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五話 名は体を表さない

 あれから2年半が経ち、幸太は高校を卒業する頃となっていた。


 2年前のJJAXAの事故の責任で引率の大山が辞職させられそうな所を、幸太はPTAの会議中に飛び込んで大立ち回りをした。


 大山の目を盗んで勝手に禁止区域に入ったのは俺達のせいだから、どうか引率者の責任にしないでくれと必死に頭をさげた。


 両親がそれぞれ蒸発し、双子で安アパートで貧乏暮らしをしていた二人を元気づける為に、大山は部費で旅行に連れて行ってくれた。


 それなのに勝手に引率を撒いて禁止区域に入った生徒の責任を教師が負わないといけないなら、俺はそんな社会となんか関わりたくない。


 ちょっと含みを持たせるような感じで切々と訴えたら大山の処分は定年も近いという事で厳重注意だけでどうにか収まった。


 今年定年で一緒に学校を卒業する大山の為に、あれからも部活は辞めずに続けたし、同情する皆ともうまく立ち回ってきた。


 期末試験も終わり進学する気もすっかり失せた幸太は、卒業したら住み込みでどこかで働きますのでと、就職斡旋にも参加しなかった。




 なんとなく帰る気にもならんなぁと窓際で野球部の素振りを見ていると、教室に担任の渡辺が飛び込んで来た。


 自称某ドラマ主演女優にそっくりと豪語して一歩も引かない小柄でアラサーの女傑である。


「祝井君、教員用の駐車場にすぐ来て! 大山先生が待ってるから」


「え? なんすか? なんかありましたっけ?」


「……病院から電話があって、栄太君の容態が急変したらしいの」


 教室に残ってた数人がざわついた。


「あ、はい、すぐ行きます」


 パタパタパタと廊下を駆け出して校舎裏に回ると、大山が手をあげて待っていた。


 とりあえず乗ってと大山は運転席に乗り込み、助手席のドアを開けるとお願いします、とドアと閉める。


 車が走り出すと大山が声をかけてきた。


「幸太、すまんな、あんまり栄太の変化がないもんだから、ここ3ヶ月は様子を見に行ってなかったんだ。最近の栄太はどうだったんだ?」


「いや、俺だって最後に見に行ったのは先月の中頃ですよ。その時も2年前とおんなじで、なぁ~んも変化なかったっす」



 JJAXAの事故で倒れた栄太は近くの病院に救急搬送されたのだが、精密検査の結果、意識がない以外どこもおかしな所は見当たらなかった。


 当時は結構楽観的で、


「綺麗な顔してるだろ? 生きてるんだぜ、これ」


 とか双子ネタで鉄板のヤツをお見舞いに来た連中に言ったりするぐらい余裕があったもんだが、その状態が半年も続くと色んな感情が失せて結構どうでも良くなってきていた。


「あれから2年半経ちますが、変化があったのって今日が初めてですね。……どうやら悪い意味でになりそうだけど」


 幸太は投げやりに大山に告げる。


「幸太ぁ。そんな事言わないでくれ。俺はおまえに助けられて今日まで教員続けられて来たが、ハッピーエンドをまだ諦めてないんだぞ」


「ハッピーエンド、意訳すると祝いの終わり。どうやらその通りになりそうですねぇ」


 皮肉屋の幸太がフフっと笑った。


 言葉にならない表情の大山を横から幸太は眺めると、

「大山先生。もし栄太が死んでも、本当に責任なんか感じなくて良いんですよ。先生は俺らに旅行をプレゼントしてくれただけなんだし、あれで先生のせいになるんだったら、人の善意なんて怖くて出来たもんじゃないですよ」


 赤信号になり、大山は眼鏡を外すと曇ったレンズを拭き始める。


「あ~あ。しかし俺ら兄弟の名前ってなんなんすかねぇ、先生。祝井幸太に栄太ですよ。幸せそうな文字がいっぱい並んじゃってさ。誰だよ、名は体を表すって言ったヤツ。出てこいよってなもんだわ」


 信号が青に変わり、重力が前に引っ張られる。

 すると内ポケに入ってる携帯がピリリと鳴り出した。


「はい、え! ばぁちゃん。これまたえらい時にかけて来たね。うん、俺は元気。え? あぁ、それがさ、栄太の容態が急変したらしくて、大山先生に病院に送ってもらってるとこ。うん。うん。じゃぁ後で」


 携帯を閉じると大山が話しかけてくる。


「幸太のおばぁちゃんからか? えらく疎遠にしてたと聞いてたんだが?」


「あぁ~……。事故の時に緊急連絡先で電話がいったみたいで、それから何度か電話はしてるんすよ」


「会ったりはしてないのか?」


「栄太の顔は誰もいない時に見に行ったらしいよ。でも、蒸発した俺らのかぁちゃんをさ、俺ら以上にばぁちゃんは嫌ってて、なんか失踪届けを出して2年だかが経って、死亡認定されるまでは俺らに会わないとかなんとかって事らしいんだわ。あれから2年以上経ってるし、何か進展があったのかもね」


「先生そういうのに疎いんだが、そんな法律があるのか?」


「いや、俺もわかんない。ばぁちゃんの勝手な縛りプレイなんじゃないの? それか俺らに会いたくない言い訳にしてるかどっちかでしょ」


 ふ~んと言う大山の横でまた幸太の携帯が鳴る。



「はい、あぁどうも。…………はい。…………はい。……はい。今向かってますんでそれでは後ほど」


 幸太は携帯を閉じる。


「また親族からか? それとも病院から?」


 そう言う大山に、

「ちょっと喉が渇いちゃった。先生、そこの自販機の横で止めて」


 おし、とハザートを焚いて脇に寄せ、停車した。



 幸太は一息吸い込むと、ブファと唾を吐き出し、


「病院から。栄太、今逝ったって」




 10秒程固まった大山の眼鏡が途端に曇り


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁちくしょううううううううう」


 と、ハンドルに頭を打ち付けた。


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