編み物少女 ―同居人―
ジャックの指示通りに彼女を椅子から抱え上げたフランケンは、アリスに言った。
「二階にベッドがある。そこの毛布を持ってきてくれないか」
「うん!」
揺り椅子から少し離れて落ちていた毛布を抱え、アリスは階段を上がる。二階はあまり使われていなかったのか少し埃っぽく、咄嗟に窓を開けた。冷たい風が入って来たので、慌てて半分閉める。換気のために仕方なく半分だけ開けた状態にし、ジャックが点滴用具一式を生成するのを待った。
同時に、伯爵はキッチンで湯を沸かし、温かいタオルを用意する。冷水に浸かりっ放しだったために冷え切っていた彼女の足を、アリスはタオルで拭いて温めた。
「出来たぜ。お前、俺の指示した所に針刺せるか?」
「ああ、教えてくれ」
さすが良くできたAIといったところか、フランケンはジャックの指示通り精密な処置を施した。ひとまずやれることは全部やりきり、二階の空気もだいぶ埃っぽさが抜けてきたため、アリス達は窓を閉めて一階に戻ることにした。ただフランケンが、もう少し彼女の呼吸が安定するまで傍で診ていたい、と言うので、話は一旦区切ることとなった。
「出会ってから一度も声を聞いてないってことは……フランケンも、彼女の名前すら知らないってことですよね。どうして編み続けているのかなんて、想像もつかないんだと思います」
「それを聞くまでは生かしてやりたいってことか?子供がぶっ倒れた親みたいに必死だったな、アイツ」
「食べ物や衣類とか、生活に必要なものを街から持って行ってたのは、彼女のためっていうのもあったんでしょうね……。だって、フランケン自身は飲まず食わずでも平気なはずですし」
「そーなのか?」
「私、オズの屋敷で資料を読んだんです。オズの大きな目的は、うーんと……滅びない自分を創ることだと思うんです。永遠に研究をして、街を司っていけるような……永遠の命を持つオズ自身をを創ろうとしてるんだなって、研究資料を見た感じで」
「子供に継がせんのじゃダメってことか」
「多分ですけど、子供も最終的には違う考えや価値観を持った別の人間になるだろうから……」
「なるほどなー……」
ぐーっと背伸びをするジャックに、アリスはふと問いかける。
「そう言えばジャックさん、彼女の治療って、その、魔法じゃダメなんですか? 点滴よりもパパッと治せるって思ったんですけど……」
「ああ、出来ないこたぁ無いんだけどな、まだ何が起きるか分かんねぇからさ。アレだ、温存」
「温存?」
アリスが首を傾げると、ジャックはその頭をくしゃっと撫でてはにかんだ。
「だってよ、俺がここまで来たのは嬢ちゃん守るためだぜ? 記録魔法の治癒は時間遡行が絡んで魔力消費が激しいんだ。無闇に使って肝心なトコで倒れたら、本来の役割を全う出来なくなっちまう」
「そ、そんな……私は、クラウ・ソラスもあるので……」
「ソレ、発動条件まだ不確定っつーか、色々不安定じゃんか。俺としては信用なんねぇの。嬢ちゃんを無傷で家に帰す。そのために俺の魔力はある、ってことにしといてくれよ、今は」
「……ありがとう、ございます」
急激に恥ずかしくなって伏し目がちに礼を言うアリス。そこで初めてジャックも照れくさそうに自分の頭を掻いた。と、ここでジャックが、何か考え込んだまま黙りこくっている伯爵の様子に気付く。
「どしたんだ? 伯爵さん。何かあったか?」
「……いや、彼女があんなになってまでセーターを何枚も編み続けているのが、とても気になっていてね」
「まぁ、気になるっちゃなるけどよ、俺らが考えたって本人が何も喋らないってんじゃどーしよーもないんじゃねぇか?」
「彼女のノルマとかでしょうか? 実家が洋服屋さんとか……」
「あるかもな、同じサイズのものを何枚も編んでるみてーだし。期限迫ってるのかもな」
「いいや……彼女が物を売る側であるとすれば、この小屋で編んでいるという状況と矛盾するんだ」
伯爵の指摘を受け、アリスも改めて考えてみる。確かにそうだ。物を作って売る人間ならば、人通りのある場所に店を構えるべきだ。近代レベルまで発展しているとは言え、この世界にはまだネット通販がない。歩き売りなんてすれば、手間と交通費ばかりかかって赤字一直線だ。
「じゃあ、誰かの代わりに編んでるんでしょうか?」
「分かった! 誰かに脅されてるか、負い目があんだ! それで彼女は自分の手作りだってことを隠したくて、こんな場所に一人で、」
「では、フランケンの居住を許しているのは何故だと思う? 編んでいることを隠したいのなら、逃げるか追い出すかしようとするはずだ。しかし、フランケンの話から推察するに、彼女は口こそ利かないものの、彼の居住を拒絶する素振りすら見せなかった」
そこまで論駁されては、ますます分からない。が、アリスはハッとして伯爵に尋ね返した。
「伯爵、何か気付いたことがあるんですか?」
「或る可能性を見つけたのだが……これは、三百年前を生きていた私の感覚からなる推察だ。この時代には当てはまらないかも知れない」
「教えてください。そんなこと言われたら、私なんて別の世界の人間なんです。もっと感覚ズレてますよ」
自嘲の笑みをこぼすアリスに、伯爵は「分かった」と頷いた。
「君たちも見たと思うが、私が違和感を抱いたのは、彼女の服だ。庶民的なデザインで作られ、汚れも少しあったが……アレは間違いなく純粋な絹だった。一般の町娘にはとても購入できる代物ではない。ああいった物を着ることができるのは、身分の高い人間を置いて他にいまい」
「それって、王族か貴族ってことか?」
「目測に過ぎないが、手足の筋肉量も一般市民に及んでいなかった。しかし、エメラルドシティの政治体制が王政でない以上、この推論は成り立たないと思ってね」
「いや、確かあったはずだぜ。ほら、俺が車停めてきた林のもっと向こう、ノザンの西の果てに。えっと……師匠の話じゃ、かつてフェンリルっつー獣の群れにしょっちゅう襲われてたせいで、今は国をまるっと高い壁に囲んでるとか……」
魔力と共に受け継がれたマーリンの「記憶」を引っ張り出しているのか、ジャックは自分のこめかみをぐりぐりと親指で押す。
「仮に、彼女がその王国出身の王族か貴族だとして、身分の高い人が睡眠もそっちのけで必死になってセーターを編み続ける可能性って……?」
「王女さんなら、ノルマだって言われても召使いとかに任せちまいそうだけどなぁ」
「その通りだ。よって考えられる可能性は二種類。いずれも魔力が否定されるこの時代では笑い飛ばされてしまいそうな話だが……一つは、強い祈りを込めたまじないとしての行為。もう一つは、予期せずかけられてしまった呪いを解くための行為だ」
「そんな呪術、俺は聞いたことねぇけど……まぁ、彼女が隔離された王国から来たかもしんねぇってなら、充分あり得るよな」




