。
「相手がゴブリンだからと言って油断するなよ。奴らはモンスターの中ではかなり賢い方だ、罠を張ってる可能性もある」
「油断なんてしませんよ、私は私が大好きですから。自身が傷付く事なんて絶対にしません。なんなら今すぐ一番安全なお家に帰りたいです」
「ったく、お前は………」
あいも変わらず揺らぐ事のないヘレナの発言に呆気にとられるドーナは浅く息を吐いて前進した。
同時にヘレナも周囲を警戒しながらドーナとは反対側の脇道に入り、木や雑草が生い茂っていて足場の悪い道を進んでいく。
「まったく、なんで私がこんな事を………」
ギルドサーチ。
これはもう下手をすれば冒険者よりも危険な仕事なのではないだろうか?
命を懸けてそれなりの金を稼ぐ冒険者達の心情を理解できないヘレナからすれば、この事実は酷く残酷だった。
それもその筈、ヘレナ達ギルドスタッフの収入は安定しているが冒険者よりも少ない。
それに加えてギルドスタッフの方がより危険な仕事をするとかなんなの、この世界の闇なの?
ハイリスクノーリターンとか一体誰得なんですか。
考えれば考える程深い憂鬱に囚われるので、ヘレナは首を横に振って目前の仕事に集中をした。
ゆっくりと低姿勢になりながら歩を進める彼女は、ややあって前方にいくつかの動く影を確認する。
「あれは…………もしかしてゴブリン?」
一瞬にして緊張が走り息を飲む彼女は緊張で震える足を叩いて前進を再開した。
ヘレナは今までに何度もゴブリンの討伐クエストを冒険者に投げてきたが、彼女自身がその瞳でゴブリンを目にするのは初めてだった。
震える手には強くダガーが握られており、その行動が今まさに彼女が不安を抱いている事を示している。
極力足音を抑え、慎重に草木を掻き分けて進む。
そしてもう少しでゴブリンの数のおおよそが確認できる位置まで来ようとした時、ヘレナは自分の歩く足元がぐにゃりと埋まっていくような感覚を覚えて咄嗟に一歩後ろに下がった。
「……………うぇっ!?」
しかし、抵抗も虚しくヘレナは見事ゴブリン達の作った落とし穴に引っかかった。
その際に衝撃音が響いたのか、異変に気付いたゴブリンが奇声を上げながら近づいてくる。
な、なんて事だ。
こんな初歩的な罠に引っかかるとか自分で自分の頭が心配になってくるレベルだぞこれは。
しかし今は彼女に嘆いている暇などない。
早急に対策を考えて頭の中でシュミレートをする。
事実ヘレナの落ちた穴はそんなに深くはなく、そこにいくつかの突起があったならすぐにでも出られるような単純な穴だ。
けれどゴブリンも小さい脳みそをフルに回転して考えたのか、穴は垂直に掘られており水でも撒いたのか土全体が水分を含んでいる。
ともすればダガーを土に刺して登って行く事も不可能だろう。
ヘレナは泥まみれになった足元を確認してため息を吐くと、上を見上げる。
すると、自分達が張った罠に掛かった獲物を確認しに来たゴブリンとバッチリと目が合った。
「こ、こんにちは小鬼さん。ここから出して欲しいんですが………」
「……………グギャ?」
精一杯の引きつり笑いで話しかけるヘレナにゴブリンは戸惑った様な表情を見せた。
この表情は彼女の言葉にゴブリンが反応したとかではなく、予想しなかった獲物が掛かっていた事に対しての戸惑いだった。
小鬼の反応からするに恐らくこの罠は奴らの餌になるイノシシやら小動物やらの為の物だったのだろう。
つまり彼女は人間でありながら小動物用の罠に引っかかった訳である。
そんな残念な少女がその事に気が付いて軽くショックを受けている間にもゴブリンは仲間を呼んで指示を仰ぐ。
するとその他のゴブリン達は一斉にヘレナを指差して何を言っているのか分からない言葉で騒ぎ立てる。
小鬼達の声音から聞き取れるのは確かな怒りだった。
恐らく苦労して作った罠を台無しにされて激怒しているのだろう。
やがてゴブリン達は一旦落とし穴の周りから姿を消すと、今度は大きな石を持ってニタニタと笑いながら現れる。
「ちょ、それは流石にシャレにならないから! 当たったら死んじゃう…………ってひゃっ!?」
