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考える人造人間 ―フランケン・シュタイン―

 両手を組んで、アリスは願った。

 フランケンを、エリーザを、チェシャ猫を、オズの脅威から守りたい。フランケンと、もっと話をしたいから。シグナスの王女であるエリーザを、これ以上危険なことに巻き込みたくないから。自分を支えてくれるチェシャ猫に、もう怪我して欲しくないから。コウモリ達がオズの動きを制限しているうちに、オズを捕らえて、クラウ・ソラス……!


「鬱陶しい……コウモリどもがあああ!!!」


 激しく暴れるオズを包み込むコウモリの黒が所々薄れてきたかと思われたが、次の瞬間、彼の姿は眩い虹色の光に覆われる。それはまさに、アリスの願いがクラウ・ソラスの発動に繋がった証拠だった。動きを止めているフランケンの状態を確認していたチェシャ猫は、横目でその光をとらえて満足気に口角を上げる。


「できた……!」


 安堵も束の間、アリスもフランケン達の方へ駆け戻る。


「チェシャ、フランケンは?」

「大臣サマの用意した銃弾は、まさしくフランケン専用だったってコトかな。動けるかどうかは……そうだねぇ、もしもコレが本当にただの機械でしかないんなら、二度と駆動しないと思うよ」


 極めて冷静なチェシャ猫の分析に、アリスは息を呑む。だが、同じようにショックを受けたエリーザが、すぐにフランケンの正面に膝立ちをして、呼びかけた。


「聞いてフランケン、貴方は私に聞きたいことがあると言ってたでしょう? 私もあるの、貴方に聞きたいことが、たくさん……たくさんあるわ。だからお願いよ、もう一度動いて、今は一緒に逃げてちょうだい。貴方の父君は恐ろしい人だわ。逃げなくちゃ、貴方が本当に、二度と動けなくされてしまう」


 非常に細かな痙攣を見せるフランケンの手に、エリーザは自分の手を重ねる。と、半開き状態であるフランケンの口から、錆びたオモチャのような音声が発せられた。


「お、れが……怖く、な、いの、か……」

「怖いものですか」


 微笑むエリーザは、更に強くフランケンの手を握って問い返す。


「貴方は、私を魔女だと思わなかったの? 誰もいないあの小屋でずーっと、無言でイラクサを編み続けていたのに……誰一人、気味悪がって近寄らなかったのよ?」


 直後、義眼のように一点だけに注がれていたフランケンの視線が、小さな瞬きと共にエリーザの視線にぶつけられた。エリーザはその僅かな変化を見逃さず、立ち上がってフランケンの手を引く。もう片方の手は、アリスが引いた。


「フランケン、私も貴方に質問がある。てゆーかそれ以前に、貴方は今回、私が元の世界に帰るためのカギだから……お願い、立ち上がって。貴方が私を呼んだんだから! こんなトコで機能停止なんて、絶対させない!」

「クラウ・ソラスでの行動制限にもリミットがあるし、とっとと立ち上がってもらいたいところなんだ。フランケン、大臣サマは君を自分のスペアとして創った。だったら有るはずなんだよ、外的要因によって負った損傷を自動修復する機能が」

「そっか……人間にも、病気や怪我を自分で治そうとする身体機能があるみたいに?」

「見た感じ、中枢器官は俺達がいくら頭捻っても直せる構造じゃないみたいだからねぇ。相当複雑な造りしてる」

「自動、修復……」


 チェシャ猫が示した可能性、その単語を一つだけ反復したフランケン。自分に搭載されている機能はおろか、設定されたスペック、原材料など、彼は、彼自身のことについてほとんど何も知らなかった。しかし次の瞬間、フランケンの耳がカチャッと音を立てて飛び出し、独立した小型機械としてフランケンの中枢器官へと向かい始める。


「これって……!」

「大臣サマが搭載した修復機能だろうね。起動条件はフランケンが修復を要請すること、って感じかな?」


 思った通りだ、と小型機械による緊急メンテナンスの作業を見つめるチェシャ猫。アリスは改めてオズの頭脳と技術力に感服した。

 だがこの修復は、果たして間に合うのだろうか。クラウ・ソラスがあと何分オズを足止めできるのか、分からない。フランケンの修復が完了するまで、運んで逃げることが出来れば一番良いが、3メートルを超える巨体を運べる腕力を持つ者など、この場にはいない。


「……エリーザ、教えて、くれ……」


 先ほどより僅かに流暢になったフランケンの言葉。エリーザはその手を握り返して応じる。


「ええ、答えるわ」

「初めて会った日……何故、逃げなかった……俺は、エリーザの首を、絞めた」

「私ね、あの時は少し、後ろ向きになってたの。私がどんなに頑張っても呪いは結局解けないんじゃないかしらって。だから……怪物みたいな貴方に殺されてしまえば……ひたすらセーターを編まなくちゃいけない日々から解放されるって……お父様たちも、仕方ないと許してくれるって……そう、考えていたの」


