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四十一話 それぞれの決意

 遅い朝食後、前線で戦う全員で密度の濃いシミュレーションをしていると北門が開き、第一陣出発の女性6名がそれぞれ別れのハグを繰り返す。


 先頭のリーダーはリンスの娘クラリスであった。


 両親と抱擁を交わしているクラリスにベルカンプは近づくと、それに気づいた彼女はベルカンプに向き直る。


「ベルカンプ様、行って来ます。一刻も速くベクシュタの砦にたどり着き援軍の要請をしてみせますので、どうか少しでも時間を、命を稼いでくださいまし」


 クラリスは膝まづき、ベルカンプと同じ高さになると優しく抱擁をする。


 気持ち良さそうに目を細めるベルカンプだったが、クラリスの手の平にライターを握らせると、

「ダメだよクラリス、使命が違う。ベクシュタに援軍を請っても、あそこの兵士はわずか8名なんだよ。騎馬の2~3名が来たところで戦況は何も変わらないでしょ? それよりも貴方のやる事は後続で出発する人達の安全の確保だよ。理解してくれるね?」


 耳元で囁かれる子供の声には、優しさと強さがあった。


 クラリスも気持ちを持ち直すと、

「…………そうでした。……お任せください! 途中で人食いカヅラが何匹襲ってこようと、全部排除してみせます!」


 立ち上がるクラリスは目も合わせないまま皆に背を向け、それでは行って来ます……と、北門から出て行ってしまった。




 昼食の休憩を摂ろうと自宅に向かう途中辺りを見渡すと、大きな鍋に湯を焚く準備をしている者、薪を運ぶ者、砦壁の丸太の先端に何か塗る者と、実に皆テキパキとよく動き、仕事を分担している。


 ベルカンプは改めて育ての親の指揮能力の高さに感謝し、勤勉に働く住民の素養の高さに、もしこの戦争に勝ったら……などと一瞬だけ先の事を考えてしまうのであったが、慌ててその感情を押さえ込み、家に帰ると実にいつも通り普通に3人で昼を摂った。



 昼食後、昨日の夜から少々オーバーペースで動いていたカーンを横にさせると、戦争当日とは思えないほど実に豪快にいびきを掻きながら彼は眠りに落ちる。


 その様子に緊張していた連中も笑みがこぼれ、妙な事にカーンのいびきが引き金となって、前線に立つ全員が仮眠を摂る事に成功するのであった。




 日もどっぷりと暮れ日没までおよそ90分となった頃、荷物を抱えたオルド達がやって来た。


 盾の先端に槍の穂先が付いているのは順次取り寄せていたので既に手元にあるのだが、ベルカンプがさらに要求していた改良型の盾を2枚持ってきたオルドは、これが限界だと言い残し、尻餅をついた。


 睡魔と疲労の限界か、食事と水の用意を待つ間にも船を漕ぎ始める。


 付き添って来た奴隷達も実に懸命に働き沢山のマキビシを用意し、代わりに貰った一等小麦のパンを美味しそうに一齧(ひとかじ)りすると、それを抱きかかえながら眠りに落ちてしまった。



 全ての準備が整った所で、ベルカンプの元にオットーがやって来た。


「オットー。どういう作戦で砦を守るかわからないけど、これ使う?」


 マキビシの形状を見たオットーがピン、と気づき、二掴み貰うことにした。

 南門を開き、前線に行くメンバーがそれぞれの挨拶を終えてぱらぱらと集合してくる。


「ベル、正直に言って勝算はどの程度だ?」


 いよいよと差し迫った時間にとうとう我慢しきれず、オットーはベルカンプに問いただした。


「う~ん。それがさ、僕にもわからないんだよ。僕が出来るのはここまでで、後は本当に、カーン達の頑張り次第だけなんだ」


 とりあえず挑戦出来るとこまで来れたのは成果だよね。と、ニコリと笑う息子にオットーはとうとう我慢出来ず、きつく抱きしめた。


「皆の者! 聞いてくれ! 我が参謀ベルカンプは現在6歳だが、異世界でもわずか16歳の少年であった。異世界は争いの一切ない平和な国だったと聞くが、その国に生を受けた者がこうして困難に背を向けず、必死に足掻いている。臆してる者よ! もう一度心を奮い立たせよ! 16歳の少年を前にして、なんとする! クリスエスタに生を受けた者よ、運命を全うせよ! 兵士に従事してる者よ! 使命を全うせよ! マチュラに生まれし我々が、わずか6歳の後輩に気合で遅れをとっては断じてならん!」


 砦に残っている者で、奴隷を除いて16歳より下の者などわずか数名しか残っておらず、オットーの激に住民全員が驚愕する。


 これまで6歳の少年に尊敬の念すら抱いてそうな住民や兵士もちらほらおり、返って士気が下がってしまうか賭けだったのだが、皆、自分より年下の少年が歯を食いしばって出陣する様子を垣間見、全員の瞳に再度炎の色が宿るのが確認出来た。


 相手を焦らそうと南門から動かなかったベルカンプはシーラの動きを察知し、

「それじゃ行って来るよオットー。……カーンがやられちゃったら全速力で砦に逃げ込んでくるから後は頼むね」


「任せてくれ。20人も減らしてきてくれたら後は優々と帰ってきてくれて構わないぞ。武運を祈る」


 大風呂敷を拡げるオットーにやや緊張した笑顔で視線を返すと、「それじゃ行こう」と荷車が動き始めた。


 指示通りにあぜ道にマキビシを撒きながらゆるゆる進む女性を横目に、

「おまえ、あっちでもわずか16歳だったんだな。おれぁてっきり中身は50ぐらいのおっさんかと思ってたんだが……」


「その割には小僧小僧と小馬鹿にしてたじゃないですか」


 神妙な顔のカーンにベルカンプが突っ込む。


「いやぁ、まぁそうなんだが、16歳で一度死んで、こっちに飛ばされてまた6歳で殺されるのもなぁ……いやだよなぁ」


「そうだね。いやですねぇ。カーンの頑張り次第で死ななくて済むかもしれませんけどね」


 神妙な顔を崩さないカーンは、

「……そうなんだよなぁ。おまえらの持ってきてくれた上等な小麦のおかげでここ数日調子が良いし、下準備としては最高の状態だもんな。これであの激を聞かされたら、ちょっと玉砕以上の責任を感じるぜ」


 昨日の血が滾った時の表情とは違い、少し思いつめたような表情をしたままカーンは答える。


「カーン、気を悪くしないで聞いて欲しいんだけど、少し大人の顔になったような気がします」


 三十路をひとつふたつ超えた年齢のカーンは怒るわけでもなく、

「……俺もそう思う。責任とか、背負うとか、今までより深い意味で理解したからかもしれんな」


 数日前までは野獣のような気合を持っていたこの男は、この前線の中でも人一倍、胸の奥底にマグマを宿していた。

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