思い悩む怪物 ―相談―
小屋の中は雑然としていた。たとえるならひっくり返されたおもちゃ箱、あるいは大掃除途中の子供部屋、といったところか。フランケンがこれまで街から奪ってきたものが、無造作に置かれているようだった。特に、机だけでなく床までも埋め尽くさんばかりの書物には、アリスも舌を巻いた。
「これ、全部読むの?」
「床のは読んだ。机のは途中だ」
「君は随分と勉強熱心のようだね」
「知りたいことがある。読めばわかると考えたが、未だ答えは手に入れていない」
床に散らばっている本は全て読み終わっているためか、フランケンは躊躇なしに踏んづけて小屋の奥へと歩いていく。一方、アリスと伯爵はなんとか足場を探しながら爪先立ちで後に続いた。
小屋の中は三つの空間に仕切られていた。床まで本でいっぱいになっているのはリビングとダイニングを兼ねているようで、小さなキッチンにも繋がっている。その奥に扉が二つ。フランケンは右側のドアを開け、アリスと伯爵に「座ってくれ」と促した。
「もしかして、前にエメラルドシティで私に『来い』って言ったのも、知りたいことに関係あるの?」
「ある。お前は、俺の知らない目をしていた」
「目?」
「隣の部屋にいる女性に、関係しているのかな」
伯爵が問いかけると、フランケンは頷きもせず、ただアリスをジッと見た。
そこに、コンコンと表の扉をノックする音。車を停めたジャックがやって来たらしい。「出迎えてくる」とフランケンは席を立ち、ジャックを連れて戻って来た。
「人の言葉は読むより聞く方が理解し易い。だが人は、俺を見ると罵声か悲鳴しかあげず、質問できる状況を作れない。仕方なく文字を読みあさったが、答えを得るには至らなかった」
率直な感想を言うと、アリスは感心していた。資料で情報はもらっていたが、ここまでフランケンが流暢に話し、思考し、さらに悩むなんて……体の大きさや見た目は一般人に恐怖を与えても仕方ないほどだが、中身だけで判断すれば一般人と何ら変わらない印象を持った。その状態まで成長したフランケンがすごいのか、そのようにプログラミングしたオズがすごいのかは、アリスには判断できないところだが。
後から来たジャックは未だ警戒心たっぷりで聞き返す。
「お前の目的は何だ? 街から物を奪って、こないだは爆発騒ぎだって起こして、オズに警告でもしてるつもりか?」
「貨幣経済のことを知ったのは本を読んでからだ。規律に反する行為を働いてしまったと思っている。先の爆発についても、薬品に関して無知だった俺の責任だ。死人はなかったと把握しているが」
「な、何だよソレ……」
嘘偽りの感じられないフランケンの返答に対し、ジャックは戸惑い言葉を詰まらせたが、アリスはどこか納得していた。創られた瞬間から大きな体を持っていただけで、彼は生まれたばかりの子供と同じ。知らないことが多いから間違いを起こすし、衝動的だったり本能的だったり周りを見ない行動を取ってしまう。確か、元の世界で小説を読んだ時にもそんな印象を持った気がする。
「貴方が反省しているのは分かった。でも、エメラルドシティでは貴方は怖い存在になってて、オズは軍隊を派遣して貴方を……罰しようとしてるの」
「死罪か?」
「……私は、そこまでして欲しくないと思ってる。だから軍隊の出動を待ってもらって、先にココに来たの」
72時間の猶予については、告げられなかった。なぜならそれはフランケンに与えられた猶予ではなく、アリスに与えられた猶予だからである。だが、やるべきことが見えてきた感覚もあり、僅かだが、アリスの中に希望が芽生えてきた。
「私は、貴方が街から書物を奪ってでも知りたいと思ったことを、できることなら解決したい。私が答えられることなのかは、詳しく聞かないと分からないけど……」
徐々に自信がなくなってきてフランケンから目を逸らしたアリスだが、フランケンは答えた。
「彼女は、お前のように言葉を発しない」
「え?」
「そのため、俺には彼女のことが何一つ分からない」
「つまり、彼女は君に会ってからずっと話していない、ということかな? 今も編み物を続けているようだが」
「怖がられてるだけなんじゃねぇのか?」
「では何故逃げない? 他の女は皆、俺を見てすぐ逃げた」
「んー……逃げたら食い殺されるって思ってるんじゃねぇか?」
「怯える者が、同じ屋根の下で編み物を続けている理由は何だ?」
フランケンから次々投げかけられる疑問に、伯爵もジャックも考え込んでしまう。アリスも考えてみるが、しっくりくる推論が浮かばない。
「貴方からは話しかけたの?」
「ああ。今は部屋にこもっているが、基本的に水を張った桶に足を入れて編み物をしている。眠りを削ってでも迅速に完成させたいのだろうと考えている。飲まず食わずになり手元が狂う様子もあった。それで、定期的にパンと水を近くに置くことにしている」
「ありがとう、とか言われないの?」
「何かを訴えようとしているようだが、いつも数秒俺を見て、すぐに編み物を再開する」
「もしかして、彼女は貴方に会う前から編み物を?」
「元々この小屋に住んでいたのは彼女一人だ。俺が初めてここに来た時から、編み続けている。何枚か出来ているようだが、満足していないらしい」
飲食や睡眠の時間も惜しんで編み物をする彼女に対し、フランケンは少なからずサポートをしていることになる。が、それに対して感謝の言葉一つもかけないのは、やや常識外れなんじゃないか……。考え込んだアリスは、フランケンに提案した。
「絶対に作業の邪魔はしないから、私を彼女に会わせて」
「俺は構わないが……」
答えかけたフランケンは、バッと振り返る。同じく、伯爵も隣の部屋で異変が起きたことを察知した。
「アリス嬢、残念ながら今すぐの対話は叶わないかも知れない」
「えっ?」
「見てくる」
フランケンがいの一番に部屋を飛び出し、隣の部屋の扉を開けた。続いたアリス達は、部屋の入口で足を止めてしまった。
「おい、しっかりしろ!」
入口付近、アリスの足元に転がった銀色のかぎ針。揺り椅子にもたれるブロンドヘアの彼女の顔色は青白く、完全に気を失っていた。傍らには、既に編み終わっているセーターの山と、その材料であろう草の蔓の山。彼女の膝上には編みかけだが完成間近に見えるセーター。
「おい! 大丈夫か! 起きろ!」
「あんま動かすな!」
肩を掴んでゆすり起こそうとするフランケンに、ジャックが駆け寄る。
「栄養失調で貧血起こしてんだ。体温も下がってんな……寝かせて点滴打つ」
「そんなものここには、」
「俺が作るから待ってろ! 冷水から足出させて、毛布でくるんどけ!」
「分かった」




