四十九話 決着
一体どこが間違っていたのだろう?
一体どこから間違っていたのだろう?
シーラはそんな事を自問しながら無表情で対峙する男を眺めていた。
時折り左右の荒野から矢が放たれるのだが、シーラに向かってくる矢は全てバロルが剣でへし折る。
背後に控える傭兵が散発的に放たれる矢のプレッシャーに耐えられず、また一人突っ込んで行きカーンの餌食になるのだが、シーラはそれを他人事のように傍観していた。
シーラはこんな体たらくになっても何も言わずに涼しげに自分のガードをするバロルに段々腹が立ってきた。
「バロル! おまえが砦なんか奪おうなんて提案するから採用してやったらこの様だよ! この落とし前、一体どうしてくれるんだい!」
シーラは微塵も思ってもない事をバロルにぶつけてみる。
「砦を奪おうという提案は5年の稼ぎを無駄にさせない苦肉の代替案だ。しかしこの展開は不運の連続とは言え、俺の助言や行動で回避出来る事が多々あった。そこは申し訳なく思う」
この期に及んでバロルはまだ正論を吐き、自らを戒めた。
とうとう我慢出来なくなったシーラは、
「いい加減にしないか! どこをどうやったらおまえのせいになるっていうんだい! アタシは今罵られたいんだよ。150名の傭兵を抱え、バロル、カノー、ウォーを部下に持つ頭領が、一体どういう差配をしたら前線の10人やそこらの首一つ獲れずに全滅するのか教えて欲しいんだよ!!!」
おそらく戦闘経験のない少女が頭領で手を振り上げ、かかれ! と命令していたら、多少の損耗はあるにせよ砦の連中が全滅していたであろう。
バロルが少し考え、
「推測だが、この顛末の原因は、おまえが中途半端に有能で、中途半端に部下思いで、中途半端に財を持っていたのがいけなかったんだと思う。どれかが少しでも違っていたら、きっとある程度の損失と引き換えに我々が勝利してたはずだ」
シーラはバロルの考察に目から鱗が落ち、豪快に腹を抱えて笑った。
「バロル! おまえは本当にたいした奴だ。こんなに的を得た答えを聞けるとは思いもしなかったよ。アタシも少しわかってきたよ。おまえが有能すぎる余りいつも手元に置きたがるのも原因だったね。最初からあの男におまえをぶつけていれば、おまえの命一つ程度で砦を手に入れてたかもしれないのにねぇ」
シーラがもし盗賊として有能でなければ、リラの村へ荷を降ろす商人なんか発見できなかった。
シーラがもし部下が命を張るぐらい思われてなければ、部下達はシーラの為に決死の覚悟で特攻などしなかった。
シーラがもし私財をあそこまで貯めてなければ、150名の傭兵など雇えなかったし、人数を分けて多方面から攻撃など出来なかった。
シーラがもしオットーとの論戦に後れをとり、オットーに言い負かされ逆上していたら日没まで待たなかった。
全てほんの少しのボタンの掛け違えでこんな展開になってしまうのは、それこそファルファーゾのいたづらなのであろうか、運命の妙とは不思議なものである。
バロルとの会話を楽しんでる間にさらに傭兵は数を減らし、いよいよ対峙する敵の大将は根性だけで立っているようであった。
やけに表情のスッキリしたシーラは、
「バロル、今更悪いけど相手の大将ぐらいは道連れにしたいからね、おまえの命使わせてもらうよ」
当たり前のように頷くバロルを眺めると二言三言打ち合わせをし、同時に前線に踏み出すとそれぞれカーンの左右に立った。
――――不味い。
左右に控える盗賊二人を見てカーンは死を覚悟した。
バロル程では無いにしろ、抜刀した雰囲気、足の運び方を見て、シーラもかなりの使い手であるのが感じ取れる。
立っているのがやっとの状態で同時にこの二人が攻撃して来たら……と想像すると、カーンはどう足掻いても自分の存命の可能性を見出せなかった。
