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四十八話 戦闘開始7

 アラームが鳴り、左手を押さえたカーンが帰ってくる。


 ドカッと座るカーンの右手をゆっくり剥がすと、カップ麺の蓋をめくったように手の甲の肉は皮一枚で繋がっていた。

 カーン含め安堵の表情を浮かべる一同。


 だがアクタの肩を支えながらリタが戻ってくると、

「アクタ、左手の薬指、小指を欠損。出血が止まりません」


 アクタと恋仲でもあるリタが悲痛な声を張り上げた。


 ベルカンプはそれでもリンスにカーンの治療を優先させ、残り一本となった予備の片手剣を両手で持つと宣言したカーンが治療を終えて前線に戻っていった。


 入れ替わりでアクタを座らせ、苦しそうに呻くアクタをリンスに見せると、リンスはハガを炙りだし、3度、4度と吸いこんだアクタの苦悶の表情が緩和していく。


 ゆっくりと押さえてた患部を開くと、指三本を残し見事に袈裟斬りに斬られていた。


 太い血管が切れているのか、ドクドクと流れ落ちる血を見てリタは顔を覆うのだが、止血しようとするリンスに患部を消毒して待つようにベルカンプは指示し、救急箱を漁ると戻ってくる。


 手にはセロックスマスターと書かれた最新の止血剤セットを持っており、ベルカンプは口にペンライトを咥えながら裏の説明書を読みつつ、開封してその粉を患部にふりかけた。


 30秒もすると患部が凝固しはじめ、続いて止血パッドで斬られた箇所をペタンを覆うとすぐに出血は収まり、それを見たアクタが穏やかな表情に変わる。


「アクタ、お見事でした。あの絶対絶命の状況から指二本だけで命を繋ぐなんて、相当の技量が無いと不可能な事は僕ですらわかります。最上の仕事でした。後はゆっくり休んでください」


 そう言うと前線に声を張り上げる。


「アクタは二指を損傷! だが出血は完全に収まり経過は良好である。皆の者、アクタのように最後の一瞬まで命を諦めるな! 腕や足の一、二本ぐらいくれてやれ! 異世界の治療薬でいくらでも治してやる」


 完全にハッタリなのだが前線の全員がアクタの様子が気がかりであり、前に集中しきれていない所であった。

 そこへベルカンプのこの声が聞こえ、心強い激に皆、握力が戻ってくる。


 盾兵達の久しぶりの「オゥオゥオゥ」という掛け声に、無意識にふらっとアクタが立ち上がり、

「俺もまだやれる……」

 と体重を前に傾けた所でベルカンプの手がアクタの体を引き戻し、少年の非力な力でアクタは椅子に戻される。


「残念ですけどハガを吸ってしまいました。この状態で前線に行くのは仲間に迷惑がかかります」


 少年の力に抵抗出来ないほど力が抜けているのをアクタは悟り、口惜しそうに右手でベルカンプの手を握った。


「後を……皆を頼む」


 絞り出すような声で呟くとアクタは我慢出来ず、少年の胸に額を付けた。


 ベルカンプはアクタの後頭部を優しくポンポンと2回叩くと、 

「アクタのその傷は、砦を救った救世主の証になるのだ。もう一度言うぞ、よくやってくれた」


 その言葉を聞いたアクタから嗚咽が漏れ、つられて何人かの女性がもらい泣きしている所にベルカンプはリタに耳元で指示をし、アクタに肩を貸しながら南門に戻っていった。




 一方戦況はというと、セジュの死亡で決した感があった。


 前線の指揮官が撃たれた事で士気が下がりきり、有象無象と化した盗賊達は食料の事情で逃走を計るわけにもいかず、偶発的に飛び込んでくる盗賊をカーンが両断するという流れになっていた。


 この光景を見ていたベルカンプが色気を出し、ホウガに臨時で前線を任せるとモグラ族の追い込み漁であぜ道に逃げ込んできた盗賊の止めをカーンにやらせる。

 こんなもの他の誰かにやらせろよと憤るカーンを、意味があるからとなんとか宥めすかし残党を処理させると、2回目の5分休憩で股間を押さえたがに股のカーンが前線に戻る。


 すると、前線に引っ張られるように最後尾のシーラがライトに照らし出され、とうとう目視出来る位置までやってきていた。

 アクタを砦に預けたリタはベルカンプの指示通りに動き、カミュに追加の矢を持参し、オットーに報告して住民を含めた兵士の増援を計った。




 シーラを眼前に捉えつつも三度(みたび)間延びする戦況に、ベルカンプは少々配置を変更する。


 盾兵の数を左右5枚から3枚に減らし、残りは後方の椅子に座り住民にマッサージされながら待機している。

 カミュをカーンのすぐ後ろまで押し出し、左右の荒野にモグラ族を先導させて弓兵を3名づつ忍ばせるとカミュと三方向から射掛け、少しづつ削られて我慢出来ずに特攻してくる盗賊を、カーンは一人、また一人と屠っていった。



 カーンは既に疲労度が深刻で、リタに指示して持ったこさせた立て板に寄りかかって休んでいた。

 椅子に座ってしまったら立ち上がる気力もないぐらいで、全身既に傷だらけなのだが、右腿の斬り傷が多少深いだけで、適切な応急処置のお陰で血液が足りない事はない。


「カーン、見たところ後10人程度ですけど、どうですか? もう下がります?」


 ベルカンプが出したある色気(●●)を休憩中に聞いたカーンは、

「…………まだやる」

 と、かすれるような声色で呟く。


 カーンは説明するのが面倒な程疲労しているので口には出さないが、ベルカンプの色気よりもシーラの脇に控える男がいる限り下がれないのであった。


 ベルカンプですら少し楽観的になってきてしまっている現状をカーン一人だけは正確に把握しており、体力を温存しているシーラとバロルが連携すれば、砦の兵士40名というのは少しもセーフティリードではないのであった。


(最悪、どちらかと俺が相打ちになれば、後はカミュがなんとかするだろ……)


 カーンがそう思っているとアラームが鳴り、寄りかかっている板が90度に立てられると、残酷な程重い自分の体重が両足に乗りかかってくる。


 なんとかその足で前線に戻ると、小脇にわずかに抱えた部下を背に茫然自失しているシーラとなんとなく目が合い、カーンは自然と口角があがった。


 この一夜の決戦も、いよいよ終わりを迎えようとしている。

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