三話 井戸端会議
長屋から少年が出てくる。5歳になったばかりの彼の日課は、散歩を兼ねての聞き込みであった。
「おはよう、ベル。今日もいつもどおりね」
井戸から水を汲み上げている初老の女性に声をかけられる。
「おはようアンナ。手伝おうか?」
元気に返事をすると、
「やめとくれよ。その細腕に水桶が持てるかってんだい。それに手伝いの見返りが怖くて頼めたもんじゃないよ」
渋い笑顔をしながらいっといでと手をパタパタさせる。
「ハハハ じゃぁ行って来ます~」
長屋を通り抜けて少年は走り出した。
すると、入れ替わりに洗濯物を抱えた女性がアンナに近寄って来る。
「いつも元気ねーあの子は。見てると気持ちがいいわね」
「おはようジェシー。4歳の頃からだっけ? 私らの井戸端会議にベルが顔を出すようになったのは?」
軽く会釈すると交代とばかりに水桶を井戸に放り投げるジェシカ。
「そうねぇ。最初はほんっと可愛かったのよね、不思議そうに私たちの会話に耳を傾けてさ」
水が桶に入り、ジェシカの腕に力が入る。
「でもいつの間にか、会話に入ってくるようになって、あれはなんでなの? これはどうしてなの? と質問攻めになってきて」
手元まで手繰り寄せた水桶を洗濯桶に放り込む。
「最初はうちの子供と変わらないかわいい質問だったから色々教えてたもんだけど、そのうち、政治、経済、天候の話しまで質問されるとこっちはたまったもんじゃないわよね」
粗末な石鹸を布にこすり付けて、洗濯板でゴシゴシやりはじめた。
「あれは私ら無学の主婦には辛いわよね。わずか5歳の質問に答えられないのはなんだか無知を攻められているようでほんと堪えるわ」
壁際の箱に腰掛けて一息ついているアンナも、それでもかわいいけどね。と念を押しながら答える。
「それにたまに独り言で使う、あの呪文みたいな異国の言葉ってなんなのさ」
ジェシカは何度目かの質問をアンナにぶつける。
「ソシエとオットーに聞いても、拾ったときから呟やいてたっていうから、ほんと不思議よね」
「それがね、最近結構噂になってるみたいなのよ。呪文を呟きながら色んな人を質問攻めにする子供が酒場や噴水前に現れるって」
眉間にシワを寄せながら力強く下着をこすりあげるジェシカ。
「あらまぁ、変な事にならなければいいんだけどねぇ」
そういうと、よっこらせと腰をあげ、アンナは水桶を持ち上げた。