三十九話 イラつくシーラ
夜が明け、2時間ほど仮眠したシーラは南門を凝視する。
昨晩、南門脇の荒野にぼこぼこといくつもの地面が隆起したのを確認したシーラは、モグラ族が砦側に加担し、決戦を挑む決意を固めているのか思案していた。
「面倒くさいねぇ。やる気だってのかい」
相手が砦を明け渡さず決戦を挑むのであれば、日没まで待ってやる義理もないとシーラはセジュを呼び出した。
「相手の兵士の数はおよそ40、南門に仕掛けは無い。……本当にそれで間違いないね?」
「あぁ、間違いない。他の門は知らないが、南門は出入りに二度も確認した。大掛かりな仕掛けは一切ないと断言出来ますよ」
シーラはそれを聞くと部下のカノー、ボスト、ビッツ、ナップ、ウォーを呼びつける。
「どうやら相手さんはやる気らしいからね、こっちが昼食の煙を焚いて休む素振りを見せつつ奇襲をかけるよ。おまえらは弓持ち優先で30人を選抜し、西、東、北門に均等に散らばり、相手の兵士のいくらかでも釘付けにしといてくれよ。あたし等は残り全部で南門に突っ込むから、相手が南門以外から攻める様子が無いと手を抜いてきたら、突撃して挟み撃ちにしてくれても構わないよ」
5人全員がオゥ、と気合の入った返事をし、30人を選抜するべくならず者の集団に入っていく。
「バロル!」
無言でバロルがシーラの脇に並ぶ。
「砦を襲った経験がないからね、助言が欲しい。……やはり夜まで待った方がいいもんなのかい?」
「常識でいうと、やはり闇に紛れた方が門に接近し易いのは確かだ。が、我々が強奪するであろう戦利品が時間と共に消失するリスクも同時にある。どちらを取るのかは頭領のセンスと言えるだろう」
「難しい事言ってくれるねぇ。あいつらも怪我したら怪我したで報酬の上乗せを要求してくるだろうし、女のアタシから言わせて貰うとね、女が野蛮な男どもに襲われるのを見るのは反吐が出るんだけどねぇ」
困ったもんだよと眉を吊り上げると、カノーが30人の選抜が出来たと報告にやって来た。
カノーにモグラ族の昨日の行動を説明し、山の崖沿いまで大きく迂回して行動しろと厳命すると、残りの傭兵達も馴れない土地での野営に凝り固まった体をほぐすべく柔軟体操を開始する。
連日の強行軍で歩いてきたのでベストな状態とは程遠い体調ではあったが、それでも一晩の休息のお陰か、6~7割の状態までは戻ってきていた。
その後ゆるゆると時間が過ぎ、そろそろ昼餉の煙りを焚こうかと思った頃、頭上の崖の上からゴヤの声が聞こえてきた。
「シーラ! 北門に人影が見える。女、子供と思われる集団、北門より順次脱出!」
それを聞いて安堵のため息を吐いたシーラは、
「いい報告だねぇ。第一陣は何人なんだい?」
「およそ…………6名」
予想よりもずっと少ないと感じたシーラはまた表情を硬くする。
「ゴヤ、そのまま見張っててくれ。6名しか出て行かないのなら行動は予定通りだ」
「あいよ!」
全くいらつかせるねぇと腕を組み仁王立ちで南門を凝視するが、南門は相変わらず閉じたまま、平穏を保っていた。
「第四陣……4名脱出!」
シーラの頭上でゴヤの四度目の報告が入る。
それを聞いたシーラは、
「予定を中止。全員昼飯にしていいよ。日没まで待つことにする」
ゴヤはそのまま残し、シーラは部下に飯を作れと命令した。
「いいのか? 男は一人も脱出してないようだが?」
そう言うバロルに、
「男のささやかな見栄かもしれないじゃないか。女を先に逃がし、後は俺達に任せろってさ。一合二合撃ち合って、泣く泣く敗走という華ぐらいは持たせてやってもこっちは一向に構わないし、残った奴らだけで篭城するにしても、砦の防衛は女でも役に立っちまうからねぇ。時間をかけられても一人でも多く逃げてくれたら御の字さ」
在庫の尽きかけた粗末な昼飯を平らげるとシーラはバロルに現場を任せ、木陰に入って仮眠をとる。
日も暮れかけ、交代で仮眠を摂るバロルの横でシーラは体を慣らしながら南門を眺め続けていると、ギギギと、ゆっくりと時間をかけながら扉が開いていく。
「ようやくおでましのようだね。待たせるねぇ」
その声でバロルも目を覚まし、ゆっくりと体を起こすと、脇にあった煮沸した水で喉を潤した。
傭兵達も事態を察知し、道のど真ん中で相手を待ち受けるシーラを中心に横一面に広がっていく。
南門の前には10人程度の連中が集まっており、荷車を押す人物はなんと女性のようにも見える。
「なんだってんだい? 意図がわからないねぇ」
いよいよ辺りも闇に飲まれ始め、脇に控える傭兵達の何人かが松明を燃やし始めるのだが、門前に控える連中は一向に動こうとしない。
いよいよ痺れを切らしたシーラは、
「傭兵共! 前進するよ!」
手を振り上げ行進するのであるが、20歩も動いたであろうか? まるでそれに呼応するかのように門前の連中がこちらに動き出した。
訳が分からず混乱するシーラなのだが、とりあえず手を下げてこちらの連中の行進を止めさせる。
先頭には体躯の大きな男が素手で向かってきており、その後ろに盾を持った兵士が12名程控えている。
さらにその後ろには荷車を引いてくる女性と子供と、脇に控える女性らしき2名があぜ道に何か撒いているようにも見える。
セジュがシーラの耳元で、
「先頭の男がこの砦の大将です」
と囁くと、
「おいおいおい、この期に及んでまだ交渉でもしようって言うのかい? 子供と女と荷車の食料でなんとかって言うんじゃないだろうねぇ。それとも何かい? あたしらの目の眩むような金銀財宝でも持参して来てくれたのかねぇ」
おそらくこちらサイドで気づいているのは唯一の女性である、シーラだけなのであろう。
この日に女性を餌にする意味をわかっているだけに、シーラは体躯の大きい男に生理的嫌悪感を感じ、薄っすらと鳥肌が立つのであった。
のろのろと向かってくる一行にシーラはイラつきを隠せないまま、それでも暗闇で輪郭しか見えない正面を、今か今かとじっと見つめ続けた。




