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(おぞましい)研究の成果

「被弾していいと言うのなら、遠慮はしないが。やっと壊せる、私に逆らった不良品を」


 オズが引き金に指をかけ、エリーザが痛みを覚悟した、その時。


「二人を守って!」


 遠くから聞こえてきたのは、女の子の声だった。オズの視線が、フランケンとエリーザの後方へ移る。咄嗟に振り返ろうとしたエリーザだが、突如どこからともなく溢れだした虹色の輝きに目を眩ませる。


「一体……?」

「この魔法具……あの小娘か」


 光が収まったのを感じて目を開けるエリーザ。するとそこに、自分とフランケンを守るような「(ドーム)」が現れていた。そして、20メートルほど向こうに立っているのは、ノザンの森やシグナス城でずっと一緒に逃げてくれていた、歳の近い女の子。


「アリス……!」

「やはり来たか。だが、不良品のために魔法具を使うとは愚かな勇者だ」

「そうでもないさ」

「何っ!?」


 サブマシンガンの銃口をアリスに向けたオズの背後から、回り込んでいたチェシャ猫が飛び蹴りを食らわせる。それは見事背中のど真ん中に直撃し、オズはうつ伏せで倒れた。手放されたサブマシンガンを足で遠くに蹴り払い、チェシャ猫はオズを組み敷き両手を後ろで拘束する。


「……ふぅ、一丁あがり。大臣サマ、こーゆーのは軍人に任せるべきだったねぇ。俺程度に背後取られるなんて、戦闘センス無さすぎだよ」

「貴様……! 獣人の分際で、私の邪魔をするな!」

「それがそうもいかないのさ。大臣サマが創ったあの人造人間が、アリスちゃんにとってのキーパーソンだからねぇ」

「……なるほどな」


 チェシャ猫がオズを拘束したことで、アリスはクラウ・ソラスの「(ドーム)」によって保護されたフランケンとエリーザの元へ駆け寄った。


「怪我は!? ってゆーか、さっき私のこと、呼んでた? もう喋れるの?」

「ええ、私はエリーザ。アリス、たくさん助けてくれたこと、本当に感謝しているわ。私は何ともないんだけれど、フランケンが……」

「攻撃されたの!? でも、かなり丈夫だって聞いてたんだけど……」

「あの人がフランケンを壊すって言って、それで、背中側に中核器官があるとか……。私を庇って攻撃を受けて、それから動けなくなってしまって……言葉もたどたどしく……私、どうしたら……」

「大丈夫!」


 クラウ・ソラスの「(ドーム)」越しに、アリスはエリーザに微笑む。


「私に考えがあるの。今すぐは試せないけど、ちょっと損傷したぐらいだったら問題ないと思う」

「本当に!?」

「うん。だからエリーザ、フランケンに呼びかけ続けてあげて」

「分かったわ」


 一方チェシャ猫は、拘束されているオズが不意にくつくつと笑いだしたのを聞き、眉をひそめる。この期に及んで何か形勢逆転する策があるのか。……いや、隠密のハンプティは完全に無効化し、パイパーの軍隊が迫る気配もない。ましてオズ自身はサブマシンガン以外の武器を装備しておらず、だからこそ(自称・戦闘は専門外である)チェシャ猫でも対処できたのだ。

 それなのに、何かがおかしい。不気味な笑みと、這い寄ってくる悪寒は、何なのか。


「くくっ、君のおかげで飲み損ねてしまった」

「何の話だい?」

「薬だよ。被検体()の肉体を正常な人間にしておくための、抑制剤だ」

「……まさか、」


 拘束しているオズの両手が、というよりその全身が、どくんどくんと異常な脈打ちを始めた。その証拠に、彼の体温がやけに上昇している……オズを直接抑えつけているチェシャ猫の危機察知本能が警鐘を鳴らす。


「この私が、怪物を仕留めるための準備をあんな些末な物で済ませるとでも?」


 オズの身体に表れ始めた僅かな変化が、悪寒の正体だとしたら……。それが完全な脅威となる前に対処すべきだ。チェシャ猫はサッとオズから離れ、落ちていたオズのサブマシンガンを構える。アリスの意思に従って命は取らない……が、せめて動きを止めなくては。ゆらりと立ち上がったオズの両足を狙い、引き金を引いた。


