三十五話 伝説の百人斬り
「さて、どうするか……」
2人の盗賊を追い返した後、見張りの数人を残して広場で円を描いて皆座り込む。
遠巻きに集まっている非武装の住民にもシーラが出してきた条件を説明し、降伏すれば命の保障はすると聞かされた住民は恐慌状態になる事なく収まっている。
「個人的には俺は戦いたいんだがなぁ」
カーンはそれでも、背後に控える命の数を思うとその後の言葉が出てこない。
「父さん。王の命によりこの砦に派遣された兵士が後退したとして、その兵士って処罰の対象になる?」
「相手次第だろうな。フル装備の騎士団相手に玉砕するのは流石に無謀だと思って頂けると思うが、盗賊団相手に一太刀も刃を交えずに砦を放棄となると……」
たちまち兵士達の顔が沈む。
「となると、非武装の住民は逃がすとしても、ここに配属された兵士はとりあえずは戦わないといけないって事?」
「そんな事はないぞ? だが、クリスエスタ王国の民として生きるのは難しいだろうな。近くの村に亡命するか、ガライで職をみつけ、市民として潜り込むしか生きる道はないだろう」
なんのツテもない個人が今更ガライで食っていくのがどれだけ大変かわかっている兵士達の表情は暗い。
どうせそのほとんどが食うに困り、犯罪か自らを奴隷に落とすしか道がないのは明白であった。
村に亡命するのはおそらく可能なのだろうが、盗賊側のスパイの恐れがあるとして、新参者への待遇が非常に冷たいのは仕方の無い事なのであろう。こちらの生きる方法もまた茨の道なのであった。
「こんな事言いたくないんだがな、エスタ王が差し向けた野盗集団かもしれんぞ」
憎まれ役を買わないといけないカーンが機嫌悪そうに発言する。
「何故です?」
ベルカンプは質問をした。
「だっておかしいじゃねぇか。俺の知ってる限りここ10年はこんな事一度も無かったんだ。言わばこの砦はエスタ住民が左遷される最後の土地だ。そこに到着したおかしな小僧が来てわずか10日でこんな事態になっちまってる。これは誰かが作り上げたシナリオと考えるのが普通なんじゃねぇのか?」
確かにおかしな出来事が重なり、まるでパズルのピースが当て嵌まるような感覚に、兵士と住民の刺すような視線がベルカンプに一気に集まった。
それを感じたオットーはベルカンプの身の危険を感じ、ゆっくり抜刀の姿勢に変わっていく。
「実は、オットーが盗賊と交渉してる間、僕はずっと震えてたんですよ」
ん? 小僧が何を当たり前の事をとカーンは思うのだが、
「どういう事だ?」
と、話しの先を促した。
「南門を出る前は特に何も考えてなかったんです。僕の好奇心というか、それの一心でオットーに同乗したんですが、馬で駆けていく途中で気づいたんです。誰かが僕を亡き者にしたいならば、これは飛んで火にいる夏の虫なんじゃないかって」
言われてみるとそうであった。
ベルカンプかオットーの命が目的ならば、あの場で殺されるのが普通であるのだが、それ所か2名を連れて砦の案内役すら務めている。
暗殺するチャンスなど素人目に見てもいくらでもあったのだ。
ベルカンプは続ける。
「僕はオットーの首にしがみ付きながら、まずい、殺されるかもと震えていたんですが、相手の女頭領はどうにかして被害を少なく砦を奪いたいと考えている節があって、子供の僕の事など気にも止めずにオットーとの論戦にしか頭を使ってないように感じました」
オットーは無言で頷いた。
「父さん。僕は第二陣が来るというのはハッタリだと感じたんだけど、父さんはどう思う?」
「集団に統一性が無かったから、おそらく金で雇われたならず者の集まりだろうな。そういう連中に時間差で行軍しても金だけ貰って逃げ出す輩が増えるだけだろうし、おそらく二陣など無いと言い切っていいと思う」
話しが建設的な方向に進み、カーン及び周りの皆は黙り込む。
「小僧、悪かったな、早とちりだったようだ。思えばおまえを殺すチャンスなんか山ほどあったもんな。たまたまおかしな事が重なっただけだと理解した。すまなかった」
そう言ってしおらしく頭を下げるカーン。
「いえ、わかって貰えたならいいんです。あ~びっくりした。ここで仲間に疑われるのが一番きついもんね!」
周りからハハハハと笑い声が漏れた。
「さて、それじゃ話しを戻しましょ。もし戦うとしたら、カーン。どういう作戦を立てます?」
