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第二話

 腕に捕まっている彼女を見下ろしてから相手の病室が何処だったか聞かなければならないことを思い出す。


「病室はどっちです?」

「病室を出て左側の同じ並びの一番奥です」

「分かりました。……部屋に行けば名前が分かるけど、ここで聞いても?」


 彼女の歩調に合わせてゆっくり歩きながら話しかける。その間も見舞客やら看護師から生温かい視線を向けられた。そりゃまあ制服姿の人間がパジャマ姿の病人と腕を組んで歩いていたら異様だろう。だがしかし、ここは病院だぞ? 俺はともかく、視界が塞がれている人間を介助しながら歩いて何か問題でもあるのか?


山代やましろ風花ふうかです。えっと、そちらは葛城さんと同じ航空自衛隊の方ですか?」


 見えていない彼女には俺が来ている制服なんて関係ないからな。


羽佐間はざま康平こうへいです。戦闘機のパイロットをしています。葛城さんは俺の指導教官、つまりは師匠だった人でして」

「先生ってことですね」

「そういうことです」


 それから少しだけ間があって風花さんが少しだけこっちを見上げて首を傾げた。


「私、自衛隊の人ってもっといかつい人達ばかりだと思ってました」

「いかつい?」

「ほら……」


 風花さんが俺の腕をぺたぺたと叩くように触る。


「葛城さんもそうですけど、思っていたより細身っていうか」

「え、師匠のこと触りまくったんですか?」

「え? あ、そんなことしてないですよ! ほら、握手した時の感覚とかで何となく?」

「良かった、女性には言えないようなことを想像しちゃいました、すみませんね」


 顔を赤くしている彼女を見下ろして謝った。


「ごめんなさい、確かに初対面の人を触りまくるのってちょっとした変態ですよね。私、別に痴漢とかそういうのじゃないですから。ただ見えない間に何となく触って相手を確認する癖がついちゃって。それってやっぱりおかしいかな……やだ、やっぱり私って痴漢?」


 一生懸命に言い訳している様子が可愛いなあ……。学生さん、師匠が手にしていたテキストから見て大学生さんか。普段がむさくるしい男が多い職場だからこういう初々しい反応には癒される。


「この服装だと舐められるように見られることもあるから、別に触られたぐらいで倒れるような柔な男じゃないので御心配なく」


 これってフォローになってないか?


「はい、部屋に到着~」


 彼女の部屋も個室だった。ベッドの脇には友達からであろう可愛いメッセージカードなどがたくさん置かれている。きっと彼女は早く自分の目で見たいに違いない。


「ところで不躾な質問だけど、怪我はどうして?」


 風花さんがベッドに座るのを手伝ってから尋ねた。


「ああ、これですか? 大学で理工系の友達のところに行った時に実験中にフラスコが破裂するアクシデントがあってそれで。刺さった破片は綺麗に取れたんですけど大事をとってこんな感じです。あと二週間ぐらいで包帯は取れるってことなんですけどね、父親がここの医師でこんな大袈裟な事態に」

「目の方は大丈夫なんですか?」


 その問いに首を傾げる風花さん。


「多少、視力は落ちるかもって言われてますけど今はメガネもコンタクトも珍しくないですしね。そうだ、葛城さんに聞いたんですけど、パイロットさんでもメガネしてる人っているんですね。私、全員、2.0ぐらい見える人ばかりだと思ってました」

「俺は1.5ですけどね。意外と多いんですよ、メガネとかコンタクトのパイロットって。しかしマッチョで2.0の視力って、なんだかハリウッド映画の見過ぎな感じが……」


 もしかして無茶苦茶強い料理人とかいると思ってたりして、などと思う。


「だって今まで近くにそっち関係の人、いませんでしたから」

「ってことは風花さん、自衛官は陸海空関係なく、全員が体育会系な人達だと思ってます?」

「違うんですか?」


 意外そうな声が返ってきた。間違いじゃない部分もあるにはあるが……。


「いやあ、女性自衛官がきっと泣くだろうなと……」

「そっか、女性もいらっしゃるんですね」

「俺の知っている女性自衛官は小柄な人が多いですよ。ただ、何て言うか事務方とか整備員が殆どなので風花さんが考えているようなポジションにいる人間は今のところ知りませんが」