「少し、遅かったな」

「チェシャ! 後ろ!」

「なっ……!」


 引き金を引いた瞬間には確かにそこにいたはずのオズが、まばたきの隙をついたかのようにチェシャ猫の後方に回り込んでいた。アリスの声に反応し、咄嗟に身構えたチェシャ猫を、オズは腕一本で払い飛ばす。


「ぐあっ!」

「チェシャ!!」


 吹っ飛ばされたチェシャ猫は、うつ伏せで倒れたまま動かない。駆け寄ろうとしたアリスだが、金縛りにあったように足が止まってしまった。なぜならその視界に映ったオズの姿は、ついさっきサブマシンガンでフランケンを撃ち殺そうとしていた人物の姿とかけ離れていたからである。


「始末してやる……旧時代の遺物ども」


 まるで、人造人間がもう一体現れたと思わせるような姿だった。「白衣を纏った普通の(偉そうな)中年男性」の面影はどこにもなく、肌はレンガを思わせる茶色、爪と犬歯が鋭く伸び、髪は色素を失い真っ白に、そして……全体的な筋肉の量が倍増したかのように、体躯が異常なほど膨れ上がっていた。シルエットで言えばアメフト選手が最も近いのであろうが、内から溢れ出す殺気と狂気は、場にいる全ての者を窒息させそうなほど。

 アリスは直感する。人造人間を創っていたオズは、同じように自分の身体にもメスを入れていたのだと。考えてみれば、当然通る過程だ。自分の肉体改造に限界を感じたから、外側(・・)にスペアを創ったのだ。


「魔法具は、まだ機能しているか……。ならば、お前が最初だ、目障りな勇者」


 青黒い瞳がアリスを捉え、ダンッと一歩が踏み出される音。それらを認識した次の瞬間、姿を怪物のように変貌させたオズは、アリスの真横に立っていた。息を呑む間も与えずに、元の二倍以上の大きさとなったオズの掌がアリスの首を掴もうとした、その時。


 バサササッ、


「何だ!?」


 夥しい数のコウモリが、アリスに危害を加えさせまいとオズに群がった。視界を覆い、超音波を発し、行動を制限している。巨体となったオズの全身が黒いコウモリ達で覆われ、振り払うことに専念しなければ一歩も動けないほど、幾重にも幾重にも重なる。


「伯爵の眷属……?」


 アリスには、それぐらいしか心当たりがなかった。ともかく、今はチェシャ猫の容体を見なければ。オズが(パッと見た感じでも)何千匹(と思われる数)のコウモリにてこずっているうちに。


「チェシャ!」


 うつ伏せになったままのチェシャ猫に駆け寄り、座り込む。また、大きな怪我をさせてしまった。その事実だけが釘みたいにアリスの胸にぐさりと刺さり、手が震える。


「ごめん、チェシャ……私、」

「アリスちゃん、」


 手の震えを止めるように握ってから、チェシャ猫は「いてて……」と呟きつつ起き上がる。


「あー……意識飛びかけた……。てゆーかアリスちゃん、泣きそうになるの早すぎ。まったく、どこまで泣き虫なんだい?」

「だ、だって……」

「俺はまぁ、割と平気だから。それより、クラウ・ソラスの『(ドーム)』、そろそろ切れるだろ? 直後にあの大変身遂げまくった大臣サマを『(ドーム)』で隔離する……出来るかい?」

「……出来なきゃ、全員で逃げられないんでしょ」

「ああ、俺たちの生死はアリスちゃんの『願い』にかかってるってワケさ」


 挑戦的なチェシャ猫の笑みを前に、アリスは一呼吸おいて答えた。


「分かった、やってみる。それくらいしなくちゃ、『勇者』なんて名乗れないよね」


 直後、クラウ・ソラスの「(ドーム)」が霧散し、アリスの首元にアクセサリーとして戻ってくる。間髪入れずに発動させるのは初めてで、出来るかどうかはアリスにも分からない。が、自らに群がるコウモリ達を容赦なく裂いたり千切ったりするオズを見て、この時間稼ぎにも限界があることは分かった。


「俺はフランケンの状態を見てみるよ」

「うんっ」

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