五十一話 砦の主上ベルカンプ(第一部完)
盛潟よし乃邸の前にタクシーが止まり、後部座席から一人の青年が降りてくる。
あれから二十日と数日が過ぎ、幸太は無事普通自動車免許を取得し、まだ慣れない自宅に帰ってきた。
幸太が通った合宿所には田舎とあってユニークなサービスがあり、合宿参加者は小額で稲刈り機などの試乗が出来るオプションがあった。
倉庫に入っていた農機を覚えていた幸太は、せっかくだからと数日間農業機械の運転講習を受けてからの帰宅である。
馴染みの薄い鍵で玄関を開け、居間に腰を下ろすと気疲れの為か仰向けに転がる。
そうして小一時間も寝転がっていたのだがふと冷蔵庫が空なのを思い出し、まだ日が明るい内に買出しをすべく気合を入れて起き上がった。
バックから合宿所で買った若葉マークを取り出すと外に出て、軽トラのケツにバチンと景気よく叩きつける。
すると、倉庫の方からふと懐かしい気配がして思わず振り向いた。
幸太は振り向いてぞっとする。思い出した。あの棺桶はどうなったんだろう?
まだ日が暮れるまでにはだいぶ時間があり、幽霊や妖怪の類が出る雰囲気でもないのであるが、倉庫からは説明が難しい違和感が確実にあった。
ポケットから鍵を取り出し中を開けると、幸太が封印した棺桶がそっくりそのまま同じ位置で鎮座している。
幸太はその棺桶に手を触れてみると、確実に、何か違和感を感じるのである。
幸太はその違和感を確かめるべく、自らが貼り付けたガムテープを全て剥がし、恐る恐る蓋を開けてみた。
すると、中には十数枚の素材の違った紙が入っていた。
確実に中身を空にして封印したのだから既にもうおかしいのであるが、紙には何か書いてあり、それを読むべく幸太は蓋を閉めると体を反転させ、倉庫に入ってくる光に紙を当ててみる。
(テスト3。ただいま転送術のテスト中。幸太、この紙が届いたら届いたよって紙に書いて棺桶にいれてください)
なんだこれ? いかにも栄太っぽく書いてあるが、筆跡が似ても似つかない。
現時点でこんな事を出来るのは大山ぐらいしか思いつかないのだがそんな事はあるはずも無く、ちょっとムッとしながら次の紙を読んだ。
(テスト4。届いてませんか? テスト1と2で説明した事をもう一回書きます。幸太が棺桶に入れた物を勝手にこちら側に転送してごめん。でも色々役にたってます。双眼鏡は高そうだけど、こっちでもめちゃめちゃ重宝してるんだ。悪いね!)
なんとも摩訶不思議なのであるが、やはり棺桶に入れたものは手品でも泥棒に持ち去られたのではなく、どこかに転送されているとの事だった。
現実には信じ難い事なのだが、自分で確認した物が無くなったり増えたりしてるのだからこっちの方がぶっちゃけしっくりくる。
幸太は次の紙をめくった。
(テスト5。ほんとに届いてないの? あ、そうそう氷砂糖は懐かしかったなぁ。俺達が親無しになって貧乏生活をしてた時に甘いもんを口にしたくて仕方が無くて、お徳用の氷砂糖買って舐めてたよな。今いるとこはさ、食料事情が厳しくて甘いもんは助かるのよ。また棺桶にいれといてくれると嬉しいな)
栄太…………?
幸太は自分が泣いてるのも気づかず次々と羊皮紙をめくる。
(テスト6。おい、おまえ棺桶の中身みてねーだろ? 棺桶を壊されてないのはこっちからも感覚でわかるのよ。お願いだから棺桶の中を開けて見てみ? 物が無くなっても怖くないんだよ?)
(テスト7。モグラ族っていうアルマジロとハリネズミの中間ぐらいの生物に、棺桶に入ってた練りわさびを食べさせてみたら気絶するぐらい美味いんだそうだ。裏にmorigataって書いてあったんだけど、母方の名字って盛潟じゃなかったっけ? なんか関係あんの?)
