第四話
社と藤崎さんの間に起きた大事件のことはさておき、約束の日、風花ちゃんは病院のロビーで待っているとのことだった。
俺は先に師匠の病室に寄り「俺をダシにしやがって」とさんざん訳の分からない説教された後、彼女の待っている一階へと急ぐ。そして長椅子に座っている老若男女を見渡して目的の人物を探した。
「……もしかして羽佐間さんですか?」
玄関に近いところで座っていた女の子が立ちあがって声をかけてきた。その声は間違いなく風花ちゃんのものだった。
「風花、さん?」
「はい。えっと……はじめまして、ですね」
少し恥ずかしそうに笑う彼女は本当に可愛くて、場所が場所でなければ思いっきり抱き締めてしまいそうな衝動にかられた。
「はじめまして、だね。行こうか」
「はい」
いつものように手を差し出すと、彼女は少しだけ躊躇った後にこちらの手を握ってきた。
「お父さんには何か言われなかった?」
「本の虫の私が誰かと出掛けるなんて珍しいって喜んでました」
「そう言えば今日は俺の顔が見れるって言ってたけど、俺もこうやって風花さんの顔を見るの初めてだって気が付いていた?」
駐車場の自分の車が止めてあるところまで歩きながら、包帯がとれると留守電が入っていた日に思っていたことを口にする。
「え?」
「だって、包帯していたから俺が知っているのはここから下の風花さんだったし」
彼女の鼻のあたりを指で軽く叩く。
「あ、そっか……そうですね、私、そのこと全然意識してませんでした。とにかく羽佐間さんと葛城さんの顔が見れるぞ~って楽しみにしただけで」
「俺も楽しみにしてたんだ、風花さんの顔がやっと拝見できるって」
その言葉に反応したのかピタッと立ち止まる風花ちゃん。
「あの、傷、目立たないですよね?」
ちょっと心配そうに自分の顔に手をやる。
「言われるまで忘れてたけど、こうしている分には全然分からないよ? 視力1.5の俺が言うんだから間違いない」
「良かった」
車に乗り込むと、風花ちゃんが窓を開けて良いかと尋ねてきた。
「こうやって風を感じるのが好きなんです」
「へえ、うちのイトコと同じこと言ってるね」
「そうなんですか?」
駐車場から車を出すと、そのまま基地へと続く道を走る。普段なら多少はスピードを上げるんだが今日は助手席に彼女が座っているので安全第一。
「うん。そいつ車の時は窓全開だしバイクでぶっ飛ばすの大好きらしい。それが高じて俺と同じパイロットになったんだけどね」
「けど飛行機って窓……」
窓は開けられませんよね?と風花ちゃんは困惑したように付け加えた。
「そうなんだよ、最初はうるさいだけで狭苦しいし窓が開けられないって話を聞くたびにブツクサ言ってたな。今は飛ぶことに酔いしれてすっかりそんなことは忘れているみたいだけど」
「その人も自衛隊の?」
「いや、そいつはアメリカ人で海軍所属の戦闘機乗り。母親が俺の叔母でね」
今頃はどの辺りを飛んでいるのやらと義理のイトコの呑気な笑顔を思い浮かべる。
「私、走りながら風を感じるのが好きだからバイクの免許を取ったんですよ。だから“ぶっ飛ばすの大好き”ってのはすっごく良く分かります。羽佐間さんは?」
「実は俺も。風花ちゃんがバイク乗りだって分かったから、今度はツーリングに誘おうかな」
「誘って下さい。私の友達、バイク乗りって殆ど男の子でなかなか気軽に行けないんですよね」
意外な共通点が見つかって嬉しくなる。しかもそれがバイクとは。
「俺も一応は男の子なんですけど?」
「羽佐間さんは、えっと、別枠?」
ちょこっと首を傾げる仕草の何と可愛いことよ。
「それは喜ぶべきところなんだろうね、きっと」