 しかし実際、フランケンはエリーザの命を奪わなかった。何も話さない彼女を「そういう人間」として認識し、フォローするようになった。


「貴方が初めて食べ物を持ってきてくれた時、私は……自分の覚悟の脆さを恥じたわ。怪物に殺されれば呪いを解くために頑張らなくて済む、なんて、とても浅はかな考えよね」

「……俺に向けた視線の変化は、考え方の変化か」

「私、そんなに顔に出してしまってた? 恥ずかしいわ」


 眉を下げながらも、エリーザはフランケンの手を強く握り直す。すると、これまで動きたくても動けない様子だったフランケンの上体が、僅かだが角度の変化を見せた。


「立ち上がれる!? フランケン、頑張って!」


 アリスの呼びかけは、適切ではなかったのかも知れない。もしも、フランケンがオズの言うように「言葉を発するただの機械」でしかなかったとするならば。

 しかし同時に、クラウ・ソラスによるオズの足止めにもタイムリミットが訪れていた。アリスの目が霧散した光の粒を認識した直後、留まらせていた(怪物に変化した)オズの姿は、その場から消えていて。


「退け。それは私の所有物だ」


 フランケンの手を引くアリスとエリーザの背後から、首根っこを掴もうとするオズの手が迫っていた。唯一反応できたチェシャ猫がアリスの腕を引いて避けさせたが、エリーザは避けることも出来ず、恐怖のあまり固く目を閉じる。


 ガシッ……

 オズの手が掴んだのは、エリーザの首ではなかった。


「……エリーザ……ここから、離れろ」


 見開いた瞳に映るのは、オズの両手をガシリと自分の両手で受け止めるフランケンの姿。ギチギチ、ミシミシ、と彼らは指の力で互いの手の甲にプレッシャーを加え、まるで押し相撲をしているかのように全てのパワーを腕に込めて睨み合っていた。


「お前を高スペックにしたこと、つくづく悔やまれる」

「何故、俺でなく、彼女たちを狙う」


 フランケンの流暢な問いかけは、彼の中枢器官が復旧したことを示す。設計者であるオズにも当然その事実は把握できており、余計に彼の怒りを増幅させた。


「小娘どもが! お前に余計な思考を与える害悪だ!」

「余計とは何だ? 俺は、思考における必需と余計の線引きができない」

「黙れ!! 考えるな!! 問いかけるな!! お前が思考機能を有すること自体が間違っているのだ!! お前は私のバックアップ!! それ以上の役割を持つべきではない!!」


 狂ったように叫び散らすオズの訴えを聞きながら、アリスはエリーザの手を引く。意図に気付いたエリーザは一瞬フランケンの方を不安そうに見たが、小さく頷き、アリス達と共にフランケンとオズが組み合っている場所から距離を取った。


「チェシャ、エリーザを連れて安全な場所に……」

「却下」

「な、何で、」

「アリスちゃん、俺が誰のためにこんな辺境の地まで転移して来たのか、もう忘れたのかい? さすがの記憶力だねぇ」


 嫌味まじりの返しにアリスが言葉を詰まらせている間にも、オズとフランケンの力比べは続く。ミシミシと音を立てているのはどちらの腕なのか……踵が削る土の量は、大体同じくらいに見えるが。


「俺は全てをあの人造人間に委ねるほど、楽観的じゃないんだ。アリスちゃん、君は一体何度自分の本来の目的を見失えば気が済むのさ。君にとっては、大臣サマの暴走も王女サマの護衛も、オマケでしかないよ」

「それは違う!」


 アリスとチェシャ猫を交互に見ていたエリーザが、アリスの覚悟を決めた表情に視線を止めた。


「オマケなんかじゃない……そんなものに、したくない。私は、私の最終目標のために……今、オズを止めるべきなの」


 だから、探さなくては。オズの動きを止めるためにできることを。考えろ、考えろ、状況を打破する方法を、考えろ。見落としている要素はないか。

 半壊させられたフランケンの耐久力はギリギリもいいところになっているはず。突破口があるとすれば、フランケンの増強ではなく、オズを弱体化させる方向で……――


「……オズは、どうしてああなったんだろ……」


 アリスが零した疑問に、チェシャ猫は一瞬の間を置いてから、問い返した。


「大臣サマって、さっきまで白衣着てなかったっけ」

「着ていました! あのような姿になる前には、確かに」


 そう答えるエリーザの隣で、アリスはチェシャ猫がその事実確認をした意図を考える。オズとは何度か対面したが、いつも白衣を羽織っていたのは間違いない。人を見下したような喋り方をしたり、前髪を引っ張ったり、元いた世界で小説に出てくる独裁者そのもので……。


