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四話 質問少年始動

 少年は歩きなれた道を景気よく闊歩する。


 ここクリスエスタの街並みは、レンガと石畳で作られた16、17世紀のヨーロッパ風といったところだろうか。


 ヨーロッパ風と言えば聞こえは良いのだが道の衛生状況はあまりよくなく、場所によっては2日前に降った雨の水溜りに糞らしきものがプカプカ浮いていたりして、下を気にせずに歩くのはなかなかスリリングである。


 それでも流石に大通りとなるといくらもマシで、飲食店の前ともなると床に座っても尻が汚れない程度には気を使われていた。



 少年は歩きながら人並みを吟味する。身なりはどうか? 泥酔具合はどうか? 忙しそうにしていないか?

 すると、パン屋の前の椅子に座りパイプに火を付けようと風向きを気にしている紳士風の男に目が留まった。

 慌てて駆け寄り、両手で風が入らないように壁を作ってやる。


「おお、すまんな少年、……よし、おかげで火がついたぞ」


 フーっと肺に一息入れると、ゴソゴソとポケットをまさぐり銅貨を一枚取り出した。


「いえ! 気持ちはありがたく! でもお礼を頂けるのでしたら、一休みの間お話に付き合ってもらえませんか?」


 少年は問いかけた。


「ん? 金がいらんとはいいとこの出なのか? その割には身なりは市民風じゃし」

 紳士の目は少年を舐めまわす。


「はい、その先の長屋住まいのごく普通の市民の子です。ですが、お金よりも人と話す事の方が楽しくてつい」


 少年はわざともじもじしながら答えた。


「ほぅ。よくわからんが、一服の間に会話に付き合うのぐらいはおやすいご用、お付き合いいたそう」


 多少、裏があるのかと半信半疑の紳士はそれでも返事を返した。


「ありがとうございます」


 少年は紳士に一礼し、それではという態度になった。



「まず、差し支えなければご職業とか聞いてもよろしいですか?」


 ぎょっとする紳士。


「おまえ、年はいくつだ?」


「5歳になったばかりです」


「なんで5歳の子がこんな切り出し方が出来る? それに会話の第一声が俺の職業だと? おまえ何者だ!」


 きょとんとする少年。身構える紳士。


「ちょ! ちょっと待ってください! 僕がこんな話し方なのは色んな人と会話して真似した処世術ですし、僕は知りたい事、知らない事が多すぎて、その人の職業から得意な分野を聞こうとすると、第一声が大体こんな感じに……」


 会話の最中にピン、ときた紳士は3秒ほど少年を見つめ、

「おまえ、ここ最近の噂の奴だな? 人に質問攻めして呪文を呟く子供がいるとかメイドが言っておったわ」


「え! 噂になってるんですか? それは知りませんでしたけど、呪文、というか、興奮すると変な言葉呟いたりするのは事実です」


 フーンという感じで紳士が黙っているので、

「逆に僕が質問されてるじゃないですか! 僕は、聞きたいの! 知りたいの!」


 ちょっと子供っぽく言ってみた。


「あぁ悪い悪い、身分不相応な話し方しやがるから詐欺かと思って警戒したんだが、噂の奴となるとこっちも興味が出てきたぞ、なんでも聞いてくれ」


 それではと再度改まり、

「ご職業は?」


「商人だ。クリスエスタとガライの商品を売り買いして、差額を儲けている」


「へー、ガライですか。マチュラ最大の都市ですよね、向こうの様子はどうですか?」


「そうだなぁ……。一言で言うのは難しいが、猥雑で、一貫性が無く、賄賂がきく。かな」


「賄賂がきくとなると、憲兵や兵士の訓練度や躾がよくないと?」


「まぁそうなるな。噂では、市長が政治にあまり興味が無いようで、宰相以下の内官が代行してるせいだとかなんとか」


 ふんふんと首を縦に振る少年。


「なんだ少年、商売でも始めるつもりなのか? こいつは将来手ごわい商売敵になりそうだ」


 少年は慌てて手を振り、

「違います違います。流れでそんな話しになっただけで、僕が一番聞きたいのは……そうですねぇ、この世界の事です」


「……この世界の事というと?」


「例えば、医療とか、どんな生き物がいるとか、魔法…魔術の存在はあるのとか、そんなんです」


 フーっと一息ついて紳士は答える。


「ずいぶんと少年らしい質問になって来たじゃないか。……そうだなぁ、魔術師にあった事あるぞ」


「お、おおーー!」


 キラキラと瞳を輝かせる少年。


「そ、それでその魔術師はどんな魔法を使えたんですか? 呪文を唱えると空から雷が落ちて来たり、手の平から火の玉が飛び出たりするんですか!?」


 途端に目にシワが出来る紳士。


「ハッハッハ。絵本の物語じゃあるまいし、そんな魔法は大賢者ピエトロ様でも不可能だと思うぞ」


「え? そうなんですか? じゃぁその魔術師はどんな魔術が出来たのですか?」


「ワシが出会ったのは農村でな、麦を買取る約束をしておって出向いたんだが、その年は麦の発育がずいぶん良くなかったようでまだ収穫もされてなかったのだよ」


「ふんふん。それで?」


「……どう見ても私との取引期限の10日後まで収穫なぞ無理な状況だったんだが、そこに現れたのが魔術師だったんじゃ」


「……杖を振りかざすと、辺り一面小麦色とかですか?」


 ハッハッハ。紳士はパイプを吹かす。


「いやいや、そんな目に見えて変わるもんじゃないが、土を掴んでいじったり、夜も麦畑に入って何かしてたようじゃった」


「へ、へ~~」


「その日から3倍速ぐらいで麦が見る見る成長しだしてな、とうとう前日に刈り入れ出来るぐらいになっての、ワシと契約してた量だけとうとう揃えてしまったんじゃ」


 少年は思ってた魔法と違うもんだからつい、『地味だなぁ』と呟いてしまった。


「ん? 今なんて言った? 聞きなれない言語だったが?」


 はっとなった少年は、

「あ、これが噂の呪文って言われる奴なんですかね? 咄嗟に口に出ちゃうんですけど、大した意味はないんですよ」


 ふぅん、と紳士。


「でもそれは魔術なんですかね? たまたま天候がよくなって一気に成長が伸びたとかそういう可能性はないんですか?」


「う~ん…………。ワシとの取引の為に刈り取った麦以外、まだ穂先が青々としておってな、その麦らの収穫日はそれから18日後だったらしいぞ」


「そうなると、明らかに何らかの力は働いてる、って事ですかね?」


「ワシが見たかぎりは、そうじゃった」


 フーっと最後の一息を吸い込むと、コンコンと燃えカスを床に落とす。


「あ、休憩終わりますか? 面白い話しが聞けて楽しかったです」


 紳士の横で体育座りしてた少年も立ち上がり、尻をパンパンと叩いた。



「少年、名前は?」


 立ちあがりながら紳士は尋ねた。


「ベルカンプです。みんなは僕の事をベルって呼びます」


「ベルカンプか。ワシはエイブラ、なんでも卸すが、麦は少々コネがあるから得意としておる」


 そういうと少年に手を差し出した。


 ベルカンプはその大きな手に申し訳無さそうな小さな手をねじ込むと、

「エイブラさん。また見かけたら声かけていいですか?」


「あぁいいぞ、おまえとの会話は退屈しなくて済みそうだ」


 最後は子供らしく、バイバイーと手を振ると少年は走り出した。

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