六話 サルタの日
ベルカンプはあれからも日課の聞き込みを続け、エイブラと懇意になった日からそろそろ1年が経とうとしていた。
散歩から帰ってきたベルカンプは家事をするソシエの背中相手におねだりをする。
「ねぇ、今日は何を教えてくれるの?」
そろそろ6歳になろうとしている足をぶらぶらさせながら机につっぷしている。
「そうねぇ、私の知ってる事でベルが知らない事ってまだあるのかしらねぇ」
大分早くにベルカンプの質問に答えきれなくなってきたソシエは、それならベルの知らない事を私が勝手に毎日一つ教えるわと、代替案を提案した。
そういうルールに変えたのまでは妙案だったのだが、それでもそろそろネタが尽きかけてきていて、ソシエは毎日苦心する。
「そういえばさ、月に一度、夕方過ぎから女の人達だけで集まって、次の日の朝まで帰ってこない日があるじゃん? あれって一体何してるの?」
う~ん、と唸るソシエ。
「え? 何か言えないような事でもしてるってこと?」
なお、何か悩んでるソシエはやがて口を開く。
「ベル、あなた、以前私に話してくれた秘密って本当?」
ん? と、首を傾げるベルカンプ。
「ほら、自分は他の国で生活してた記憶が残ってるって。そこで暮らしてた時は16歳だったんでしょ?」
あぁその事かと、
「本当本当。僕が興奮するとうっかり呟いちゃう言葉ってその国の言葉なんだ」
「ニホンゴ、って言語よね。私もいくつか言えるわ! マジカヨーでしょ、フザケンナでしょ、バカジャネーノでしょ」
ゲラゲラゲラと笑うベルカンプ。
「上手い上手い。よく聞いてるもんだね。しかも全部汚い言葉っていう」
「え! そうだったの? 貴方そんな言葉ばかり使うんじゃないわよ! 覚えちゃったじゃない!」
「あはは、ごめんごめん。それで16歳が何か関係あるの?」
「いや、んー……。当時が16歳で、今が5歳だから、合わせて……20……1歳、って事になるわよね?」
「肉体年齢は5歳だけど、精神年齢は21歳だと僕も思ってるよ。0歳~3歳までの記憶はあんまないけど」
「……貴方がさっき質問した事って、多少性教育に関係する事なのよ」
なるほどな、とベルカンプは頷いた。
「すごく興味が沸いてきた。早く教えてください」
もぅ、と思いながらも他に教える事も思いつかず、ソシエはとうとう重い口を開いた。
「私達、コルタは貴方の国では、ニンゲンとかヒトとか言うんでしょ? そのニンゲンの女性には、月に一度生理的な現象とかは起きないの?」
「起きるよ。生理っていうんだけど、子供を生める状態になった女性が月に一度排卵をして、新しい卵をまた作り直すとかなんとか……」
「そうなの? 排卵? ってのはよくわからないけども、コルタの女性にもね、月に一度強く発情して非常に子供を宿しやすくなる日があるの」
「それがいなくなる日なの?」
「そう。昔の治安の悪い時代の名残でね、その日を狙って男どもが夜這いやら暴行を働く輩がいて、その対策として、その日は早くから女性だけで固まろうっていう由来で出来た風習らしいの。その日をサルタと言うのよ」
「へーー、そうなんだ。……ところで確認だけど、サルタの日に子宮から出血したりはするの?」
「え? なにそれ? 股から血なんか出て大丈夫なの? 大怪我じゃない!」
「コルタの女性は出ないのかぁ。姿形はニンゲンとそっくりなんだけど、やっぱ違うんだなぁ」
ベルカンプは以前自分の体を隅々まで眺めたのだが、人類と違う部分を発見できなかった。
「じゃぁ当然、お腹が痛くなったりもないと?」
「やだ、ニンゲンの女性って大変なのね、同情しちゃうわ」
ほんとだよな、と思いつつも
「出産は、お腹の中で赤子が育って、股の間から出てくるのでいいんだよね?」
「そうよ? 卵でもポンと産むと思った?」
フフフと笑うソシエの背中に、
「そこは、ニンゲンと一緒なんだなぁ」
と、ベルカンプもつられて笑った。
「あ、そうそう。サルタの日ってみんなで何してるの?」
「昔はね、結構厳格だったらしいわよ。お祈りしたり、共同で編み物したりなんかしてたらしいけどさ、今はもう宴会に近いわね。みんなでおしゃべりしながら持ち寄った食べ物を摘んで、気前がいい人なんかはお酒を持ってくる人もいるのよ?」
「それはそれは楽しそうでなにより」
「それでね、当然、交際中の女性なんかいるじゃない? その子にお酒を振舞って煽ってみたりするとね、私、今から帰るなんて言い出して、翌月には妊娠報告に来てやったじゃないなんて……」
はっとして家事を止めて振り向くと、ニヤニヤした5歳の子供がこっちを見ている。
「ベ~~ル~~。あなたねぇ、子供の癖に泳がせるの上手すぎるのよ! 言わなくていいところで止めなさいよ!」
「無茶言うなよ、それに子供の癖にって子供扱いするなら今の話しは少し早いだろ!」
「うるさい! 子供の癖に親に文句言わないの!」
「母親って呼ぶなって言ってたじゃないか! わかりました。すいませんでした、おかぁさま」
「うるさい! 母親だけどおかぁさまと呼ぶな! ソシエでしょ!」
「あ~も~『メンドクセー』。その辺もね、ニンゲンの女性そっくり」
「あ、ニホンゴ! また汚い言葉使った」
きっとどの国の女性も勘は鋭い生き物なのだろう。後日、サルタの日に性交すると女性の妊娠率は7割を超えるのだと教えてくれた。




