暗殺者の戯れ ―投獄―
「はっ!」
敬礼の後、パイパーは押してきた台車の布をバッと取る。見た目は直径3メートルほどの半球型の透明なカプセルで、物騒な感じはしない。が、この中に監禁されるとなれば話は別だ。
「立て」
「えっ……ちょ、ちょっと待ってください! 一体これ何」
「オズ様がお前にお与えになった質問の権利は、先ほど使い果たされたはずだが」
「わっ!」
縛った腕を掴んで無理に立たせ、非情な言葉と共に鈴をカプセルの入口から押し入れるパイパー。
カプセルの中でまた転んだ鈴は、何とか上半身だけ起こすが、入口はすぐに閉じられてしまい、それ以上どうしようもなかった。両手が縛られている状況では、カプセルを叩くことすら不可能。
カプセルの外で、パイパーが何かを入力しているのが見える。気付けば、鈴の頭上――カプセルの天井真ん中に、発射口のような物が現れた。銃口でないことを祈りつつ、とりあえず回避しようと膝で横に移動する。が、どうやら動く物体に反応する仕組みのようで、キュインと角度が変わった。
「何なの、一体……」
「お前が無実だと言うならば、痛みはない」
パイパーの言葉の意味を考えようとした、次の瞬間。発射口から溢れ出たのは、鮮血のようにおぞましく赤い光。
全身に降り注ぐ赤い光の眩しさによって目を閉じた鈴は、突如首元に焼けるような痛みを感じた。
「あっ、つぅっ……!」
まさか、ただの赤い光じゃなくて鉄を焼き切る的なレーザー光線なんじゃ……けれどそうだとしたら、首元だけに激痛が走るのはおかしい。思い切って目を開けた鈴は、驚愕した。
「……何で、コレが」
「やはり、お前の罪は重い。どうなさいますか、オズ様」
「出せ」
火傷に似た痛みの原因は、すぐに把握できた。浴びせられた赤い光は恐らく、「魔力」をあぶり出すためのもの。そして、鈴が持っていた「それ」が反応して熱を帯びたのだ。
パイパーの操作で赤い光がやみ、鈴はカプセル内から引っ張り出される。
熱くなった首元に現れたのは、見間違えるはずもない、鈴をこれまで何度も救ってくれた魔法具――クラウ・ソラスだった。
どうしてこんなタイミングで、というかそもそもこの魔法具は元の世界に帰った時に消えたはず……
「勇者アリス、やはりお前は危険因子だ。この際、マーリンのエサになるか否かは関係ない」
困惑する鈴に、オズが宣告した。
「明日の朝、お前を公開処刑する」
声が出なくて、聞き返せない。
「それまでは投獄しておく。パイパー、お前は装置を戻せ」
「はっ!」
「ハンプティ、いるか?」
「はい、ココに」
何処からともなく現れたのは、ややタイトな黒装束にスラッとした身を包んだ男。グレーのストールで口元を隠すその姿に、忍者のイメージも重なる。
「どんな御用で?」
「この女を最奥の牢へ連れていけ」
「承知しました」
クラウ・ソラスの出現と唐突な死刑宣告に、脳内でパニックを起こす鈴。その腕を引き立ち上がらせたハンプティという男は、「さぁ、牢屋はこっちだよ」と、パーティー会場に案内するのと同じテンションで鈴の背を押した。
***
長い渡り廊下を抜けて、広間があったのと別の棟に連れていかれる。外観から分かるのは7階建てで、全ての窓に細かい目の鉄格子が張られているということぐらい。
一度入れば、それこそ処刑される明日の朝まで出られる見込みはない……。そんな気持ちから、鈴の歩みは止まる。
「あれ、どしたの? 怖くなっちゃった?」
ほら進んで、と少し強く背中を押され、鈴は仕方なく入口をくぐった。
暗い廊下に不安は煽られる一方。今回は元の世界に帰る方法を探す前に処刑されてしまうんじゃないかと、そんな風に考えながら誘導されるままに足を進める。鈴の他にも収容されている人がいるのか、時折うめき声のような音が聞こえてくる。
「……あの、」
「ん?」
「もしかして、小路で私を捕まえたのって……」
「へぇ、よく分かったじゃん。覚えててくれたんだぁ、ボクの声。ご褒美に自己紹介してあげようか。ボクはハンプティ・ダンプティ。オズ様に仕える暗殺者で、基本は隠密担当なんだ」
隠密と聞いて、小路で全く気配を感じずに捕まってしまったことに納得できた。
「じゃああの、軍服の人は?」
「ああ、ペーター・パイパー? アイツは普通にオズ様の側近。つまりはアイツが表の仕事サポートして、ボクが裏の汚れ仕事をこなすってコト」
「……そう、ですか」
オズがいわゆる「独裁者」なら、歯向かう奴らは片付ける的な悪行にも手を染めているのだろう。そして、鈴を連行しているこのハンプティ・ダンプティという男が、一般市民には公表できない諸々を担っている。
