五十話 報告
クラリスを先頭に女、子供だけで編成された旅団は、ベクシュタの砦を目視出来る位置までやってきていた。
ベクシュタの兵士も突然現れた集団に異変を感じ、門前で騎乗し一行を待ち受けている。
すると、旅団の背後から1頭の馬がこちらに疾走してくるのを確認し、ベクシュタの砦は一気に緊張に包まれるのだが、その兵士がクリスエスタの作法で伝令の旗を掲げるのを確認すると、また緊張を解いていく。
ベクシュタの砦長と2名の護衛がもう少し歩み寄り、3者が荒野の真ん中で同時に落ち合った。
「一体何事かな?」
ベクシュタの砦長が尋ねると手短にクラリスが事の顛末を説明し、ベクシュタの兵士の顔色が一気に変わった。
下馬してクラリスの説明の間に息を整えつつある兵士が給水してやっと一息付くと、
「勝利! 大勝利でございます。ガライの女盗賊シーラ率いる盗賊団約150に対し、我が砦の防衛隊43は相手の殲滅に成功致しました!」
辺りからワァ~と歓声があがり、子供達が嬉しさの余り飛び跳ねている。
「お見事でありました! ……して、こちらの被害はいかほどで?」
砦長の質問に、勝利に浮かれていた住民が一気に静まりかえる。
それもそうであった。勝利の一報は聞いたのだが、自分の家族は無事なのか? 被害は如何ほどなのか? 一気に現実に戻されて皆兵士の次の言葉を神妙に待った。
兵士は懐から羊皮紙を取り出すと、それを読み始める。
「まず、シーラ率いる盗賊団は全滅。頭領であるシーラは戦死。交戦目的を詳しく聞くために、副将のバロル及び部下のビッツ、ゴヤ、雇われて参戦した火傷状態の2名の傭兵、計5名を捕虜と致しました」
「シーラ率いる150名を全滅…………凄い戦果だ」
ベクシュタの砦長が呟いた。
誇らしげな笑顔の兵士は続ける。
「続いてこちら側の被害ですが、砦長カーンは満身創痍ながら致命的な傷は無く、命に別状は全くありません」
住民がおぉぉ~と声をあげる。
「続いて兵士住民の被害ですが…………」
全員が息を呑んだ。
「中度の火傷が4名、太腿に刀傷1名、顎の骨折1名、腰の打撲及び右腕骨折1名、左手の二指損傷1名……以上です」
報告の過程が怪我の症状が段々大きくなっていくのを察した住民の表情が曇り、二指を損傷したと言う報告で住民達の眉が苦痛で歪む。
すると兵士の報告が突然終わり、皆、え? と不思議そうな顔で見つめ合っている。
「…………して、死者の数は?」
住民の意を汲んでベクシュタの砦長が質問した。
「死者は……ゼロです! 後の全員はほぼ無傷でございます!」
ギャァァァァァァという悲鳴に近い歓喜の大絶叫がベクシュタ砦の隅々まで響き渡り、両親を残して不安に押しつぶされそうになっていた少女達が、地面に体をバタバタさせながら大号泣している。
ここまで必死の思いで感情を押しつぶし、旅団を束ねてここまで連れてきたクラリスも、この報告でとうとう顔を覆うと地面に崩れ去り、感情の全てを涙と共に地面に流し込んだ。
(やってくれた! お父さん、お母さん、ありがとう。ベルカンプ様!)
クラリスはいてもたってもいられず、ガバッと立ち上がると一人大地を疾走し、1km程走ると少し落ち着き自分の役割を思い出して皆の元に帰っていった。
王の間で玉座に鎮座する王の前で、一人の騎士が報告の為片膝をついている。
「今回の顛末を報告せよ」
王が声を発すると、片膝をついていた騎士が立ち上がる。
左右に立ち並ぶ異様な顔ぶれに額に汗しながらも、朗々と自分が見てきた事を話し始めた。
遠征行軍の演習と称し、リラの村で感謝際の恩恵に預かり実に有意義な数日間を過ごした騎士団長代行のイグアインは、何かの気まぐれで帰りは砦周りで帰る事にした。
全員馬持ちとあって二日でベクシュタの砦まで目指そうと、ベナンの村から日も昇らない深夜から全速行軍を開始し、最前線の砦に辿りついた時は翌日の第二中天を少々過ぎた頃であった。
二つの山に囲まれた谷の入り口まで来ると異様な雰囲気を感じ、脇に隠れていた盗賊を発見して強めに問いただすと、自暴自棄に陥った盗賊が斬りかかってきた。
イグアインは肩と足を一突きし、動けなくなった所で拷問にかけると、最前線の砦を襲って逃げてきたと白状する。
それを聞いた行軍一行に一気に緊張が走り、一部は手首を斬られ悶絶している集団に充てると残りは抜刀して砦に早足で進軍した。
襲った盗賊の総数を聞き、恐らく砦内は地獄絵図かと想像していたイグアインが砦を目視出来る位置まで到達すると、辺りは盗賊の死体で溢れ、割と元気な住民達が門外で後片付けをしていた。