カーンの脇に控える盾兵も疲労がとうとう限界に達し、今や左右に2名づつでぎりぎりの状態であった。
左舷に残るはメロゥとファンタの二人で、二人は幼い頃からライバル関係で競い合ってきていた。
あいつより先にリタイアするのだけは嫌だと、その気力だけでなんとか二人は踏ん張っている。
右舷はララスとカルツの二人で、左舷の相性を考慮して急造の編成となっていた。
じりじりとゆっくり間合いを詰めてくる二人の盗賊。
カーンはもう踏み出す余力がないので、攻撃されるのをただ待っている。
ジリッと一歩バロルが踏み出すと同時に、ギュルゥ~と風を切りカミュの矢がバロルを襲う。
バロルが剣の腹で当たり前のように矢を弾くと、それを合図にシーラがカーンの左側から飛び掛かり、一瞬遅れてバロルも右側からカーンめがけて跳躍する。
カーンは感覚で左側から攻撃が来るなと感じてはいたのだが、そちらに向き直る余裕は既になかった。
なのでそちらからの攻撃は完全に諦め、バロルの太刀だけはなんとか受け止めようと必死で歯を食いしばるが、その時、右舷の二人から何かが発射された。
左側からシーラの呻く声と、皮一枚でなんとかかわすバロルが大きく体勢を崩し、間髪入れずに放たれたカミュの矢をギリギリ剣の腹で弾くともう既に余裕が無く、ただ構えているカーンの剣に、カチンと自分の剣を合わせるだけですぐにバックステップした。
バロルは冷や汗を掻きながら幸運を神に感謝しシーラを見ると、胸部を真っ赤に染めたシーラが地面に這いつくばり呻いていた。
「シーラ!!!」
バロルはここ数年で一番の声を出し、敵対する相手も意に介さずにシーラの上半身を抱き抱えるとカーン達の前から後方に引きずっていく。
「……さて問題です……アタシとバロルが立ってるのがやっとの相手に同時に斬りかかりました。相手はどうなったでしょうか?」
苦しそうにそう言うシーラは、自虐的にハハハと笑った。
バロルは無言でシーラを見つめている。
「バロル……悪かったね。なんでおまえみたいなモンがアタシの部下に収まってたかうっすら気づいてたんだよ。どうせアタシの姿がおまえの死んだ恋人か嫁にでも似てたんだろ? おまえは無表情でひた隠しにするけどね、女のアタシにはわかるんだよ。……こんな事になるのなら一回ぐらい抱かせてやれば良かったねぇ」
肺に血が入っているのか、ヒューヒューと苦しそうに息を漏らす。
バロルは自分の感情を見抜かれてたのに一瞬驚くのだが、それでもすぐに表情を持ち直すと無言でシーラを眺め続けた。
「お取り込み中すいませんが、副将の方ですか? 提案があるのですが聞いて頂けませんか?」
不意に盾兵の後ろから幼い声がする。
「副将のバロルだ。……何か用か?」
「交渉なのですが、このままだとガライの盗賊がクリスエスタ領に戦を仕掛けた事実だけが残ってしまい、2つの都市間で紛争の種になってしまう恐れがあります。この戦いの決着として責任者が一連の事情を話す事がガライの住民の為になると思うのですが、そちらの方は重態のようですし、貴方が投降してくれるのなら、その女性を苦しまずに送り出してあげられると思うのですが如何でしょう?」
聡いバロルもこのままだと二国間の紛争になるというのは指摘されて始めて気づいたらしく、そもそも自分達が全滅するという考えが頭に無かったので考えが及ばなかった。
確かに自分達が個人的に起こした争いであったと証言が必要だと感じ、それと同時に目の前で苦しそうに息をしているシーラを楽にしてあげたかった。
「了解した。投降する」
バロルは剣をこちらに投げ捨てるとシーラから離れ、カミュの弓に狙いを定められながら兵士にボディチェックをされると緩く捕縛された。
入れ替わるように女性陣とベルカンプがシーラに近寄ると、シーラを肌着一枚にし、リンスが肺めがけて鉄針を突き刺す。