じわじわと、心の内に恐怖が育っていくのが分かる。いや、オズが「処刑は明日」と言ったのだ。少なくとも陽が沈んで昇るまでは命が保障されているはず。
「ついでに1つ言っておくとね、」
「な、何ですか……?」
恐る恐る斜め後ろを見た鈴は、背筋を凍らせた。巻かれたストールによって口元こそ隠されていたものの、視界に入ったハンプティの目つきのいやらしいこと。せっかく整った顔をしてるんだから、もう少し真面目な表情をしていればいいのに。
反射的に息を呑んだ鈴の耳は、「ふふっ」と愉しそうな声をキャッチする。距離を取ろうにも、鈴の両手を縛るロープをハンプティが握っている。
「ボクの好みど真ん中なんだぁ、アリス。キミのその、恐怖で震える声」
ぐいっとロープを後ろに引かれ、よろめいた鈴の身体はハンプティに受け止められる。そのまま彼は片腕で鈴を抱きしめて固定し、耳元で囁いた。
「だから頼むよ……もっと、聞かせて?」
「や、やだ! 放してっ……!」
ハンプティの顔を見たくなくて、ぎゅっと目を閉じて暴れる鈴。だが、その反応は逆効果だった。
「あははっ! いいねぇ、アリス。もっともっと聞きたいなぁ」
うっとりするハンプティの声色と息遣いは、鈴の恐怖心を増幅させる。彼の狙い通りなのだろうが、それが分かったところで、裏をかく余裕など鈴にはなかった。
「いやっ……」
「うんうん、やっぱり極上だ……ボクの思った通り。ほら、もっと抵抗してみて?」
言いながらハンプティは鈴の髪にゆっくりと頬擦りをする。生暖かい感触の気持ち悪さに、鈴は可能な限り顔を背けた。
「やめて! 触らないでっ!」
自分は何か、とんでもなく罰当たりなことでもしたのだろうか。
何でまた予告なく別世界に飛ばされて、魔法の存在をほのめかしたとかいうワケ分からない罪で捕まって、24時間以内の処刑を宣告された上、こんなヘンタイに目をつけられなくちゃいけないのか。
自らの運命を呪い始めながら暴れる鈴に、ハンプティはなおも囁くように告げる。
「大丈夫、このまま襲ったりはしないから。ボクが欲しいのは『抵抗』と『拒絶』と『恐怖』であって、キミに性的快感を与えるつもりは全くないし、興味もない。だからアリスは安心して、ボクを嫌っててくれればいいんだよ」
「な、何……言ってる、の……」
「ああ、今のソレ、その声、すごくいいねぇ。最高にキレイだ」
耐えられない。ここまで話が通じない(というか一挙一動で背筋を凍らせにかかる)人は初めてで、鈴にはどう対応するのが正解なのか、見当もつかなかった。
ただただ心の底から湧き起こる不快感と恐怖が、鈴の思考を占めていく。けれどそれらマイナス感情に従って暴れるだけでは、ハンプティを興奮させるばかりなのだろう。
やめてと訴えるだけではダメだ。でも(今の発言から考えて)媚びたり懇願したりするだけでは通じない気もする。イチかバチか、鈴は大勝負に挑む覚悟で口を開いた。
「は、放してって……言ってるでしょ!!」
恐怖を払い除けるように声を荒げると同時に、鈴は足元を確認し、斜め後ろに立つハンプティの足の甲を、渾身の力で踏んだ。
どのみち明日の朝には処刑されるのが決まってるんだ。今この瞬間に怒りを買って、殺されるのがちょっと早まったところで変わらない。
むしろこっちの世界で致命傷を負えば、元の世界に帰れるかも知れない……前回チェシャ猫に全否定された考え方も、正直言うと鈴の中には選択肢として残っていた。
そしてどうせなら、出来る反撃は存分にしておくべきだ……そう、思ったのだ。
「つぅっ……!」
結構な痛みだったのか、ハンプティは握っていた鈴のロープを放す。依然両手は後ろで縛られていたものの、咄嗟に距離を取り正面から向き直った。
「……そっかぁ、本当にキミは、『勇者』なんだね……」
「い、意味分からないんですけど! てゆーか貴方、オズに命令されてたじゃない。私を投獄するためにここまで連れて来たんでしょ!」
「ふっ、はははっ! もしかして早く牢に入りたいのかい? キミって結構クレイジーなこと言うんだねぇ。それも勇者の素質ってヤツなのかな」
鈴は全力でハンプティの足を踏みつけてやったつもりだったが、長時間尾を引くほど大きなダメージにはなっていないらしい。若干悔しく思いながら、相当な仕返しをされるんじゃないかと警戒する。
ゆっくりと歩み寄るハンプティに対し、鈴もゆっくりと後退する。が、当然最終的に鈴の背中は鉄格子にぶつかった。