「常識で考えるなら砦を利用した防戦、なんだろうけどな。相手は統率のとれない烏合の衆150ぐれぇなんだろ? そういう奴らのやる戦いといったら門の一点に短期で全戦力投入しかねぇと思うんだ。オットーが部下を二人連れてきたからこちらの戦力が43。砦の壁は木造なんだから、10回やったら10回突破されちまうわな。だから住民は逃がし、有志を募って俺は突っ込む。運良くその女頭領の首をあげれたら、退却してくれるかもしれんだろ?」
「質問ですけど、カーンってそんなに強いんですか?」
ベルカンプは隣の兵士に質問する。
「あぁ、強いぞ」
「一騎当千レベルでですか?」
周りからまた、ハハハと笑い声が漏れた。
「さすがにそんな英雄譚のようには強くないさ。マチュラで最強なのはおそらく、近衛特攻隊長のイルファン、ウー様であろうな。イルファン様は文字通り、ウー(百人斬り)の称号を持っておられる」
クリスエスタの兵士階級は大きく分けて3種類ある。
足軽のようなもろもろの雑務をこなす役目の兵士。騎馬戦や集団戦術等、戦闘目的を重視した兵士の上級職の騎士。騎士の中から特に秀でた者を選抜した近衛兵。クリスエスタの慣習で、近衛兵の上限は100名で固定されている。
近衛兵は基本文武両道を是非とされ、例外を除きどちらかが欠けても近衛兵にはなれないし、能力を伺われれば容赦なくその階級を剥奪される。
イルファンには逸話がある。
休暇を利用し、従者数名を連れ故郷の村に帰宅の徒に着いた時であった。
ちょうどその村を襲おうとしていた盗賊団と鉢合わせをしてしまい、愛する故郷を今にも襲おうとしている盗賊団に前後不覚に陥るぐらいにキレたイルファンは、作戦も立てずに単身その盗賊団に突っ込んだ。
従者の説明によると始めの30数名こそ奇襲で倒したものの、やがて体勢を立て直す盗賊団相手にさえ見事単身で斬り結び、ついには全滅させてしまう。
イルファン自身も足の腱に重症を負ってしまいムナを使って治療する羽目になるのであるが、イルファンが殺した死体の数を数えるとその数は106人にも達したと言われている。
イルファンは文字通りのウー(百人斬り)の称号を賜り、今も生きる伝説となっているのである。
「カーンはな、ごく短い期間だが近衛兵の小隊長だった時期があるんだぞ」
オットーが横から口を挟んできた。
意外そうな顔をするカーン。
「オットー、良く知ってたな。俺ってそんなに有名だったのか?」
「申し訳ないが、悪い意味で有名だった」
一度は気をよくしたカーンであったが、この言葉を聞きずっこける。
「何々? なんかあったの?」
ベルカンプは切羽つぱった状況なのに好奇心が勝ってしまい聞かずにはおられない。
後でな、というよりはさっさと片付けてしまおうとオットーは口を開いた。
「ある年にな、近衛兵の欠員が7名も出たことがあって、大々的に近衛兵の昇格試験みたいなものがあったんだよ」
「へー」
「それでな、いきなり圧倒的な武力を持った若者が現れて、まぁそいつがカーンだったんだが教養と品性を補って余りあるとされて、見事近衛兵に昇進したんだ」
「近衛兵の中ではどれぐらい強かったの?」
「いきなり小隊長に任命されたからな。おそらく、一対一では上から10~20番目ぐらいの強さだったんだろうな」
一位から十位まではナンバーで呼ばれる事もある近衛兵は、当時ナンバー持ちでなかったカーンの実力はその程度と考えられていた。
「そして近衛兵に昇進してすぐ御前試合の模擬戦が行われたそうだ。カーンは紅軍の参謀役として配属されたんだが……」
「ふんふん」
「……その模擬戦でな、エスタ史上経験がないぐらいに紅軍が完敗して、紅軍参謀の采配に酷くご立腹なされた王がすぐさまカーンを兵士職まで落とし、最前線のこの砦に配置換えになった、というわけなんだ」
「…………一体、どういう戦術だったんです?」
当時を思い出し、酷く落ち込むカーンが答える。
「あん時はな、まだ若かったんだよ。だから、俺に続けーって」
「参謀自ら単騎で突進を?」
「……まぁ、そうだな。立場の上の者が前線で命を張ることで、兵の指揮をあげようと思ったんだよ!!!」
なんか、先ほどの作戦とあんま変わってねーなーと思ったベルカンプは、
「人には、適材適所があるって事ですよね」
と、なんとなくフォローを入れておいた。