懸命に訴えるも虚しくゴブリンの手から大石が落とされてヘレナのすぐ側に突き刺さるように落下した。
これがもし直撃していたなら恐らく彼女は無事では済まなかっただろう。
表情を驚愕に染めるヘレナは、咄嗟に自分が背負っているリュックからありったけの食料を取り出すと、それを穴の外に向かって思い切り投げる。
「グギ……………ギャァッ!!」
鋭い嗅覚でそれが食べ物だと判断した小鬼どもの注意は一瞬でヘレナから離れて食料に向けられる。
ヘレナはそれを確認してからリュックの中から羊皮紙と羽ペンを取り出すと、リュックを踏み台にして落とし穴から這い出た。
相当に腹が減っていたのか食料の奪い合いを始めているゴブリンの脇を通ってなんとか脱出をした彼女は手元に握られた羊皮紙にゴブリンの数を記入する。
「えー、ゴブリン四体っと。…………ふぅ、流石に死ぬかと思った」
記入を終えて頰に着いた泥を腕で拭いながらヘレナは樹木に背もたれて安堵の息を吐く。
このまま一眠りでもしてしまおうかと思う彼女は考えを改め、心底面倒臭そうな顔をしながらも立ち上がって引き続きの詮索始める。
先程穴に落ちた時に捻ったのであろう左足を庇いなが先に先にと進んで行くヘレナの相貌には疲労の色が浮かんでおり、見るからに辛そうだ。
しかし自分が有能だとドーナの前で語った手前、引き返す事など出来るはずもない。
気力もなく、体力もなく、意地のみで歩を進める彼女は間も無くして樹木などが伐採されて開けている場所に辿り着く。
休むにはちょうど良さそうな場所だな。
そんな事を思って座り込もうとする彼女は目の前に広がる光景を見て絶句する。
「…………………なにこれ」
喫驚するあまり思わず立ち尽くすヘレナ。
それもその筈その場所でゴブリン達は稚拙ながらもそれぞれに小さな小屋を作って生活をしていた。
ある者は雑草を纏めただけの寝床で横になり、またある者は小動物か何かの骨を削って武器と呼ぶにはあまりにも拙い何かを作っている。
数はざっと見た感じでも四、五十体は居るだろう。
なるほど、こういう事があるからドーナはどんなに程度の低い依頼でも必ずギルドサーチを入れるのか。
納得をするヘレナは『さてどうしたものか』と黙考を始めるが、自らのすぐ後ろから聞こえてくる吐息を感知して急いで後ろを振り向く。
「グキャアッ!!」
しかしその頃には時すでに遅し。
彼女の後ろには武器らしきものを持ったゴブリン三体がヘレナの逃げ道を塞ぐように後ろに立っていた。
しまったッ!!
ヘレナは焦ってダガーを構えて迎撃の体制に入る。
つくづく思うがこれはギルドの仕事ではないのではないだろうか?
そんな疑問はさておき此処で大きな音を立てて大勢のゴブリンに見つかってしまったら結果は火を見るよりも明らかだ。
ゴブリン三体。
これは初級冒険者が一人で相手にしたなら必ず無事では済まないような戦力差があった。
小鬼単体が相手ならさしたる脅威ではないのだが、数の暴力という言葉があるように、相手が三体なら戦力は単純計算で一体に比べて三倍になるという事にはならない。
それに、そこまで剣の使いに慣れてなければ実践の経験もない彼女なら尚のこと危険だろう。
「よく見たらさっきのゴブリンじゃん。わざわざ付いてくるとかアンタ達どんだけ私の事好きなのさ」
冷や汗を垂らしながらジリジリと後退するヘレナは今自分がすべき事、出来る事を必死に考える。
しかし、こんな状況ではまともに頭は回転しない上にどう足掻いても同じ結末になる予感しかしない。
まさに絶体絶命のピンチである。
やがてゴブリン達が小さく唸ると同時に無骨に作られた脆い武器を振り上げて飛びかかってくる。
ヘレナは少し遅れをとりながらもその攻撃をダガーで逸らす事によって対応するが、後ろに居たもう二体目のゴブリンの攻撃で足をすくわれて地面に尻をつく。
そして残った三体目が武器をヘレナに向かって振り下ろす…………………がしかし、
その攻撃が彼女に当たる事はなかった。