 改めて思った、世間一般に自衛官って一体どんな集団だと思われているんだと。


「元気になったら、一度、基地内を案内しますよ。皆、意外と普通の日本人なんでガッカリするかもしれませんけどね」

「ほんとですか?」

「風花さんさえよければ。イベントで基地内に一般人も入ることが出来る日があって、それが一カ月後にあるんですよ。来ますか?」

「行ってみたいです」


 これって……もしかしてナンパなのか? 俺、今もしかして女子大生をナンパしてる?


「どうしました?」


 俺が急に黙り込んだので風花さんはこっちを窺うようにして顔を向けた。


「いや、これってナンパかなと」

「……そうなんですか?」

「違うと思いたいんですが」

「私はナンパされているとは感じてませんけど? えっと基地を案内してくれるお誘いですよね?」

「ですよね。なら安心してイベントに誘えます」



+++++



 葛城さんとお知り合いになったのはほんの偶然だった。


 見えない状態が続いていたので退屈しのぎに動画サイトで見つけた小鳥のさえずりの音声を聴きながらうつらうつらしていた時に、いきなりノックして部屋に入ってきたのが葛城さんだった。


「すみません、うるさかったですね、止めます」


 ノックの音に慌ててパソコンの方に手を伸ばした。


「いやいや、なんだか安眠できそうな音がするから何だろうなと思ってね。それはネットで見つけたものかい?」


 声は離れた場所からで部屋には入って来ていないようだった。


「動画サイトにあるやつなんですけど、小鳥の鳴き声だけの音声ファイルなんです。最初は退屈しのぎに聴いていたんですけど、結構眠れますよ?」

「ほお……最近は変わったものもアップロードされているんだな。ありがとう、一度、探してみるよ」


 最初はこんな感じだったのが、そのうち廊下で声をかけてくれるようになり、更にはお話をするようになったのだ。そこで葛城さんがうちのお父さんと同い年で、航空自衛隊の広報官という役職についている人だと知った。


 そして今日はその葛城さんのお弟子さんという人とお知り合いになった。羽佐間康平さんといって、戦闘機のパイロットをしている人。


 そして私の方は初対面の人だというのにとんでもなく失礼なことを羽佐間さんにしてしまった。彼の腕を遠慮なしに撫で回してしまったのだ。思い出しただけでその時の自分を何処かに埋めたくなってしまう。


 まあ顔を撫で回さなかっただけ幾分かマシだとは思うけど、一時的に目が見えないという状態になり、何でも触って確かめるという癖がついてしまったのは考えものだ。本人は笑って許してくれたけど、物凄く恥ずかしかった。これからは気をつけないと……。


 その羽佐間さんも私が思い描いていたパイロットさんとはちょっと違う感じの人。これも話せばきっとハリウッド映画の見過ぎって言われそうだけど、もっと映画に出てくるような軽い乗りの人かと思っていた。


 もちろんこちらに気を遣ってか気さくな口調で話しかけてくれていたけれど、どちらかと言うと真面目なタイプの人のように思える。目が見えないことで普段は分からないことが感じられるのかな。


 そして、一ヶ月後にある基地のイベント、確か航空祭とか言われている行事に誘われた。本人はそのお誘いがナンパに思われないか心配していたけど、そんなことはないと思う。だって私は誘ってもらえて嬉しかったし、行くのがとても楽しみなんだから。


 そんな訳でお互いに連絡用にと電話番号とメルアドを交換した。


 羽佐間さんは仕事の関係上なかなか返事が出来ないかもしれないけど絶対に読んでいるからと前置きをして。私も検査とかあって出れないこともあるし、メールを打つのはまだ先になりそうだからお互い様ですよと言ったら安心したみたいだけど、やっぱりそういうのを我慢できない人もいるのかなあ……自衛官さんというのも大変な仕事だなと思う。


「一ヶ月後かあ……」


 その頃は包帯も取れているだろうし、そうなったら葛城さんや羽佐間さんの顔が見れるなと思ったら、何だかワクワクしてきてしまった。



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