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三十六話 参謀ベルカンプ

「カーンが勇猛なのはわかりました。他に腕の立つ方はどれだけいるんですか?」


「前線で剣が振るえるのは俺ぐらいなもんだ。攻撃という点では、カミュの弓の腕はかなりいい」


「そのお二人以外は……?」


「残念だが、攻撃センスは無い」


 え…………? 呆然とするベルカンプ。


「では、カーンが玉砕覚悟で盗賊に単身突っ込んだら、何人ぐらい道連れに出来ますか?」


 カーンは数秒考えると、

「待ち構えてる相手に突っ込むとなると、良くて20人だ」


「単純計算だと、カーン5人ぐらいいないと互角に持ち込めないって事なんですね……」


 ベルカンプはオットーに指示を仰ぐ。


「父さん。何か僅かでも、混戦に持ち込めるぐらいの作戦、考えつく?」


「私が人並みに出来る事と言ったら砦を利用した防衛だけだ。この砦の防衛力であの人数を防ぐ方法は、私にはどうしても思いつかない」


 砦の壁の高さは僅か4~5m程しかなく、肩車の下の者の肩に足を乗せて立ち上がるだけで砦壁のてっぺんに手が届きそうなぐらいであった。


 158人が同時に壁に突進してくれば、その内の2割はいとも簡単に乗り越えてくる事などオットーには手に取るようにわかるのである。


 通常ならわずか6歳の子供相手に辛い事実を告げる事などはしないのであるが、オットーはベルカンプ相手には強がるのをやめる事にした。


「そっか~…………」


 体育座りをして膝に頭を付けながら地面をじっと見るベルカンプ。

 肩が震えていないので泣いてはいないようであるが、いくら待っても頭を上げて来ない。


 辺りに重い沈黙が流れた。


「だってよぉ、砦っつったら防衛じゃんか。だから俺に付いてきてくれるっていう奴の中で、防御が得意な奴らばかり連れてきちまったんだよ!」


 沈黙に耐えられなくなったカーンがとうとう弱音を吐く。

 裏表のない性格のカーンは、それでも兵士仲間からの人望は厚かった。

 ただの左遷とは思いもしなかった当時のカーンは、配置先が最前線の砦と聞かされ、砦と言えば防衛でしょ! と、付いて来てくれる兵士の中から防御に秀でた者を優先的に選んだのであった。


「防御が得意って実際には何が出来るの?」


 下を向いたままのベルカンプが質問をする。


「盾技だよ。こいつらはな、目がいいんだ。盾を持ったこいつらから一本取るのは中々に骨が折れる。そこそこの奴ならどんなにフェイントをかけて攻撃しても、すぐ盾でいなして無力化してしまうんだぜ」


「じゃぁ盾を持たせて横一列に並べたら、朝食の間ぐらいなら持ちこたえれる?」


「ハハハ、あの盗賊どもがそこそこの奴らだったら、昼飯を食べる余裕もあるかもな」


  …………え? そんなに凄いの? ベルカンプは思わず顔を上げる。


「カーン、全ての条件が上手く言ったらの話しだけど、カーンと10数名の命と引き換えに互角に持ち込めるかも知れない」


 それを聞いて、カーンの眉が上がる。


「オットー。兵士30名で砦を守らせたとして、60人程度の盗賊の攻撃は防げる?」


「それなら五分の確率で守れるかもしれん」


 誇張なく、素直な感想でオットーは答える。


「カーン、体力に自信はあるね?」


「おうよ、素振りをしながらクリスエスタまで休み無しで走りきるぐらい体力には自信があるぜ」


「明日はその体力を限界まで振り絞らせて使わせてもらいますよ。腕一本もげたぐらいで簡単に死ねないけど覚悟はいい?」


「お、おぅ……」


 およそ6歳の発言とは思えない内容と気迫に、カーンは多少尻込みをした。


 ベルカンプは立ち上がると、鬼の形相に変化する。


「よく聞け!!! 私にはおまえらを勝たせる作戦がある。オットーにも、カーンにも考え付かない作戦だ。少しでも希望を持って明日の戦いに臨みたいなら、明日の夜が明けるまででいい。私をこの砦の参謀にしてほしい!」


 シーンと静まり返る一同。


「何故大賢者ピエトロ様ほどのお方がこんな少年と懇意なのか? それは、私が異世界の知恵者だからである! 明日の夜が明けるまででいい、私を少年の殻を被った賢者だと思って欲しい」


 ベルカンプは自分を大きく見せる為、最大限に威張って見せた。


「どうだ! 私に乗るか、それとも無策のまま盗賊を相手にするのか! 一同、返事をしろ!」


 辺りは沈黙に包まれる。誰も答えようとしなかった。



「……私は、ベルカンプの父だと思っている。実際に今も抱きしめたいぐらい愛らしいが、私は貴方に参謀になって頂きたい。よろしくお願い申す」


 それを聞いたベルカンプはオットーに無言で頷く。


「他には?!」


「私もよベル、私も砦に残って戦うわ! 私は貴方の育ての母親兼姉だけど、この戦いが終わるまでは上官として忠誠を誓います」


「ソシエ、貴方にはカーンらと同じ最前線で戦って貰う。負ければ若い娘がどうなるかなんてわかりきった事だけど、それでも勝率をあげる為には貴方が必要な駒なんだ。もし我々が途中で負けるような事があれば、責任を持って私が貴方の首筋にナイフを突きつけると約束しよう」