「…………あの錠剤」


 ハッと思い出されたワンシーンが、アリスの心臓に熱をくべる。あれは、何だったのか。流行りの清涼菓子でないとするならば。

 チェシャ猫と目を合わせると、彼は何か活路を見いだせたかのように口角を上げた。


「大臣サマは肌身離さず持ってたんだね、錠剤を」

「白衣の、ポケットに!」

「なら決まりだ」

「アリス! 私にも手伝わせて!」

「エリーザ……ありがとう! 一緒にオズの白衣を探して!」


 三人が三方向に走り出す。公園内にはもちろん植林がされているため、白衣がどこかの木に絡まっているかも知れない。地面に落ちていればすぐ見つかるだろうが、肌寒さを運ぶノザンの風は荒く、また、オズの乗ってきた戦闘機が墜落したことによる爆風や砂煙もまだ落ち着いていなかった。


「小賢しい奴らが!!」


 アリス達の動きを察知したオズは、その目的を瞬時に悟る。目障りな動きをする奴らは、始末しておくに越したことはない。判断してすぐ、未だ組手での力比べ状態になっているフランケンのみぞおちに、膝蹴りを一発入れた。銃弾でだいぶ樹脂を落とされているフランケンのボディは、衝撃を骨格に直接受けたことで、バランスを崩す。


「大人しく壊されろ!!」


 組手が解かれ、オズの拳がフランケンの顔面に叩き込まれる。視界を潰しにかかったようで、左目にストレートを決められたフランケンは勢いのまま後方へ吹っ飛んだ。


 ズザザザ……ドシャッ、


「フランケン!?」


 吹っ飛ばされたフランケンの身体は地面を削りながら勢いを落とし、公園内の木にぶつかってようやく止まる。その姿は、付近を探索していたエリーザが見つけて駆け寄った。


「構うな……離れろ……」

「どうして……こんな、こんなの酷すぎるわ……」


 再稼働したフランケンが、生みの親であるオズの攻撃によってこちらまで飛ばされてきたのだと思うと、エリーザはたまらなく胸が苦しくなった。


「貴方だけが責められるなんて……!」


 オズの拳を食らったフランケンの顔面左半分はひどく損傷し、最早人の頭部を模してすらいなかった。起き上がり、立ち上がろうとするフランケンだが、ダメージが大きいせいか電池切れ間近のオモチャのような痙攣を見せる。エリーザがその手を握り、無理しないでと言おうとするも、その声はかき消されてしまった。のっしのっしと大股でとどめを刺しに来た、オズの重たい足音によって。

 この男がどんな目的でフランケンを創り、何を思って壊すという結論に辿り着いたのか、エリーザには見当もつかない。ただ一つ思うのは、この男によって生み出され、(推測でしかないが)自分勝手な理由で傷つけられているフランケンにも、抵抗する権利があるはずだということ。


「退け、小娘」

「……拳を、降ろしなさい」


 フランケンに寄り添うエリーザの手は、震えたまま。しかし彼女の瞳は、真直ぐにオズをとらえた。


「ここは、我が父の治めるシグナス王国です。当国内でこれ以上の暴力行為は、認めません」

「エリーザ、()せ……」

「くっ……くっはははは!! これは傑作だ! 世間知らずの小娘が! 王族であるからというそれだけの理由で! 小生意気な口だけで! 力ある私に歯向かうとはな!!」


 覚悟のこもったエリーザの表情を前に、オズは揶揄するように目を細め、引き笑いを繰り返す。が、高揚した気分をふっと落ち着かせ、エリーザを凍てつかせる眼差しを返した。


「では教えてやろう。気の強さだけでは何一つ解決に導くことなど出来ないことをな」


 重たい歩みが再開されかけた、その時。


「いいや、出来るさ」


 鳥よりも少し大きめの翼が羽ばたく音。音源を確かめようと上空に目をやるエリーザとオズの間に、黒いマントがなびく。


「貴様は……!」

「愛らしい王女様の強く優しいお心……それだけで充分、この私が前に出る理由になる」

「そのキザな言い回し、どーにかなんねぇのか? 伯爵さん」


 苛立つオズの雰囲気など全く意に介さず、降り立った二名はエリーザに言う。


「伯爵さんの集音で大体の状況は把握してっから、安心してくれ。俺らは勇者アリスの意思のもと、アンタらを保護するぜ」

「エリーザ王女、貴女の声は私の想像していた何十倍も美しい。叶うならば本の一冊二冊、読んで聞かせてもらいたいと願ってしまうほどにね」

「それ、今言うことじゃねーと思うんだが」

「おっと失敬。では端的に……化け物(オズ)の相手は、化け物()が務めよう」

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