表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/71

雨の中の街 ―エメラルドシティ―

 ***

 

 幸い、地上の天気は雨だった。道行く人々は皆、傘を差し、足元に注意を向けている。豪雨と言われるほどひどくはなかったが、声を通りづらくさせる程度の雨音が街を包んでいた。

 エメラルドシティにやって来たアリスもまた、魔法で作ってもらったローファーを気にしていた。というのは、びちゃびちゃになる靴下を不快に思っているのではなく、全ての水滴を弾き続ける優秀さにただただ感動していたのだ。


「アリスちゃん、前見てないとコケるかぶつかるよ」

「あ、うんっ」

「しっかし雨雲ってのはマジですげぇな。昼間だってのにここまで暗くなるかよ」


 傘の空を見上げるジャックに、アリスは問いかける。


「そう言えば、ジャックさんが街で見たい物って何ですか? 私の目的は漠然としてるので、良かったら今からでも」

「おう! サンキュー嬢ちゃん。実はな、車が見てぇんだ」

「車?」

「それならそこかしこに行き来してるじゃないか。というより、わざわざ街に来なくたって、地下森林(アンダーフォレスト)から様子を見れば……」

「違ぇって! 俺が見てぇのは、内部構造だ。師匠に言われて気付いたんだけどよ、俺が豆から作れんのは、俺自身が構造を理解してるもんに限られてる。つーワケで、勉強しなきゃなんねー日々よ」


 頬をかく「まだまだ知らねぇことだらけだかんな」と謙遜するジャックに、アリスは感心の眼差しを向ける。

 知らないことを知りたい、考えて出来ることを探したい、ジャックの持つ好奇心と向上心には、に大いに共感できた。


「でも、どうして車を? 地下森林(アンダーフォレスト)で使うんですか?」

「ああ、あの森もなかなか広いからよぉ、そろそろ二足歩行だけじゃめんどくなってきたっつーか……。あとはまぁ、その……師匠の力になりたくてな」

「……もう立って歩くことも難しいみたいだからねぇ」

「えっ!?」

「驚くことじゃないだろ? アリスちゃんだって匿われてからあの人が歩いてる姿見てなかったと思うけど。力を使って自分の身体を移動させているだけなのさ」


 言われて初めて気付く。マーリンを襲っている「衰え」は魔力に限ったことではなく、身体機能にも及んでいるのだ、と。


「オズが企んでることなんざよくわかんねぇけどよ、少なくとも、車っつー移動手段ができたことは、プラスだったと思うんだよな」

「どーだかねぇ。少なくとも俺は、あの暗殺者が持ってた危険な道具とか生み出されてるあたり、信用できないかなぁ」

「そりゃそーかもしんねーけどよ、技術は確実にエメラルドシティの市民に還元されてんじゃねーか。そこだけは褒めてやってもいーんじゃねぇかと……」

「技術は、ね。確かにおっしゃる通りだよ、お弟子サマ。けど忘れてるワケじゃないよねぇ? オズの政策によって、大事なお師匠様は害悪とみなされてるコト」

「……ああ、わーってるさ。俺も、その害悪の一人だからよぉ。でもそんだけで、」

「ジャックさん、あまり言い争うと目立つので、やめませんか。チェシャの言い回しがムカつくのはずっと変わらないですし」


 オズの行いの善悪を問えば、価値観や立場からすれ違いが生まれるのは仕方のないことだ。とりあえず今は険悪なムードにしたくないと思い、アリスは咄嗟に口を挟んだ。


「アリスちゃん、今さらっと俺のこと貶したよねぇ?」

「だってチェシャ、いつも意地悪な言い方するじゃない。私は、ジャックさんの言ってることも分かるよ。便利なものを市民に広げたことは、オズの偉業だと思うし。けど……チェシャの考えてるように、隠してる情報が多いのは胡散臭い。表向きには禁止してるのに、裏ではそれを使おうとしてるなんて」

「……嬢ちゃんはすげぇな」

「な、何ですか急に」

「色んな方向から考えてっからよ。俺たちも見習わないとな、チェシャ猫」

「勝手に巻き込まないで欲しいんだけど。それより、車作ってるトコ見たいんだろ? 一体どこにあるのさ、製造工場」

「んー……工場なんざ地図にも載ってねぇし、わかんねぇな! だったら、カフェで聞いてみっか。喉を潤しがてら、どーよ?」

「私は賛成です」

「俺、甘いパンケーキ食べたいなぁ」


 三人の意見が揃い、近くの喫茶店に入ることになった。


 エメラルドシティに出向くための条件として、アリス達には2つのルールが課せられた。一つは、「マーリン」の名を決して口にしないこと。もう一つは、「魔法や魔力を肯定する言動」を見せないこと。このルールが破られた時、アリス達は街中に設置されている魔力探知機に引っかかってしまうのだ。

 頼んだ紅茶とケーキが出て来てからも、(その美味しさで一瞬思考が満たされたが、)アリスの緊張状態は解けなかった。



―「そもそも、エメラルドシティや周辺にある魔力探知機ってのは、俺のと違うんだよね」


 街へ行く前、訝しげに言うチェシャ猫に、ジャックが笑った。


―「そりゃそーだろーよ! お前さんのは生きた耳で、あっちは機械だぜ?」

―「そんな猿でもわかるようなこと、俺が改まって言うワケないだろ。それとも、君達の頭のレベルはそこから説明しなくちゃいけない程度なのかい?」

―「チェシャ!」

―「自分の感覚だから表現しづらいけど、俺の耳は魔力に反応する(・・・・)んだよね。目隠しされたまま何かを食べた時に、味で食材が分かるみたいな感じでさ。魔力専用の第六感、とでも言おうかな」

―「何となく分かるけど……じゃあ、オズが街中につけた探知機は違うの?」

―「多分だけど、俺の耳みたいな完全受信型ってだけじゃない。あんまり近付けないから正確じゃないけど、アレって時々魔力を探知するための魔力を放出してるんだ」

―「何だそりゃ? つまりアレは機械じゃなくて、魔法具ってことか?」

―「もちろん、魔力に関する単語に反応するように設定されてる機械でもあるよ。ただ、それだけじゃ黙ってれば魔力保持者だってうろつけるだろ?」

―「確実に炙りだすために、魔力を放出して探ってるってのか」

―「微弱でも、魔力保持者なら反応を見せるかも知れないしね。だからお弟子サマ、俺達が安全に街を歩くには、その魔力を反射でも無効化でもなく、通過させる仕掛けが必要ってことさ」

―「……わーった。作ってみるぜ」



 結果、アリスたちに用意されたのは、幻覚生成機能つきのマスク・手袋・タイツだった。それらは三人の外見を「全くの別人」として周囲に認識させる。更に、魔力探知機から発せられる魔力対策として、「通り抜けた魔力にそのまま直進通過する縛りを与える」という効果が搭載された。

 これにより、アリスのクラウ・ソラスやチェシャ猫の耳、そしてジャックの全身に溢れる魔力も探知されずに街を歩ける状態が完成した。


「よっ、お待たせ!」

「聞けたのかい? 見学できそうな工場の場所」

「おう! こっからもそう遠くねぇみてぇだ。食い終わったら行こーぜ」

「はいっ」

「別に急いで食べる必要ないよね? 折角だから、俺はゆっくりこのパンケーキを堪能させてもらうよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