しばらく走ると町中から出て小高い丘陵地へと続く道に入る。
「左側、そろそろ敷地が見えてくるんじゃないかな」
遠くにフェンスに囲まれた滑走路であろう開けた敷地が見えてくる。
「こんな風に基地を一望できる場所があるなんて」
「ミリオタさん達には結構有名な場所らしいよ? ここ、新しい機体やブルーインパルスが基地に来た時なんて撮影に来る人がいっぱいらしいし」
「へえ……」
「ほら、アレが俺が乗ってるのと同じやつ」
車から降りると、滑走路を移動している紺色の戦闘機を指差しながら説明した。
「なんだか……かっこいいですね」
「だろ?」
+++++
羽佐間さんが指さした先では二機の戦闘機が滑走路に出て離陸しようとしていた。よくテレビのニュース映像に映っているのはグレーのものが殆どだけど、それは紺色をした戦闘機だった。
飛行機とかには余り興味が無かったけど、こうやって実際に動いているのを目の当たりにするとかっこいいなあって思ってしまう。そのまま二人して並んで離陸するまで眺めていた。
飛び立った戦闘機が旋回するのを目で追っていると、いきなり視界の中に楽しそうな羽佐間さんの顔が入ってきた。
「わ!」
思わず声を上げて後ずさりしてしまった。きっと間抜けな顔で飛行機が飛ぶのを見ていたに違いないので恥ずかしい。
「こんなに感動してもらえるとは思わなかったよ。連れてきて良かった」
「なかなか自分の目で見る機会のないものですし。それに羽佐間さんもあれに乗っているのかって思ったらまた感激度も違いますし。だから航空祭も楽しみにしてるんですよ?」
私の言葉に凄く嬉しそうにニッコリする羽佐間さん。
「ねえ風花ちゃん、その航空祭のことなんだけど、その時は俺の友達として来てくれる? それとも彼女として来てくれる?」
「え?」
「俺としては彼女として来てくれたら嬉しいけどな」
「えっと……」
「やーめた。選ばせてあげようと思っていたけどやめた。風花ちゃん、諦めて俺の彼女になりなさい」
ちょっと考えようとしただけなのに断られると思ったのか、羽佐間さんは自分が出した選択肢を速攻で放り投げてしまった。
「諦めてって、なんだか私がいやいや羽佐間さんの彼女になるみたい」
「イヤじゃない?」
「そうじゃなくて羽佐間さんの方が私なんかで良いのかなって思ったんです。学生の私よりもお似合いな人が同じ職場にだっているでしょ?」
羽佐間さんは困ったような顔をした。
「そりゃ基地内には女性隊員もいるし同じ基地内の者同士で付き合う奴もいる。けど俺が好きになったのは風花ちゃんだから。風花ちゃんは俺と付き合うのイヤ?」
「イヤじゃないです。だいたい、イヤなら毎晩の電話とかメールとかしないですもん」
私の返答に安堵の表情を見せる羽佐間さん。
「ありがとう」
「お礼を言われるようなことじゃないですよ、告白してもらえて私は嬉しかったんだから」
「うん。でも言いたかった」
気がついたら羽佐間さんの腕の中に閉じ込められていた。
「君の気持ちにもっと早く気が付いていたらもっと早く告白していたんだけどな」
少しだけ時間を無駄にしちゃったかな?と羽佐間さんは残念そうに笑う。
「だけど、こうやって羽佐間さんも乗っている戦闘機を見ながら告白してもらえるのって何だかとっても自衛官らしいかなって思いますよ」
「そうかい?」
「はい」
「じゃあ、ここで初めてのキスをするのも自衛官らしい?」
そこで私は再び考えるふりをする。
「それは試してみないと分からないかなー……」
「じゃあ早速」
そして私達は初めてキスをする。頭の上を轟音を響かせて戦闘機が飛んでいったけど、二人ともキスに夢中でまったく気にもとめなかった。




