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七話 兵士長オットー

 それから数日後の夕食時の頃であった。

 ふいに家の扉が開き、兵士風の男が部屋に入ってくる。


「おかえり、父さん」


 ベルカンプは彼の剣を受け取り壁に立てかけると、桶を持って外へ走っていく。


「どうしたの? 3日で帰れるなんて珍しい。怪我でもしたの?」


 グラスに注いだ水をオットーに渡すと、彼はそれを一気に飲み干した。


「いや、まぁな」


 何か含む処がありありなのだが、とりあえずはと、自分の装備を解いていく。



 彼はここクリスエスタの兵士で、現在は居住区から一番離れた北門の門番長の役に就いている。


 北門は4つの門の中で一番人の往来が少なく、普通であるならば、門の責任者は幹部候補の騎士が受け持つのが慣習なのではあるが、平時のみの条件付という事で、唯一兵士階級のオットーが長を任されていた。


 彼の能力を評価するならば、特筆すべき技術はないが、何事も平均以上に卒なくこなし、袖の下を嫌う性質からか真面目に仕事をする兵士仲間から悪評が聞こえたためしがない。



 往来の少ない北門では袖の下が滅多に通用しない。

 すると、自然と他の3つの門に、という理由からなのだろうか、何かと装備に金のかかる騎士団からも北門の長にケチな噂が付くことは稀なのであった。


 よちよちと水を張った桶を抱えてベルカンプが戻り、オットーの前にドスン、と置いた。


「ご苦労さん」


 手拭いを持って待ち構えていたオットーがそれを水に浸し、首、うなじ、顔、脇の下と順に拭いていく。


「どうしたの? 3日で帰れるなんて体調でも崩したの?」


 ベルカンプも似たような感想を問いかけた。



 南門に位置する現住所から北門までは徒歩だと片道90分はかかる。

 馬でもあれば通勤は可能なのだが、袖の下を好まないオットーがそれを購入し、維持するには少々きつい給金であった。


 いくら人の往来が少ないとはいえ、怪しい人物の吟味には時間をかけねばならないし、雑務まで管理するとなると日が落ちる前に帰宅の途に着くのは難しい状況であった。

 そこで彼は北門の詰め所で寝泊りするのが通例となっており、3日程度で帰ってくるのは珍しい部類の短さであった。


「呪文少年、えらい事になったぞ」


 怒ったふうでもなく、試すような目でベルカンプを見つめる。


「なんだよその呼び方、まるで街中の噂みたいな感じでさ」


 ベルカンプは向かいの椅子に腰掛けた。

 もう少しで食事が出来そうなので片付けてしまおうとソシエは背中を向けている。


「その噂がな、とうとう北門まで届くようになってしまってな」



 元来、娯楽の少ない世界である。


 おかしな事や物が伝わる速度はすさまじく、ただ少年が年相応以上の言葉を使って話しかけるというだけの事案に尾ひれ背びれがついて、とうとう北の居住区まで届いてしまったようだった。


「なんでも、その呪文を聞いた人は、病にかかったり、商売が急に軌道に乗り出したとか色々説があるらしい」


「『なんじゃそりゃ』」


 興奮したベルカンプはつい日本語を口走ってしまう。


「お、聞いてしまった。病気になるかな、それとも出世して騎士にでも格上げになるかな?」


「アンタ通算で何回聞いたと思ってるんだよ! 呪文に効力があるならとっくに病死してるか、大将軍になってるわい」


「アッハッハッハ」


 豪快に笑うオットーと、フフフと背中で笑うソシエ。


「……まぁ人の噂なんて蓋を開けると、こんなもんだな」


 ふっと目を落とすオットー。


「でも兄さん。ベルには悪いけど、アナタを拾ってきた当時はね、それはもう不気味で不気味で少々後悔したもんよね」


 一瞬振り返り、兄のオットーに目配せをする。


「まぁ当時はな。なにせマチュラ語は話せないのに、わけのわからん言葉で呻いたり、喚いたり、今ならニホンゴっていう言語なんだと納得は出来るが、当時は本当に手の焼ける謎だらけの赤子だった」


