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第一話

 その日は「俺は元気だけが取り柄だ」と常日頃から言っている師匠が入院したというので、本省に出向いた帰りに入院先の病院に立ち寄ってみることにした。


―― しまった……着替えを持ってこれば良かったか…… ――


 電車での移動中、何気に自分に視線が集まっているのが分かる。


 そこの女子高生よ、そんなあからさまに写メ取るのはやめてくれないか、逆にこっちが恥ずかしい。そこのOLのお姉さん、そんなうっとりした眼で見ないでくれ、なんだか物凄く落ち着かない。


―― タクシー使えば良かったな…… ――


 そしてタクシー代を弟子が可愛くないのかと師匠からふんだくってやれば良かったかもしれない。


 最近はその手の本が増えたせいか妙な注目のされ方をする時がある。自衛官の制服というのはそんなに珍しいのか? 中にはいきなり婦女子に飛びつかれたとかいう羨ましい話もあることだし、世間では女性の間でも制服フェチが増えているのだろうか。


 ちなみに俺は空飛ぶ繋がりではないが、どちらかと言えばCAちゃんの制服がお気に入りだ。



+++++



「好意的な注目のされ方なら仕方がないだろ。まあそれも公務のうちだと思って我慢しろ」


 個室の病室で移動中のことを話すと師匠は笑って言った。


 師匠……葛城一佐は俺の指導教官だった人で数年前に第一線を退いて教官となり、俺の指導教官をした後にその経験を買われて本人曰く嫌々広報官をしている人物だ。


「で、大丈夫なんですか、体の方は」

「ああ。医者が言うには働き過ぎなんだと。現役から退いたのに働き過ぎって一体なんだろうな。俺としては古巣に戻って空に戻ることが出来れば病気なんて吹っ飛びそうなんだが」


 いかにも根っからのパイロットである一佐らしい言葉だった。そして多分だがその言葉は本当だと思う。この人は飛んでいられれば例えそれが指導教官の立場だったとしても幸せなのだ。なのに今は何の因果か広報官なんかで、誰かの陰謀で地べたに縛られていると毎日のように嘆いているらしい。


 もしかしてこれ幸いにと広報官でいる間はずっと仮病で病院に籠っているつもりか?なんて思わなくもない。もしかしたら現場に戻してくれなきゃこのまま退官してやるぞぐらいは言いそうな人でもあるし。


「一佐が最後までアラート任務で乗っていたやつには今、(やしろ)が乗ってますよ」

「あいつか。だったら取り返すのは至難の業だな」


 社とは同じ飛行隊にいるパイロットで普段から一緒に飛んでいる相棒で、こいつもまた飛ぶのが三度の飯よりも好きという一佐と世代を超えた双子かというようなヤツだった。まあ本人にそれを言うと俺は一佐ほどじゃないぞと嫌がるんだが。


「腕のいい整備員が入ってきたと榎本が言っていたが、それはどうなんだ?」


 さすが耳がお早いことで。


「ええ。榎本さんの愛弟子らしいです。元パイロットの榎本さんの愛弟子が整備員って一体どんな繋がりなんだかよく分からないんですがね。なんでもJAXAの目の前にぶら下がっていたのをかっさらってきたとか」

「相変わらず強引だなあ、榎本は。そのうち相手から空自が税金で優秀な人材を囲ってるって文句が出るぞ。それで? 使いものになりそうなのか?」


 旧友の強引さに呆れながらも質問を飛ばしてきた。


「ええ、これがなかなか優秀だと評判で。ただ」

「ただ?」

「自分の機体整備をされている社が色々と文句言ってますよ。メカオタク女に俺の愛機を触られるなんてと」

「なんだなんだ。意外と頭が固いんだな、あいつ」


 一佐が愉快そうに笑ってからハハーンという顔をした。


「もしかして気に入らないんじゃなくて、その子のことが気になり過ぎて困ってるクチか?」

「そうかもしれませんね。面白そうなんでしばらくは生温かく見守ってやろうと思いますよ」


 次々と付き合う女を変えていく相棒のジタバタぶりが何とも愉快なので当分は見物させてもらうつもりだ。


「それで退院はいつできそうなんですか? いつも元気な一佐が病院じゃ奥さんも心配するでしょ」


 俺の言葉に一佐は何とも微妙な笑みを浮かべた。


「それがそうでもないんだな、これが。飛ぶのは一家に一人で十分なんだと。心配しなきゃいけない人間は家族に一人いれば十分だから俺はここで大人しくしている方が妻孝行なんだとさ」

