示された(満点の)答え
「ジャック君、そちらは頼んだ」
「ああ」
ジャックが豆を一粒投げると、そこに台車が一つ現れる。
「こいつは俺が運ぶ。王女さん、走れるか?」
「ええ!」
二人が駆け出したのを音で確認し、伯爵はオズの拳を受け止めた。
「大人しく見送ってやることもできないとは、急いた御人だ」
「たかが実験材料が……私に逆らえるとでも思っているのか」
「ふむ。肉体改造をしたとは言え、たかが人間が、私を退けられるとでも思っているのかな」
受け止められた拳に痛みを感じ、オズは振り払うように距離を取る。が、すかさず詰め寄り爪を振るう伯爵。かろうじて反応するが、オズの頬には赤い線が一筋描かれた。畳みかけてくる伯爵の爪は、斬撃と言っても過言ではなく、かわすことで精一杯のオズは、反撃はおろか後退するばかり。
「調子に……乗るな!!」
伯爵の動きを先読みし、カウンターを決めにかかったオズ。しかしその拳はやはり伯爵を捉えることが出来ず、横へ回避した伯爵から強烈な脇腹への蹴りを食らった。
「ぐあああっ!!」
「はき違えられては困るから明言しておこう。私の怒りは、私を実験材料としたことで沸いたものではないんだ。パイパーという軍人が使っていた魔法具……あれは、ヴァンの研究の副産物だな」
***
公園の外れ、茂みの中に見つけた。ざらざらと葉を鳴らす冷たい風と砂埃に紛れる白いはためき。見間違いではないことを祈りながら手に取る。袖がある。白衣だ。ポケットの位置を探って漁れば、ひやりとした曲面を指が滑った。
「嬢ちゃん!」
「えっ、あ、ジャックさん!?」
声がした方にアリスが目をやると、台車を押しながら走るジャックと後に続くエリーザの姿があった。ジャックが動けるまでに回復したことに安堵したのも束の間、台車に乗せられたフランケンの状態が先程よりひどくなっているのではないかと青ざめる。
もしも、フランケンがこのまま動かなくなってしまったら……アリスの背筋にぞくりと冷たいものが走る。自分が元の世界に帰る条件は何なのだろうか。今回は未だ、何故こちらの世界に来てしまったのかが全く分からないのだ。気を失う直前に聞こえたのがフランケンの声だった、という手がかりしかない。
「フランケン! お願い、答えて! 貴方はどうして、私を呼んだの?」
ダメ元と思いながら、アリスは台車の前にしゃがむ。頭部が半壊したフランケンは、「機械」としても正常に動作しておらず、「どうして……どうして……どうして」と、壊れたボイスレコーダーのようにアリスの言葉を部分的に繰り返した。
「……ジャックさん、すみません。厳しいってことは分かってるんですけど……ジャックさんの魔力に頼って、我儘言ってもいいですか?」
「嬢ちゃん、そいつぁ今更だぜ。俺が今やれることがあんなら、ぶっ倒れねぇ程度に引き受けるさ」
出会った日から変わらない、ニカッというジャックの笑顔。マーリンから魔力を受け継いだとは言え、今日だけで相当な量の魔力を消費しているはずだ。それなのに彼は、「お安い御用だ」と言わんばかりの明るさを失わない。
「すみません、お言葉に甘えます。あの、フランケンの頭部だけでも、記録魔法で復元できませんか?」
「わーった、やってみるぜ」
ジャックの右手からライトグリーンの光球が現れ、そこから伸びる糸状の光が、フランケンの頭上に魔法陣を描いていく。
「綺麗……」
「ここに蘇らん、破損前の姿!」
魔法陣がいっそう明るく輝き、パァッと消滅する。眩さに目を固く閉じていたエリーザは、ゆっくりと目を開け、その瞳をうるませた。
「ああ……フランケン……! 魔法使いジャック様、何てお礼を申し上げればいいか……!」
「な、何で王女さんが泣くんだっ? お、落ち着けって!」
「まだ、泣いてませんっ……」
オロオロしつつ、両手で顔を覆ってしまったエリーザをなだめるジャック。アリスもジャックに頭を下げて礼を言ってから、頭部を復元されたフランケンと向き合う。
「あの小屋で、貴方はたくさんの本を読んでた。だから私が貴方に教えられることなんて、ほとんどないと思うの」
「俺は、何のために……」
「その答えは、オズだけが持ってる。私はそれを、オズから聞いてくればいい?」
フランケンが求める「答え」を探してあげたい。抱いた疑問を解消できないモヤモヤした感覚を、アリスもよく知っている。
