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歪な(科学的)親子

  ***


 シグナス城の裏門から直線距離で約2キロ地点。やや高台となっている公園を駆け抜けるフランケン。その上空から降ってくるのは、銃弾の雨。フランケンを追う戦闘機に搭載されている、ガトリングによる攻撃である。

 逃げづらいと判断したフランケンは、その場しのぎで道に転がっていた石を拾い、上空の戦闘機に向けてビュンッと投げた。すると、その石は幸か不幸か左翼の付け根部分に当たり、亀裂を作る。フランケンとしては石を軽く放ったつもりだったのだが、相応の威力を持っていたらしい。左翼から黒い煙が昇り、機体が傾く。思わず足を止めるフランケン。と、戦闘機のコックピットから白いパラシュートが射出された。


「あれは……」


 無人となった戦闘機は公園を越えた先の街中に墜落し、目を凝らすフランケンの数十メートル手前にパラシュートのついた緊急避難ポットが着陸した。


「元気そうじゃないか。私の忌まわしき失敗作」


 プシュッと開いた扉から姿を見せるより早く、その声がする。一ヶ月半ほど前、フランケンの意識が「起動」した時、一番初めに耳にした声だ。


「人造人間には、循環器官や消化器官を組み込まないのが正解、ということだな。この地のような過酷な気候の条件下でも、稼働し続けるとは」


 目覚めた時と同じ、記録のために呟いているような語り口。そして、現れたのは強い風に白衣をなびかせる一人の男。エメラルドシティの住民たちとは違い、フランケンに一切の恐れを抱くことなくカツカツと革靴を鳴らして歩いてくる。


「俺を、連れ戻しに来たのか」

「いいや、不良品のお前にはもはや改修の価値もない。連れて戻ろうにも、愛玩動物とは話が違う。お前は、我が街の住民に恐怖を与え過ぎた」


 住民たちに受け入れられないことは、フランケン自身も理解していた。街へ出向く度に向けられる視線と声色……彼らの警戒心を感知するなという方が不可能である。


「しかし喜べ。エメラルドシティの大臣である私が直々に、このような北方の奥地まで、始末しに来てやったのだから」

「始末……。子殺し、というものか」

「子だと?傲りも大概にしろ、不良品。お前は言葉を発するただの機械だ」

「だが俺にとって、貴方は父という存在だ。書物から定義を得た」

「人間の定義を、機械のお前が口にするな」


 口調と声色からフランケンが受け取ったのは、オズの静かな怒り。赤々と噴き出るマグマとは異なる、たとえるなら、青々と揺らめくガスバーナーの火のような。


「これでも私は、反省しているのだ。お前に思考という機能を搭載してしまったのは、我が発明史上最大の過ちだったと」

「思考を持つ俺では、父である貴方の役には立てないのか」

「立つ方法ならある。なに、簡単なことだ。今ここで一切の抵抗なく……怪物として始末されろ!!」


 向けられたサブマシンガンに対しても、フランケンはさほど動揺しなかった。ついさっきパイパー率いる軍隊に四方八方から銃弾を浴び、それでも稼働に影響は出なかった。自分のボディは、銃火器で傷つけることができない仕様になっている。その認識から回避をせず、ただオズの表情を観察するフランケン。


「思考力と知識があっても、自身を構成する成分を理解していなければ無意味だな」


 嘆かわしいと言わんばかりにオズは呟く。同時に、フランケンは自身のボディに「何らかのエラー」が生じていることを察知した。


「お前には痛覚を搭載していない。そもそも不要なものだ」

「何故、不要なのだ。あらゆる生命に有ると、書物に」

「まだ分かっていないようだな……お前が生命(・・)ではないからだ!」


 オズの怒号を聞き、ようやくフランケンはボディを覆う表皮がボロボロと剥がれつつあることを認識した。骨格に用いられているチタン合金が見え、さすがにこのままオズの銃弾を受けていては深刻な損壊に繋がるとの判断に至る。

 パイパーの軍隊が撃ってきたものとどう違うのかは不明だが、フランケンは正面を向いたまま一歩一歩後退していく。痛みこそ感じないが、自分の動きが鈍くなってきているのは確かだった。オズの言っていた始末、というのは、丈夫なこの身体を破壊することを指していたらしい。


「わからない……」


フランケンの中にある最も古い記憶(データ)は、目覚めた時のオズの声だ。

―「名称はフランケン。試験的とは言え、出来はまずまずか。起動に必要な量のエネルギーを人工的に発生させられなかったのは課題だが……表皮の状態、感覚器官、ともにクリアだな」


 自分は何故、生まれたのか。オズは何を考え、何を期待して自分を創ったのか。自分はどのように、その期待を裏切ってしまったのか。何も、わからない。オズに向けられる怒りの理由も、エリーザが向けてきた視線の意味も、アリスや伯爵が向けてくれた信頼の根拠も。

 知りたい。叶うなら、今ここで思考が途切れる前に。知りたいと欲するのは、思考を与えられたからだ。


「……そうだ、俺は、そのために……貴方の元を出た」


 知覚した世界から与えられる情報はあまりに多く、フランケンの思考は混乱状態に陥った。脳――もとい、思考や判断に基づき動作を決定する中央処理装置(CPU)に感覚器官からの膨大なデータが洪水のように押し寄せたため、何もない場所を欲した。より情報が少ない所へ、感覚が刺激されない方へ……フランケンが辿り着いたのは、生命の気配が極めて少ない、ノザンの地だった。