ブシュゥと血が噴き出し溜まった血が外に流れ出すと、シーラの苦悶の表情がだんだんと整っていった。
続いてハガを嗅がせ、痛みも麻痺しいくぶんもマシな顔になった所で縄で縛られたバロルが戻される。
「これで多少時間が稼げると思います。次に息が苦しくなったらうちの大将が介錯しますんで」
二人きりにしてやろうと目配せしてみんなを下がらせるベルカンプに、
「そこの少年。おまえは昨日オットーの馬の背に乗ってた奴なのかい?」
シーラが声をかけ、ベルカンプだけを引き止めた。
「はい、そうですけど……」
嘘をついてもしょうがないと、ベルカンプは素直に答えた。
「先程も交渉役を買って出てたけど、今回も前線に乗り込んで来てるし、おまえは一体何者なんだい?」
「……ガライの住民はご存知ないでしょうけど、実はクリスエスタに異世界の知識を携えた少年がいるって噂になったんですが、一応、僕がそれなんです」
「え……?」
盗賊にとって情報は黄金の価値がある。シーラ達の耳にも、そういう子供がいるという話しだけは人づてに伝わってきていた。
「なんでまたそんな少年がこんな砦へ?」
「いや、育ての親共々左遷されまして……到着したのがつい10日前なんです」
クックックック……シーラはまた可笑しくなり笑い出した。
つくづく自分には運が無いんだなと思うと体の奥から勝手に笑いがこみ上げてくる。
「なるほどねぇ。それでやっと理解したよ。なんだいあの盾は? 盾の中心から小槍が飛び出してくるなんて初めてみたよ」
「一晩で鍛冶屋に急造で作ってもらったんです。どうやら鍛冶屋の腕が良かったらしく、まっすぐ飛んでくれたようですね」
おかげでこの様だよと、口角をあげながら手を広げるシーラ。
ベルカンプはバツが悪そうに笑った。
「そっか~……。敗因の原因はそんなところにあったか……」
ため息をつくように呟くシーラに、
「いえ。敗因の根元は、お二人が盗賊家業を始めたのが原因です」
…………は?
ポカンと口を開けるシーラに、
「そもそも、人様の物を奪って生きちゃいけないでしょ! 僕は親に人の物を勝手に盗んじゃいけませんって教わりましたけど?」
長い間盗賊家業を生業にして生きてきたシーラは、至極当然の事をすっかり失念してしまっており、6歳の少年の声色で当たり前の事を諭されたシーラは自分の罪深い人生を初めて思い出した。
今度こそ本当に目から鱗が落ちたシーラが走馬灯から戻り、
「少年よ。おまえの家族と仲間の生活を脅かし、本当に、本当にすまなかった。許してくれ」
神妙に頭だけで視線を落とし詫びを入れると両手をバロルの頭に持って行き、最後の力を振り絞って耳元で何か囁くと、頬に口づけをしてぐったりと力尽きた。
ベルカンプが無言で振り向くと、両肩を抱えられて歩いてきたカーンが剣をシーラの首筋に近づけ、バロルを見つめる。
バロルは少し呆けた後にカーンの視線に気づき、やがて無言で首を縦に振ると、カーンはシーラの首に介錯の太刀を入れる。
急速にシーラの目の色が褪せていき、シーラの生涯はここで幕を閉じたのであった。
「カーン、ラストー!」
20m程先で抜刀し、完全に尻込みしている盗賊2人をベルカンプは指差すと、それに気がついた盗賊が死を覚悟してこちらに襲い掛かってくる。
その内の一人があっという間にカミュの矢で絶命し、残り一人となった所でカーンは最後の力を振り絞り、一歩だけ左足を踏み出すとおおきく振りかぶって自分の片手剣を投げつけた。
その剣はマチュラの重力に負けることなく見事に盗賊の胸に突き刺さり、最後の敵はそのまま大地に崩れ落ちたのであった。
それを見届けたカーンも膝から崩れ落ち、
「もう無理だ。今はケツの穴を拭く余力すらねぇ、漏らすぞ」
と言い残し、意識を失った。
こうしてカーン率いる谷間の砦の戦いは、砦側の完勝という形で史実に名を残す事になるのであった。