世の中は、割と単純だ。問題には答えがある。理論と理屈で、疑問は解消できる。仮説を立てながら実験を重ねれば、理論は発展を見せる。
オズがいう所の「言葉を発する機械」であるフランケンは、備え付けられた五感から得た情報を、全て正しく理解しようとしているのかも知れない。とすれば、アリスに課せられているのは彼の情報処理のサポートということになる。
ところが、アリスの中で構築されつつあった仮説は、次にフランケンから投げかけられた質問によって、途端に瓦解させられた。
「教えてくれ……何故俺は、エリーザを庇う」
求められたのは、現代文のテストで出題されるよりも難解な、自由記述タイプの設問だった。アリスが元いた世界においても苦手としている形式の一つである。正直に言えば、そんなの分かりっこない。フランケン自身が理解しきれていない心の動きを、アリスが言語化できるはずがないのだ。
現代文のテストでも、いつも思う。物語の登場人物の気持ちなんて、読者(というより問題作成者)が勝手に推測して組み立てたに過ぎない。時に作者ですら設問に答えたら間違えるほどに曖昧なもの。
適当な解答で逃げることは可能だ。テストで言えば部分点。しかし、果たして部分点扱いになる解答をフランケンに示していいのだろうか。きっと彼の中では、アリスが告げたその解答こそ満点のものとして処理される。
返答を躊躇うアリスに対し、フランケンはもう一段階上の設問を吹っかけてきた。
「教えてくれ……エリーザを庇いながら、父に拳を振るうことも躊躇うのは……何故だ」
「そ、それは……」
ただでさえ迷い込んでいた思考が、更に迷宮の奥深くへ突き落とされる。フランケンがエリーザを守ろうとするのは、愛着か、慈悲か、恩返しか、それとも……。
「それは貴方が人間である証拠よ、フランケン」
言葉を詰まらせていたアリスの横で、エリーザが同じようにしゃがみ、フランケンと目線を合わせていた。真直ぐ、澄んだ瞳。美しいものを見るような、または、喜びで満ち溢れるような。
「私のことを助けたいという気持ちと、あの人を父君として慕う気持ちが、貴方の中で衝突しているの」
「俺は……二つの思考を持つのか」
「いいえ。それは一つの心……周りにいる人を残らず慈しむ心だわ」
微笑んでフランケンの手を握るエリーザ。その解答に、アリスは花丸をつけたくなった。
「慈しむ……大切にする……」
「ええ。貴方は私を、父君との争いに巻き込みたくないと思ってくれているでしょう? まだまだたくさん、話したいことがあるのよね?」
「……ああ、そうだ。話したい……俺は、まだ」
「同時に、父君の力にもなりたいと、そう感じているように、私には見えるの。矛盾しているようだけど、それはね、貴方が持つ、深い愛情よ」
「愛……」
「だから貴方は、怪物でも機械でもないわ。私たちと同じ、心を持っている」
一点の曇りもない、純粋なエリーザの言葉。雨上がりの虹のように晴れやかで、彼女のまとう雰囲気がキラキラと輝いているような錯覚さえ抱く。何て美しく、力強いのだろう。
「ならば、俺は……生命、か。父は、違うと言った」
「父君は認めたくないだけだと思うの。私、貴方がどうやって……その、生まれたのか、分からないけれど」
伏し目がちなエリーザが答えた直後、アリスの中で「何か」が繋がる。オズは一体どうして、フランケンを改良するのではなく破壊にこだわるのか。目的を持って創り上げたにも関わらず、あそこまで激しい感情をぶつけるのは……。
「……アリス?」
「嬢ちゃん、平気か?」
「えっ! あ、大丈夫です! エリーザ、ありがとう! 私、おかげで色んなことが見えたかも。てゆーか、白衣も見つけたし、伯爵とオズのトコに戻らないと……」
「だったら、俺がお供するよ」
「チェシャ!」
たった今合流したのか、チェシャ猫が近くの木の上からアリスに手を差し伸べた。
「見つけたんだろ? 小瓶と錠剤」
「うん! ジャックさん、フランケンとエリーザを連れて、安全な方へお願いします! オズは、こっちで何とかします」
「行くよ」
チェシャ猫の手を取るのに、迷いは無かった。元の世界へ帰る条件を見つけられなかった自分の、色んな我儘をきいてくれた仲間たちのために、この親子喧嘩を終わらせないといけない……そう思った。




