四十二話 戦闘開始1
「おまえが頭領のシーラって奴か?」
「そうだよ。わざわざ大将が出向いてきて何か用かい?」
昨日オットーに向けた視線よりも大分鋭く、侮蔑の色が篭った目でシーラはカーンを睨む。
そういう感情には鈍感なのであろうか、相手の突き刺すような視線などさして気にも留めず、一定の表情を崩さないカーンは大仰に両手を広げる。
「ちょっと見てもらいたいものがあるんだ」
そう言ってシーラに背を向けると、後ろの荷車に手を突っ込んで何かを掴んだ。
背後に控える4名の女性は皆、程々に若く、砦で厳選して連れて来たと言われても遜色ない。
やはりかと勝手に解釈したシーラは一瞬だが視線を地面に逸らし、唾を吐いた。
――――ギンッ。
目の前に閃光が走り、シーラは条件反射で2度程バックステップし、背後に控えていた傭兵の顔面に後頭部で頭突きをした後、片膝を付いて前方を確認する。
見ると暗殺に失敗し、恨めしそうな顔をするカーンの剣を、バロルが受け止めているところであった。
「バロル下がれ! 傭兵共! 戦闘開始だ! 大将首をあげた奴の褒美は期待してもいいよ! やっちまいな!」
命令通りにシーラの所まで下がるバロル。入れ替わりに血の気の多い連中が前線に雪崩れ込んだ。
連中にもモグラ族の動きは伝達済みだったので、とりあえず道を外れる者は出てこない。
カノー率いる30名は2手に分かれ、大きく迂回して西門と東門へ移動を開始しはじめた。
「バロル、助かったよ。よく防げたね、大したもんじゃないのさ」
傭兵にぶつけた後頭部を擦りながら、平常心を取り戻しつつシーラが言う。
「偶然だ。奴が背を向けてる時にたまたま抜刀していたので防げた。剣筋も恐ろしく鋭かったが、それよりも驚いたのは踏み込みの速さだ。あの体躯で数歩ならゴヤよりも速いかもしれん」
興奮してか珍しくバロルも饒舌になる。
バスターソードだったら受けきれずシーラの体ごと斬られてた、運が良かったなと言うバロルに、
「先日の不運の帳消しにしてはまだ少し物足りないねぇ。……それにしてもあの人数であいつらはあたし等とやりあうつもりなのかい? 闇に乗じて同士討ちでも誘おうってのかねぇ。おかしな戦術だよ、全く」
体躯の大きい男はバロルと入れ替わりに突っ込んできた2名の首を跳ねると、盾を構える連中の所まで戻り、じりじりと後退する。
女達が道に何か撒いてた位置まで下がると、後ろから強烈な白い光が焚かれ、連中の輪郭を背後から照らし始めた。
「闇に乗じてって作戦でもないんだねぇ。とりあえず相手の意図がわかるまで正攻法で攻めてみるか」
シーラは困惑しつつも、興奮気味に爪を噛んだ。
――――ギンッ。
バックステップで盗賊の中に消えていくシーラを見たベルカンプは暗殺の失敗を知る。
「カーン戻れ! 全員、マキビシを撒いた位置まで15歩後退」
手土産に両手で2名の首を跳ねあげたカーンが盾の兵士の位置まで下がると、じりじりと後退する。
後退途中に単独で突っ込んできた一人を一刀両断に屠り、さらにじわじわ下がり続けると、
「止まれ! カルツ、ララス、懐中電灯を焚け!」
その声の数秒後、左右から透明感のある白い光と、やや黄色がかった濁った光がカーン達の背中を照らし、同時に対峙するまぶしそうな顔のならず者どもを映し出した。
これには慌てて松明を焚こうとしていた連中にも好都合だったようで、眩しそうに目を細めながらも剣を握り締め戦闘態勢に入ってくる。
カーンの剣技にやや臆したのか、まずは横の盾から崩そうと、罵声と共に威勢よくバスターソードを叩きつけに来る2名の盗賊。
ガツンと鈍い音が響き、盾が剣を完全に防ぎ、盗賊がそのまま押し込もうと圧力をかけようかという所で、ふわっとその感触が無くなる。
見ると、両手で剣を握り締め力任せに押し込もうとしている盗賊の手首を、カーンの両手に持った剣がそれぞれ刈り取り、左右で手首から先を失くした2名の盗賊が絶叫しながら後方に消えていく。
そのタイミングでもう一度盗賊がカーンを真正面から斬りつけようと踏み込み、カーンのいた場所に剣を振り下ろすが、カーンが一歩下がるとその場所には4枚の盾が現れ、いとも簡単に防がれてしまう。
その盗賊が下がるより早く盾の下からスッとカーンの剣が現れ、剣を振り下ろした盗賊の股間部分に突き刺さった。
その盗賊は剣を投げ捨て股間を押さえながら後方に崩れるように消え、今度は真ん中にいるカーンの剣が届きにくい両端の盾兵に、タックルを試みる屈強な体の2名が肩から突っ込んでくる。
逆光で盾の先端に何が付いているか見えなかった二人は、それぞれ肩と首筋に深い傷を負い、首に深手を負った傭兵はヒューと息が出来ずにその場で倒れこみ、痙攣した後やがて動かなくなった。
ピピッとここでアラームが鳴り、カーンが下がるとオゥオゥオゥと盾兵の威勢の良い威嚇が始まり、盗賊達がその場で尻込みをする。
ドカッと威勢よく座るカーンは、
「ちくしょう! 隣の奴さえ抜刀してなければ女頭領の首を獲れてたのに! 惜しかったぜ」
悔しそうに一口水を含んで吼えた。
労うようにポン、と肩に手を置くベルカンプは、
「逆に考えましょう。あそこで女頭領の首をとってたら逆上して全員一気に突っ込んできたかも知れません。そう考えると、少しでも数を減らしたい我々としては都合が良かったんです。あれで正解です」
前方を見ると、盾兵の威勢の良さに盗賊達が誰も仕掛けてこない。
それを見たカーンの口角があがり、
「おまえは本当に弁の立つ奴だな。おかげでさっきの後悔を気にせず仕事が出来るぜ」
まだアラームは鳴ってないのだが、興奮からか立ち上がってしまう。
それで思い出したのかはわからないが、
「おいベルカンプ。さっき俺の剣を受け止めた奴いたろ? あいつの顔覚えてるか?」
カーンはベルカンプに問いただした。
「うん。オットーと交渉に行った時も頭領の横にいた。きっと副官クラスなんだと思うよ」
「あいつな、実はやべぇぐらいに腕が立つ。砦まで逃げ帰れたらオットーに伝えてくれ。決して正面から斬りあわず、囲んで弓で仕留めろとな」
会話の終わりと同時にアラームが鳴り、カーンは踵を返すと前線に乗り込んでいった。




