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親友

 深夜に光明の手術は終わったが、意識は戻らないままだった。


 医師の話によると、いまだ予断を許さない状態にあるという。


「今夜はもう遅い。君たちは家に帰りなさい」


 光太さんにそう言われた私と柊くんは一度家に戻り、また明日病院に来ることにした。本当はこのまま病院にいたかったけれど、光太さんと愛美さんも夫婦だけで息子のそばにいる時間が欲しいだろうと考え、病院を後にした。


「……柊くん。さっきはありがとう」


 病院の正門前で、私は柊くんにお礼を言った。


 柊くんは「え?」と首を傾げ、私を見る。外は夜になってから雪が降り始め、身を切るような寒さである。


「何のこと?」


「あ、あのね……」


 光明以外の人間と話す時は極端に口下手になってしまう私は、頭の中で必死に言葉を整理すると、こう言った。


「私が、天国の美星は光明の死を望んでいないって言った時、自分もそう思うって……言ってくれたでしょ?」


「ああ。そのことか。美星さんのことをよく知らない僕があんなことを言っても、説得力がなかったかも知れないけれど……」


「そんなことないよ。柊くんは美星と少し似ているところがあるから、光明のご両親も柊くんにああ言ってもらえて、ホッとしていると思う」


「美星さんと似ているところって……星が好きだということ?」


 柊くんはそう言うと、空を見上げた。厚い雲に覆われた夜空は、星が一つも見えない。


「……これは光明くんにずっと黙っていたことなんだけれど、僕はもしかしたら美星さんと何度か会ったことがあるかも知れないんだ」


「え? どういうこと?」


「中学生の頃、僕は休日に市立図書館に通っていて、天文の本をたくさん読んでいたんだ。その図書館には、もう一人、天文の本ばかり読んでいる子がいて……。最初は、この子も星が好きなんだなって仲間意識を持つ程度だったんだけれど、たまたま僕とその子が同じ本を読もうとして本棚の前で鉢合わせしたことがあって、彼女は『一緒に読む?』って僕に微笑んでくれて……」


「…………」


 そういえば、美星が存命中はあまり親しくなかった私と光明が、ある目的のために一日中行動を共にしたことがあった。


 美星が図書館で出会った天文好きの男子と仲良くなったらしいということを美星の言動から気づいた私たちは、嫉妬心からその男子が何者なのか探ろうとして失敗したのだ。


 小学生の頃から私は光明のことを気になる男の子だと思っていたけれど、光明のほうは根暗で大人しい私のことを苦手に感じていて、そのことを察していた私は自分の気持ちを美星以外には打ち明けず、光明と距離を取っていた。


 そんな私と光明が、二人の共通の宝物である美星がどんな男子と会うのか探るために一緒に美星を尾行した。あの時の思い出は、二人が恋人になって何度となくしたデートの記憶よりもずっと楽しい思い出として今も私の胸の中にある。


 だって、あの時は、私は「美星」としてではなく、「沙夜」として光明のそばにいられたのだから……。


「僕はその子の名前を知りたかったけれど、聞く勇気が出なくてさ……。中二の冬以降、あの子が図書館に姿を現さなくなって、僕はとても後悔したんだ。そして、高校に入学して彼女とよく似た顔をした光明くんと出会い、二年前に双子の姉を亡くしたと聞いた時は、もしかしたらあの子だったのかも知れないと思ってショックだった」


 美星と光明は双子だけれど二卵性双生児で、普通の姉と弟程度にしか顔は似ていない。だから、柊くんは図書館で淡い恋心を抱いた少女の弟が光明であるという確信が持てずにいたのだろう。


「なんで光明に話さなかったの? 美星の写真を見せてもらったら、柊くんが図書館で会った女の子が美星なのか分かったのに」


 私がそう問うと、柊くんは、


「今日まで誰にも言わなかったのは、彼女が死んだという確信を持ちたくなかったからさ。一緒に星の写真を見て、無邪気に笑っていたあの子が死んだなんて受け入れたくなかったんだよ。……でも、山本さんや光明くんのご両親が、美星さんは天使みたいな子だったと言っているのを聞いて、たしかにあの子も天使みたいで神様に連れられて遠くへ行ってしまいそうな雰囲気を持った女の子だったなって思ってしまったんだ」


 と言い、力なく笑いながら涙を流した。


「やっぱり、あの子が美星さんだったんだなぁ……」


 柊くんの震える声は、私の心にも小さからぬさざ波を立たせていた。


 みんな、美星の死を受け入れられていなかったのだ。

 私も、光明も、柊くんも……。


 受け入れがたい事実から目を反らして、ずっと立ち止まったまま私たちは大人になっていって、それでいいのだろうか? 天国の美星は私たちのことをどう思っているだろう?


 光明はあと三日、私は来年の雛祭りの日に二十歳になる。柊くんの誕生日は知らないけれど、どっちみち春が来るまでにはみんな成人だ。

 美星がいない世界で、私たちはあと何十年も生きていかないといけないのだ。それが嫌で苦しくて、光明は死に誘われてしまったのかも知れない。でも、美星は弟の死を望んでいないはず……。


「美星、お願い。光明を目覚めさせてあげて。光明を毎朝起こしていたみたいに、早く起きなさいって、そう言ってあげて……」


 私は、柊くんと同じように曇り空を見上げ、そう呟いた。


 雲に覆われていても、星になった美星は私の言葉を聞いてくれている。私はそう信じ、「お願い……」と、もう一度呟くのだった。

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