次の瞬間には訪れるであろう痛みに瞳を瞑っていた彼女は恐る恐る目の前に居るゴブリンを確認する。
するとゴブリンの首はちょうど真後ろに半回転しており、その後ろにはその小鬼を殺した本人であろうドーナが立っていた。
「おぉ、まさにベストタイミング! たまにはドーナさんもかっこいい事するんだね、見直しちゃいましたよ」
「言ってる場合か! 俺はそこのヤツをやるからお前はそっち側の小さいゴブリンを足止めしといてくれ!」
「えぇ、私もやるんですか!?」
「当たり前だろアホ、こちとらただでさえお前に武器を渡しちまったんだから素手で相手にしてるんだぞ!?」
「あー、はいはい分かりましたよ!」
ヘレナは投げやりにダガーを構えて小鬼に向き直る。
その間にもドーナはもう一体のゴブリンに向かって走り出し、その腹部目掛けて盛大な膝蹴りを見舞う。
「大丈夫だ落ち着け私、仮にも元冒険者だけど、あのおっさんに出来ている事が私にできない筈がない」
だから落ち着いて目の前の小鬼を………
一体のなんの根拠のもとそんな事を言っているのか分からないが、ヘレナは深く息を吸って正面の小鬼を正視する。
いずれも睨み合うヘレナとゴブリンだったが、先に動いたのはシビレを切らしたゴブリンの方だった。
彼女は考えも何もなく突っ込んでくる小鬼のタイミングに合わせ、なるべく動きを最小限に、尚且つ当たらないようにその攻撃をギリギリで避ける。
「グギャ!?」
焦燥するゴブリンをよそにヘレナは不敵に唇を吊り上げると、手に持つダガーを迷う事なく小鬼の首に突き刺した。
鮮血舞い、断末魔が木霊し、彼女は身体中が真っ赤に染まるのを気にも止めずゴブリンをそのまま押し倒して息の根が止まるまで深々と切っ先を奥に奥に進ませる。
やがてピクリとも動かなくなった小鬼の死を確認するヘレナはダガーを引き抜いて安堵の息を吐く。
見るとどうやらドーナの方も粗方カタがついたようで、額の汗を拭いながらヘレナの方に走ってくる所だった。
「結構エグいやり方するんだな。なんつーか、お前が返り血を浴びても気にも止めずに攻撃を続けてた所を見て鳥肌が立ったぞ俺は」
「返り血………………って、何これ真っ赤! うわ、髪にまで着いちゃってるし!」
「気づいてなかったのかよ………つってもまぁ、それ程目先の事に集中して必死になれるのはある意味お前の才能なのかもな」
ドーナは自らの状態を改めて気付いて騒ぎだすヘレナに呆れながらも感嘆の言葉を口にした。
「それじゃあここは危険だからそろそろ………」
引き上げようとした所でドーナは初めて自分が今置かれている状態に気がつく。
よくよく考えれば当たり前だ。
断末魔なんてものは生き物が生涯最後にあげるものであって、そんな奇声が響き渡らない筈がない。
つまりドーナとヘレナは今、四、五十は居るであろう小鬼の群れに存在を感知されていた。
先程まで簡素なベッドで寝ていたゴブリンは飛び起き、武器を作っていたゴブリンなどはオモチャを見つけた子供のように喜びながらドーナ達に疾走してくる。
「ちょっとドーナさん、これはマズイんじゃ…………」
「こういう時はな、逃げるが勝ちなんだよッ!」
「うわ、先に逃げるだなんてずるいぞクソオヤジ!」
ヘレナは慌ててゴブリンの群れに背を向けて走り出すドーナを追うように後に続く。
小鬼達はその体の小ささに反して意外にも足が速く、二人は全力疾走をして森の中を走り抜ける。
「ちょ、待って、待って下さい、私逃げきれる自信ないんですけど!ドーナさんもちょっとは私を担いで走るみたいなカッコイイ事をして下さいよ!」
「無理に決まってるだろ! なんならお前も俺を守る為に涙目になりながら犠牲になる様な健気さを見せてくれ!」
「自己犠牲になんて一体なんの意味があるんですか!? 大体なんで私がおっさんの為に死ななきゃいけないんですか!?」
片や地面から出っ張る木の根っこに足を躓かせて盛大に転び、片や樹木から突出する枝に顔面を強打し、ボロボロになりながらも二人はなんとかゴブリンの群れから逃げ果せる。