 ソシエは自分の思った以上に過酷な現実を突きつけられ、涙がこぼれそうになるが、

「全力で、なんでもするわ」

 と、声を振り絞った。



「お前らあああああああああああああああああああ」


 カーンがドカンと立ち上がる。


「こんな小僧にここまでの覚悟をさせても声も出せないのか! 俺はこんなに血が(たぎ)るのは久しぶりだ。ベルカンプ! 言葉通り俺の命、好きに使ってくれ! その代わり、一人でも多くの命を救ってくれ、頼む!!!」


 カーンの激を皮切りに皆が口々に叫ぶ。


「俺も忠誠を誓う」


「指示を、指示をください」


「私も逃げません。なんでもします」


 後ろの方を見ると、ベルカンプよりほんの1~2歳上の女の子でさえ、号泣しながら拳を天に振り上げている。

 暫く皆の声を浴びていたベルカンプはとうとう我慢出来ずに目から涙が溢れてきた。


「カーン!!!」


「おう!」


「明日の日没後、夜戦をする。連携が取れて盾技が得意な6名を2グループ選抜しろ! カミュ、前線で弓の援護を頼む。ソシエ、3名の女性を選抜しろ。傷の手当が上手くて、戦度胸のある奴だ!」


 涙声で指示を飛ばすベルカンプにそれぞれが了解と返事をし、準備にとりかかる。


「オットー!」


「ハッ」


「砦の防衛隊長に任命する。残りの兵士29名で南門以外の攻撃から砦を死守せよ。南門には2名の見張りで構わない」


「ハッ」


「翌日の昼前から我々が砦を明け渡すと見せかける陽動の為、荷を背負わせた若い女、子供を一定の間隔で砦から脱出させよ。それ以外の住民の使い方の一切は任せる」


「ハッ」


「カーンの奴隷達!」


 呼び止められた子供達が集まってくる。


「逃がしてやりたいんだがすまない。優先順序があるんだ。一緒に鍛冶屋に来てくれ。仕事がある」


 鍛冶屋との声が聞こえて、オルドがベルカンプの横に併走して歩く。


「どうやら仕事のようじゃな。このタイミングで断ったら、皆から袋叩きじゃろうな」


 ほっほっほ。と、一人余裕のあるオルドに平常心を取り戻しつつあるベルカンプも釣られて微笑む。

 ベルカンプは道中にある自宅に立ち寄ると、鍛冶屋の工房に入った。


「奴隷達にこれを作らせる事って出来ますか?」


 そういうと、忍者が使ったと言われているマキビシを見せる。


「単純な形じゃの。これなら教えればすぐ出来るじゃろ。道に撒いて踏むと怪我をする武器か?」


「その通りです。これを明日の日没までに出来るだけ多く」


「わかった、作らそう。それでワシの仕事は?」


「カーンが12名を選抜したら自前の盾を持ってこさせます。盾で押し返す時に少しでも威嚇になればと思うんですが、盾の中心部分に槍の穂先を取り付ける事って可能ですか?」


「う~ん…………。まぁ一夜の戦いだけでいいなら取れずに済むかもしれんが、それでもいいか?」


「敵が穂先を折ろうと盾を横から薙いでくるのを数撃持ちこたえられれば上等です」


 それでもし余裕があればなんですが……と、更に改良の指示をする。


「これは完全に一睡も出来んの。まぁ正念場じゃ。時間ギリギリまでやったるわい」


 それでは頼みます! とベルカンプは鍛冶屋を後にし、西門の外に出てアハリのモグラ族を探す。




 アハリの一族は西の斜面に穴を掘り始めており、丁度休憩中のようであった。


「どうした? 何か問題だったか?」


 数日前に会話した少年とは全く違った面持ちだったので、アハリの家長シグレは先に声をかけた。


「明日、この砦で戦闘があるんだ。それで助太刀をお願いにきました」


 シグレの目の前まで来るとベルカンプは口を開く。


 掘った穴の件ではないのかとほっとしたシグレは、

「戦闘? 南門先に集まってる奴らとか? どうしてまた?」


「目的はこの砦を乗っ取って、誰かに売りつける目的らしい。さっき女頭領がそう言ってた」


「ほう、それはまた難儀な」


 シグレは自慢の髭をワシャワシャ撫でた。


「こっちは圧倒的数的不利でさ、戦闘場所を南門から続く道のみに限定したいんだ」


「脇の荒野に落とし穴を作れと言う事かな?」


「うん。今日の日が落ちてから夜明けまででお願いしたい。一応我々は、無条件で砦を明け渡すという体でいるから」


「それだけしか時間が無いとなるといくらも作れんぞ? 余り期待して貰っても困るが……」


「こっちは夜戦を仕掛けるからね、後ろに回りこもうとする奴が穴に嵌り、脇から回り込むのに躊躇する程度で構わないんだ。足元を確認しながらの速度なら、こちらも後退しながら対処出来る」


「それならば助太刀しない事もないが、我々はこんな体形だ。武器を持って戦えない。直接的な援護は期待しないで貰いたい」


 そう言いながらシグレは土を掘るのに便利そうな爪をパキパキと動かす。


「うん、それで構わないよ、お願いします。もし全てがうまく言ったらお礼もするからさ」


 アハリ一家の脳裏に練りわさびが思い浮かび、後ろに控えるサミダレが「チウ」と声を上げた。


 それじゃお願いしますとアハリに背を向け歩き出したベルカンプは途中で歩みを止め、

「もし、僕らが負けたら逃げてくださいね」


 とだけ言い残して西門に駆け出した。

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