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行き過ぎた挑発 ―庭園での交戦―

「ふぅん、この場にいるんだね、ボクのアリス」

「アンタのモンじゃねぇよ、ふざけんな」

「ああ! そうだった、まだ(・・)ボクだけのモノじゃなかったねぇ。けど時間の問題だよ。なぜなら、優秀な暗殺者(アサシン)であるボクはもう、キミの殺し方を把握してるからさ」

「そーかよ!」


 ジャックが指をパチンと鳴らすと、植え込みの中に予め隠されていた複数の豆粒から、一斉に鎖が生成され、ハンプティを拘束すべく伸びていく。


「面白い手品じゃないか。マーリンってのは手品師だったかな?」


 あからさまに挑発しながら全ての鎖を軽々と避けていくハンプティ。一方のジャックは、冷静になれと自分に言い聞かせながら、なるべく迅速に仕留めるべきだとも思っていた。見て確認できる範囲でも、ハンプティの装備はシンプルながらも自身の能力を最大限活かすための物ばかり。ダガーナイフ、小型スタンガン、閃光弾、発煙筒、(かぎ)付きロープ。体術のレベルも高く、またメインウェポンとしてナイフを所持している以上、接近戦は避けた方がいいと判断したジャックは、鎖を出現させる魔法を次々発動させながら、ハンプティとの距離を広げていった。

 その作戦に気付いているのかいないのか、思考を読み取らせない薄ら笑いのまま、ハンプティはジャックに話しかける。


「その様子だと、ボクがどうしてカーレンをキミにぶつけておいたのか、わかってないみたいだね」

「あの()をオズの赤い革靴(レッドブーツ)から解放させるため……なんてのは冗談だ。そこまでアンタはお人好しには見えねぇからな」

「キミをより早く仕留めるためだよ」


 ジャックは決して油断をしていたワケではなかった。ハンプティの体術や装備からあらゆる攻撃の可能性を考えつつ、対応できるであろう距離を保っていた。一つ手違いがあったとするならば、それは、ジャックの魔力の使い方そのものに隙があることを、ジャック自身が想定していなかったということ。言い換えれば、他のあらゆる者にとっては隙にすらなり得ないコンマ数秒が、ハンプティにとっては好機であるということ。

 コンマ数秒……ジャックが指の合図一つで発動する魔法は、豆粒から無数の鎖を生成するというものだけだった。それ以外の魔法を使うためには、新たな豆粒と別の詠唱が必要になる。

 すばしっこいハンプティの動きを止めるには、対フランケン時のような檻を出現させる必要がある……新たな豆を空中に弾いた、その一瞬だった。


「魔力保持者っていうのは、優劣が顕著だよねぇ」

「なっ……!」


 腰のベルトにあった鉤付きロープを、自分に向かって伸びてくる鎖に引っ掛けたハンプティ。鎖の長さが加算されたロープの端を握り、軽い助走をつけて近くにあった木の幹を踏み台にする。充分に取られていたはずの距離はその跳躍一つで縮まり、詠唱をする直前でジャックは地面に押し倒され、その喉はハンプティの左腕によって押さえつけられた。


「がはっ……!」

「キミは所詮、キミの師匠の足元にも及ばないし、まして代わりなんて務まるはずがないんだよ。そうだろう? キミの魔力発動条件には大きな欠陥がある。媒体()と詠唱が必須。ただの人間ならキミの魔力量に怖気づいてそんな一瞬つこうともしないだろうけど……ボクはそういうウィークポイントを突きつけるのが愉しくて仕方ないんだぁ」


 ハンプティによって圧迫されるジャックの喉は、ただ空気を通すことで精一杯のようで、きちんとした詠唱など出来そうにない。また、ハンプティの右足はジャックの左手の平を踏みつけて指を鳴らすことを防ぎ、左膝でジャックの骨盤辺りを地面に押さえつけていた。

 細身であるにも関わらずハンプティの力は強く、今にもジャックを窒息させてもおかしくないほど。息苦しさのあまり、ジャックは喉を圧迫してくる彼の左腕を退けようとするが、呼吸がままならないためか力が及ばない。


