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Magie - Noir  作者: 斑鴉
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6 ギルゼリア  <灯は消え、檻は放たれ>

 父が消えてからなにがあったのか、セリアはあまり覚えていない。

 影からこっそり見ていたというフィミの話では――命こそ取りとめたものの、三日は意識が戻らないはずのウルザンドがセリアに窮地に駆けつけられたのは、フィミが自分の血を飲ませたかららしい――セリアは必死に泣き叫びながら、悪霊の浄化を続けるウルザンドの疲労と傷を、ずっと癒していたようだ。

 悪霊の最後の一人が虚空に還っていくのと同時に、二人そろって気を失ったらしい。その瞬間、セリアとウルザンドは抱き合うように互いの傷を癒した。そうしなければ、二人とも生命を落としかねない状態だったという。

 必死にフィミに頼みこみ、腕力で脅迫したとも言うが、そのことは口外しないという確約を取り付けてある。今ならクロへの偏見に巻き込まれても胸を張っている自信はあるが、男と抱き合って寝ていたなどという噂をバラまかれたら、二度と表を歩けない。

 フィミと交わした口約束を信じるつもりはさらさらないが、フィミのことだから、三日もすれば綺麗さっぱり忘れるだろう。

 二日が過ぎた。

 ナイアスと共に代行領主レナールと駐屯軍の隊長イズリットを失ったギルゼリアも、もう復興が始まっている。城と周辺は壊滅的な打撃をうけたが、街の大半は大きな地震に見舞われた程度の被害ですんだ。

 しばらくは食料難や夜盗、他の都市からの軍隊に怯える日々が続くだろうが。

 結局ネーバスは帰ってこなかった。ウルザンドやシドックの実力を評価しているためなのか、彼らと会うのを恐れているのか、遺跡の壊滅でギルゼリアへの興味を失ったのか、あるいは別の理由があるのか。セリアは知らない。

 傷も完治し、少なくとも表面上は、セリアも元気を取り戻していた。

 そして今、本来の碁盤目構造に戻った遺跡へ、新しい旅にでるウルザンドたちを見送っていた。

「北に行こうと思ってる」

 どこに行くのか尋ねるセリアに、ウルザンドは変わらない声でそう言った。

「あてが見事に消えちまったからな。ネーバスがどこに隠れたのかも見当つかんし、勘まかせだ」

 そう続けたのはシドックだ。

 セリアの隣では、フィミがいつもの太平楽な声をあげながら駆け回っている。

 珍しく口ごもってから、ウルザンドが言った。

「親父さんのこと、悪かったな」

「いいよ。父さん納得してたしね」

 あたしはちょっと、複雑だけど。できるだけ明るく答えたつもりだったが、そんな心のつぶやきも聞かれたような気分になった。

「で、セリアはこれから、どうするつもりだ?」

「あたし?」

 セリアは自分の鼻を指さした。

 まだ考えていなかった。視線が天井を見る。

「働けるところを探すわ。できれば魔法は使いたくないし」

「そうか……じゃあな」

 ウルザンドたちは、セリアとフィミに背を向けた。寂しさは感じなかったはずである。

「うん、じゃあね」

 だから、明るく二人を送り出せたはずである。


「いいのかよ」

 三十分も歩いたあたりで、それまで黙りこんでいたシドックが口を開いた。

 いまだに遺跡の道である。

 もうギルゼリアから出ているはずだが、果たしてどこまで続くのか。

 ウルザンドは立ち止まった。

「なにが」

「いいのかよって訊いてんだ。本気で置いてきやがって」

「忘れ物するほど間抜けじゃない」

「嘘つけ」シドックが苛立たしそうに台詞を継いだ。「セリア嬢ちゃんだよ。待たなくて構わないのか?」

「なんでだ」

「追ってくるかもしれないぜ?」

「馬鹿いうな」

 ウルザンドは肩をすくめて背後を見やった。

「本当にいいのか?」

 少し真面目に、シドックが問い直す。

 ウルザンドは小さく笑った。そして――――踵を返し、再び前に歩き始めた。

 

「いいの?」

 ウルザンドたちが去ってから三十分弱。

 二人が消えていった先を微動だにせず見ていたセリアに、フィミが言った。

「なにが」

「行かないの?」

 セリアはフィミの頭を小突いた。

「なに言ってるのかな」

「セリア姉ちゃん、追いかけたいんでしょ?」

「馬鹿いわないの。住んでる世界、違いすぎるもの」

「はい、これ」

 フィミが差しだしたのは、財布に使う革袋だった。

 重さとふくらみ具合から見て、結構な額があるだろう。

「ドリスちゃんから預かってきたよ。取りすぎたから、返してこいって」

「あんたたち、そんなにあたしを追い出したいわけ?」

「ホントにいいの?」

 大きな目を丸くひらいてフィミが訊いてきた。

「あのね、フィミ」

 遠くを見つめてセリアは答えた。

「あいつ、あたしの父さん殺したのよ? それで今度は、あたしの母さん追いかけて復讐するって言ってるのよ。それに着いてけって? 残酷なこと言わないで」

「でも兄ちゃん、きっと待ってるよ?」

 言葉に詰まった。

 セリアはウルザンドの進んだ方に目をむけた。

 先の見えない、薄暗い道がどこまでも続いている。

「ホントにいいの?」

 セリアはフィミの頭を小突いた。

 フィミは、あんず色をしたセリアの両瞳をじっと見上げた。

「頼まれたんでしょ? ネーバスのこと」

 セリアは黙って、灰色の天井の上にあるだろう青空をあおいだ。

 そして――――――        

                                                      <了> 


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