しかしその頃に二人は息も切れ切れで、緊張の糸が切れたのと同時に生い茂る緑の上で大の字になって倒れ込む。
汗でジットリと張り付く前髪を払いながらヘレナは眉間にシワを寄せた。
「私を置いて先に逃げるとか本当にドーナさんって安心感もヘッタクレもないですよね。 もう私ドン引きですよ」
「しょうがねぇだろ。人を思うあまり犬死にするんなら自分だけでも助かった方がよっぽどマシだ」
「まぁその気持ちは分かります、多分逆の立場なら私も同じ事を言ったでしょうし」
「だろ?」
そんなドス黒く染まった会話のやりとりを終えた二人は長時間走った疲れを癒す為に一息をつく。
やがて二人の息も整ってまともに会話する事ができる様になる頃、ドーナは真剣な面持ちでヘレナに問う。
「なぁヘレナ。さっきのゴブリンの群れ、あれは異常じゃないか?」
「普通に考えて異常過ぎですよ。ゴブリン五十体の討伐クエストとか私見た事ないですし」
「だよなぁ………」
ドーナはヘレナの見解を聞いて思考を巡らせる。
普通ゴブリンとはそこら辺に適当な穴蔵を作って生活するモンスターであり、大体多く纏まっていたとしても十体ぐらいだろう。
それがあれ程の集落にも似た環境を作り上げ、尚且つ稚拙な筈の小鬼が仲間意識を持って行動している。
これは偶然なんて言葉じゃ済まされない程の異常事態と言っても過言ではないだろう。
何より、あんな数のゴブリンを放っておけばこの山道を通り人々はたちまち奴らの被害に合うだろう。
正直に言ってこのレベルの討伐依頼はギルドの手に余る………と言うより依頼をしてきた一般市民の提示した額じゃとてもじゃないけど足りない。
「この依頼は破棄しよう。ヘレナ、お前は早急に王都の騎士団に向けて緊急の報告御状を書いて配達人に渡してくれ」
「分かりましたけど………またどうしてそんな事を? 怖気付いたんですか?」
「このクエストの依頼人は恐らくここまで大きな依頼だと思っていなかったんだろうな。仕事量に比べてかなり低報酬なこの仕事を俺達が受けちまえば赤字もいいところなんだよ」
「むぅ、でもそれは騎士団も同じなんじゃないですか?」
「アイツ等は普段から高い給料貰ってるしな、欲しいのはお金よりも名誉だ。それなら依頼そのものを騎士団に投げちまった方が話が早い」
「つまり低報酬で危険な仕事は騎士に任せておけという事ですね!」
「そんな感じだな。危険で大きなクエストでもこの町を統括する首長が依頼人ならちゃんとした報酬が入ってくるから上級クエストとして受けるんだけどな」
「拝金主義者にも程がありますね。まぁ私も同じですが」
ヘレナは重たい体にムチを打って立ち上がると、申し分程度に装備に付けられた安い作りの剣帯にダガーを差し込む。
「それじゃギルドに急ぎましょう。懐に入れていた羊皮紙は既に返り血でダメになっちゃってるので報告御状が書けません」
「どっちにしろオリヴィエにも意見を聞きたかったからちょうどいい。今日はアルフィちゃんも居る事だしな」
「アルフェールさんにアタックしてもまた笑顔で躱されるだけですよ?」
「その『お前頭大丈夫?』的なニュアンスでそんな事を言うのをやめてくれないか?」
ドーナもヘレナに続いて面倒臭そうに後頭部を掻きながら立ち上がると、パルゥムに向かって歩き出す。
それから二人で沈黙をしながら道を行く中で、ドーナが何かを思い出した様に手を叩いてヘレナの方を向いた。
「そういえばお前さっきの剣の使い方、それなりに粗はあるが基礎はしっかりとしてたよな。昔に何かやってたのか?」
しかし、そんなドーナの問いにヘレナはバツの悪そうに目を泳がせると誤魔化す様に、
「少しだけ、本当に小さい頃に剣を習ってた事がありました」
「だろうな、あの動きは剣を触った事もない奴ができるものじゃない。ただ左肩が上手く動いてない様にも見えたけどな。でもまぁ、正直意外だったよ、お前がそんなの習ってたなんて」
「……………昔の話ですから」
ドーナは少しだけ表情を暗くするヘレナの反応を見て何かを察したのかすぐに押し黙ると、それ以上の追求をやめてギルドに向かって歩き始めるのだった。