「聞けば、キミの師匠は杖一振りで何でもできたそうじゃないか。まったく憐れだねぇ、弟子に恵まれないっていうのもさ」

「て、め……」

「魔力消費させておく意味でもカーレンをぶつけておいたけど、過大評価だったかな。キミはボクの敵じゃない。せいぜい、そうだなぁ……ああそうだ、アリスがもっともーっとボクに憎悪を向けるための、糧になってもらうことにしよう」

「ぐあっ、」


 ハンプティの左腕が、よりいっそうジャックの喉を圧迫する。いよいよ必要な酸素量が喉から入らなくなり、力を失い始めるジャックの体。

 と、その時だった。


「ジャックさん!!」


 少し離れた植え込みからアリスが飛び出してきた。声を発したことで、ジャックがかけていた透明化の魔法は効果をなくし、その姿はハンプティにも映る。


「やぁアリス! やっぱり近くにいたんだね」

「ジャックさんを離して。貴方の目的は……私の声なんでしょ」

「そうだよ、だからこの愚かな魔力保持者をキミの目の前で始末するんじゃないか」

「そんなのっ……誰かを巻き込むなんて、間違ってる!」


 懇願しても聞き入れられないと分かっているアリスには、ハンプティの行動を批判するしか術がなかった。しかしハンプティは、アリスの震える拳を見て、嬉しそうに笑う。


「いいねぇ……もっとボクを嫌って、憎んで、恨んで、抗って、恐がりなよ! 言っただろ? ボクはキミが抱く、ありとあらゆる負の感情が欲しいんだ。ほぅら、無力な魔力保持者の惨めな最期をごらんよ」

「あ、ぐ……」


 自分の体重をかけるように、ハンプティの圧迫が強まっている。ジャックの声にならない音声が、その苦しみを表していた。


「や、やめてっ……」


 クラウ・ソラスを発動するとしても、ジャックをきちんと助けられるか、自信がない。その前に、発動したクラウ・ソラスが『(ヴェール)』になるか『(ウォール)』になるか、アリスにも予想がつかない。

 こんな時に、視界が滲む。泣いちゃダメだ。ジャックが殺されそうなのに。怖がっちゃダメだ。アリス自身がこのヘンタイを克服しないと、形勢逆転の道が開かれない。


「大好きだよ、アリス。キミのその、絶望を意識し始める瞬間の表情」


 ニヤリと笑ったハンプティ。背筋が凍ったアリスの目から、ついに涙が零れ落ちた。


「いや……、」


 その時、ハンプティの左腕がガシリと掴まれる。


「ん?」


 呼吸ができず体力的に限界を迎えているはずの、ジャックの右手だった。


「邪魔するなよ、出来損ない。このまま大人しくボクに殺され……」


 冷めた視線を落とすハンプティは、「何らかの気配」を察知し、ジャックの上から素早く退いて距離を取った。と、次の瞬間。ジャックの全身がライトグリーンの発光をし、彼は何事もなかったかのように立ち上がる。


「ジャック、さん……?」


 震えでその場を動けないアリスの呼びかけには反応せず、ジャックはただ、目の前で警戒して構えるハンプティの姿を捉えた。


「へぇ、今度はどんな手品かな?」


 挑発をやめないハンプティに向けて、ジャックは無言でスッと右手を向けた。すると、何の前触れもなく地面がひび割れ、無数の土の塊が宙に浮く。ハンプティだけでなく、アリスも違和感を覚えた。先程までのジャックと違う。豆を媒介にして詠唱する素振りがない。そして……


「消えろ」


 浮いていただけの土の塊は、ジャックの一言でハンプティに向かってミサイルのように飛んだ。早すぎたためきちんと見えないが、飛んでいく中で先端がとがった形状に変化しているようだ。


「おっと、」


 さすが優秀な隠密だけあって、無数の土の塊をひょいひょいと避けていくハンプティ。だが、その間も次々と庭の地面から土の塊が浮き、とがった形状になりながらハンプティに向けて飛んでいく。アリスが見る限り、どんどん生成速度が増しているようだった。


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