質問合戦 ―品定め―
「何だと?」
「教えてください。私が犯したっていう罪と、貴方の言う『崇高な理念』って何なのか。……お願いします」
自分でも今更だとは思ったが、印象を悪くしないように頭を下げた。
だが、数秒経っても彼の返答はなく、鈴は恐る恐る視線を戻す。そして、気付いた。彼はまるで、この世で最も危険な害悪を見るような軽蔑の瞳で、鈴を睨みつけている。
「あ、あの……」
「貴様、何処から来た?」
「え?」
「何故、どうやって、誰の意図で来たのかと聞いている!」
ピシャンッと叩かれた真横の大理石。反響の大きさもあって鈴は思わず目を瞑って身体を震わせる。
最悪だ、最悪の展開になってしまった。よく分からない世界に来て、よく分からない罪に問われ、よく分からない人に捕まり、よく分からない怒りを買っている……。
どうしよう、やっぱり普通に名乗れば良かったの? でも、この世界が前に訪れた「あの世界」であることは、ほぼ間違いないし……。
「黙秘するということか?」
「わ、私は……ただ、何も、分からなくて」
「その辺にしておけ、パイパー」
ムチを構える彼を制したのは、部屋の奥から聞こえて来た声。
鈴の正面には(パイパーと呼ばれた)軍服の男が仁王立ちしていたため、その向こうは見えなかった。が、どうやらもう一人いたらしい。そっと首を傾けてみると、部屋の奥、壇上に設置された高そうな椅子に、頬杖をついて腰かける白衣の男がいた。
いかにも「自分は偉い人間だ」という雰囲気を醸し出していて、鈴は直感する。この人物こそが、有名な「オズ様」なんじゃないかと。
「まさか、本当に現れるとはな」
白衣の男は鼻で笑い、椅子から立ち上がる。コツンコツンと勿体つけながら歩み寄り、鈴の前髪を掴んで上を向かせた。
「お前だったのか、伝説の勇者・アリスとやらは」
後悔しても遅いのだと、鈴は悟った。この世界は間違いなく、以前冒険した「あの世界」だけれど、状況はまるで変わってしまったらしい。
何たって大魔法使い・マーリンが悪者みたいに扱われているのだ。「勇者アリス」を名乗る存在が歓迎されるワケがない。
「パイパー、アレを持ってこい。この女が伝説の勇者であるならば、試す価値は十二分にある」
「畏まりました」
軍服の男・パイパーは速足で退室し、広い大理石の間には、鈴と白衣の男のみとなった。
未だ引っ張られている前髪が痛いが、鈴は思い切って口を開いた。
「……お聞きしたいことが、あるんですけど」
「奇遇だな、私もだ。どうだ? 一つずつ交互に、というのは」
「構いません」
この男が「オズ様」であるとすれば、絶対に逆らってはいけない……。そう考えた鈴の従順な態度に満足したのか、彼は乱暴に掴んでいた鈴の前髪を放した。
「お前が来たのは、お前自身の意思か?」
「いいえ……気付いたら、この街にいました。なので、私は……自分が、罪人として扱われる理由が分かりません。あの……教えて、いただけませんか?」
「お前が犯した罪は、魔法の存在をほのめかす発言をしたことだ」
返答はもらえたものの、まだ全てが繋がったワケではない。とりあえず、この世界では魔法は否定されていて、魔法について語ってはいけないらしい。
続けてどんどん質問したいのをグッと堪える。今、彼の怒りまで買ってしまえば、間違いなく命の危機に直結するだろうからだ。
だが彼は、(鈴が折角空気を読んで質問を堪えたにも関わらず)黙って鈴の顔を見つめる。この際だから、と、鈴も彼を観察してみる。
見た目の印象では30代後半から40代前半。やや白髪交じりの黒髪。背は175センチくらい。
「……お前のいた時代には、石碑は何枚あった?」
「石碑……えっと、4枚って聞いたことがあります。私は直接見たことありませんが」
確か、前にキャメロットの王宮でルーカンが「4枚」と言っていたのを思い出す。
鈴の答えに、彼は納得したような満足したような素振りをチラッと見せたが、質問の意図は分からなかった。しかし鈴には、もっと優先的に聞くべきことがあった。
「貴方は一体……いえ、貴方のこの国での役割は何ですか?」
この質問合戦をいつまで続けてもらえるか分からない以上、湧き起こった数多くの疑問をなるべく1つの問いの中で消化していく必要があった。
鈴の思惑を汲み取ったのであろう、目の前の彼は「ほほう」と少し感心したように(と言ってもやはり小馬鹿にした雰囲気は残っていたが)口角を上げた。
「ただの町娘よりは知能があるようだな。……いいだろう、答えてやる。この国において、私は『大臣』という役職に就いている」
