三十二話 双眼鏡の先の土埃
「ほへー。すんげー遠くまで見える」
双眼鏡を覗きながら、砦の南門から地平線を眺めるカーン。
早く代われと横に待機している兵士にようやく双眼鏡を渡すと、その兵士もほへーと声をあげ、さらにその隣の兵士が早く代われと急かす。
「人の噂なんて9割がデマだと思ってたんだが、こうして実際に異世界の品物を見せられるとなぁ」
カーンは腕組みしながら隣にいる子供を見つめる。
ベルカンプは相変わらず、右の山を見上げ、左の山を見上げ、忙しそうに視野を展開させていた。
「おまえここに来てからずっとキョロキョロしてるな、一体何を探しているんだ?」
とうとう我慢出来ずにカーンはベルカンプに尋ねた。
「何を探していると言われると困るけど、何か使えそうな物はないかなぁ。と」
「何か使えそうなもんはあったか?」
「う~ん。こっちの山の水は凄い美味しいよね。逆に反対側の山の水はあんま美味しくない。この差は地層のせいなのかなぁ。農業用水としてなら使えるのかなぁ。って感じ?」
「おいおい、砦で農業でも始める気かよ。本末転倒になるんじゃないのか?」
「それって砦の防衛って事? ガライとは敵対してないって聞いたけど、この砦で戦闘があったのって最近ではいつなんです?」
「う~ん……。ここ10年では聞いた事がない。それ以前は、知らん」
「なら、何かした方がいいんじゃないの? ここの食料事情を考えると、警備の合間に何か育てて腹の足しにした方がいいと思うんだよね。カーンも美味いもの食べたいでしょ?」
「う~ん……」
そら食いたい。食いたいが、俺に百姓をやれってか? と、プライドとの狭間で葛藤を始める。
そうこうしていると、5つ向こうで双眼鏡を覗いていた兵士が声をあげた。
「なんか土埃が見える。人が大勢こっちに歩いてきているように見えるんだが」
ベルカンプは双眼鏡を受け取ると兵士が指差す方向を眺める。
確かに土埃の向こうに徒歩の集団が見えた。
「オットー! ちょっと来て!」
ベルカンプは大声でオットーを呼ぶと、食料庫で勘定をしていたオットーがベルカンプの声色を聞き分け、全速力で走ってくる。
砦の高台への階段を上ってきたオットーに双眼鏡を渡し指を差しながら促すと、
「あれは武装集団だ。数にして100から200」
オットーの発言に一気にざわつく砦の兵士達。
「カーン。その数の武装集団が砦を友好的に通過した例ってあるの?」
ベルカンプはオットーから渡された双眼鏡を覗いているカーンに質問する。
「ここ10年では聞いた事がない。それ以前は、知らん」
双眼鏡を覗いたままそう答えたカーンの返事を聞くと、
「ソシエ! 馬を一頭持ってきて」
オットーと同じく食料庫にいたソシエも、ベルカンプの声を聞いて近くまで歩いてきていた。
ベルカンプの指示を聞くと、踵を返して馬小屋に走り出すソシエ。
「オットー。このまま指を咥えて相手が来るのを待つのは不味いよ。こちらから出迎えて事情を聞こう」
「そうだな、それがいい。おまえも来るのか?」
「うん。僕は馬に乗れないからオットーの背中にしがみついてる」
続いてカーンに向き直ると、
「カーン。念の為だけど、防衛の用意します? 双眼鏡で見てて、僕らが攻撃されたら後は頼みます」
「そうだな。おい、野郎共! 防衛の準備だ」
カーンは双眼鏡を兵士の一人に渡し、何かあったら報告しろと階段を降りていった。
続いて2人も降りると、丁度良いタイミングで乗馬したソシエがやってきた。
「兄さん、何があったの? 戦闘になるの?」
ソシエが不安そうに尋ねる。
「わからん。だが、武装集団がこちらに大勢やってきている」
そう言うとソシエと入れ替わりで乗馬し、ベルカンプを背中にしがみ付かせたオットーは南門を出て馬の速度を上げていった。




