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不機嫌な軍人 ―ペーター・パイパー―

  ***


「資料室開放は21時までだ。以降は如何なる理由でも開錠しない」

「はい」


 オズとの交渉を終えたアリスは、ペーター・パイパーに連れられて特別な資料室に通されていた。部屋の隅にデスクが一つあるだけで、あとは床から天井までピッタリとした本棚が、人が一人通れる間隔でびっしりと並んでいる。これが全てフランケンに関する資料なのかと思うと、とても21時までに読み切れそうにない。知りたいことをピックアップしてから情報を探す方が早いだろう。

 考え込んでいたアリスはふと、すぐ横から視線を感じる。ちらりと目をやれば、強烈な憎悪を含んだパイパーの視線とぶつかった。


「な、何ですか?」


 まさか、21時までアリスを見張っているつもりなのか。そんな時間の無駄にしかならない仕事、(仮に命じられていたとしても)部下に投げてしまえばいいのに。


「あの、私、ここのファイル見てもいいんですよね……?」


 あまりにパイパーの視線が居心地悪いので、とりあえず正面の本棚から適当なファイルを取り出す。と、パイパーは睨みをきかせながら「元の場所に確実に戻せ」と返した。まさかアリスが資料室を荒らすとでも思っているのか。そんな、小学生じゃあるまいし。


「えっと……大人しく予習しているので、お仕事あるなら戻ってもらっても、」

「俺の今の仕事は、貴様の監視だ」


 オズとの取引で手駒になったとは言え、パイパーはアリスを全く信用していないらしい。そしてこの状況は、おかしな動きをしようものならいつでも契約破棄してやるぞ、というオズの圧力なのだろう。アリスも重々承知していた。少なくとも伯爵の身柄を引き渡してもらうまでは、とことん自分が不利であると。

 にしても、ここまで黙ったまま高圧的な視線を注がれ続けるのも精神的に参ってしまう。仕方なく、アリスはパイパーに話しかけた。


「……貴方はどうしてそこまでオズに忠実なんですか?」

「答える義理はない」

「私には、誰かに従う人の気持ちってよく分からなくて……この資料室を知ってるってことは、貴方は不老不死の研究のことも知ってるんですよね? オズの考え方は全部正しいと思って、従ってるんですか?」


 フランケンのパワーがどのくらいなのか、オズの表現するように言葉を発する機械でしかないなら、稼働条件や停止条件があるのか、欲しい情報を探しながら、アリスはパイパーに質問を投げ続ける。


「貴様は黙っていられないのか」

「貴方が話したそうにこっちを見てるんじゃないですか」

「抜かせ」


 カツカツとアリスに歩み寄るパイパーの足音。さすがに言い回しが挑発的過ぎたかな、と遅めの後悔をした。予想通りパイパーは苛立ったようで、身構えるアリスの首を掴み、本棚に押しあてた。


「うっ、」

「図に乗るなよ、俺はハンプティと違って貴様の喉に一銭の価値も感じない。オズ様の忠実な手駒でないと判断した瞬間、この首をへし折れる」

「……邪魔、しないで」

「何だと?」

「私、は……オズと、契約してる……。期間中に、危害を加えたら……オズの意思に、背くことに……なる」

「……貴様、」


 パイパーの指に力がこもる。条件付きとは言え、あくまでオズと対等な姿勢を崩さず渡り合ったアリスに、言い知れぬ憤りや憎しみを抱いているようだった。

 そして、アリスは同時に感じ取る。パイパーの指は「人間の指」ではない、と。とてもよく出来ているが、彼の左腕は義手らしい。

 パッと解放された瞬間、座り込んで大きく(むせ)こむアリス。その様子を意に介さず、パイパーは言った。


「貴様には分かるまい。俺の命は、この体は、あの方によって繋がれ、あの方のために在る。よって俺はオズ様に従っているのではない。俺はオズ様の手足なのだ」

「……オズの意思が、貴方の意思ってこと?」

「無論だ」


 思うことは色々あったが、これ以上パイパーの怒りをかって丈夫な義手で殴られでもしたら、ひとたまりもない。仕方なく今は黙っておくことにした。



  ***


 21時ちょうど、パイパーは宣言通り資料室を閉めた。フランケンの作成過程や実験記録を読んだが、今一つピンと来なかった。主な原因は、アリスに全く馴染みのない単位にあった。


「20万馬力って、どのくらいなんだろ……」


 馬力の他にも、フィートやポンドなど、アリスが(元いた世界含め)使ってきた単位ではなく、(多分すごいのだろうけど)すごさがあまり伝わってこなかった。

とりあえず分かったのは、フランケンがどうやって生み出されたか、そして、これまで何をしてきたか、という2点について。用意された一室のベッドに寝転がり、アリスは頭の中を整理する。

 ハイスペックな人造人間を作り上げたものの、オズの流す電気量ではどうしても起こすことが出来ず、最終的に落雷時の強い電流によって初めて起動させることができたらしい。また、作成当初は指示通りに動くAIを予定されていたフランケンだが、研究を進めるうちにオズは「自分の後継者」を欲したため、「思考力」という要素を追加した。結果、起動したフランケンは自らの思考・意思によって脱走し、現在はエメラルドシティに時々現れ、物資を奪っている。

 気になったのは、最初は食べ物ばかりを奪っていたようだが、だんだんと毛布や衣類などの生活必需品に手を出し始め、そして最近は書籍や遊具などの娯楽商品にも被害が及んでいる、ということ。思考力を持ったフランケンには、何か目的があるのだろうか。そもそも彼に食糧や衣類は必要なのだろうか。資料で見た限りでは、彼には消化器官も循環器官もなかった。本当にただの機械で、オズの表現も間違っていなかったのだと思う。

 とりあえず明日の朝、伯爵と合流出来たら相談してみよう……そう考えて眠りに就こうとした、その時。


「1馬力はね、1秒間に550ポンドを1フィート動かす力だよ」

「えっ?」


 飛び跳ねるように起き上がったアリスは、部屋の入口を見て息を呑んだ。確かに鍵をかけたはずなのに、来客がいたのだ。

 と言っても、出来れば今後一切関わりたくないと思っていた人物、ハンプティ・ダンプティ。一流の隠密である彼の前ではきっと、ドアのロックなど有って無いようなものなんだろう。


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