 そこに椀に入ったシチューのようなものを持ってきたソシエが人数分をテーブルに乗せた。


「僕の当時の一番古い記憶がね、うわ! この人達外国語話してる! だったからね。マチュラ語を理解するまでは本当に世話かけてすいませんでした」


 形式だけちょこん、と頭を下げる。


「な~に~、ベル。貴方まさか、もう世話はかけてないとでも言うつもりなの~?」


 ニヤニヤとちょっかいをかけるソシエ。


「そんな事はありませんよ、いつもお世話になりっぱなしです。おかぁさま」


「独身の乙女におかぁさまと呼ぶな! ソシエでしょ!」


 まんまと仕返すベルカンプ。


「まぁまぁ、じゃれあってないで頂こうか」


「そういうけどさ、オットー。実際は結構僕も役に立ってるんだよ? この間なんか、ソシエの猥談につきあっ」


「わあああああああああああ」


「オットーじゃないでしょ! 父さんと呼びなさい!」


 ベルカンプは、めんどくせと心で叫びながらも、それでも、自分は良い兄弟に拾われたもんだと嬉しく思った。



 それでは『イタダキマス』と手を合わせ、匙でシチューをかきこんでいく。


 二人は聞きなれた掛け声に特に反応もせず、各々手を合わせ、祝福の言葉を述べて匙を持ち上げた。


「でもさ、我ながら思うんだけどさ、異国の記憶がある(コルタ)って不思議だよね。そういう(コルタ)って他にはいないもんなの?」


「う~ん……。俺もそんな話しは聞いたこともないが、明日、もしかしたらわかるかもしれん」


 ん? と、ベルカンプが匙を止める。


「そうだった。明日なんかあるの? それでこんなに早く帰ってきたの?」


 フーっと改まるオットー。


「実はな、呪文少年、の噂が北門どころか、どうやら王族にまで届いてしまったらしい」


 へーっとベルカンプ。

 眉をしかめるソシエ。


「それで、王宮から召集がかかった。明日、王宮でベルカンプの審問がある」


「えーーーーーーーーーー!」


 同時に二人して声をあげる。


「あ、あの、父さん? ニホンで見た絵本の話しなんだけどさ、魔女裁判ってのがあって、異端の女性に濡れ衣を着せて、焼き討ちにしたりっていう黒歴史があるんだけど……」


 硬い表情を崩さないソシエ。


「報告にきた近衛兵様の様子だとそんなに深刻な様子でも無かったんだがなぁ。俺は逆なんじゃないかなと、思ってる」


「というと?」


 ソシエが合いの手を入れる。


「貴族の子、見込みのある子供は6歳から学校に行くだろ? あれの見学の結果、ベルカンプは入学を拒否したじゃないか」


「あんなの行くだけ時間と金の無駄だよ。あれなら剣術の練習してた方がよほど身になる」



 ベルカンプは小学のレベルの低さに辟易していた。


 マチュラの小学の授業内容というと、文字の読み書き、算数の計算、道徳、お祈りといったものを6年かけてみっちりやる。

 構造がひらがなと同じマチュラ文字はもう既に読み書きが出来るし、計算といっても、3桁の足し算引き算に、能力の秀でた者のみ大学への予習ということで、掛け算、割り算の概念を教わる程度なのである。


 見学時にスラスラと足し算、引き算を解いたベルカンプは、卒業試験用にとっておいた割り算、掛け算の解を見たこともない計算方法で紙の余白を使い解いてみせたのであった。


「あの時の教員の驚いた顔と、不思議な解答方法が、やけに頭に残ってるんだが」


 無言で聞いてる2人にオットーは話しを続ける。


「不思議で不気味だが突出した能力を持つ少年を、王は断ずるだろうか? それよりも王宮に抱えて重用する方がよほど国の力になると私は思うのだが」


「私も絶対にその方が良いと思うけど、王の一存で決めれるものでもないんでしょ? 王宮には私利私欲の為に不利益な判断をする内官がきっといくらでもいるわ!」


 ソシエの反論に、オットーは楽観的な表情を崩さない。


「悲惨な事にならないと思わせる、前向きな報告も頂いている」


「なによ、それ?」


 ひと呼吸おいてオットーは、

「審問会には、大賢者ピエトロ様もご出席なさるそうだ」


「おーーーーーーーーーーーー」


 またしても2人で声を揃えた。


「あの方が関わって、子供が断首されるなんて話しは聞いた事もない。きっと城勤めの面接か、興味本位で呼ばれたかのどっちかだろう」


 ピエトロの名を聞いて前向きな表情に持ち直したソシエ。

 ベルカンプはおーと声をあげた手前、彼の名声以外あまりよくわかっていない。

 すごい人、知識が豊富な人、魔法なんか使えたりするのかな? そんな程度であった。


「というわけでソシエ、3人の服を用意しておいてくれ、明日の朝王宮に行く」


 シチューの鍋を抱えてきたソシエは、3人に残りを均等に入れるとはーい、と返事をする。



 ベルカンプは明日、確実に何かが終わり、何かが始まるのだろうと、予感がした。

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