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ギルドワークの心得  作者: 牧野ゆう
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プロローグ 受付嬢、ヘレナ・アーチボルト




「初めまして。私はこの町『パルゥム』のギルドの案内役を務めるヘレナ・アーチボルトと申します」


地球儀やら羽根ペンやらが乱雑に置かれた木製の古いカウンターで、整った相貌に事務的な笑顔を貼り付けた女性が自己紹介をする。


「今回はどのような要件で此処にいらっしゃいましたか? あ、私があまりにも可愛いからって口説くために来たって言うならそのまま回れ右をして帰って下さいね」


「い、いや、そうではなくて……………」


「……………あ、そうですか。それでは貴方の格好から判断するに冒険者の新規登録をする為にギルドにいらっしゃったんでしょうか?」


「…………! は、はい! 冒険者……冒険者登録をしに来ました!」



真新しい金属の胸当てに、どこにでもありそうな新品のロングソードを装備した少年は受付嬢の言葉に目を輝かせて頷いた。

恐らく彼を一目見た人が一様に漏らす感想を代弁するなら、新米冒険者だ。


それもその筈、この少年は幼い頃から冒険者になる事を夢に見ており、十七歳となって成人を迎えたのと同時に働いて貯めたお金で装備を購入してこのギルドまで足を運んだのだ。


しかし受付嬢はというとそんな少年の高揚を物ともせずに、あくまでも事務的な笑顔を貼り付けたままで話を続ける。


「ではとりあえずこの用紙に名前と記入事項に従ったものを書いて下さい」


「はい、分かりました!」


「それと、これから冒険者になる為のおさらいをしましょうか。あ、それを書きながらでも良いんでそのまま聞いて下さい」


受付嬢は同じくギルドの建物内に隣接する酒屋ではしゃぎ回る冒険者達をため息混じりに眺めながら説明を始めた。


「まず冒険者というのはギルドを仲介として色々な人からの依頼を受けるお仕事です。モンスターや魔物を倒したり、また荷物を運んだり人の護衛をしたりと簡単に言ってしまえば何でも屋みたいなもんですね」



「あ、あの………質問いいですか?」



「はいどうぞ新米冒険者くん…………じゃなかった!! えっと、未来ある冒険者さん」


おずおずと手を挙げる少年に対して受付嬢は指をさして発言を促す。

彼女の接客態度は決して正しいものではなく、少し厳格な人が来たとするなら激怒した上に彼女に罵詈雑言を浴びせて帰るだろう。


しかし、少年は彼女の接客態度を気にする様子もなく質問を投げかける。


「あの、冒険者が色々な仕事をするのは知っています。ですけど例えば法を司る騎士などもモンスターや魔物の討伐をしますよね。それって結局冒険者も騎士と同じって事なんでしょうか?」


「いや、違う、全ッ然違います。例えるなら塩が入った紅茶とミルクが入っていない紅茶程違いますよ、ええ」


「えと、具体的にはどんな所が………」


受付嬢のあまりの勢いに少年はカウンター越しに数歩後ずさりをしてしまう。

しかしながら彼女の例えがどうにも分かりにくかった少年は一瞬とまどい、消え入るような声で呟く。


その質問に受付嬢はワザとらしくコホンと咳をして答える。


「えー、まず騎士というのは王都である『ペルグランデ』で活動する精鋭達です。基本的には王都公式の騎士団に入って王様を守るという大義名分を掲げてそこら辺で突っ立っていたり、居眠りするだけでガッポリとお金が入って来る人達の事を言います」



「は、はぁ………」


「お給料なんてもう冒険者の平均の何倍貰ってるかなんて分からないですよ? それに奴らはどうせ戦いもしないクセに剣の腕が達者な人だけが就ける仕事なんです。ほら、騎士と冒険者はいうあれば月とスッポン程の違いがありますよね?」


「つまりロクに仕事をしない怠惰な騎士よりも冒険者の方が誇りの高い職業だという事ですか?」


「………アホかお前」


「……………へ?」


「あ、いえいえお気になさらず! そ、そうですねぇー、誇り高いですねぇー。もう高い位置にある埃とか邪魔でしかないですよね、掃除しにくいし、ははは」


「えぇっと、ははは」



受付嬢は気まずそうに乾いた笑いを浮かべる少年に向き直ると、今しがた少年が書いていた用紙が書き終わってる事を確認して回収する。


本当に確認しているのかと疑念を抱く程の速さで視線を走らせる彼女。


ややあって用紙の記入事項を一通り確認したのか、受付嬢は最後に置いてあった羽根ペンを引き抜いて用紙に直筆のサインをした。


「それではこれで冒険者登録は終わりました。クエストを受注する際には酒場にあるボードにクエスト用紙が貼り付けてあるので、それを剥がしてこちらのカウンターまで持ってきて下さい」


「分かりました!」


「あ、そうそう言い忘れてました。 クエストには下級、中級、上級といった感じで三つの難易度に分かれているので特に制限はないんですが、最初は下級から行く事をお勧めします。っていうか初めてのクエストで中級に行った新米冒険者はロクな目に遭いません。ついでに上級だと死にます」


「き、肝に命じておきます」


少年は初っ端から中級クエストに行くつもりだったのか、受付嬢の言葉を聞いて身体をビクンと跳ねさせる。


しかし受付嬢はそんな反応をする少年の全てを見通しているかの様にジト目を作ると、やがて今までの事務的な笑顔へと戻ってペコリと頭を下げた。


「それではお気をつけて下さい。これから色々な危険が貴方に訪れると思います。けれど私達ギルドも誠心誠意を持ってサポートをします。どうか、良い冒険者ライフをお過ごし下さい」


「はいッ! わざわざご丁寧にありがとうございました!」


受付嬢は心底嬉しそうにクエストボードまで走って行ってしまう少年を面倒臭そうに見送ると、深いため息を吐いた。


隣にいる他の受付嬢も新規冒険者の相手をしており、その光景をカウンターに肘をつけながら眺める。


冒険者をやっている人の気持ちも、これからなろうと思っている人の気持ちも分からない。


かつて冒険者とは自由の象徴だとされていたらしいが、この状況を見て一体どこに自由があるというのだろうか。


たぶん毎日ラクして仕事をしながら良い生活をしている騎士の方がよほど自由だと思う。


そんなことを考えながら受付嬢、ヘレナ・アーチボルトは再びクエストボードを嬉しそうに確認する少年に目を向ける。


やがて、そんな少年の行動を理解する事が出来ない彼女はただ無関心に呟くのだった。



「…………………………アホくさ」





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