(読んでないかもだけど、緊急だから書いておく。実は俺の住んでる場所に盗賊の集団が明日乗り込んでくるんだ。かなり分が悪くてさ、生き残れる可能性は半分以下だと思うけど、この紙の後報告が無かったら紙の内容は全て忘れてくれていいよ)
幸太の手が止まる。
栄太らしき人物のいる場所は、そんなに危険と隣り合わせの地域なのか。
祈るように次の紙をめくると、新しい文字が書いてあって幸太は安堵のため息をついた。
(奇跡と幸運の連続で、なんとか争いに勝利できました。が、悪い幸太! 勝利したらお礼するって色んな人に言っちまったんだよ! 頼む! この通り! 援助してくれ!)
ブフォっと思わず笑ってしまい、ニヤつきながら次を読む。
(おい! 一向に返事も棺桶に中身も入れてくれねーじゃねーか。おまえあれか? さてはこの棺桶不法投棄したべ? あと数日だけ待ってやる。あと数日動きが無かったら兄弟の契りを解消の刑だからな? そしたらおまえ、JJAXAで俺からぱくったコーヒーのつり銭返せや。その権利は俺には確実にある! 棺桶にいれておけ。後で回収するから)
この怒り方、そしてつり銭を返せとあの件を相手は覚えており、幸太はこの手紙で確実に栄太だと確信し、倉庫の中で咽び泣いた。
しばらく嬉しさと驚きで男泣きをしていると、背後にまた違和感がし、この違和感の正体を幸太ははっきりと思い出した。
栄太であった。二人で暮らしていた時背後に感じる栄太の雰囲気、二段ベッドで寝ている時下の階に感じる栄太の雰囲気。
あの感覚をフラッシュバックで思い出し、心地よい懐かしさに振り向き棺桶を開けると、新しい羊皮紙が一枚入っていた。
転送ほやほやの内容を読むと幸太は大爆笑し、涙と鼻水と笑顔でぐちゃぐちゃになりながら、
「栄太の野郎、俺を売りやがった」
と、独り言を呟いた。
書いていた内容は以下の通りであった。
(この棺桶は不法投棄です。持ち主は祝井幸太、今年小作高校を卒業の満18歳です。この棺桶を発見された方は、是非祝井幸太の住所を調べ上げ、確実に送り返してください)
ベルカンプは少々寝坊し、起きると部屋には誰もいなかった。
一昨日クラリス一行が砦に帰還し、数時間も色んな人からハグやらキスやら揉みくちゃにされたものであったが、あれから二日経ち、住民も平穏を取り戻しつつあった。
お腹が空いたなと思いながらもソシエも不在なものだから、ベルカンプは仕方なしに着替えると外に出て二人を探しがてら散歩をするのであるが、住民の影が全く見当たらない。
これは変だと思い広場の方に向かうと住民のほぼ全員が集まっており、住民がベルカンプを見つけると全員がそちらを向き神妙に構えた。
「どうしたのみんな? なんの相談?」
少々不安に思いながら住民に声を掛けてみると、みんな一昨日の顔とは違い真剣な目をしている。
ベルカンプはカーンを見つけると、
「カーン、調子はどうですか? 全身筋肉痛らしいけど、やっと歩けるようになったんだ?」
ベルカンプに声を掛けられてびっくりしたカーンは
「あ、あぁまぁな。……まだ全身バキバキだが、どうにか自力で動けるようになったぜ。もう自分でケツの穴は拭けるぞ」
そう言うと一人で豪快に笑うのだが、釣られて誰も笑ってくれないので空気を読んですぐ黙る。
「みんなどうしたの? なんでそんなに真剣な目をしてるの?」
ベルカンプは怖くなって質問をすると、ようやく代表してオットーが一歩前に踏み出し、ベルカンプの前に片膝を突いた。
「ベルカンプ様、この度の戦いの采配お見事でした。私達は全員、一人も欠ける事も無く命を救われた事に感謝しております」
そういうと、住民全員がベルカンプに深く頭を垂れる。
「ちょ、ちょっとやめてくださいよ! 父さん! なんだよその他人行儀は! 怒るぞ!」
ムッとするベルカンプにオットーが焦り、ケジメだから、ケジメだから今は堪えてくれと懇願し、ベルカンプはなんとか納得する。