 仮に思考を搭載されていなければ、人間と酷似した感覚器官を得ていなければ、オズの害悪として扱われなかったのか。しかしそれでは、プログラムのままに動くだけ。この地で、アリス達と語らうことすら出来なかっただろう。


「父よ……貴方は何故、俺に思考を……」

「私を父と呼ぶな!! この、怪物が!!!」


 オズが向けるギラギラとした視線に、フランケンは既視感を覚えていた。目覚めた日、逃亡しようと無我夢中で拘束を解いていくフランケンを、オズは今と全く同じ目で見つめていた。込められた感情は分からない。ただ、怒りだけではない、憎しみだけではない、何か別の感情がそこにはあるように思う。知りたい。きっとそれを理解できれば、壊される以外の関係性を構築できるのでは……――


「消えてなくなれ!!」

「やめて!!」


 脚や腕の表皮は4割ほど剥がれ落ち、厚めに創られている胸部の樹脂も損壊し始めていた。たとえ身体は動かなくなっても、思考はしていたい……。そんなフランケンの聴覚が、覚えのある声を拾う。


「どうかそれ以上撃たないで!!」


 サブマシンガンの連続した発砲音の中、確かに聞こえる女の声。


「……エリーザ? 何故、ここに……」


 目を凝らした先には、馬を走らせてこちらへやって来るエリーザの姿。必死に叫びながら一直線に突っ込んでくる彼女に、フランケンはまた疑問を抱かざるを得ない。


「彼はっ……フランケンは怪物ではないわ!!」

「部外者は黙っていろ!!」


 エリーザの訴えが、オズの耳にも届いたのだろう。しかしそれは、火に油を注いだも同然で。オズが半身を後方に向け、銃口がフランケンから逸れた。


「彼女を撃つな!!」


 中央処理装置(CPU)がどんな判断をくだしたのか、そもそもこれは「判断」だったのか。とにもかくにもフランケンの足は動き、跳躍とも言える歩幅でエリーザを庇いに走った。


「エリーザ、伏せろ!!」


 ガラス玉を思わせる美しい瞳を見開くエリーザは、馬上で身をちぢこめる。だが、銃声に怯んだ馬が前足を高く上げて悲鳴をあげるように嘶く。予期せぬ衝撃を受けたエリーザの手から手綱が離れ、彼女の身体は宙に浮いた。

 エリーザが壊されては、答えを聞けない。彼女のことを、守らなくては。後で質問をすると言った。彼女は、自分が答えられることならいくらでも、と応じてくれた。だから彼女は、壊されてはいけない。壊されるべきではない。彼女を……失いたくない。

 バラララ、と音を立てて飛んでいく弾を凌ぐ速さで移動し、フランケンは落馬しかけたエリーザを受け止めた。


「怪我は無いか?」

「貴方の方こそ!」

「俺は何とも…………!?」


 不自然に途切れたフランケンの言葉。それどころか、彼は膝立ちでエリーザを抱えた体勢のまま動こうとしない。その背後には、サブマシンガンに弾を補充するオズの姿。危機を察知したエリーザは、フランケンの正面に自分も膝立ちして呼びかける。


「どうしたの!? ねぇ、また撃たれてしまうわ! 逃げなくちゃ!」

「動か、ない……」

「逃げられないのさ。その不良品は今、君を庇おうとしたことで中枢器官を損傷したからな」


 近付いてくるオズの言葉にハッとして、エリーザはフランケンの背を見る。そして……驚愕のあまり、息を呑んだ。


「私がお前の壊し方を知らないとでも思ったか、フランケン。お前の思考と判断を司る中央処理装置(CPU)は頭部にある。が、お前の身体機能を司る中枢器官は背面寄りの左胸部に設置した。つまり、動作停止を狙うならばそちらを壊せばいい」

「壊すだなんて、そんな……そんな……フランケン! しっかりして!」

「エリー、ザ……」

「退いた方が賢明だ、古王国のご令嬢。私は軍人でない。よって武器を扱うのが不慣れでね……この距離でも、君に流れ弾が当たる可能性を否定できない」


 フランケンとエリーザから、オズまでの距離は約4メートル。装填し終えたサブマシンガンを構えるオズを前に、エリーザは震えを抑えられなかった。


「……どうして彼を、殺そうとするの?彼は私を助け、支えてくれたわ。最初は、怖いと思ったこともあった、けれど……」

「やれやれ。私は無意味な問答は嫌いなんだ。破れて着られなくなった服は捨てる、日が経ち腐った食材は捨てる、同じじゃないか。君にどう見えているかは知らないが、それは私の作品。私が戯れに創った、人形だ」


 エリーザは、サブマシンガンが向けられていることに恐怖しているのではなかった。銃を向ける男が、それこそ物を教える教師のように、フランケンを殺す正当性を淡々と論じている……狂気に満ちるのでもなく、当然だと考えている……そのことが何より、恐ろしかった。

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