鈴の直感は当たっていた。この白衣の男こそ、エメラルドシティを統べる大臣「オズ様」のようだ。
「が、お前が尋ねたのは『役職』でなく『役割』だったな。大臣という職が担う責務の幅は広い。外交は勿論、法の整備、そして維持、違反者への制裁。加えて私は科学者でもあるからな、市民の生活をより豊かにするための開発と工場経営・資金繰りの最高責任者も担っている」
鈴の知る限り、彼の創り出している状況を一言で表せば「独裁」だった。当然そんな批判を口にすれば即刻処刑されかねないので黙っておくが。
「さて、勇者アリス、私からお前への質問はこれで終いだ」
オズの視線が一瞬だけ横に逸れる。そちらにある扉が開き、先ほど退室した軍人・パイパーが戻ってきたのだ。大きな布で覆われているが、何やら大掛かりな機械を台車で運んできたらしい。
「私が知りたいのはお前の価値……たとえば、お前を3日後に処刑すると触れ回った場合、マーリンはお前を救出すべく動くかどうか」
「そ、れは……」
どういうことですか、と聞き返しそうになったが、かろうじて堪える。
オズの口ぶりから考えて、マーリンが生きていることは間違いない。魔法の存在が否定されるこの国で、きっと身を潜めているのだろう。
そしてオズはマーリンを探しており、鈴が利用できるかどうか、いわば「品定め」をしているのだ。
「どうした、答えろ」
「……マーリンさんとは、交流は、ありました……」
「2つ目の質問に対する答えからそう判断した上で聞いている。お前が『勇者アリス』として残した伝説は、どうやら5枚目の石碑に刻まれ、語り継がれているようだからな。ペンドラゴン王家の分裂と断絶の危機を救ったそうじゃないか。立派なものだ」
自分が魔法石を捨てに行った冒険は、そういう形で記録されているのか……と、少し意外に思う鈴。魔法石のことは一部の人間しか知らなかったからだろうか。
というより、「語り継がれる」という表現がされるほど「昔の出来事」になっていることが驚きだった。
いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。どうやって答えればいいのか、正解がまるで見えない。
「助けに来てくれるかどうか、決めるのはマーリンさんなので、絶対とは言い切れませんが……少なくとも、あの時は……無償で支援してもらいました……」
「……実に臆病な回答だ。己が傲慢な印象を持たれるのも、あの者の評価を落とすのも、避けたいといったところか」
「オズ様、こちらは準備完了しました」
「分かった、少し待て。さぁ、勇者アリス。最後の質問をしてみろ」
項垂れていた鈴は改めてオズを見上げてみる。やはり、彼の表情は何処か行き過ぎた自信に溢れ、ふてぶてしい。まさに、鈴の思い描く「独裁者の顔」そのものであった。こちらが質問を考える間をもたせるためか、白衣のポケットから小瓶を取り出し、錠剤を一粒口に含んで噛み砕いていた。
聞きたいことは色々ある。
魔法を否定するのなら、それこそ科学的な方法で鈴を今すぐ元の世界に帰すことはできないのか。パイパーに用意させた機械で一体何をするつもりなのか。この世界は、鈴が冒険した「あの世界」からどれくらい経っているのか。
しかし今、鈴の中で最優先される感情は、「疑問を解消したい」から「目の前のムカつく態度を一変させてやりたい」に変更された。
「……オズさんはこの国のトップで、何でもできるのに……マーリンさんがいると、一体どんな不都合があるんですか?」
ムカつく相手には真っ向から挑んだ方がスッキリするわよ、なんて、母の言葉を思い出した。まったくもってその通りだと実感してから、今度は洪水のような後悔が押し寄せる。原因は正面の問答相手……オズの顔つきが(身の危険を感じる方向に)変わったからだ。
「くくく……ははははは! 面白い、さすが『伝説の勇者』なだけはある! ……だが調子に乗るなよ」
「うっ、」
オズは最初と同じく鈴の前髪を掴み、グッと上を向かせる。
「どんな不都合があるかだと? 不都合がある前提で聞いてくるとは、結構な洞察力じゃないか。その通りだ、邪魔なんだよ。魔法使いも、魔力を信じる愚者共も。マーリンの存在は、私が科学で築き上げた地位を揺るがしかねない。……そしてそれは、お前も同様だ」
パッと前髪を離された鈴は、バランスを崩して床に倒れる。「痛っ」と鈴が声を漏らしたのは当然のように無視して、オズはパイパーに「始めろ」と一言指示を出した。