「あー……そう言えば御子息が那覇の第9航空団でしたっけ」


 確か一佐の息子さんは那覇基地でイーグルドライバーとして防空任務に就いていた筈だ。父親譲りの腕前と母親譲りの可愛い笑顔で管制隊の“お姉様方”を虜にとしているとかいないとか、そんな噂を耳にしたことがある。


「いい加減に諦めて世代交代をしろだとさ。まったく薄情な嫁だと思わんか?」

「いやあ、どうなんですかねえ……」


 奥さんの気持ちも分からないでもないから軽々しく同意するのはやめておくことにした。


 そんな時、チリンと鈴の音とゴンッという鈍い音、そして「いたたた」という声がドアのところでした。ドアが閉まっているので相手の姿は見えないが外に誰か立っているようだ。


「羽佐間、外のお嬢さんをここまでエスコートしてやってくれ」

「は?」

「いいから、廊下に出れば分かる」

「はあ」


 そう言われて椅子から立ち上がりドアを開けて廊下に顔を出すと、そこには頭から顔にかけて包帯を巻いた女の子が両手で頭を撫でながら立っていた。


―― 女の子、だよな? ――


 病院では皆、寝間着姿だし包帯で顔が見えないと年齢がさっぱり分からない。


「えっと……葛城さんの部屋に用かな?」


 いつもと違う声がしたからか明らかに相手は動揺した様子。


「あ……もしかして葛城さん、部屋を移動されましたか?!」


 訂正、声からして女の子じゃない。女の人だ。


「いや、葛城さんの部屋で間違いないよ。俺は見舞いに来た人間だから。えっと手を貸した方が良いのかな?」

「室内の椅子の場所が変わってなければ分かるんですけど……」

「ああ、ゴメン。俺が移動させてる、連れていくよ」


 彼女の手を自分の腕に捕まらせて部屋の中へ。師匠のベッドの横にある椅子へと案内する。


「今日は来ないかと思っていたよ。すまないね、いつもみたいにドアが開いていなかったから」


 ああ、なるほど。閉まっているとは思わなかったドアにぶつかったわけか。閉めたのは俺だったし申し訳ないことをしたな。


「すみません、お見舞いの人がいるとは知らなくて」

「構わんよ。こいつは俺の弟子だから気にすることはない。今日は何処からだったかな……」

「俺、邪魔っすかね」


 ベッドの横に置いてあった本を手にする師匠に声をかけた。


「あ、いえ、すみません。本、また今度でいいです」


 彼女が慌てて立ち上がる。手首につけてあるブレスレットの鈴の音が微かに響いた。


「葛城さんに講義で使っているテキストの音読をお願いしてるんです。学校を休んでる間、何もすること無いので」

「ヒマを持て余した者同士のヒマ潰しってやつだ。とは言え、法学用語なんてのはチンプンカンプンで読んでいても意味はサッパリだがな」


 そう言って分厚いテキストを手にしながら笑った。


「私、今日は戻りますね」

「遠慮することは無いぞ」

「いえ、実は今日は結構ですって言いに来ただけなので」

「そうか。ああ、羽佐間、お嬢さんを送ってさしあげろ。これ以上どこかでぶつかりでもしたら大変だ」

「いえいえ、一人で戻れますからお気遣いなく」


 慌てて手を振っているがそれで思いとどまる師匠でないことは俺が一番よく知っている。


「我々は国民を守ることが任務なので気にせずに。そうだよな、羽佐間一尉?」


 結局は上官権限で拒否権なしですか……まあ別に構わないんだが。


「お任せを、一佐殿」


 彼女には見えていないが、師匠に厭味ったらしく敬礼をしてみせた。


「ではお嬢さま、不肖、羽佐間一尉がエスコートいたしますよ。シートベルトをお締め下さい」


 彼女の横に立って腕に手をかけ立つように促す。


「すみません……なんだかお邪魔しちゃったみたいで」

「いえいえ。見舞いに来たものの心配していたよりも元気でピンシャンしているので、俺もそろそろ失礼しようかと思っていたから大丈夫です」

「おい、次は社も連れてこい。色々と聞きたいこともあるしな」


 一佐は意地悪そうな笑みを浮かべた。何を?なんて聞くまでもない顔だ。


「了解です、首に縄をかけてでも引き摺ってきますよ」


 病室を出る時に一礼してから隣に立つお嬢さんに視線を戻した。


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