「お礼ならあれからもう十分に頂きましたよ。もう十分です。お腹一杯です! あ、お腹空いてたんだった。ソシエ朝ごはん食べさせてよ」
後方でにこやかに微笑むソシエが、もうちょっとだけ待ってねとウインクする。
「ベルカンプ様、住民一同を代表してお願いがございます。私達の主になって頂けませんか?」
リンスが耐え切れずに前に出て発言すると、すぐ脇にクラリスが控え、リンスと同じぐらい強い意志を持ってベルカンプを見つめる。
「はい? ここはクリスエスタ領ですから、主はエスタ王と言う事になると思うんですけど……」
まさか下克上をしろと言われてるのかと恐怖におののくのだが、
「そうではありません。ここはエスタ王の領土ですから王は一人なのですけど、自活も許されております。自活を許されていると言う事は、この地域を発展させ、指導していく人物が必要だと言う事です」
あぁそういう事かと少し安堵するのだが、
「実は皆さんに謝らなければならない事があります。地球との転送を3度成功させたのですが、あれから向こう側に一切反応がありません。もう異世界から品物を取り寄せるのは不可能と考えるのが妥当だと思います。申し訳ありません」
そう言うと、ベルカンプは深く頭を下げた。
いやいやいやと住民全員が首を横に振ると、
「そんなのはかんけぇねぇ! どうでもいいんだよ!」
カーンが我慢出来ずに口を挟んできた。
「そら異世界の品物は便利だ。今回の戦いに決定的に役に立ったものもあった。でもな、重要なのはおまえの采配だよ。結局戦うのは体一つなんだ。おまえはまぐれだのみんなのおかげだのと言うけどな、一体どうやったらまぐれ込みで158対43の戦いで死者を出さずに勝てるってんだよ。俺達はな、おまえの才能に惚れたんだ。だから俺らの大将になってくれや! 頼む! この通りだ!」
酷く乱暴な言い方だが、的を得た発言にみんなの顔が和む。
ベルカンプはここで謙遜しても時間を延ばすだけだと思い、
「では、条件があります。僕はここの暮らしを根本的に気に入っていません。僕が指導者になるのだったらマチュラの常識を全て捨て、根本的にこの土地と概念を作り直しますけど、その際一切の反抗は認めません。それでもよろしいですか?」
実際にはモグラ族との共栄を考えてると発言し、皆の返事を待った。
「異論はございません。よろしくお願い致します」
住民が次々と片膝をついて頭を垂れ、カーンまでもがこの時は神妙に頭を下げた。
それを見たベルカンプはふぅっと一息吐くと、
「それでは、僕の力の及ぶ限り挑戦してみます。……皆の者! 私に付いて来い。必ず今より有意義な人生を歩ませてやる」
住民がさらに頭を下げ、後日カーンがベルカンプ様と呼ぶのだけは無理と言い張り、ベルカンプは主上と呼ばれる事になるのであった。
後のマチュラ史にこういう記述がある。
クリスエスタの名も無き砦に一人の少年が降り立ち、この少年は軍神の如き采配と数々の計略を以って158名の盗賊から一人の死者を出す事なく砦を守りきる。
この偉業はマチュラ全土を瞬く間に駆け巡り、その後少年はその土地にマチュラ史上かってない程の堅牢な砦を築き、そこに楽園を築いたと記された。
その土地で行われた新しい試みは100を優に超え、人々はその土地の数々の仕掛けと少年の名を文字って畏敬の念を込め、ベルトラップの砦と呼ぶようになり、悠久の歴史を刻んだと記されている。
~~~第一部~~~ 完
読破お疲れ様でした。ストーリーや展開に関しては、無い頭振り絞って一定の世界観を抱きながら出来たと自負しております。
感想、レビューなどを書いて頂けたら励みになりますので、何か感じてくれた方は足跡残してくれたら嬉しく思います。
2016年8月、第二部 ~戦後処理編~ 完結致しました。一部を読んで興味を持たれた方はそちらも寄って行ってくださいな。