一方ベルカンプの方はと言うと、双眼鏡で見張りをしていた兵士が土埃が見えると叫んだ時はへたりと座り込み、まさか第二陣がハッタリじゃないとはと心底絶望したのだが、それが味方の騎士団と分かると、
「紛らわしいんだよ!」
と珍しく怒りを露にし、空の桶を蹴りつけた。
イグアイン一行にあぜ道と荒野を踏まないようにと出迎えを用意し、一行が砦内に入るとオットーと共に説明に入った。
手首を斬られていた一部に充てた騎士達が遅れて入門すると、ゴヤと名乗る少年を捕虜に抱えやってくる。
連中の世話係にとシーラが置いていった差配で、シーラを失ったゴヤがどうして良いかわからず、ゴヤは抵抗もせずに素直に縄にかかった。
「そう言えば、ベルカンプからウー(百人斬り)の申請がありました。砦長のカーンが100人斬りを達成したと申しております」
脇に控える錚々たる面子からガヤガヤと雑音が漏れる。
「それで、条件は満たしておったのか?」
エスタ王が問いかけた。
「それが……審議して頂きたいと思いまして。私には条件に合致するのか判りかねます」
イグアインは問題点を説明した。
ベルカンプの申請を受け、カーンの太刀筋が致命傷の盗賊の数をカウントすると、確かに102名であった。
その中には両手首を斬られ悶絶中の盗賊を含めての数であり、ほおっておけば確かにその内死ぬのではあるが、実際に心臓を止めたのは部下の騎士であり、これをカウントに入れて良いのかわからない。
次に戦い方に問題があり、イルファンのように単身斬り結んでの100人斬りではなく、脇に盾兵を置いて自分への攻撃を散開させていたこと。
背後に回らせないように、モグラ族を利用して脇に落とし穴を作って待ち構えた戦闘は、戦術と捉えるか共闘と捉えるかが曖昧な点。
最後に、カーンは戦闘中に何度も休憩し、給水や傷の手当を他人にやらせていた事。
これも補助や共闘にあたる可能性がある点を指摘した。
…………う~む。全員が考えを巡らせる。
「エスタ王、発言してもよろしいですか?」
挙手して脇から進み出たのは近衛兵のナンバー持ちでは唯一の紅一点、マリア・ゼマリアであった。
彼女はイルファンの許嫁でもあり、通り名を、ナンバーフォーとも呼ばれている。
「許す」
王は短く口を閉じる。
「イグアインが指摘する問題点、いずれもどちらにでもとれる微妙な案件であるのは確かです。しかし最重要なのはそのカーンとやらが、本当にウーの称号を名乗れるぐらいの武芸者なのか、まずはそこをクリアしてからの問題に思われますが皆様どうお思いでしょうか?」
ゼマリアはイルファンの許嫁である為、ウーに人一倍固執している人物の一人であった。
それ故に無抵抗の100人を並べて斬り結び、展開の妙でウーの称号を得ようとする人物なら絶対に認めないし、その吟味役には、腕力で劣る女でありナンバーフォーの位置にいる自分こそが最上であるとゼマリアは疑わなかった。
その意図を汲んだ王が、
「ヒポスロスよ、あの砦は自活を認めているが、それだけでは食うてはいけまい? 砦の兵士達の飯の種はなんなのだ?」
名指しされて財務長官のヒポスロスが一歩前に出ると、
「兵士達の胃袋を支えてるのはクリスエスタの兵士職である給金であります。現地が遠方な為年に二度、半年分の給金を持参するのですが、その給金で往来する商人から食糧などを買い、なんとかやりくりしているようです」
「次に給金を持参するのは何時になるのか?」
「はい。次回はちょうど一月後となっております」
王は顎に手を置き、
「では、その次回の給金の運搬を5日後に変更し、此度の勝利報酬として倍額を与えよ」
「かしこまりました」
「ゼマリア、此度の運搬の護衛、おまえに任せる。ついでにカーンの実力を検分してまいれ」
「ハッ、ありがたき御差配に感謝します」
王はイグアインに残りの報告を済まさせるとご苦労であったといって下がらせ、ここで報告会はお開きとなった。
王は近づいてくるイルファンを目に留めると、正面を向いたまま一息洩らす。
「おまえならこの戦い、どう戦うのだ?」
「……そうですねぇ。部下がいれば、一門に一人づつ仁王立ちして向かえ撃ちますが、私一人のみとなると、単独で突っ込み数を減らして砦に戻って守るぐらいしか思いつきませんね」
「勿論、勝つのであろう?」
「当然です。それは勿論なのですが、私にはどうやっても死亡者ゼロで済ませる作戦を思いつかないのも事実です」
「…………ベルカンプか」
王は異世界の知恵を持つ少年を思い浮かべ、どう対処すべきなのか真剣に頭を巡らせるのであった。