四十三話 戦闘開始2
一ラウンド目のボーナスステージが終わり、それからは間延びした戦いとなった。
盗賊もこちらの正面に立つ体躯の大きな男の力量に一目置くようになり、最前線で対峙する連中は中々仕掛けてこない。
普段のカーンならば我慢出来ず、自ら3歩4歩と踏み出し相手をなで斬りにするのであるが、今回は実に涼しい顔で盾兵の真ん中に収まっている。
その風景に我慢出来ず、後方でカーンの剣技を目視してない連中が数分ごとにカーンや盾兵に突っ込み、その度に両手首から先を失くして後方に引っ込むというシーンが繰り返された。
そろそろその攻防がパターン化され正面から誰も突っ込まなくなり始めた頃、ソシエとベルカンプが懐中電灯に照らされる位置まで前進する。
ソシエはベルカンプの背中をポンと叩くと、
「ねぇ、あの人達、なんで横から攻めてこないの? 頭悪いのかなぁ」
いかにも言わされた感たっぷりでベルカンプは発言した。
正面から挑めない盗賊達は危険と理解しつつも、暗闇の中そろそろと脇の荒野に足を踏み入れている最中であった。
その怪しすぎる言葉を聞き、8割が脇からの挟撃を諦め正面の道に戻ってくる。
勇気ある2割の盗賊は進軍を続けるのだが、それでも足元に最新の注意を計る為、速度がガタッと落ちた。
そうこうしている内にとうとう15ラウンド目のアラームが鳴り、カーンは毎度の事のように戻ってくる。
「カーン、今のアラームで15ラウンドです。これでカーン一人分の仕事が終わりましたんで、後4人分ですよ」
ベルカンプに何か言われようものなら丁度体が暖まってきた所だぜと言おうとしてたカーンは、平然と後4倍働けと言われ、慌ててその言葉を飲み込んだ。
「わかっちゃいたが、自分の命を代償に他人を救うのは楽じゃねぇな。まだまだ最後の玉砕する場面じゃないって事か」
手首とふくらはぎをマッサージされながら答えるカーンに、
「僕にも個人的に救いたい人がいるもんでね、鬼にも悪魔にもなりますよ。まだまだ死なせませんよ」
半分笑ってるような、言い聞かせるような声色のベルカンプが続けて耳元で囁く。
「だけど、ちょっと戦況が停滞気味だよね。ちょっと相手の最前線で陣取ってる奴らを一掃しましょう」
それが出来るならおまえ……と反論しようとするカーンにベルカンプが更に耳打ちし、指示を送った。
アラームが鳴り、前線に戻るカーンの真後ろにべったりとベルカンプがくっついて来る。
相手もカーンが一定のタイミングで姿を消すのを理解しはじめているのだが、圧倒的多勢に無勢、砦側の疲労度が深刻になって来るまで本気で手を出してこない。
盗賊達が手を出さない理由はもう一つあり、挟撃を待っている為でもあった。
自分達の敵の向こう、砦の西門の砦壁が炎上しているのが目視出来るからである。
「カーン。音に怯むなよ」
カーンにもう一度念を押すと、ベルカンプはベルトに挟んでいたロケット花火を二本手に取り、ライターで炙る。
シュゥーと両方の導火線に火が付くと、タイミングを見計らって盗賊達の空中にそれを放った。
放物線を描いて投げられた二本のロケット花火は火薬によって揚力を獲得し、ピュ~という音と共に上空から盗賊の集団に突っ込み、バンという爆発音と共に弾け散った。
ピュ~と言う音で注意の半分を削がれ、バンという音で残りの注意の全てを持っていかれた最前線の盗賊達は我慢出来ず後ろを振り向いてしまう。
思ったよりも小規模の爆発で安堵し、視線を前に戻すとそこに待っていたのはカーンの刃だった。
今まで脚力の温存をしていたカーンが思いっきり踏み込み、前線の8人全員とその後ろの2人までも血祭りに上げ、全員がこちらに向き直ると口惜しそうに戻ってくる。
笑顔でナイスのポーズをするベルカンプに一瞥くれるとニヤっと口角をあげ、また涼しい顔で中央に陣取った。
混乱した盗賊の前線に乗じて、後方からあぜ道を突っ切ってカーンの左舷の盾兵を横薙ぎにしようと一人が突っ込んでくる。
しかし後もう一歩の所でマキビシを踏んでしまい、盾兵の目の前ですっ転んで足を押さえうずくまった。
目の前に獲物が転がって来た左舷のアクタは盾の裏に仕込んである短刀を外し、その首筋にぶっ刺した。
声にならない悲鳴をあげてその男はやがて動きを止め、盾の穂先で自滅した盗賊を除きはじめてカーン以外の戦果が出る。
しかしその弊害か、死体が邪魔で足場が確保し難いのを感じたベルカンプは10歩後退を命じ、全員でずるずるとラインを下げた。
すると脇の荒野からチッと舌打ちが聞こえ、落とし穴を足の感覚だけでなんとか確認しつつ接近していた連中が意外に近くまで来ていた事を知り、ベルカンプは思い切ってさらに20歩後退する事にした。
一方シーラの方はと言うと、応急手当ての心得が多少ある為、手首を切り落とされた者の処置に奔走していた。
ムナがある者は取り出して手首に埋め込み、無い者は本人の意思を聞き、介錯をしたりとせわしなく動いていると、割と近くで爆発音が鳴る。
慌ててそちらに警戒を向けるのだが、どうやら爆発音で負傷した者はいないらしく、手当てを続行しようとしたのだがバロルの提案もあって最後方まで下がる事にした。
前線の指揮は俺がやるとバロルが行こうとするのを見たシーラは、
「おまえが死ぬのは砦を売りつける奴に会わせてくれてからにしてもらいたいもんだねぇ」
と止められてしまう。
シーラはセジュを呼ぶと、期が来たら一気に畳み掛けろと命じ、前線の指揮を彼に託した。
シーラに命令されたセジュが、任せとけ! とシーラに背を向けて歩きだすのだが、何か、何処か歯車が噛み合っていない気がしてもう一度自分の駒を確認する。
しかしシーラはその違和感の答えが出ないまま、もやもやした気持ちでセジュの背中を見送るのであった。




